道化に送るシンフォニー⑥
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紅蓮の翼竜に乗って城にたどり着き、牢屋ヘと駆け降りた俺とウイング、ランスが目にしたのは――黒い靄の『なにか』と向かい合うメッシュの姿だった。
フリューゲルとアスト、それから……おそらくは牢番である騎士も、剣を抜いている。
暗い地下牢は、変わらずじっとりとした空気が満ちていて、どこかカビ臭い。
「……メッシュ!」
声をかけると、顔を真っ青にしたメッシュが、歯を食い縛りながらちらりと視線を走らせる。
片膝を立て地面に直接手を当てているのは、結界塔なしで簡易的な結界を展開させているからだ。
「所長……遅い――よ……」
掠れた声はなんとか聴き取れる音量で、瞬間、ふらりとメッシュが前に崩れ落ちた。
ごとり、と……思いのほか重い音が響いて、床に突っ伏すメッシュ。
同時に、空気が震える。
――結界が霧散したのだ。
「メッシュ!」
悲鳴のような声音でウイングがその小さな研究員を呼び、駆け寄るランスとウイングと交差するように、フリューゲルとアストが黒い靄へと踏み切った。
「――ハアッ!」
鋭い剣捌きとともに、腹の底から空気を吐き出すようにして、フリューゲルの一撃が繰り出される。
アストがその隙間を通すように刃を突き出し、黒い靄へと襲いかかった。
「く、やっぱり手応えはないか……!」
フリューゲルが声を上げ、数歩飛び離れる。
アストはひゅんっと剣を払うと、こっちを見た。
「空気を切るという感覚とは違う。剣がなにかに触れているのはわかるが。打開策は魔法か? ルークス」
「……」
でも俺は、全然違うことを考えてたんだ……。
……いない。
デューが、どこにも!
黒い靄に器にされることを恐がっていた彼女の、震える声が記憶を過ぎる。
させないって言ったのに――また、守れなかった……?
俺の頭のなかには、俺の前に飛び出すティルファの姿が何度も何度も繰り返され、四肢が痺れるような感覚に襲われた。
もうあんな思いは、したくない。
「……お前が」
だから。
揺らめく黒い靄に向かって、俺は問い掛けた。
「なにかしたのか、彼女に……?」
溢れてきた感情がそのまま形を得て、両手から炎が噴き上がる。
大丈夫、制御は……できてる。ティルファのときみたいにはならない!
俺は両手を突き出して、黒い靄を真っ直ぐ見据えた。
黒い靄は人型をしていたが、やっぱりその顔はどうしても判別できない。
やがて、黒い靄はゆっくりと両手をもたげて、ぱりぱりと雷を散らす。
「……いけ!」
俺の手から放たれた炎が、黒い靄に躍りかかり、爆発した。
熱風が吹き荒れ、皆が顔を覆うのが視界の端に映る。
「熱ッ……! ルークス! 落ち着け馬鹿!」
「大丈夫だっ、ちゃんと制御できてるから!」
ランスに怒鳴られたのに怒鳴って応えたものの、俺は炎を消して唇を噛んだ。
黒い靄は姿を消していた。
……おそらく、どこか遠くない場所へと逃げたのだろう。
でもいまは魔物を追いかけることより、とにかくデューの居場所を聞くのが先決だ。
俺はぐったりしているメッシュに、ちらと視線を移す。
真っ青ではあるけど、意識は保ってるメッシュ。
無理をさせることになるけど、聞くならメッシュしかいない。
けれど、そのとき。
「……ルークス。デューを連れていったのは大臣だと思う。僕とアストがデューの家が荒らされていたことを報告したら、『先を越されたか』と言って……血相を変えて出ていったんだ。――ここに来たときには、彼が――既に魔物と対峙してくれていた」
踏み出そうとした俺の肩に手を置いたのは、フリューゲルだった。
その蒼い目はメッシュに向けられていて、俺はメッシュへの質問をやめる。
「大臣……? 荒らされてたって……じゃあ、デューの両親はどうしたんだ?」
フリューゲルは肩に置いた手を下ろし、俺に向かって力なく首を振ってみせた。
「……残念ながら見付けられなかった。間違いなく、大臣はなにかを知っているよ」
「……大臣の狙いはデューの両親だったってことか……?」
「うん、その可能性はあると僕も思ってる」
――してやられたのだ、と。そう思って、俺は壁に右手を叩き付ける。
こんなの、ただの道化じゃないか。
この予想が間違ってなかったとしたら、デューはただ人質にされただけ。
そんなの、絶対に許さない!
すると、か細い声で俺を呼ぶ声がした。
「……所長」
「メッシュ……! 遅くなって悪かった。大丈夫か?」
メッシュは俺に応えず、ウイングに支えられながら続けた。
「大臣は――魔法を使えるのかもしれない」
「……なんだって?」
聞き返す俺に、項垂れながら、メッシュは胸元の身分証を引っ張り出す。
「僕の結界……破られたんだ」
それは、信じられない言葉だった。
絶句する俺に代わって、ランスが目を吊り上げて、歯を剥き出しにしながら声を荒げる。
「お前の結界を? 大臣が? ……そんな馬鹿なことあるかよ!」
それでも、メッシュは首を振った。
「悔しいけど、本当だよ。……でもね所長、気付いてたと思うけど、デューの身分証は僕の結界塔でもあるんだ。大臣がデューと出ていくとき、ほんの少し発動させるくらいはできた。――安心して。追いかけられる! 行こう」
メッシュの魔力の消耗は、どうやら回復してきているらしい。
言葉には力が戻り始めていた。
土の魔法を使うメッシュは、土や岩に触れていることで急速に魔力を補えるのだと思い出して、俺はほっと息を吐く。
……たぶん、ずっと森で生きてきた狩人ならではの特技なのだろう。
見回すと、皆が俺を見ている。
メッシュは立ち上がり、しっかりと頷いた。
「メッシュ、よくやった。……案内、頼むぞ!」
「うん、任せて!」
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日付大幅にこえてしまいました!
よろしくお願いします!




