決戦のカンタータ③
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フリューゲルがデューを抱え、ウイングが座り込んで彼女の手を握っている。
皆が必死に話しかけているけど、デューは目を閉じたまま、ぐったりと動かない。
唯一、その胸が規則正しく上下しているのを確認して、ちゃんと生きている……デューがそこにいるんだって、俺は手を握り締めた。
「ルークス。黒い靄がどんどんデューに入っていきますわ」
顔を上げたウイングが、悲痛な顔で俺を見る。
……黒い靄は魔力の塊なのだろうから、抑えていても溶け出したものがデューに集まっていくのは当然とも思えた。
大臣はいまも結界を張っていてくれるけど、たぶん、結界ではどうにもならない類のものだろう。
いつのまにか、それだけの量の魔力が溢れていたのだ。
「フリューゲル」
「ああ」
俺はフリューゲルから再びデューの体を引き受け、そっと抱き寄せた。
「――デュー」
呼び掛けると、彼女の瞼が震える。
俺ははっとして、もう一度、その名前を口にした。
「デュー?」
「……ルークス?」
「!」
皆が、息を呑む。
ゆっくり持ち上がった彼女の瞼の下……『紅く光る双眸』に、俺は固まった。
デューの目は、エメラルド色をしていたはずだ。
紅い目をしていたのは、むしろ――。
「……デュー……なの、か?」
質問を投げる俺の声は、震えていた。
「デュー? ……デューって、誰のこと?」
彼女の声は、デューのものだ。
それなのに疑問系で返され、思わず首を振る。
「まさか……そんな」
「――ティルファなのかい?」
呼び掛けたのはフリューゲル。
俺の腕のなか、彼女は身動ぐと、首を傾げた。
「ティルファ……そうね。ティルファは、私よ」
「……え、それは、どういう……」
微妙な返答に、フリューゲルも困惑の表情を浮かべる。
俺の腕からそっと体を起こして、彼女はにこりと微笑んだ。
「私はティルファだけど、そうじゃないのよフリュー。ティルファの記憶はあるけど、私は私よ」
フリュー。それは、ティルファがフリューゲルを呼ぶときの愛称だった。
間違いなく彼女にはティルファの記憶があるんだと、俺は戦慄してしまう。
それなら、デューは……どこに?
「変よね、でも私は私。やっと体を見つけたわ! ……あっ、あなた、ウイングね? あら、おかしいわ。私が知っているあなたより、ずっと大人っぽいわ?」
どうしてかしらと再び首を傾げた彼女は、納得したようにぽんと手を打つ。
「そっか、私のティルファの記憶、とても古いものなのね?」
「……ティルファ、君は……」
「そんな顔しないでいいわ。フリュー。ルークスもよ。私とひとつになればいいんだもの」
「ひとつ? なに言って……」
「……まずは私の回収ね」
俺が聞き返そうとすると、彼女は颯爽と立ち上がり、手を上げた。
その先に、大臣の背中があって――。
「……! 大臣!」
俺は咄嗟に声を上げた。
その瞬間、彼女の手から雷が弾けて、真っ直ぐに大臣へと迸る。
「……ぐっ!」
反応した大臣が横っ跳びに転がるのを、雷が幾重にも折れ曲がって追撃した。
直撃こそ免れたものの、大臣は雷に打たれて呻き声をこぼす。
その瞬間に結界が弾け飛び、そこにいた残りの靄が揺らめいて……俺は振り返った。
「っ、親父!」
「ルークス!」
俺が親父を呼ぶのと、親父が俺を呼ぶのと……どっちが先だったか。
彼の手から俺に向かって投げられたのは、両手で包み込めるくらいの結晶。
これは――器だ。
「デュー! やめて! 聞こえるんでしょう!? そこにいるんだよね、デュー!」
メッシュが彼女に飛び付いて、首を振る。
「あなたは……誰? 知らないわ。デューって誰のことなの?」
「おい、ふざけてんじゃねぇよ! お前はお前だろデュー! 起きろ、こっちにこい!」
応えた彼女に、今度はランスが掴みかかる。
「やめて、離しなさいよ! 私は私。ティルファであっても、私。デューなんて知らないわ?」
言いながら、彼女が手を上げた。
そこに、黒い靄が集まるのを見て――俺は。
「させるか!」
器にほんの少しの魔力を注ぎ、発動させる。
「――! ルークス!?」
彼女が驚愕の表情を浮かべ、紅い目を見開いた。
黒い靄が、こっちの器へと渦を巻いて集まってくる。
「なにしているの、ルークス! それは私よ。返して――」
「なら、お前が返すのはデューだ」
「な……」
悲鳴を上げる彼女の前に、立ちはだかったのは、アストだった。
赤いマントを翻し、彼は冷たい目で彼女を見下ろす。
俺はそのあいだに、黒い靄を一気に器へと収めることに成功した。
あとはデューの体のなかにいる分を、なんとか取り出せれば――!
「もう! 信じられない。あなたアストね!? ティルファが悲しんでいるわ!」
「知ったことか。あいつがそこまで馬鹿な奴なら、なおのこと見限るまでだ」
「……なんだって?」
フリューゲルが、驚いた顔をする。
俺も、ティルファとアストが知り合いだとは思っていなかったから、思わず眉をひそめた。
確かにふたりは騎士団所属。歳も近いはず。
知り合っていた可能性が十分あったことに、俺は初めて思い至った。
「ティルファの記憶に問うといい。こうすることを、あいつが望んでいたか?」
アストはさらに言葉を重ね、ずいっと彼女に体を寄せる。
「……う」
気圧された彼女は、右足を一歩だけ引いた。
このあと激甘回いきます。
朝に投稿するには甘すぎる気がしたので、二時に予約しておこうかと……
よろしくお願いします!




