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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
最終章 世界編―選んだ未来―
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第五話〝ごめんね〟


 その日は、朝から街全体が異様な雰囲気に包まれていた。

 避難勧告が出されていたとはいえ、街から逃げ出さなかった者は多くいる。そもそも、この現状でどこに逃げればいいのか――同時に、逃げる場所ない者というのが大半だった。

 それ故に、イギリス軍と三国同盟・ガリア軍が街で睨み合いながらも人の営みというのは行われてきた。

 ――しかし。

 もう陽は天へと昇ろうというのに、街に人影は一つもない。誰も彼も、家の中へと閉じ篭っているのだ。

 人間とは、『本能を忘れた動物』と呼ばれることがある。

 明確な天敵がおらず、他の動物に比べると遥かに生存の上で恵まれているが故に、他の動物と比べて危機的本能が欠如しているとも言われるのだ。

 だが、今日。

 そんな人間の退化した本能でさえ、外に出歩くのは『危険』とわかる。

 皆、理解しているのだ。

 今日ここは――戦場になるのだと。



「閣下、決断を」


 イギリス軍の天幕で、金髪の少女――イタリアへ駐屯する軍の指揮権を預かるイギリス軍中将、マリア・ストゥルタックへ一人の老将がそう言葉を紡いだ。その言葉には、僅かに窘めるような響きがある。


「お気持ちはわかりますが、ここで攻め込まなければ蒼雅殿の働きが無駄になります」

「…………」

「すでに向こうに我々の動きは知られたと考えて間違いないでしょう。後手に回れば不利となります」

「…………連絡は」


 ポツリと、マリアは呟いた。

 静かに、まるで何かを堪えるように。


「蒼騎より連絡は……無かったのですね?」

「……はっ」


 老将は、頷く。

 マリアは、そうですか、とだけ頷いた。


「…………」


 目を閉じる。隼騎が容易く死ぬとは思えない。しかし、あの隼騎がこの時間になって連絡の一つさえも寄越さないのもおかしい。

 そうなると、無事ではないと考えるのが妥当だ。そしてそれは同時に、向こうにこちらがすでに動いていることを知られることになる可能性が高いということだ。ならば、早急に動かなければ状況は不利になっていくのは自明の理。

 そう、理性ではわかっているのに――


「――全軍に通達。一時間後、進軍を開始します」


 その凛とした瞳をヴァチカンへと向けながら。

 静かに、宣言する。


「先陣は私が。そう伝えてください」

「――はっ!」


 老将は頷くと、すぐに天幕を出て行った。一人天幕に残されたマリアは、静かに呟く。


「……帰って来てよ、蒼騎……」


 祈るような、その呟きの後。

 マリアは、天幕から出て行った。



◇ ◇ ◇



 イギリス軍の進軍が始まり、リィラ・夢路・ソレイユはドクター・マッドがチューンアップした神将騎――〈ミラージュ〉に乗り込んでいた。イタリア軍の主力とされる〈ミラージュ〉だが、リィラのそれはイタリア軍のものとはカラーリングが変えられており、どこか血の色に似た深紅の色を写している。

