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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
最終章 世界編―選んだ未来―
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第一話 大嫌い、です


 迫り来るガリア軍。報告によれば、こちらが想定している戦場に到達するまであと二時間程とのこと。

〝レコンキスタ〟との連絡はつかない。元々期待していなかったが、通信の類は妨害されているのだろう。そうなると、大日本帝国、合衆国アメリカ、精霊王国イギリスの軍が駐留する『ダウスーカ』の戦力だけでどうにかしなければならないということになる。


「ま、やはりというか何というか……『スペルタ』には連絡がつかないわけで。それだけならまだしも、イタリアがガリアから奇襲を受けていると。面倒臭いですねー、ホント」

「ぼやく暇があったらさっさと作戦指示を出せ。オメェは《七神将》第七位。ここの責任者だろうが」


 ペンを器用に指で回しながら言うソラ・ヤナギの言葉に対してそう苦言を呈したのは神道虎徹だ。一応立場的には《七神将》であるソラの方が上なのだが、この二人はその辺りのことを少しも気にしていない。


「責任者はそこで黙り込んでる狼さんですよ。俺はサポートです」

「そこで黙り込んでる馬鹿は策をオメェに丸投げしてるだろうが。いいからさっさと頭を動かせ」


 ソラと虎徹の視線が向かう先にいるのは、腕を組んだ状態で壁に寄りかかっている青年――護・アストラーデだ。ソラと共に《七神将》第七位を預かる人物であり、《氷狼》とも呼ばれる英雄。

 しかし、彼はその武勇に反して策謀の類に全くと言っていいほど関与しようとしない。彼の役目はあくまで最前線で敵を屠ることであり、作戦指揮はソラの役目なのだ。


「……ま、一応考えてはいますよ? とりあえず、今のところ取れる策は二つ」


 指を二本立て、ソラは室内を見回す。室内にいるのは彼を含めて七人。この地において大日本帝国、合衆国アメリカ、精霊王国イギリスそれぞれの軍隊を預かる責任者たちだ。


「一つは、総力を挙げてできるだけ早く『ビョンド』からこっちに向かってきているガリア軍を潰すこと。数は大体互角ですし、大きな戦闘もしてないこっちは消耗も少ない。《氷狼》に《鬼神》、《姫騎士》までいるんですからまぁまず負けることはないでしょう」

「相手に〈ワールド・エンド〉か〈ワールド・イズ・マイン〉がいる場合はどうするんだ? ありゃあスペック値だけなら暁の〈大神・天照〉と同格だぞ。負けるとは思わねぇしつもりもねぇが、厄介なのは確かだ」

「その可能性は低いですよ」


 虎徹の言葉に対し、ソラは肩を竦めて応じる。大日本帝国軍の総大将である《七神将》第一位、《武神》藤堂暁――彼よりもたらされたガリア連合の切り札についてはすでにこの場の全員が知っている。そもそも、片方の〝世界〟については大戦において名を馳せた神将騎なのだ。

 故にこそソラも最大限に警戒してきたが、状況は変わった。今のこの状況ならば、二つの〝世界〟はどちらも『ビョンド』にはいない。


「向こうがそれなりの脳みそ持ってるなら『ビョンド』に〝世界〟はいません。連中にとって死守したいのは首都ですし、そっちは〝レコンキスタ〟が目前にいるので……〈ワールド・エンド〉ほぼ間違いなく首都――『シャムス』にいるでしょう」

「そりゃ確かに理屈じゃその通りだが……なら、〈ワールド・イズ・マイン〉は?」

「イタリアでしょうね。多分」


 虎徹の言葉に対して欠伸を噛み殺しつつ、ソラは言う。そんなソラの言葉に同意の意志を見せたのは、合衆国アメリカの軍を統括する人物――ダリウス・マックス大佐の副官、クロフォード・メイソンだった。彼は頷くと、ソラの言葉に捕捉するように言葉を紡ぐ。


