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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
最終章 世界編―選んだ未来―
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第六話 覚悟の形



「……納得、できません」


 食堂内に、小さな、しかし凛とした言葉が響き渡った。

 声の主は、〈月詠〉の〝奏者〟であり《赤獅子》朱里・アスリエルの妹――咲夜・アスリエル。

 彼女の声は決して大きいものではない。しかし、静かに響いたその声は食堂内へと響き渡った。


「納得、か」


 対し、言葉を紡がれた人物――カルリーネ・シュトレンはフォークを皿の上に置きながら咲夜の言葉を反芻した。周囲の視線が二人へと注がれる。


「成程、面白い言い回しだ。それで、何だ? 貴様を前線から外せとでも言うつもりか?」

「…………」

「先に言っておくが、貴様を外すという選択肢はない。貴様の〈月詠〉は今や重要な戦力だ。小娘も、な。……いや、重要度ならば小娘の方が上だろうが」


 カルリーネの口調は淡々としている。それが余計に、目の前の少女の感情を刺激した。


「一緒に戦えるわけ、ないじゃないですか……! 味方を殺すかもしれない人なんて……!」

「味方殺し、か。リィラ・夢路・ソレイユは死んでいない。奇跡的に生還してきた。両足はやられたようだが、それについてはあの変態がどうにでもするだろう」

「そういうことじゃないんです!」


 机を叩き、咲夜は叫んだ。物静かな少女と聞いていたが……どうやら彼女は性格的にそうなのではなく、ただそういう自分を押し込めていただけらしい。

 カルリーネはそんな咲夜に視線を送り、ならば、と問いかけた。


「どういうつもりで言っている?」

「……アリス様は、優しい方でした。とても、とても……なのに、あんな……あんな人だとは……」

「自分の思っている人格と違ったから否定する、か。単純な思考で実に羨ましい」


 咲夜の眉が跳ねあがった。彼女はすぐさま言葉を紡いでくる。


「確かにあの時はリィラさんが人質に取られていました。しかし、他にも方法があったはずです」

「それについてはどうとも言えん。私は〝奏者〟ではない。貴様らがどれほどのことができるかなど知らんし、知ろうとも思わん。働いてくれればそれで充分だ。だが……ふむ。単純な比較だな」


 咲夜が眉をひそめた。カルリーネは変わらず淡々と、周囲にも聞こえるように言葉を紡ぐ。


「一億と0。これが何の数字かわかるか?」

「……何でしょうか」

「小娘と貴様が救った人間の数だ。今回の戦いは、決して負けられない戦いだった。負ければ三国同盟は追い詰められ、そのまま蹂躙されていただろう。ガリア連合も然りだ」

「…………ッ」

「そして、一万と0、でもある」


 咲夜が何かを言う前に、畳み掛けるようにしてカルリーネは言葉を紡いだ。その表情は変わらず真剣そのものだ。


「……それは、なんですか?」

「小娘と貴様が殺した人間の数だ。もっとも、小娘はもっと多くを殺しているだろうがな」

「…………ッ!!」

「今、貴様が何と思ったか教えてやろうか?――〝人殺し〟と、そう小娘のことを自分の中で評しただろう? 呑気なことだ。戦争の中、人を殺す役目を負わされた人間に何を今更。覚悟が足りていないからこそ、貴様は誰も救えず、誰も殺せていない」


 ため息を零すカルリーネ。無論、と彼女は続けた。


「直接一万人も殺してはいないだろうが。とはいえ、あの小娘の力は十分過ぎる物がある。昔ならともかく、今の小娘は政治的な戦略兵器と呼んで差支えない状況だ。それを考えれば少ない方だろうが……まあ、それは今後加速度的に増えていくだろう。小娘はそういう人生を受け入れ、突き進むと決めたのだからな。

 咲夜・アスリエル。英雄の血を分けた存在。貴様は、自らの行い一つでこれだけの人間の人生を変える――否、終わらせる重圧を想像できるか?」


 咲夜が唇を噤んだ。おそらく、必死で考えているのだろう。

 とはいえ、こんなものは詭弁だ。彼女が選んだのは事実だが、彼女――アリス・アストラーデは彼女の都合だけで力を振るっているわけではない。むしろそれを都合よく利用しているのはカルリーネたちであり、その責を咎められるとすればカルリーネたちこそが咎められるべきなのだ。