 そのコックピット内で、リィラは無線を使って後方と通信を行っていた。


『さて、リィラくん。改めて言っておくが〝ストライク〟の扱いは十分に気をつけたまえ。出力調整を間違えるとその場で死ぬことになる。それは実に命が勿体ない』

「言われんでも大丈夫や。自分の武装で死ぬなんて阿呆の極みやしね」

『うむ。だが、いいのかね? キミが最前線に開幕から出る必要はないと思うが』

「ウチはソラみたいに器用に人をまとめることはできひん。せやったら、前に出て敵を殺しとる方が性に合っとる」

『怖いねぇ。……さて、それではそんな隊長殿の目から見て相手はどうかね?』

「流石に正規軍や。油断は出来ひん。アリスの力がどれほどかは知らんけど、こっちも相当な被害は出るで?」


 ガリア軍も弱いとはいわないし、むしろ士気の高さ――それこそ故郷を捨ててでもEUに〝復讐〟することを目指している部分はかなり頼りになる。

 しかし、イタリアの電撃制圧の際にかなりの強行軍を行ったために少なくない被害が出ているし、単純な数の上でもガリア軍はイギリス軍に負けている。

 オーストラリアに逃げた者たちや首都以外の場所へ散っている者たちのことも考えると数はいるが、彼らはここにはいない。


「そもそもイギリス軍とイタリア軍とではモノが違うんや。同盟軍をどこまで信用できるかも不安やし、厳しいのには変わりない」

『だが、勝たねばならない戦だ。この後を戦っていく上でも、キミの目的のためにもね』

「それはわかってる。……さて、お客さんや」


 ドクターの言葉にそう応じ、前を見る。機器を操作し、視認距離を増やす。

 ――〈ナイト・オブ・キングダム〉。

 イギリス最強の神将騎にして、《聖騎士パラディン》と呼ばれる〝奏者〟が操る神将騎だ。その武勇は凄まじく、同列の英雄とされる《赤獅子》朱里・アスリエルを知る身としてはかなり気後れする部分がある。

 自分は神将騎に乗れるとはいえ、所詮はただの兵士だ。『英雄』は次元が違う。


「どこまでやれるかわからへんけど……まあ、やるか」

『任せたよ』


 そんな、ドクターの言葉を合図とするように。

 ――大砲の轟音が、開戦の合図となるかのように鳴り響いた。



◇ ◇ ◇



「思ったよりもイギリス軍が動くのが遅かったな」


 会議室に、そんな声が響き渡った。カルリーネ・シュトレン。ドイツの代表の立場に就き、現在のドイツを実質上支配している『救済党』の党首である女性だ。

 彼女は会議室から見える戦場――大砲の轟音を合図とした遠距離砲撃による前哨戦を見ながらそんな言葉を紡ぐ。その彼女の言葉に応じたのは、仮面の男だった。


「予測では昨夜中にでも動くと思っていたのだがねぇ。件のスパイもアリスくんが排除したようだし、向こうにしてみれば時間を置けば置くほど不利になると考えるのが普通だと思うのだが」

「ふん。くだらん。あの小娘も、スパイを捕まえるでなく本当の意味で『排除』しただけとは。やはり信用できん」


 吐き捨てるように言うカルリーネ。ドクターは、おやおや、と大仰に肩を竦めた。


「辛辣だねぇ。キミたちの総大将だろう?」

「感情と理性は別物だ。私個人はあの小娘のことが大嫌いだが、能力があるのも事実。ならば精々役に立ってもらうだけだ。それこそ『身を粉にしてでも』な」

「くっくっく、身を粉に、とは。実に皮肉が効いている」

「どうせ未来など望めぬのだろう、あの小娘は? ならば私たちのためにその命を使ってもらう。無意味に死んでいくよりは遥かに有意義だ。そういう意味ではあの小娘が出てくるきっかけとなった《氷狼》には感謝してやってもいい」

「おや、《氷狼》がいればもっと楽だったと呟いていたのはキミではなかったかね?」

「そういう意味では、と言ったはずだ。そもそもこの状況になっていること自体が何よりも不愉快でたまらん。後の時代は今のこれを『第二次大戦』とでも呼ぶのだろうな」


 ふん、と吐き捨てるように言うカルリーネ。その彼女へ、ドクターはそれはそうだろう、と言葉を紡いだ。


「世界の頂点に喧嘩を売っているのだ。それを戦争と呼ばず何と呼ぶ?」

「……大日本帝国か。しかし、一つだけ疑問がある。大日本帝国は何故、『あのようなこと』を目指す?」


 ドクターへと視線を向ける。……仮面に隠されたその素顔は、読み取ることができない。


「人間とは『自由』であるからこその〝人〟だ。それを否定するなど、本末転倒だろうに」

「……そういえば、キミは大日本帝国の目的を知っているんだったねぇ」

「あの島国で勝手な自己陶酔に浸っているならばどうでも良かったのだがな。我々を巻き込むならば話は別だ。人とは己の意志で生き、選ぶからこその人だ。与えられただけの仕事をこなすだけなど虫と変わらん」

