ギャルとオタク、寄生虫について話し合う。
人類の三分の一がトキソプラズマに感染している。
君の好きは本当の好きかな?
蝉の鳴き声が体感温度を加速させる。
冬に蝉の声が聞こえても暑さを感じてしまうのではないだろうか?
そんなことを考えながら、オタクは登校していた。
遠くを眺めると、太陽の光を吸収したコンクリートのすぐ上は、空間が揺らめいて見える。
中二病であるオタクは、空間の揺らめきをみると、非常に心がざわつく。
ふと、空間の非現実的な揺らめきの中、見慣れた一人の女性を見つけた。ギャルである。
ギャルは蝉の声が響き渡り、空間が歪むほどの暑さのなかで猫とたわむれていた。
その光景は、美しい幻想にすら感じた。
思わず駆け出しそうになる。しかし一回深呼吸。
無邪気に近づきそうになった自分が腹立たしい。暑さに苛立ちさえ覚えていたのに、一瞬で全て吹き飛んでしまった。
心は急げと叫ぶが、足取りはゆっくり。ギャルは猫に夢中でオタクには気づいてない様子である。
「ギャル君、ご機嫌いかがかな?」
「おっ、オタクか、おはようさん、見ての通りだよ」
「なるほど、寄生虫に感染したと言うことだな?」
「いや、何でそうなる? 猫と遊んで楽しそうって感じ取れないの?」
もちろんオタクは、ギャルが(楽しそう)なのは表情で一目瞭然だ。そんな笑顔をさせてしまう猫に対して嫉妬心すら芽生えてしまうくらいだ。
しかし、同時に楽しそうなギャルに疑問を持ったため、それを口にした。
「何で寄生虫に感染したかと思うって、そりゃーこの、くそ暑い太陽さんさんお日様の下で、猫と戯れるってことは無類の猫好きなわけじゃん」
「まあ、間違ってないな。私は猫が好きさ」
「猫の好きさが異常じゃないか?この暑いなか戯れるのは、人間の本来もっている本能に逆らっているとすら言える」
「猫好きはそういうもんだよ」
「こんな話がある、針金虫に感染したカマキリは危険であるにも関わらず川にお尻を浸けに行くらしい」
「私に関係なくない?」
「トキソプラズマは人間を猫好きに変える性質を持つらしい」
「ほう、それで?」
「本来なら逃げたくなる暑さの中、猫と戯れる。この合理的でない行動は、トキソプラズマに感染したと言えるだろう」
ギャルは、猫じゃらしを存分に使い猫と戯れながら、表情を変えず返答する。
「それで?」
オタクは驚きの表情で質問を返す。
「えっ? 嫌じゃないの、寄生虫がいること?」
「それで、何か病気になったりするの?」
「トキソプラズマは特に、目立った害は無いらしいけど」
「じゃあ、全く問題無いじゃん、ねぇー猫ちゃん」
もみ上げから流れた一滴の汗が、ギャルの柔らかそうな頬を道しるべに流れる。コンクリートの上に黒い跡を残した汗はすぐさま、空間の揺らめきのなかに消えていった。
「じゃあ、オタクに聞くけどさ」
「オタクです、どうぞ」
「オタクは私のこと結構好きだろ」
「えーあんまり好きじゃないけど、人生で出会った人の中では一番かなー」
おどけた表情でオタクは話していたが少し頬が赤くなっていた。
「めっちゃ好きじゃん、引いたわ」
「これから出会う人でも更新しないレベルかなー」
「未来まで見据えていて怖い、引いたわ」
「んで、好きだけど? その後どんな言葉が続くの?」
オタクはふざけるのを止めて真面目に聞いた。
ギャルはオタクを試すような表情をして答える
「その好きな気持ちが、もし寄生虫の感染が原因だとしたらどうするんだよ?」
この質問は、どう答えるのが最適かオタクは考える。
何を求めてギャルさんはこの質問をしたのだろうか?
意味なんてない、ふざけているだけだろうか?
いや、ギャルは鋭い女だ。意味はあるのだろう。
考察するならば、ギャルの親は母親しかいないと聞いている。父親は浮気をして別れたらしい。その生い立ちから結婚や好きについて考える機会も多かったのかもしれない。母親と父親は好き同士で結婚したが別れた。(私は親と違って、一生自分を好きな人と愛し愛されたい)そんな乙女な考えがこの質問のなかに含まれているのかも知れない、いや、そうに違いない。
――ならば、男として答えないわけには、いかないな。
しかし、直球で「君のことを俺は一生好きだ」と伝えるのはあまりにも恥ずかしい。ギャグを交えたい。はっ!! 思いついた!!
昔ドラマで見たことがある。
車道に飛び出した男、急ブレーキを踏むトラック。タイヤの摩擦音を鳴りやませたとき、男は叫んだ「僕はしにましぇーん」と。
これの意味する所は、あなたが好きだから、私は死すら恐れないという言葉を言外に伝える為の、一種の求愛行動だったはずだ。
いける、(死にましぇーんで)笑いも取れるはずだ。
一発芸のコツは思い切りだ、俺なら出来る、やるぞ。
鋭い目つき、オタクの表情は真剣そのもの。
両手を開いて車道に飛び出ようとするが、すぐさまギャルに手を繋がれ止められた。
柔らかい手の温もりは、暑さなど関係なく、繋ぎたいと思える。
ギャルは説教をするように語る。
「まず1つ目、考える時間が長すぎる。十分も歩いてもう学校についちまったぞ」
オタクは回りを見る、学校の前であった。驚きだ。
「二つ目、奇行をするな。一体何をしようとしたんだ?」
「車の前に飛び出て、僕は死にましぇーんって、言おうとした」
「想像以上にバカすぎて、言葉が出ねえよ。好きの原因が寄生虫だとしたらどうするか聞いたら、何で僕は死にましぇーんになるんだよ」
「永遠の愛を伝えようと思って」
モジモジとオタクは答えた。
「はあー、何となく察したわ」
呆れた表情で頭に腕で支えギャルは、ため息をついた。
「伝わったの!!」
「つまり、何が原因でも好きで居続けるってことだろ。って何恥ずかしいこといってんだよ」
パーンと軽快な音がオタクの背中から響く。
「痛てえ、叩かなくても良いじゃん」
「ごめんごめん、まあ、ありがとう」
ギャルは、ゆっくりと淡い赤色の唇を伸ばし、オタクに微笑んだ。
あまりにも嬉しそうに、唇が三日月の形に変わったので、オタクは嬉しく、そして、優しい気持ちになった。
――俺の選択は間違っていなかったのだろうか? まあいいか……
二人の背中は校舎のなかに消えていく。
蝉の声は鳴り響くことを止めない、愛を叫び続けていた。
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