混沌のワルツ⑦
するり、と。
シルガは音も立てずに、細い道を進んでいった。
俺たちからはまだ距離があるぐるりと曲がる場所まで行くと、シルガは身を屈め、道の先を窺う。
ほんの数秒で、彼の右手がこっちへこいと合図を送ってきた。
慎重に進んでいくあいだに、シルガはさらに先……俺たちからはちゃんと見えている岩陰へと身を滑り込ませた。
そうやって数回移動すると、八面体の魔物が不意に岩陰から現れる。
もう目と鼻の先だったけど、ちゃんと身を隠していた俺たちが見つかることはなかった。
……黒い靄はどこにも見当たらず、八面体も明滅していない。
俺はランドワールとバヴェルを前方のシルガと合流させ、討伐を開始した。
「いくぞランス!」
「おうよ!」
ぶわあっと風が巻き起こり、岩の刃の隙間を駆け抜ける。
ビュオオ、と鳴いたそれは、俺たちを守るように展開されていた。
飛び出した俺に反応して、八面体は体をぐるりと回し……もしかしたら前があるのかもしれない……支えにしていた三本の触手のうち、一本を即座にしならせた。
ビュッ、バチィンッ!
伸びた触手は俺が避けると容赦なく岩の刃を叩き、触手を叩きつけられた岩は、その自慢の刃を難なく砕かれてしまう。
その破片は聞いていたとおりに激しく飛び散って、ランスの風に巻き込まれた。
「お返しだっ!」
ランスの風の流れが変わる。
礫となった鋭い刃は、ぐるりと弧を描いて、細い道を一直線に魔物へと飛んでいく!
バラッ、バラバラ――ッ!
魔物はそれを受け止めてもびくともしない。
それどころか、体表に蒼白い光りがいくつか走り、ちかちかっと光ったのがわかる。
俺はそのあいだに、手を前に翳していた。
「いけ……ッ!」
ズオオオォッ!
炎が渦を巻き、俺の腕ほどの槍のような形となってそのまま魔物へと突き進む。
驚くことに、八面体は触手の中間を軸にしてぐるぐると蜷局を巻かせ、即席の盾を仕立て上げた!
それで炎を受け止めるつもりだろうけど……。
「そんな防御で止められると思われたなら、心外だな」
俺は翳した掌をぐっと握りこんだ。
途端、槍は蛇が口を大きく開くように上下に分かれ、盾を呑み込んだ。
俺の炎が炸裂し、魔物の体が傾ぐ。
「いまだ!」
「……ふっ!」
俺の号令とほぼ同時に、ウイングの魔法が発動する。
魔物の向こう、水がかなりの質量を伴って膨れあがり、見上げるような壁を形成する。
傾いだ魔物をそのまま固定した壁は、恐らく常に流れているのだろう。魔物が沈み込むことはない。
ウイングは、俺の意図をしっかりと理解していた。
ランドワールが、一歩遅れてバヴェルが、剣の切っ先を正面に向け、柄に両手をしっかりと重ねて突進していく。
彼らの背中を、ランスの風が後押ししているのがわかった。
「覚悟――ッ!」
なぜか後方にいるハームが、ひとり大声で気合いを発し――。
ドドゥッ!
重い音とともに、ふたりの騎士の剣が八面体にめり込んだ。
魔物は自分にのし掛かる脅威に、その触手を三本とも振り上げる……が。
「させないッ!」
俺の放った炎が、振り下ろされる触手を弾き上げ、ランスの風が水の壁へと押し付けた。
「うぬおおぉぉっ!」
ランドワールの雄々しい声とともに、その触手は徐々に抵抗を失って……沈黙。
ウイングが壁を霧散させると同時に、ボトリと音を立てて転がった。
俺はすぐさま魔物へと駆け寄り、完全に動かないのを確認してから、剣を手に呆然としているバヴェルの肩を叩く。
「お疲れさん!」
「……っ!」
我に返ったバヴェルが、俺を見上げてむっと唇を尖らせる。
……どうもこの騎士だけは魔法に対しての嫌悪が強い気がするけど……いや、もしかして俺のことが嫌いなのかな?
なにか言ってやりたい気持ちはあるけど、あとにする。
俺はもう一度バヴェルの肩をぽんっと叩いて、外套の内側のポケットから、いくつかの鉱石を取り出した。
「あら、ルークス……それは?」
ウイングがぱんぱんと服の皺を伸ばしながら聞くので、俺は手を止めずに答える。
「魔力を溜める鉱石をいくつか持ってきた。これに、この魔物が魔力に戻るのを見計らって……」
言っている間に、魔物がぼんやりと光りだし、いくつもの柔らかな灯りが空気へと溶け始めた。
「こうやって、魔力を溜めていく……と」
鉱石を翳し、その表面に、魔法を使える人なら誰でもできるような簡単な術を発動させることで、溶け始めた魔力がすうーっと吸い寄せられてくる。
「なるほど……記憶をたどるつもりですのね? 手伝いますわ」
どの鉱石が適してるかわからないからな、とりあえず手当たり次第かき集めてきたんだ。
俺はウイングの申し出をありがたく受けて、せっせと魔力を集めた。
これが当たれば、誰の仕業か……それが難しくとも、なにかしらの情報が得られるはずなのだ。
本日分となります!
よろしくお願いします!