「いくら〝レコンキスタ〟が出払っているとはいえ、ヴァチカンは『聖教』における最重要都市。神将騎と兵は多数配置されているはずなので、そこを奇襲とはいえ制圧するには〝世界〟クラスの神将騎の力は必須かと」

「流石ですねー、メイソンさん。仰る通り。……イタリアは元々軍隊が弱い国ですが、その分『守備』に関してはそれなりのものがあります。臆病者の集まりですしね、貴族なんて。朱里が――《赤獅子》がいればどうにでもなったんでしょうが、どこぞの阿呆のせいでいなくなりましたしねー」

「惜しい男が死んだもんだよ」

「全くです」


 虎徹の言葉に、特に感情も載せずにソラは即座に応じる。室内の視線が全てソラの方を向いたが、ソラ本人はまるで気にした様子はない。

 ソラは肩を竦めると、だからこそ、と言葉を紡いだ。


「まあ、実際数で押されるだけなら耐えること自体は難しくないはずなんですよ。けれど、数の上に質が加わったらどうしようもない。それにガリアもイタリアへの奇襲はスピード勝負だと自覚してるはずですしねー。まあ、まず間違いなく〈ワールド・イズ・マイン〉を中心に部隊を組んでるでしょう」

「そうなると、中途半端な戦力は逆効果ですね……。やはり、早急に『ビョンド』からの攻撃を凌ぎ、その後にイタリア奪還に動くべきでしょうか」


 声を上げたのは、蒼雅隼騎。大日本帝国における帝の相談役である機関、『枢密院』に席を置き、同時に特別管理官という役職にも付く青年だ。

 あの天音の下で学んだということもあり、優秀な人物だとソラは聞いている。今回はイギリスとの橋渡しにおいて一番適任だからという理由でここにいるが、本来なら世界中を回って様々な活動をしているとのことらしい。

 敵ならばこういう手合いは厄介だが、現状味方であるならば頼りになる。

 ソラはそんな隼騎の言葉に頷くと、その通り、と言葉を紡いだ。


「それが最善。……つっても、あくまで『俺たちにとっては』ですが」

「ほぉ、どういう意味だ?」

「単純ですよ、局長。俺たちにとって『教皇』なんてどうでもいい存在ですが……っと、いえ、そちら御三方にとってはそうでもないんでしたか?」


 言葉の途中、ソラは窺うように視線を向ける。視線を向けられた三人はそれぞれの言葉で応じた。


「いや、俺たちはあくまで祖国アメリカのために戦ってる。一応『聖教』はアメリカの国教だが……その辺は宗派とかがあって面倒でなぁ。どう思うよ、クロフォード?」

「大統領閣下は就任の際、聖書に手を置いて神に誓います。そういう意味で『聖教』とは非常に重要ではあります。しかし、我々が信仰するのは『聖教』であり『教皇』ではありません」

「こちらについては意思確認の必要はあまりません。そもそもイギリスは『正教』を信仰する身。『教皇』の身を同盟国として案じることはあれど、宗教観点からは特に申し上げることはありません」


 ダンとクロフォードに続いて言葉を紡いだのは、金髪の小柄な少女だった。見た目からは精々が十五、六といった容姿をしているが、ソラよりも年上の人物である。

 ――マリア・ストゥルタック。

 精霊王国イギリスの第三王女であり、同時にイギリス軍においても高い地位に就く女傑だ。《姫騎士》と呼ばれ、『王国の騎士』の名を持つ神将騎〈ナイト・オブ・キングダム〉の〝奏者〟でもあるイギリス最強の人物である。

 そんなマリアの言葉を聞き終えると、ソラは微笑を浮かべた。そういうことなら、話は随分簡単だ。


「んじゃ話を戻しますねー?――今回の戦争、今のところ中心はあくまで〝レコンキスタ〟なんですよ。そしてその〝レコンキスタ〟は『教皇』の指示で動いてる。イタリアへの奇襲ですが、おそらく狙いはヴァチカン――そして『教皇』の身柄でしょうね。そしてそれを奪われると、最悪俺たちが挟み撃ちに合う」