 爆弾そのものに罪がないように、力というのはその使用方法を考え、実行した者にこそ責任が付きまとう。それは爆弾に人格があろうとなかろうと変わらない。

 とはいえ、アリス自身の意志で動いている部分があるのは事実であるため、全くの責任がないと言えば嘘にはなるが。

 ……まあ、要するに、だ。

 少なくともカルリーネが言うような、『全ての責任がアリスにある』という考えそのものがおかしいということである。

 しかし、今の咲夜にはそんなことはわからない。


「……なら、一人の命は軽いというのですか?」


 乗ってきた――内心でつまらなさそうに、カルリーネは呟いた。


「仕方がないから、リィラさんを殺してもいいというのですか?」

「それは違うな。人の命というのは決して数で数えていいものではないし、命を『数』で数えることはそれこそ悪の所業だ。そういうことを繰り返せば必ず誰かの『正義』による報いを受ける」


 正義と、悪。

 信じていもいないその二つを振り翳してまで論理を紡ぐ自分は何なのか――カルリーネは内心で自嘲した。


「一人を救えない人間に、大勢を救うことはできない。誰の論理だったかは覚えていないが、確かにその通りだろう。だが、今の小娘は……いや、私と出会った最初の頃からか。アリス・アストラーデという存在は間違いなく『悪』の存在だ。しかも、以前は善も悪も関係なかったその存在が、今や自らを明確な『悪』と定めて動き出した。それが誰にとっての不幸かは知らんが……それがどういう意味か、わかるか?」

「……どういう意味、なのですか?」

「貴様は――否、貴様らは。決して『正義』ではいられないということだ」


 咲夜が眉をひそめた。周囲の者たちもその表情に疑問を浮かべている。


「どうして、そうなるんですか?」

「少しは自分で考えることを覚えた方がいいぞ? 考えてみるといい。貴様らよりも遥かに強い人間が、今現在、どうしようもない悪意にすり減らされ、潰され、歪んでいっている。しかも、まだまだ歪む余地のある状態という救いの無さだ」

「……アリスさん、ですか」

「そう。貴様が〝アリスさん〟と呼ぶ小娘――アリス・アストラーデにも、語られるべき過去があったというだけの話だ。あれほどの力を持つ者でさえ耐え切れなかった悪意だぞ? 貴様らが耐え切れる道理などない」


 この年頃の子供には少々重い話だろうが、まあ、仕方がない。

 自分たちは今、戦争をしているのだから。


「あの小娘は力を使うことを望み、また、望まれた。そして、その過程で死ぬはずだった。そうすれば一人の小娘が不幸の中に死ぬという一つの悲劇で話は終わっていただろう。しかし、小娘には力があった。生き残り、周囲の求めに応じられるだけの力を有していた。

 故に潰れ、歪み、捻れた。力の重さに、耐え切れなくなった。

 力というのは使えば使うほど自らに跳ね返ってくる。因果応報、だったか? 東洋の言葉だが、それが真理だ。そして貴様は、今更引き返すことのできないだけの力を有している。

 一万人に一人の奏者。それも、戦略級の力だ。それは必ず貴様を押し潰していき、どうしようもなくなっていくだろう。

 ……まあ、私から言っておく言葉は一つだけだ」


 食器を手に取り、立ち上がりながらカルリーネは言葉を紡いだ。


「――今更、潰れるようなことは許さん」



 …………。

 ……………………。

 ………………………………。



 食堂を出ると、白衣の男が立っていた。その男の隣を通過すると、背後から付いてくる気配が伝わってくる。

 正直、今はこの男と会話をするのは面倒だった。あんな未成年の子供しか喜ばないような論理を振りかざしても、何も楽しくはない。


「良い論理だったねぇ」

「詭弁と詭弁を組み合わせただけの、つまらない話だ。だが、あのような現実を知らん小娘には丁度いいだろう」

「ふむ、それは確かに」

「そもそも、最後のトドメを刺すか否かは英雄の要因の一つでしかない。そういう意味において、咲夜・アスリエルやリィラ・夢路・ソレイユ、その他大勢の者たちの働きがあってこそ小娘は活躍できたのだし、それこそ救った数は等しい――これもまた、詭弁だがな」


