決戦のカンタータ②
「これは……」
驚いた顔をして、親父は鉱石を受け取った。
――デューは絶対に消えさせない。
その気持ちが、俺のなかで熱い渦となっていく。
「八面体の魔物が魔力になって溶けるとき、集めた魔力。今日取ってきたやつだ」
応えた俺に、親父は唇の端を持ち上げた。
「取ってきていたのか……! しかも、これほどの数の鉱石。よく組み上げたな、魔力を内包させるにはそれなりに魔法を施す必要があるだろうに」
「俺の研究は魔力を溜めることができる鉱石を使って、記憶と魔力の関係を調べること。それがわかれば、親父と同じように……研究所が襲われたときの情報を集められると思ったから」
俺は、俺が調べていた内容について、明確に語ったことはない。
でも俺は、いつか自分の魔力――その古い部分を鉱石に移し、過去のあの日を調べて、敵の情報を掴もうとしていたんだ。
それができなかったのは、ティルファのことを思い出すのが恐かったからなんだろう。
代わりにそれを負ってしまったのが、デューだった。
結界で囲まれ、さらに水の塊に包まれた黒い靄は、いまや完全な人の形に見える。
ウイングが水を操り、ランスとアストはいつでも攻撃できるよう構えたまま。
メッシュと大臣は、結界を保つことに集中していた。
「なるほど。目指すものは一緒だったということか。さすが俺の息子だな、よくやってくれた!」
「……まあそういうこと。じゃあ親父、あとは頼んだ」
「任せるといい。……ルークスは彼女を引き戻すことに集中してくれ」
俺は親父に褒められて、肩の力が抜けたのを感じた。
……俺は、デューを取った。それを、親父は後押ししてくれている。
あとは――。
「フリューゲル」
俺は、困惑した表情を隠そうともしない騎士団長へと視線を向けた。
いまだから、フリューゲルの気持ちがわかる気がするんだ。
強くあろうとしていた女騎士のティルファ。
彼が、彼女を――どんな眼差しで見ていたのか。
「――なんだい、ルークス」
「俺は……デューを取る。彼女を、守りたい」
「それは――ティルファを、再び葬るということかい」
「ああ。俺はあれにティルファの記憶があったとしても――躊躇わない。お前は……どうする、フリューゲル」
現騎士団長は、ぎゅっと眉間にしわを寄せ、唇をきつく噛み締める。
固く閉じられた瞼の奥、彼はなにを見るだろう。
「あれがティルファじゃないと、僕は僕に言い聞かせられない。――僕は、彼女の最期にすら立ち会えなかったのだから。でも、彼女はあんな姿になった自分を許す人間ではなかった。それだけは……絶対だ。そうだろ、ルークス」
瞼を開けたその下、俺を見つめる深い蒼の眼は、悲しみでいっぱいなのかもしれない。
それでも、フリューゲルは頷いた。
「微力ながら、僕も力を貸そう」
「……ありがとう、フリューゲル」
「――話は纏まったかルークス! こっちは正直、あんまり持たねぇ!」
そこに、ランスが声をかけてくる。
俺はデューの頬をそっと撫で、親父へと視線を上げた。
「親父、何分かかる」
「いい触媒は魔法大国で見つけたからな。三分で十分だろう」
「わかった。――ランス、アスト、ウイング、メッシュ! 俺がそいつの相手をするあいだ、デューを頼む。きっと皆の声が届くはずだ……絶対に、デューを起こす!」
「仕方ねぇな、乗ってやる!」
「了解」
「わかりましたわ」
「任せて!」
それぞれが応え、俺はフリューゲルにデューを任せると、彼らと入れ替わるようにして黒い靄の前に歩み出た。
これがティルファの記憶を持つなら、きっと俺になにか思うところがあるだろう。
俺より四つ上の女騎士。
金の髪を肩口できっかり切りそろえていて、前髪も横一文字。
大きな紅い眼で、いつも俺やフリューゲルを叱る存在だった。
あれから……もう、何年も経った。
俺、いまティルファよりずっと年上なんだぞ。
真っ黒な靄の塊は、ゆらめきながら……ティルファの顔で俺を見る。
いま、この靄はなにを思っているのだろうか。
――ウイングの水が弾け、メッシュの結界が消える。
けれどその傍に、ひとり、大臣が厳しい顔をして立っていた。
彼の結界はまだ効力を発揮していて、黒い靄を取り囲んでいる。
「大臣――」
「ふん、王立魔法研究所所長、ルークス。私はお前が嫌いだ。理想で国は動かん。今回も、信用はしない」
俺はいつものように冷たい視線で射貫いてくる大臣に、笑った。
「どんな理由であれ、魔法を使えることを隠していたとわかって、あなたも人なのだと思いましたよ。……俺も、あんたがデューを牢に入れた理由が気に食わない。だから信用しない。お互い、信用に足る存在になるには時間が掛かりそうだな」
「言ってくれる、若僧めが」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」
大臣はにやりと笑みを零すと、剣を抜いた。
あれで、彼は相当な剣の腕前を誇る騎士だったのだ。
使い込まれよく磨かれた刀身は、塔を照らす松明の光りを纏っている。
あれ自体が結界塔なのだろう。
薄い空気の膜のようなものが、刀身を取り囲んでいるのがわかった。
アストの剣とは違う方法だけど――なるほど、あれなら魔力に斬り込むことも可能かもしれない。
「三分程度、私ひとりで十分だ。お前はあの雷使いを起こすのだろう」
俺はその言葉に、はっとして大臣を見た。
「見誤るな。タルークはお前たち王立魔法研究所なら、と言ったはずだ」
「大臣……」
「行け」
「……わかった」
俺は、大臣にここを任せて下がることにした。
ちらりと見た黒い靄は、心なしか寂しそうに見えた。
本日もよろしくお願いします!




