戦いの輪舞曲⑦
「雷を使った理由……だったよね?」
正直、まだアストと敬語なしで話すのはそわそわするんだけど。
私が言うと、彼はこっちを見ずに「そうだ」と言った。
うーん、返事もそっけないように聞こえるけど、周りを警戒しているからなんだろうな。アストなら話しながら注意を怠らないなんてこと、簡単にやってのけそうだもん。
「勿論、ルークスが止まっちゃって……なんとかしなきゃって思ったから……だけど」
「そうか。……考えなかったのか?」
「えっ?」
「雷の魔法で助けられて、あいつがどう思うかを」
「……どうって……あ」
私は、アストが言いたいことがなんなのか、やっと気が付いた。
ルークスは過去、雷の魔法を使う女騎士のティルファさんに守られたのだ。だから、私がしたことは……ルークスにそれを思い出させる行為だってことで……。
「お前が動かなければ、ウイングも、メッシュも動いたはずだ」
「……それは、でも……」
アストに反論しようとしたのに、言葉が出てこない。
確かに、私じゃなくてもよかったんだ。誰が倒したって、よかった。
でも……だからって……。
言いかけては、口を噤む。それを何回か繰り返しながら、自分の行動を何度も思い返す。
けど、たどり着く気持ちはひとつだけだったんだ。
――私は自分の胸元で、掌を向かい合わせた。
バチバチッ……!
その手の間で、蒼い光が捻れ、弾ける。
「誰でもよかったかもしれない! でも、私がなんとかしたかった! この雷は、皆を……ルークスを守る光なんだから! 助けたいって思うのが仲間でしょ? 私は自分のしたことが間違いだなんて、思わない!」
思いのほか、大声が出てしまったようで。
気が付けば、皆の足が止まっていて……。
先頭のルークスでさえ、目を丸くして、こっちを見ているのがわかった。
「……あ……え、ええっと」
「……」
私が伝えたかったはずのアストは、無言のまま、私にほとんど背中を向けている。
代わりに刺さる皆の視線ときたら……い、いたたまれない気持ちになるんだけど。
「あ、アストっ! ちょ、ちょっと! 私、ちゃんと答えただけで……!」
たまらなくなってアストの紅いマントをぎゅっと掴む。
……しかし。その肩が、小さく震えているのに、私は気が付いてしまった。
「……」
「えっ!? な、嘘でしょ!? わ、笑ってるのアスト!」
「なにやってんだお前ら……」
ルークスの呆れ声に、私は頬が火照るのを感じながら振り返った。
「だ、だって! アストが当たり前なこと聞くから……!」
「あはは、アストがデューに笑ってるのは初めて見た~!」
被せてくるメッシュに、再びアストに視線を戻す。
「や、やっぱり笑ってるの!? アスト、こっち、こっち見てよ!?」
笑っているところなんて、見たことがない。
しかも、笑われているってことは、さっきの質問は……!
アストはごほん、と咳払いをすると、徐にスッ……と振り返った。
「お前がちゃんと仲間のために動いたのか、知る必要があった」
「や、やっぱり……! って、もう笑ってない!」
アストは、私がどんな気持ちで雷の魔法を使ったのか、それを知ろうとしただけ。
「ルークスの気持ちは複雑かもしれないが、そこに躊躇ったことで致命的な結果となる場合もある。お前が助けようとして使ったその魔法は、正しい魔法だと判断する」
そう、私は試されただけなのだ!
「…………!」
絶句する私の横で、アストはマントを翻し、前へと歩き出した。
「ルークス。あとはお前に任せる」
すたすたと歩いて行く、騎士様。
これ、私が恥ずかしいだけだよね……?
呆然としていると、一瞬の後、ルークスがぼやいた。
「ええと……なんか俺のせいか……な?」
「ルークス、貴方、反省なさるといいですわ?」
「えぇ……」
「そうだね~。僕だってデューがちょっとかわいそうだと思ったもん。アストはそこを指摘したんだと思うけどな~?」
「か、かわいそう?」
「まぁな。……お前を助けたのに、お前、デューを労ってねぇもん。ちったぁしっかりしろよ、『王立魔法研究所、所長』さんよ?」
「……っ!」
「え……?」
皆がルークスに投げかける言葉に、私は改めて皆を見回した。
反省……かわいそう……労う?
ウイングも、メッシュも、ランスも……私と目が合うと笑ってくれて、最後に目が合ったルークスは、なんともばつの悪そうな顔をする。
「あの……デュー」
「あ、うん……」
「ごめん。俺、その――」
皆がにこにこ見守るなか、ルークスはなにか言いかけてから、大袈裟に咳払いをした。
「ゴホンっ。ほら、皆、さっさと歩く! 拠点に戻る前に日が昇っちゃうだろ!」
「あら。そのまま言えばいいのに……ですわ?」
「ねー。僕、所長がどんな言い訳するのか聞いてあげてもいいよー?」
「おーおー、真っ青だったくせに強がって、なぁ?」
ルークスはそれを聞くと、すーっと『笑顔』になった。
「そうか。それがお前たちのやり方か。……上等だ」
「……あら、私はなにも。では、あとはお願いしますわ、ランス」
「ふふ~。冗談だってば所長~! じゃあ先に行ってるね、ランス、デュー!」
「お、おい待て。なんで俺を生贄みたいに……」
「ランス。研究報告書、明後日に仕上げてくれればいいからな?」
「……ッ! ば、馬鹿言うなよ! な、なんで俺ばっかり!」
「あはは」
「あはは、じゃねぇよデュー! それ何度目だお前っ!」
ランスは捨て台詞のようにそう言って、逃げるように前方へと駆けていく。
それを見送りながら、ルークスは心なしか気持ちがほぐれたような、柔らかい笑みを浮かべていた。
そして、眺めていた私に気が付くと、翠の目を細めて、小さい声で言った。
「俺を守る光――ちゃんと見たよ。俺は大丈夫。ありがとな、デュー」
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