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疾走と弾丸  作者: 榊かえる
27 弱虫おおかみとおこりんぼうの赤ずきん
204/208

27-2

「で」


 当日、夜。網屋の部屋、食卓。


「先輩は今、くちゃくちゃ悩んで、しょぼしょぼの顔して、へこんでる、と」

「ひゃい」


 カセットコンロの上でホカホカの状態を保つおでんの鍋。そこから容赦無く餅巾着と大根とじゃが芋とまるごと一本の焼きちくわとデカいウインナーを取り皿に確保し、相田は眉間に皺を寄せて網屋を見つめた。

 ちなみに、最初に出された大根の千切りサラダはポン酢とマヨネーズをかけて三口で完食している。


「オカアサン、のんちゃんをそんな子に育てた覚えはありませんよ!」

「マー坊に育てられた覚えはねえ!」

「デスヨネー」


 相田も、網屋の言わんとしていることは分かる。巻き込まずに済ませたいと思うのは当然だろう。分からんでもない。だが。


「えー、なに、ずっと悩んでたんスか? もしかして」

「ずっとってほどじゃないんだけどさぁ、ほれ、前に目澤先生が仕事帰りに襲撃されたべ。なんかあの辺からこう、覚悟を決めるとかそういうの考えちゃってさぁ」

「あーね、覚悟ね。目澤先生、覚悟ガンギマリしてましたからね」

「加納さんに全部話したんだっけ? なんか言ってたよな」

「言ってた言ってた。みさきちゃんからも聞いた」

「俺も。加納さんに、目澤先生のことよろしくお願いしますって言われちゃった」

「俺も俺も」


 ここで、バカでかい溜息。がっくり項垂れる網屋を尻目に、相田はどんどんおでんを確保する。適当な相槌を打ちながら。


「目澤せんせえとさあ、加納さんはさぁ、もうくっついてるわけじゃん?」

「そっすねえ」

「だからさぁ、あれでいいと思う。すごくいいと思う。でもさぁ、俺はさぁ、勝手に浮かれてるだけだからさぁ〜」


 とうの昔にお前ら両思いなんじゃ、と言うのは簡単だ。しかし相田は決して言わない。それでは何の意味もないからだ。口を出さずに見守るというみさきとの協定もある。故に、相田は口の中に大きめのロールキャベツを放り込んで物理的に塞いだ。


「こないだのさ、ほれ、兄弟子と遭遇しちゃったって話したじゃん」

「ほひ」

「その人もさあ、何しでかしてくるかわっかんねえしさぁ」

「ほんはひ……そんなにアレな感じの人なんスか?」

「いや、よく知らんけど」

「知らんのかい」


 網屋は大根の上に辛子を多めに乗せて、箸できれいに四分割した。


「知らんけどさ、でもなー……なんか……あれはかなり、ガチめだった」


 相田は、網屋とその兄弟子がどのような言葉を交わしたのかまでは知らない。が、網屋の顔が苦笑にも満たぬ僅かな歪みを見せ、内容があまり洒落になっていないことを悟る。


「分からん。相手が何をやってくるのかさっぱり分からん。仕掛けてくるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから……」

「だから、被害が拡大する可能性を潰しておきたい?」

「ウン」


 鍋が沸騰しそうになり、慌てて網屋はカセットコンロを弱火にする。鍋の頂点でぷるぷると震えていたはんぺんが動きを止める。


「……だから、椿の店にも行かない?」

「なんで知ってんのォ!」

「椿から聞いた」

「マジでぇぇ」


 週二で通っていたのが音沙汰なくなってしまえば、誰だって気にもなるだろう。よもや両片思いの状態、よもや椿である。相田からすれば、椿の割には動きが鈍いなという感想なのだが。

 突っ伏した網屋の頭の天辺を見つめながら、相田はおでんを次々と取り皿に盛る。ごぼう巻きと大きいさつま揚と、それからはんぺん。


「俺んちの四十九日過ぎるまで控えてるのかな、って思ってたんですけどね。もう過ぎましたよ、四十九日」

「う、ウン」

「もう行ってもいいんじゃねえの? って思ってたんですよね先週からね」

「ううー……」

「椿もそう思ってたみたいっスよ」

「まあ、ウン、だろうねえ」

「……先輩」

「ひゃい」

「人んちの冠婚葬祭を言い訳に使わない!」

「ごめんなさい! 申し訳ない! 許してェ!」

「許さねえーッ!」


 取り皿に大根を鬼のように追加。あと卵も容赦なく複数。今日の相田は無慈悲なのだ。おでんの具一種類につき一個などという生易しい真似はしない。つみれとがんもも全部取ってしまうのではないかというほどかき集めて、取り皿の上に山盛りだ。


「あいつ、怒りますよ。多分」

「なんでぇぇぇ」

「怒るっていうかキレるんじゃねえのかな」

「どぉしてぇ」

「自分の胸に聞けぇ!」


 もどかしい。ぶちまけてしまいたい。いやしかし、自分がぶちまけても状況の変化は見込めなさそうだ。


 網屋には幸せになってもらいたい。可能な限り、負担を乗り除いた状態で生きていてほしい。これが相田の本音だ。

 だが、網屋が想いを遂げることが本当に彼にとっての幸せなのかどうか、そこはよく分からないのだ。自分に分かることと言ったらただ一つ。

 好き同士なんだから、くっついてほしい。


 網屋自身が願っている以上に、相田の欲望として「元のままの先輩でいてほしい」というものがある。完全に戻れという訳ではないが、要は、芯の部分は自分の知っている網屋希のままであってほしいという願望である。

 だから、現在の職業的な問題で煩わされてほしくない、というか、その……。


「あああー分からん! 分からん!」

「うわぁ何だよぉ相田ぁ、こわいよ突然」

「考えたってわっかんねえんだから、先輩もくちゃくちゃ考えるの辞めちまえばいいんスよ!」

「もぉぉーなにぃー? まーくんこわぁい」

「ギィィー! ギギギッ! ギギィ!」

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