決戦のカンタータ⑦
『う――あああぁぁぁ……ッ!』
――消えていく。
黒い魂が、炎と雷に飲み込まれ、消滅していこうとしている。
私はルークスの腕の中でそれを――見届けることになった。
その顔は揺らめいて、誰のものかはわからない。
あれは、私の中身になるはずだったもの。
あれは、もしかしたら私だったかもしれないもの。
ティルファさんの記憶を宿した、作られた魂。
それでもきっと、ティルファさんにはならなかったものだ。
あってはならない存在であることに間違いはないけど、それでも――哀れだった。
燃え尽きようとする黒い魂に、ほかの皆も固唾を呑むのがわかる。
『――わたしをぉ――受け入れ――あああっ』
その腕が。伸ばされる、私に向かって。
炎と雷がぐるぐるとその腕を取り巻いていく。
ぎゅ、と。
ルークスの左腕に力が籠もった。
「馬鹿なこと言うな。お前はデューじゃない。――俺が――俺たち、王立魔法研究所が、絶対に認めない――!」
『――――ああああぁっ』
炎が膨れ上がる。
熱が、私たちを呑み込んでいく。
ズオオオオオッ……ドゴオオオオォンッ!
耳をつんざく音。
体中がその轟きに奥深いところから揺さぶられる。
――そして。
それが消えたそのあとには。
焼け焦げた塔の壁、巻き込まれた備品から立ち上る煙と……私たちだけ。
黒い魂は、どこにもいなかった。
******
黒い魂が消滅したことを受け止め、皆が肩の力を抜くのには少し時間がかかった。
――まだ外は暗くて、ものすごい音が響いただけでなく、炎も見えたかもしれない。
さすがに火事や倒壊はなかったけど、煙はいまも立ち上っている。
当然なんだけど、お城と直結している塔であるがゆえに、多くの見張り番の騎士たちが集まってきているのがわかった。
「はー……終わったぁ……」
いろんなものが転がってめちゃくちゃになった塔の床に、メッシュが体を投げ出す。
なにかが燃えて燻る臭いがするなか、皆はその言葉を皮切りに我に返ったようだ。
「ちくしょー、ルークス! お前ふざけんなよ、思いっきり魔法撃ち込みやがって……! 俺とウイングで抑えなかったら、俺たち丸焼きだったぞ……」
ランスはばたりと仰向けにひっくり返り、肩で息をする。
「ふん、任せろと言っておきながら、情けない」
アストがその横で剣を一振りしてから収める。
彼はそのままこっちを向くと、まだどこか呆けていた私に向かって続けた。
「剣に魔法を宿す――対魔法戦術に応用させてもらうぞ、デュー」
「あ、う、うん!」
思わず応えると、アストは……ふ、と口元を緩ませて――わあ! 笑った! 笑ってくれた!
私が感激していると、メッシュが苦笑する。
「ところで所長、そろそろデューを放してあげたら~?」
「うっ」
ぎくりとしたようにルークスが腕を緩めてくれたけど、急激に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「……れ、冷静になると、確かにちょっと照れる――な」
あははと頬を掻くルークスに、今度はウイングが髪を整えながら微笑んだ。
「本当ですわ。見ているこちらがどきどきしてしまいますのよ? ――は、でも、ちょっとごめんなさい……私も、さすがに疲れましたわ」
ところが、平気そうに見えた彼女はおぼつかない足で、ふらっと蹌踉めいてしまった。
「――大丈夫ですか!」
「……え、あぁ、失礼しましたわ――ね。騎士団長」
「あ、いえ……これも騎士の勤め……」
駆け寄ったのは剣を収めたフリューゲルだ。
彼はウイングを支えて立たせると、心配そうな顔をしたまま一歩引く。
美男美女。ふたりとも、ものすごく綺麗なんだけど……なんだろう、お互いにぎこちない。
私が首を傾げると、大臣が水を差した。
「ふん。いい加減にしろ。互いに関係ないふりをするほうが迷惑だ」
その隣で、タルークさんがふふっと笑いながら、片手をひらひらさせる。
「君たちは翼。――ふたりで双翼だろう? 王立魔法研究所が襲われてから、君たちは離れてしまった。同じ家系に生まれながら、かたや魔法の使い手であり秘匿され、かたや騎士団長。魔法との確執があるなか、ふたりが身内と知られれば、お互いの枷になるからね。――でも、もういいんじゃないか? なんたって、グリモアが魔法の使い手だったわけだからね!」
「それは……私は……」
「僕は離れるつもりなんて……」
――えっ?
ど、どういうこと?
同じ家系って――えっ。
動揺を隠しきれないふたりに、転がったままのランスが鼻を鳴らす。
「ばあぁ~か。お前ら、その無駄にきらきらした容姿、舐めてんのか? 気付いてないのは、たぶん……」
「そうだね~デューくらいだよね~」
続けてメッシュが声を上げる。
うっ、やっぱり、そういうことなの?
「ははっ、そうだな――せっかくの姉弟なんだ、昔みたいに、もっと普通に話したらいいだろ!」
ルークスが私の隣でずばり言い放ったのはそのときで。
私は美男美女の姉弟に、思わず納得の頷きを送る。
ランスの言うとおりだよね、あんな綺麗な人、そうそういるはずがない。
ルークスはフリューゲルと幼馴染み。だとすれば、ウイングがそのお姉さんだってことは最初から知っていたんだろう。
そして、ウイングはティルファさんを失ったふたりのそばで、騎士団長となった弟と同じく、王立魔法研究所の所長となったルークスを支える道を選んだ――そういうことなんだ。
「――そうね、いまさら――なのかもしれないわね。えっと、その、フリュー……」
「は、はい! あ、姉上……」
もじもじしているふたりの空間が、なんだかむずがゆい。
思いが通じ合った初々しさみたいなものを感じて……私は勝手に身をすくめた。
考えてみたら、私も――。
ちら、とルークスを見れば、彼は笑みをたたえたままウイングとフリューゲルを見ていた。
その、嬉しそうな顔。
思わず……というか、当然、見惚れてしまうわけで――。
ルークスは私の視線に気付くと、ばちんと片目をつぶってみせた。
「とりあえず……外の騎士たち、なんとかしないとな。行こう」
「は、はい!」
彼は私に右手を差し出し、そのままとびきりの笑顔で言った。
「――おかえり、デュー!」
ウイングとフリューゲル
彼らは翼を意味する言葉を名前にしていました。
姉弟です!
最初のころに書いたのですが、もともと魂の在処はルークス編のつもりで書いています。
続編としてウイング編やアスト編を進めようと思ったときに深く関わってくるのがフリューゲルですね。
ちなみに、メッシュやランスにもいろいろあります!
(乙女ゲーのシナリオとして作っていたお話なためです笑)
ルークス編のお話はあと少しとなりますが、よかったら評価や感想などいただけますと嬉しいです。
よろしくお願いしますー!