「だが、彼らにとってはそれが正義だ」

「はた迷惑な正義だが、押し通そうとするならば迎え撃つしかない。少なくとも私は、我が民のために吐いた言葉を嘘にするわけにはいかん」

「面白いねぇ、やはり。〝王〟という生き物は本当に不思議だ」

「貴様にはわからんだろう。自分自身のことしか考えていないような存在に、〝人〟の気持ちなど」

「まあ確かに、〝人〟であったことなど忘れてしまったが」


 ドクターが肩を竦める。そんなドクターをしばらくカルリーネは探るように見ていたが、興味を失うと視線を外した。元々信頼も信用もしていない相手だ。益になるなら良いが、別に死んでくれても構わないとカルリーネは思っている。

 コーヒーを口に含むカルリーネ。その耳に、ノックの音が響いた。入れ、と言葉を口にすると、一人の少年が部屋に入って来た。

 ――ヒスイ。

 人工的に生み出された〝奏者〟――〝名無し(エラー)〟にして、ドクター・マッドの『最高の失敗作』。


「何の用だ?」

「……ドクターが、ここにいるって」


 問いかけると、相変わらずの何の感情もない瞳をこちらへと向けながらヒスイはそう言葉を紡いだ。その姿を見、これだ、とカルリーネは思う。


 ……この瞳が、大日本帝国の目指すものだ。


 己の意志も感情も持たず、文字通りの『人形』として生きる存在。大日本帝国が目指す世界が実現すれば、世界はヒスイのような存在で溢れ返る。

 自らの命に感情を抱かず。

 他者へ感情を向けず。

 自らにさえ、何も思わない。

 吐き気がする、とカルリーネは思った。『人形』として生きるヒスイも、それを生み出したドクターも、その研究を認めたかつてのイタリア軍部も。

 人に可能性さえ認めない……人が人を生み出すなど、その人生を決めつけるなど。

 ――神にでも、なったつもりだというのか。


「ふん。ご使命のようだぞ、ドクター」

「ふむ、そのようだ。どうしたのかね?」

「……ドク、忙しそうで話せなかったから。今、話すね」


 確かにシベリアに入ってからのドクターは常に忙しく動き回っていた。……その目こそ、爛々と輝いていたが。


「何かね? キミから私に話したいことなど珍しい」

「――神将騎に、乗りたい」


 相変わらずの、感情の見えない瞳で。

 ヒスイは、確かにそう言った。


「何だと? 貴様の神将騎〈クラウン〉は大破し、修復は不可能になった。貴様にアレ以外に乗れる神将騎などないはずだろう?」

「……うん。でも、乗りたい」

「ふぅむ。何故かね?」


 ドクターが首を傾げる。彼でさえもヒスイの真意は掴めていないらしい。

 いや、むしろヒスイの真意を掴める者などどこにいるのだろうか。

 人ではなく人形だからこそ――『名無し』と呼ばれるのに。


「……僕、このままだと役に立てない」

「役に立つ?」

「……僕は、人形。なのに、後ろで守られてるだけじゃ……駄目」


 ヒスイは語る。戦うための道具が、戦場にいないのはおかしいと。


「……アリスを、助けたい。今、アリスは一人ぼっちだから。お願い、ドク」

「あの小娘を? 随分と懐かれているのだな」

「……〝約束〟、したから」


 大事な約束、とヒスイは呟く。


「……どういうつもりで言ったのか、わからないけど。護と、約束したから。アリスを――守るって」

「――どれぐらいの覚悟があるかね?」


 ドクターは仮面を外し、ドクターはヒスイへと問いかける。その瞳は常に浮かべている怪しいものではなく、真剣な色を宿したものだった。


「……覚悟、っていうのがどういうものかは、わからないけれど。

 約束のためなら、〝どうなってもいい〟とは……思ってる」

「本当に、いいのだね?」

「……うん」


 ヒスイは頷く。変わらずどこを見ているのかわからない瞳をしながら。

 それでも、声に迷いはない。


「……僕にとっては、二人共大事な人だから」

「成程、良い覚悟だ。面白い。神将騎に乗りたいのだろう? だったら〈スノウ・ホワイト〉の席が空いているはずだ。あれに乗るといい」