 要は捉え方の問題であり、今回はより都合のいい方へと解釈しただけに過ぎない。少々やり過ぎた気もするが、この程度で潰れるようないずれどこかで野垂れ死ぬ。

 まあ、それならそれで迷惑をかけないなら問題ないが。


「それにしても、キミも残酷なことをする。信じてもいない『正義』などという言葉を使い、いたいけな少女の人生を歪ませるとは。かつてアリスくんにそうしたように、彼女にも地獄を見せるつもりかね?」

「寝言は寝て言え、ドクター。私たちは戦争をしているんだぞ。面倒な歪み方をされるくらいならこちらの都合のいいように歪んでもらう。情操教育などその最たる例だ。それに、私程度の言葉で歪むような人生ならいずれどこかで歪んでいたさ。地獄などこれから先、いくらでも見れる」

「それもまた是。くっくっく、嫌な世になったものだ。人を歪めることが是となる世界とはね」

「貴様が言うのか、ドクター。小娘が完全に道を踏み外したのは貴様のせいだろうに」

「おや、咎めるのかね?」

「――まさか」


 笑みを零し、カルリーネはドクターの方を振り返った。


「どうせ歪んでいるんだ。直らないなら、跡形も残らんほどに歪んでもらう方がいい」



◇ ◇ ◇



 もたらされた報告は、衝撃の知らせだった。

 ――イギリス軍の敗北。

 指揮官であるマリア・ストゥルタックは〈ナイト・オブ・キングダム〉を破壊され、生死不明。大日本帝国から送っていた蒼雅隼騎も生死不明の状態らしい。

 イギリス軍は壊滅状態で、僅かに残った者たちが撤退を開始しているという。

 その報告を受け、護・アストラーデは会議室でソラ・ヤナギへと問いかけた。


「……どうする?」

「どうする、ってもなぁ。イタリア制圧されたまま放置すると、面倒臭い感じになるし。こっちから攻め込むのはありだろ。下手にEUを制圧でもされたら洒落にならん」

「だが……」

「お前さんの気持ちもわかるけど、俺たちは大日本帝国の人間だぞ」


 護に対し、ソラは笑いながらそう告げた。そのまま、局長、と同室にいた神道虎徹へと視線を向ける。


「どうします? イタリア更地にしますか?」

「更地にすると痕が面倒だろうが。……とりあえず、俺が出向こう。護、ソラ。オメェらは自分の軍隊連れて日本に帰れ。ガリアには最低限残しとけば問題ねぇだろう」


 立ち上がりつつ、そう言葉を紡ぐ虎徹。待てよ、と護が言葉を紡いだ。


「帰れってのはどういうつもりだ?」

「言葉通りの意味だ。イタリアで戦うのは既定路線。EUがどうなろうと知ったことじゃねぇが、イギリスは俺たちの同盟国だ。それを潰された以上、黙ってる道理はねぇ」

「なら、俺たちも出る。イギリス軍が撃退されたんなら――」

「――足手纏いだ。今回に限ってはな」


 鋭い視線を護に向け、虎徹は言い放った。


「三国同盟にはシベリアが組み込まれてて、戦場はイタリア。オメェらが満足に動けるわけがねぇ」

「俺は別に気にしませんけどねー」

「馬鹿野郎。オメェ以外に誰がそこの馬鹿を制御するんだよ?」

「ああ、成程。了解」


 虎徹の言葉に、軽い調子で応じるソラ。護は拳を握り締めた。


「オメェとの契約は、向こうが手ェ出さねぇ限りの条件付きだ。……一度頭を冷やして来い。ガリアの馬鹿共が使った核兵器についての報告もあるしな」


 そう言い切ると、虎徹は部屋を出て行く。ソラは護へ視線を送ると、仕方ないだろ、と言葉を紡いだ。


「お前さんがどんだけ気を配ろうが、向こうが戦争を始めたんだ。どうしようもねーよ」

「……わかってる。わかってるさそんなことは」

「にしても、大日本帝国も鬼畜だねー。お前さん、無駄に情が厚いから……部下の連中を見捨てられない。そうなると、今更裏切るわけにもいかない」

