混沌のワルツ⑪
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服が乾いたころには、日はだいぶ傾いていた。
ぼーっとすればするほどデューのことばかり考えてしまうので、俺はそのたびに髪をがしがししては、なにかやることがないかと騎士たちに話しかけて回った。
ウイングは俺の行動に首を傾げつつ、騎士たちの水筒を順番に並々と満たしている。
水を補給するために列を成している騎士たちは俺と目を合わせてくれないので、ちょっとだけウイングが羨ましい。
いい加減、腹も減ったしなぁ……。
そういえば、デューはちゃんと食べられてるんだろうか……メッシュがいるから心配ないとは思うけど。
考えて、またはっと我に返る。
「おい」
そこに声をかけてきたのは、バヴェルだった。
「なにかやることあるか?」
ほとほと困って俺が言うと、バヴェルは呆れた顔をする。
「そんなことばっかり言ってるから避けられるんだよ、面倒くさいな。……ほら」
彼が差し出したのは、丸くてずっしりとした黒パン……だった。
日持ちするように作られたそのパンは、焼くことで酸味が落ち着いて食べやすくなる。
まあ、多少堅くもなるんだけど……よく噛むことで満足感も得やすいため、騎士団の遠征には必需品なのだ。
「焼けばいいんだな?」
俺がいそいそと手を翳すと、パンが引っ込められ、バヴェルが顔をしかめた。
「……お前さ……。はぁ。なんにも食ってないんだろ? あの女と分けろ」
「!」
そこで初めて、バヴェルが俺たちのためにパンを持ってきてくれたのだと気付いた。
俺は目の前の青年が、なんとなく照れたような顔でそっぽを向くのを、感慨深く見守る。
「うわ、ありがとなバヴェル!」
「ふん……」
すぐにそれを割って、ウイングに持っていく。
彼女は水を出しながら俺に……いや、パンに気が付くと、ほっと息をついた。
「ああ、さすがに空腹はどうしようもありませんでしたの……ありがとう」
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陣の外れでパンをかじっている間に、日はすっかり見えなくなった。
翼竜はまだまだ飛んでいられるはずだから空で待機させているのは問題ないけど……自分の気持ちがどうしても落ち着かない。
ランドワールが無事であってほしいと願う気持ちと同じくらい、デューが心配だった。
なぜいまそう思うのかはわからない。
ざわざわする胸のなかが、なにか混沌とした重苦しい感情でいっぱいなのだ。
どうしてだろう……夜の闇が迫ってくるこの状況が、不安を煽るのだろうか?
すると、星がうっすらと瞬き始めた空に、渦巻く風を纏った黒い影が過ぎった。
「……! ランス!」
俺は声を上げ、そこからひらりと身を躍らせた影が、少し開けた場所に着地するのを待たずに駆け出す。
「悪い、遅くなった!」
ランスの声が、騎士団の陣に響き渡る。
――影はふたつ。
ひとりは勿論ランスであり、もうひとりは……。
「すまなかった――借りができたな、王立魔法研究所所長」
眉間に思い切り深い皺を寄せ、苦笑が混じった表情でそう言ったのは……ここにいる騎士たちを纏める存在。
……ランドワール、その人であった。
「隊長!」
「戻られましたか!」
騎士たちがばたばたと駆け寄ってきて、ランドワールを取り囲む。
そのなかには、ハームやシルガ、バヴェルの姿もあった。
――よかった。なんとかなったか……。
肩の力が抜け、俺は止めていた息をふーっと吐き出した。
安堵したのは確かだ。それなのに、胸のなかがざわざわするのは変わらなかった。
感動の再会に水を差すのは悪いけど……我慢できなくて、俺はランドワールに歩み寄る。
騎士たちが気が付いて、すっと道を開けてくれた。
「ランドワール隊長。貴殿に、感謝を。魔物討伐、見事でした」
右手を差し出すと、ランドワールは一瞬ぽかんと口を開けたけど、すぐにぎゅっと表情を堅くして、同じように右手を差し出してくれる。
「考えを……改めないとならない。すぐにすべての者が受け入れられるかといえば、そうはならんだろう。しかし……私は歩み寄ろう、王立魔法研究所所長。……命まで助けられたとあっては、否定もできん」
俺はその節くれ立った堅く大きな手をしっかりと握り、頷いた。
これなら、もう大丈夫だ。
「――ランス、ウイング! すぐに王都に飛ぶ! 行くぞ!」
「はいはい。人使いが荒いよなー」
「いつでも大丈夫ですわ」
軽口を叩くランスに、ウイングがくすりと笑いながら応える。
俺はもう一度ランドワールをしっかりと見て、頷いた。
「積もる話もしたいけど……やることがあるんだ。約束の茶会は、後日改めて」
「――もう行くのか。……貴殿らの囚われの姫君が健勝であるよう祈っておく程度なら、咎めもないだろう」
ランドワールが苦笑しながらそう言った途端、ランスがぎょっとした顔をして俺から目を逸らす。
あいつ、大臣のこと愚痴ったな……?
俺はランスに向けて眉をひそめ、ランドワールに肩を竦めた。
「申し訳なかった……ランスの話に付き合ってくれたんだな」
「ふ、命を救われたのだ、文句は言えんよ」
俺はもう一度肩を竦め、騎士たちを振り返った。
「じゃあ、また来るな。魔物討伐、気を付けてあたってくれ!」
一瞬、しんと静まり返った空気に、まぁ仕方ないかと考えたとき。
「いいだろう」
「ウイング殿も、ご自愛くだされよ」
「……わかった」
応えてくれたのは、ハーム、シルガ、バヴェル。
俺は思わず微笑んで、彼らに手を振ってから足を踏み出した。
ここはもう、大丈夫だ。――きっと、次は一緒に来られる。
だから――デュー。もうちょっとだけ、待っててくれ。
なんとなんと~筆がのっているのでもう一個更新。
迷宮宝箱設置人もこのあと書いちゃいます~楽しい!
ルークスの気持ちがはっきりしてきました!
引き続きよろしくお願いします!