「修復したものの、小娘以外に乗れなかった例の機体か」

「うむ。こちらにはないから、後で取り寄せる必要はあるだろうが」

「……ありがとう、ドク」

「何、構わんよ。ただ、条件として実験に手伝ってもらう。構わないかね?」

「……うん」

「ならばいい。……後でキミのところに出向こう。とりあえずこの戦闘には間に合わないから、待っているといい」

「……わかった」


 頷くと、ヒスイは部屋を出て行く。それを見送り、ドクターは笑みを浮かべた。


「いやぁ、これで戦力が一つ増えた。実にありがたいことだ」

「……貴様、都合が良いとは思っていないか?」

「何を言っているのかね? 私はこんなにも善意に満ち溢れているというのに」

「貴様の場合、善意が自らにしか向いていないのが問題だ」

「東洋には『情けは人のためならず』という言葉があるそうだよ?」

「……その意味は解らないが、貴様の使い方は間違っている気がするな」


 そこまで言うと、まあいい、とカルリーネは息を吐いた。正直、あの『人形』がどうなろうとカルリーネにとってはどうでもいいことだ。


「それで、どうするつもりだ?」

「私を誰だと思っているのかね?」

「……聞く必要のないことを聞いたようだ」


 カルリーネが再び息を吐く。それを見てドクターが笑みを零し、仮面を着けながら言葉を紡いだ。


「ふむ。――リィラくんが敵将と接敵したようだね」



◇ ◇ ◇



 大日本帝国秘蔵の神将騎であり、現状唯一確認されている『戦闘能力を持たない神将騎』――〈月詠〉。

 咲夜・アスリエルが駆るその神将騎は、正に理解不能なロストテクノロジーで構築されている。『悪意を持つ人間を感知する』など、一体どんな技術があれば可能だというのか。

 いや、むしろ人間の五感に不調をきたす音波を指向性を持たせて発するなど……どうやればそんなことが可能になるのか。

 ――『敵対者の不調』。

〝戦えぬ神将騎〟、〈月詠〉。その能力はこの言葉で説明できる。〈月詠〉に悪意を向ける存在――正確には〝奏者〟である咲夜だが――が原因不明の不調に見舞われるというのが〈月詠〉の能力だ。それは常に比べて反応が鈍くなり、動きが遅くなったり、視界が狭まったりと本当に僅かな違いに過ぎない。

 しかし。

 一瞬の隙がそのまま『死』へと繋がる戦場においては、それはまさしく『戦略級兵器』の名に恥じない力を有していた。

 そう。


 ――本来戦うことなど許されないはずの《聖騎士》に、リィラがどうにか喰らいつけるようになる程には。



「大した力やな、あの〈月詠〉とかいう神将騎は……!」


 迫り来る無数の『ワイヤー』。それらを跳躍して紙一重で躱し、リィラは〈ミラージュ〉の装備である二丁のハンドガンの引き金を引く。しかし、その弾丸は相手が構えた盾で防がれてしまう。

 残念とは思わない。元々から自分が相手にならないレベルの存在だ。勝てるわけがない。

 しかし、この状態ならどうにか抗える。〈月詠〉のおかげだ。


「――――ッ、見えとるで!」


 風斬り音と共に、周囲の建物が削られ、抉られるように吹き飛ぶのが視界に入る。普通に見ればいきなり建物が吹き飛んだように見える光景だが、リィラにはそれが見えている。

 ――ワイヤー。

 身を隠すようにして〈ナイト・オブ・キングダム〉が前面に突き立てている巨大な盾。そこの側面より放たれているワイヤーだ。


「掴まってたまるか……!」


 機体を横へ飛ばし、ワイヤーを避ける。街灯が切断され、建物が抉られ、吹き飛んだ。

 西洋の鎧騎士を思わせる外見をした神将騎――〈ナイト・オブ・キングダム〉。その外見故に近接型の神将騎と思われがちだが、その真価は別のところにある。

 腕と接続された巨大な盾。そこから射出される、まるで生き物のような――否、実際に《聖騎士》の意志を持って暴れ回るワイヤー群。その圧倒的な範囲攻撃力こそがその真骨頂だ。

