戦いの輪舞曲⑤
「まず、ひとつ」
「任せろ!」
ルークスの掌から炎の塊が……そうだな、彼の頭よりいくぶん大きめのものが、ゆるりと放たれる。
それを、ランスの魔法が瞬時に押し出した!
炎の塊はすごい速さで魔物に当たって、熱と光りを散らす。
……炎を噴出させて攻撃するんじゃなく、風の魔法で塊を飛ばすこともできるんだ……!
思わず、目を瞠る。
「――あんな使い方もできるんだね」
私の隣に戻ってきて警戒しているウイングに言うと、彼女は油断なくあたりを窺いながら頷いた。
「ええ。塊を浮かせたり、投げることも可能ですけれど、風の魔法を利用すれば、それだけ速度が出せますの。けれど、加減を間違うと炎を蹴散らしてしまったりしますわ。あれは、ルークスとランスの魔法制御がうまくできている証拠ですわね」
……魔法制御がうまくできている証拠……。
私はウイングの言葉を心のなかで反芻しながら、まさに二発目を撃とうとしているルークスとランスをまじまじと眺める。
次はもっと大きな炎の塊で、その光がルークスやランスを紅く照らしていた。
伝わる熱も感じられるから、ランスの位置はそれなりに熱いのかもしれない。
「ふたつめ、いくぞ!」
「はいよっ!」
ふたりの声に呼応するように、激しく燃える塊が一直線に放たれる。
ゴ――ズドォンッ!
――今度も、炎は風を受け、散ることなく魔物へとぶつかった!
そのあいだ、勿論魔物だってじっとしてるわけじゃない。
触手を使って、ゆら、ゆら、とこっちへ向かってきていたんだけど、あまり速くはないし、距離があると攻撃もできないみたい。
きっと知能も高くないんだろう。回避する素振りさえなかった。
「三個目いくぞ」
「了解!」
ルークスの掌から、炎が噴き上がり渦を巻く。それはぐるぐると球みたいになって、膨れあがっていった。
ランスは、炎の塊を見ながら風を調整しているようだ。
けれど、予期せずして――ルークスの動きが止まった。
ビリッ……バチッ!
黒い体の表面がちかりと瞬いて、魔物から放出たれたのは……雷……だったのだ。
「…………!」
ルークスの瞳が、困惑に揺れたように見えた。
なにを言いかけたのか、小さく開けられた口から声は漏れなかったけど……見開かれた双眸は魔物に釘付けされている。
彼の手の上に浮かんでいた炎の塊が、その気持ちを現すようにゆらりと揺らめいて、萎み……溶けていく。
私は、ぎゅっと手を握り締めた。
魔物が珍しいという雷の魔法を使ったから、きっと、ルークスは思い出しているんだよね。
……私だってそうだもの。
ルークスの過去、それを聞いたあとだし、考えないほうがおかしい。
『この魔物が、過去、王立魔法研究所が襲撃された事件と、関係しているんじゃないか』って。
――だからかもしれない。
私は、いろんな気持ちを呑み込んで、ぎゅっと唇を引き結んだ。
――動かなきゃ駄目なんだって、思った。
完全に動きを止めてしまったルークスの代わりに、私は、魔物へと手を向ける。
大丈夫、たくさん練習したじゃない! 一緒に戦うって、決めてたんだから――!
集中すれば、翳した掌に、蒼い光が集まり出す。
「! デュー、お前、なにして……ッ」
最初に気付いたのはランス。
私は、彼を無視して、そのまま『形』にした魔法を放った。
「いけ――!」
バッ……バチバチバチィッ!
弾けた雷が、黒い魔物へと屈折を繰り返しながら突き進んでいく。
それは、夜の闇を斬り裂く蒼い槍。
魔物まで到達した私の雷は、その体に巻き付く蛇の如く広がり、弾けていく。
それでも、私は魔法を放ち続けた。
……やがて。
ぐらり、と傾いだ黒い魔物は……触手で体を支える素振りもなく、雷に吹き飛ばされて地面を転がり――弱々しく明滅したあとで、動かなくなった。
慎重に、いつまた動いても魔法を撃ちこめるよう、息を殺して様子を窺う。
しばらくそうしていると、ウイングが私の左肩に手を置いたので、私はようやく腕を下ろし、彼女に頷いてみせた。
「デュー! すごい、やったね!」
「あ、ありがとうっ」
転げるように駆けてくる、子犬みたいなメッシュにも、笑顔を向けて応える。
「…………」
ちらと窺うと、ルークスの顔色は、暗くてもわかるほどに蒼白く……私は、その目線の先に転がる黒い魔物へと、再び視線を戻した。
――その瞬間。
「……ッ!」
ひゅ、と、自分の喉が鳴る。
倒れた魔物の横に……『それ』が立っていたからだ。
いつ、来たのか。どこから、来たのか。全くわからなかったのである。
夜の闇よりもなお暗い、靄がかかったような影。
人だってことは、わかる。それなのに、顔も、性別も……背丈さえも曖昧で……。
なんだか、すごく『嫌な感じ』なのに、眼を逸らすことができなくて。
「……ちっ、この野郎!」
ランスがいち早く風を巻き起こし、影の周りに土埃が噴き上がる。
「しっかりなさいルークス!」
ランスのお陰で我に返ったのか、ウイングが叱責すると、ルークスは肩を跳ねさせて、弾かれたように腕を上げた。
「……っこの!」
グゴオオゥッ!
ルークスの手から噴き出す炎がほとばしり、巻き起こる風に乗って、土埃とともに渦を巻く。
――そのとき、いろんなことが、一度に起こった。
今日は夜に予定があるため、本日分としてこちらを投稿しちゃいます。
やっぱりお休み中にあまり更新できなかったです、申し訳ない。
いつもありがとうございます!