「…………ッ」


 ソラに指摘され、より一層強く護は拳を握り締める。そう、彼の言う通りだ。

 柴村天元を中心とした部下たちに、護は情を抱いている。元々、大日本帝国が約束を守るとは思っていなかったが……そうであったとしても、刺し違えてでも帝の首を獲ろうと思っていた。

 しかし、今の護に勝手なことは許されない。

 彼が勝手をすれば、背負った者たちが殺される。

 かつてシベリアで守れなかった――あの日々のように。


「《氷狼》の強さはその情の厚さだ。こんなクソみたいな場所でよくもまあ、そんな精神でいられると思うよ。けど、それを逆手に取られてる。……お前さん、誰かを見捨てるとか無理だろ?」

「当たり前だ! 見捨てていい命なんてねぇだろうが!」

「でも、見捨てなきゃいけない命はある。……とりあえず、帰還の準備をしようぜ。話はそれからだ」


 ソラも部屋を出て行く。彼の言うことの意味はわかる。大のために小を切り捨てる――それが必要なことはいくらでもあるのだということは、とっくの昔に理解している。

 でも、それでも。

 もう何も失わないために、護・アストラーデはここに来たのに――……


「……ちくしょう」


 呟いた言葉は。

 酷く、苦いものだった。



◇ ◇ ◇



 シベリア連邦東部、城塞都市アルツフェム。それと距離を空けた位置に、簡素な砦が建てられていた。

 大日本帝国軍が用意した、陣だ。


「とりあえず、長期戦になることは間違いない。前回の落城で学んだか、かつてよりは随分と堅牢さを増している」


 その砦の奥にある天幕で、大日本帝国《七神将》第一位、《武神》藤堂暁はそう言葉を紡いだ。天幕にいる者たちは、皆一様に頷きを返す。


「とはいえ、時間をかけ過ぎるのも問題だ。イギリス軍が敗北し、虎徹さんが動いたと連絡があったが……三国同盟にプレッシャーをかけるためにも、ここで動いておきたい」

「ど、どうするんですか……?」


 おずおずとそう言葉を紡いだのは、大日本帝国《七神将》第四位、《神速刃》水尭彼恋だった。彼女の言葉に頷きを返しつつ、暁は言葉を続ける。


「情報によれば、援軍がこちらへ向かっているんだろう?」

「はい。ただ、我々に先んじることができないと悟ったらしく、テュール川の向こう岸に駐屯し、こちらへいつでも援軍を出せるようにしているようですが」

「そこにシベリア王がいるというのは本当か?」

「報告によれば、間違いないと」


 男が頷く。暁はそれを受け、ならば、と言葉を紡いだ。


「少数精鋭で叩きに行く。俺を含め、百人。死ぬ覚悟のある者を連れて行く。上手くすればシベリア王の首が獲れるはずだ」


 反論はない。彼――藤堂暁についていく者はともかく、暁が死ぬことなどありえない。

 敗北はなき、一騎当千の怪物。それが《武神》なのだから。


「おそらく相手はイギリス軍を撃退したことで浮足立っているはずだ。……一度、その出鼻を挫いておく」


 それだけを言い切ると、暁は立ち上がって外へと向かう。


「出発は明朝。連れて行く百人はこの後俺が選んでおく。その間、彼恋。お前がここの指揮を執れ」

「えっ、あ、わ、私……?」

「――任せた」


 慌てる彼恋へとそう言葉を遺し。

 暁は、天幕の外へ出る。


「もうすぐだぞ……みなも」


 その言葉だけを、呟いて。

 最強の《武神》は、刺すような冷気の中を歩き出した。


カルリーネ大先生の詭弁祭。

一見正論に見えるけど実際には違う――これぞまさしく詭弁ですね。



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