 かつての大戦でたった一騎でシベリアから派遣された十二の艦隊をワイヤーだけで壊滅させたのは最早伝説である。

 本来なら避けることさえ許されないほどに緻密に編み込まれ、放たれるワイヤー。しかし、今ならリィラにもどうにか避けられる。


『リィラさん大丈夫ですか!?』

「大丈夫や! やから咲夜は下がっとき! 目に見える範囲で、同時に攻撃されない距離を保つんや!」


 叫んだ直後、肩の装甲がワイヤーによって持っていかれた。衝撃でバランスが崩れ、体勢を取り戻すために建物の屋根を掴む。


『――隙ありよ』


 声が届いた瞬間、凄まじい斬撃音が響いた。リィラが屋根を掴んだ建物が切断され、一瞬掴んだ感覚が消える。

 直後、リィラの目に映る無数の線――ワイヤーたち。普通なら視認することさえ困難なほどの速度で襲ってくるワイヤー群だが、リィラの目ならば見ることはできる。


「――――ッ、あああっ!!」


 叫び、リィラは右腕の肘の部分の装置を起動した。一瞬の停滞と――直後の加速。〈毘沙門天〉を手本にドクターが〈ミラージュ〉へと装備した加速装置だ。

 凄まじいGが体をシートへと押し付ける。眼前、〈ナイト・オブ・キングダム〉の姿。このまま突っ込めば、あるいは至近戦に持ち込めそうだが――


 ――殺られる!!


 リィラは左腕の加速装置も作動させ、直進しながら強引に地面へと着地した。あまりの衝撃に地面が爆ぜ、衝撃が内臓へと響き渡る。


「…………ッ!?」


 口元から鮮血が零れた。内臓に負担をかけ過ぎた。本当に、どうにも使い難い武器をあの男は渡してくる。

 加速装置は肘、片、足の裏と合計六か所に内蔵されており、個別起動ができる。最高速は〈毘沙門天〉には劣るものの、応用性は高い装置だ。

 しかし、ドクターの趣味かそれとも技術の限界か。細かい出力調整ができず、最初は一次関数的に上がっていく速度が一定のラインを超えると二次関数的に加速することになる。

 しかも一次関数時に出せる速度など戦闘では使えないレベルであり、結局扱い切れない速度で動かすしかない。


 ――負担があり得へんほど重い……ッ!! 冗談抜きで死ぬでこれ……!?


 更に最悪なのは、加速時にかかる身体への負担だ。〈毘沙門天〉にはその装備故に初めから内部への加速減衰の装置があるのだが、リィラの〈ミラージュ〉にそんなものはない。よって、普通ならば内臓が押し潰されかねないGを一身に受けることになる。

 出力調整を間違えれば死ぬとはそういうことだ。……正直、それは勘弁したい。

 だが、使わなければ近付くことさえ――


『成程。この不調の理由がよくわからないけど、後ろにいるその妙な神将騎が邪魔みたいね』


 ビクッ、と体が震えたのを感じた。背後の神将騎――それは〈月詠〉のことだ。

 そして、〈月詠〉には戦闘能力がない。だからこそリィラが守りながら戦う布陣を敷いたのだし、そして〈月詠〉がやられればそのまま命を刈り取られる。


「退くんや咲夜――ッ!」


 振り向き、全力で全身の加速装置を起動する。

 ――その、瞬間。


『良くやったわよ。――けど、駄目ね』


 右腕と左足を、吹き飛ばされた。

 一瞬だけワイヤーから離してしまった目。それが、全てだった。


『消えなさい』


 投擲。

〈ナイト・オブ・キングダム〉の剣が〈ミラージュ〉を貫き、〈ミラージュ〉が倒れる。〈ナイト・オブ・キングダム〉は悠然と〈ミラージュ〉に歩み寄ると、〈ミラージュ〉を突き刺した状態で剣を持ち上げた。


