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王立魔法研究所 ~魂の在処~  作者:


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道化に送るシンフォニー⑥

******


 紅蓮の翼竜に乗って城にたどり着き、牢屋ヘと駆け降りた俺とウイング、ランスが目にしたのは――黒い靄の『なにか』と向かい合うメッシュの姿だった。


 フリューゲルとアスト、それから……おそらくは牢番である騎士も、剣を抜いている。


 暗い地下牢は、変わらずじっとりとした空気が満ちていて、どこかカビ臭い。


「……メッシュ!」


 声をかけると、顔を真っ青にしたメッシュが、歯を食い縛りながらちらりと視線を走らせる。


 片膝を立て地面に直接手を当てているのは、結界塔なしで簡易的な結界を展開させているからだ。


「所長……遅い――よ……」


 掠れた声はなんとか聴き取れる音量で、瞬間、ふらりとメッシュが前に崩れ落ちた。


 ごとり、と……思いのほか重い音が響いて、床に突っ伏すメッシュ。


 同時に、空気が震える。


 ――結界が霧散したのだ。


「メッシュ!」


 悲鳴のような声音でウイングがその小さな研究員を呼び、駆け寄るランスとウイングと交差するように、フリューゲルとアストが黒い靄へと踏み切った。


「――ハアッ!」


 鋭い剣捌きとともに、腹の底から空気を吐き出すようにして、フリューゲルの一撃が繰り出される。


 アストがその隙間を通すように刃を突き出し、黒い靄へと襲いかかった。


「く、やっぱり手応えはないか……!」

 フリューゲルが声を上げ、数歩飛び離れる。


 アストはひゅんっと剣を払うと、こっちを見た。


「空気を切るという感覚とは違う。剣がなにかに触れているのはわかるが。打開策は魔法か? ルークス」


「……」


 でも俺は、全然違うことを考えてたんだ……。


 ……いない。

 デューが、どこにも!


 黒い靄に器にされることを恐がっていた彼女の、震える声が記憶を過ぎる。


 させないって言ったのに――また、守れなかった……?


 俺の頭のなかには、俺の前に飛び出すティルファの姿が何度も何度も繰り返され、四肢が痺れるような感覚に襲われた。


 もうあんな思いは、したくない。


「……お前が」

 

 だから。


 揺らめく黒い靄に向かって、俺は問い掛けた。


「なにかしたのか、彼女に……?」


 溢れてきた感情がそのまま形を得て、両手から炎が噴き上がる。


 大丈夫、制御は……できてる。ティルファのときみたいにはならない!


 俺は両手を突き出して、黒い靄を真っ直ぐ見据えた。


 黒い靄は人型をしていたが、やっぱりその顔はどうしても判別できない。


 やがて、黒い靄はゆっくりと両手をもたげて、ぱりぱりと雷を散らす。


「……いけ!」


 俺の手から放たれた炎が、黒い靄に躍りかかり、爆発した。


 熱風が吹き荒れ、皆が顔を覆うのが視界の端に映る。


「熱ッ……! ルークス! 落ち着け馬鹿!」

「大丈夫だっ、ちゃんと制御できてるから!」


 ランスに怒鳴られたのに怒鳴って応えたものの、俺は炎を消して唇を噛んだ。


 黒い靄は姿を消していた。


 ……おそらく、どこか遠くない場所へと逃げたのだろう。


 でもいまは魔物を追いかけることより、とにかくデューの居場所を聞くのが先決だ。


 俺はぐったりしているメッシュに、ちらと視線を移す。


 真っ青ではあるけど、意識は保ってるメッシュ。

 無理をさせることになるけど、聞くならメッシュしかいない。


 けれど、そのとき。


「……ルークス。デューを連れていったのは大臣だと思う。僕とアストがデューの家が荒らされていたことを報告したら、『先を越されたか』と言って……血相を変えて出ていったんだ。――ここに来たときには、彼が――既に魔物と対峙してくれていた」


 踏み出そうとした俺の肩に手を置いたのは、フリューゲルだった。


 その蒼い目はメッシュに向けられていて、俺はメッシュへの質問をやめる。


「大臣……? 荒らされてたって……じゃあ、デューの両親はどうしたんだ?」


 フリューゲルは肩に置いた手を下ろし、俺に向かって力なく首を振ってみせた。


「……残念ながら見付けられなかった。間違いなく、大臣はなにかを知っているよ」


「……大臣の狙いはデューの両親だったってことか……?」


「うん、その可能性はあると僕も思ってる」


 ――してやられたのだ、と。そう思って、俺は壁に右手を叩き付ける。


 こんなの、ただの道化じゃないか。


 この予想が間違ってなかったとしたら、デューはただ人質にされただけ。


 そんなの、絶対に許さない!


 すると、か細い声で俺を呼ぶ声がした。


「……所長」


「メッシュ……! 遅くなって悪かった。大丈夫か?」


 メッシュは俺に応えず、ウイングに支えられながら続けた。


「大臣は――魔法を使えるのかもしれない」

「……なんだって?」


 聞き返す俺に、項垂れながら、メッシュは胸元の身分証を引っ張り出す。


「僕の結界……破られたんだ」


 それは、信じられない言葉だった。


 絶句する俺に代わって、ランスが目を吊り上げて、歯を剥き出しにしながら声を荒げる。


「お前の結界を? 大臣が? ……そんな馬鹿なことあるかよ!」


 それでも、メッシュは首を振った。


「悔しいけど、本当だよ。……でもね所長、気付いてたと思うけど、デューの身分証は僕の結界塔でもあるんだ。大臣がデューと出ていくとき、ほんの少し発動させるくらいはできた。――安心して。追いかけられる! 行こう」


 メッシュの魔力の消耗は、どうやら回復してきているらしい。

 言葉には力が戻り始めていた。


 土の魔法を使うメッシュは、土や岩に触れていることで急速に魔力を補えるのだと思い出して、俺はほっと息を吐く。


 ……たぶん、ずっと森で生きてきた狩人ならではの特技なのだろう。


 見回すと、皆が俺を見ている。

 メッシュは立ち上がり、しっかりと頷いた。


「メッシュ、よくやった。……案内、頼むぞ!」

「うん、任せて!」


******



日付大幅にこえてしまいました!

よろしくお願いします!

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