『盾ぐらいにはなるでしょ』


 視線が咲夜の乗るへと向く。リィラは薄れる視界の中、どうにか言葉を紡いだ。


「さく、や……逃げ……」

『リィラさん!?』

『隊長!? 救援はまだかよ!?』

『間に合わなかったのか!?』

『――いや、間に合ったよ』



 ――轟音が、響き渡った。



 地面を砕き、一騎の神将騎が現れる。

 翼持つその姿は。

 違わず、〝戦乙女〟の威容を持つ。


『〈ブリュンヒルデ〉……!!』



◇ ◇ ◇



 戦場に降り立ったアリスが見たのは、まるで盾のように掲げられる〈ミラージュ〉の姿だった。腕と足を片方ずつ奪われ、串刺しにされた姿は……いつか見た『魔女狩り』の絵に似ていた。


『アリス様! リィラさんが……リィラさんが!』


 通信が入る。咲夜の声。だが、応じる前に攻撃が来た。

 無数のワイヤーによる攻撃。凄まじい数のワイヤーがこちらを切り刻まんと殺到する。


「遅い、です」


 だが、アリスはそもそも『避ける』ことさえしなかった。

〈ブリュンヒルデ〉の右腕に新たに装備された巨大な砲門。それが――火を噴く。

 轟音が響き、衝撃が駆け抜けた。

 凄まじい速度で放たれる無数の弾丸。それが最早壁となり、襲い来るワイヤーを強引に弾き飛ばす。


 ――そして。


『アリス様!?』


 ワイヤーを突破した弾丸は、盾のように掲げられる〈ミラージュ〉へも直撃した。咲夜の悲鳴が通信に乗って響き、リィラの部下たちからも悲鳴が飛ぶ。


「ドクター、リィラさんは?」

『望み薄だね。助けたければ助けてもいいが、その代わりに別の誰かが死ぬことになるだろう』


 冷たい言葉。リィラはふぅ、と息を吐いた。

 機体を空へ。迫り来るワイヤーを、新たな武装である多口砲門――〝ダーインスレイブ〟のガトリングモードで薙ぎ払う。


「酷い人ですね」

『守りたいなら守ればいいし、救いたいなら救えばいい。キミにはその力があるのだろう?』

「……本当に、酷い人」


 モードを切り替える。左腕でカートリッジを引き、もう一つのモードへと。


「〝ダーインスレイブ〟モード・セカンド――超駆動砲、射出」


 轟音と閃光が、世界を薙ぎ払った。

 放たれたその光線は、狙い違わず〈ナイト・オブ・キングダム〉を呑み込む。


 ――〈ミラージュ〉の身体を半分、吹き飛ばしながら。


『アリス様!? リィラさんが! リィラさんが死んでしまいます!』

『待て! このままじゃ隊長が!』

『《戦乙女》! あんたは俺たちの味方じゃなかったのか!?』


 衝撃で地面がめくれあがり、周囲の建物が吹き飛んだ。砲門は熱で焼け溶けてしまい、もう一発はガトリング砲の一発さえも撃つことはできない。

 アリスは〈ブリュンヒルデ〉の腕から〝ダーインスレイブ〟を外すと、背負っていた槍を抜いた。

 背負う槍の数は――十三本。

 それが、一切の躊躇もなく〈ナイト・オブ・キングダム〉に向けて放たれて。



「………………ごめんね」



 盾にされ、半分になっていた〈ミラージュ〉ごと――地面へと縫い付けた。




アリスが怖いですよ! もう色々とヤバいですよ!

護くん帰ってきてー!


……はい、ちょっと遅くなりましたが最新話です。

イギリス軍VSガリア連合・三国同盟軍、如何でしたか?

ぶっちゃけこれで状況を引き返すのは不可能になりました。次回から待ったなし、日常描写がほとんど消えて最終章の戦争編へと突入です。

……日常描写なんてありましたっけ? まあいいです。


ではでは、感想ご意見お待ちしております。

ありがとうございました!!

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