「〝レコンキスタ〟が動けなくなる、と」

「俺たちはあの爺さんが死のうが生きてようがどうでもいいですし俺個人としては死んでくれて結構って気がしますが。前の教皇が殺されたから暫定的になってるだけですしね、今の教皇は。けど、それでも教皇なんですよ。世界最大宗派『聖教』のトップなんです。それを押さえられると、イタリアと『ビョンド』に挟まれることになる」

「それがどうした。叩き潰しゃあいいだろうが」

「別にそれでもいいですけど、〝世界〟から挟み撃ち受けるとか俺は勘弁です。面倒臭い」

「……そりゃあ確かに面倒臭い話だ。暁もいねぇしな。で、その『面倒』を避けるならオメェはどうする?」

「それが選択肢その二です。――部隊を分け、イタリアを即時奪還する」


 指を二本立て、ソラは言う。虎徹がその心は、と問いかけてきた。ソラは頷く。


「急いで向かっても到着には丸一日以上かかりますし、戦闘のことも考えれば二日と見積もったほうがいいでしょう。その頃にはヴァチカンも制圧されているでしょうが、イタリア軍も木偶人形じゃあないはず。そうなれば、向こうが迎撃の準備を整える前に叩きに行くのが最上でしょう」

「無難な策だな。面白味がねぇ」

「奇策ってのは弱い方が使うから奇策なんですよ。こちとら大日本帝国、世界最強の軍隊を抱える国家。更にはその同盟国。横綱相撲をとってりゃいいんです」

「わかってきたじゃねぇか、ソラ。……それで? イタリアには誰が向かう?」

「できればイギリスにお願いしたいなー、と」


 ソラはマリアへと視線を向ける。マリアが眉をひそめた。


「何故ですか?」

「ああ、そんな怖い顔しないでください。ちょっとした恩着せですよ、恩着せ。イギリスとイタリアの不仲は歴史的に見ても有名ですし、ここでイタリアの救援に行って恩を売るのはどうかと考えただけです」

「……成程。ありかもしれませんね」

「それでオメェは十三陣の防御陣にイギリスを配置しなかったのか。遊撃部隊っつってたが」

「どちらにも対応できるようにしただけですよ。俺と護は《七神将》としては初陣ですし、できれば最前線に立ちたかったんで。……それで、どうです?」

「そういうことであるならば、喜んでお受けします。これで貸しが一つできましたね」

「『心遣い』ですよ。いくらイタリアに恩を売れる可能性が高いとはいえ、十中八九〝世界〟の片割れを相手にすることになる。それを押し付けることになるわけですから、断って頂いても構いません」

「いえ、お受けします。ただ、その代わりに隼騎――蒼雅殿をお借りしたいのですが」

「それなら構わねぇよ。隼騎、きっちりサポートしてやんな」

「はい、虎徹さん」


 ソラが応じる前に虎徹が答え、ソラも同意の頷きを返す。それを確認すると、ソラがさて、と言葉を紡いだ。


「それじゃあそろそろ動きますか。ダンさん、後方からの援護は任せましたよ」

「いいのか? そちらが提案した十三層の防御陣。前三つはそっちの担当だ。一番被害が大きいと思うが……」

「どこまでやれるか、一度見ておきたいんですよ。ま、大丈夫です。うちの餓狼は、そう簡単には沈まない」


 全員の視線が護の方を向く。この会議において結局一度も口を開かなかった人物――《氷狼》護・アストラーデは、そこで初めて窓の外へと向けていた視線を室内へと向けた。

 鋭い眼光。しかし、それはかつてソラが対面した飢えた獣のそれとは大きく違う。

 静かで、それでいて研ぎ澄まされた気配。まるで抜身の日本刀のような気配を纏い、護・アストラーデは言う。


「話は終わったのか?」

「そもそも聞いてたのか?」

「一応な。どっちにせよ、俺のすることは変わらねぇんだろ?」


 腰に差した、二振りの刀。

 その柄を握り締め、《氷狼》は言う。


「目の前の敵を殺す。それだけでいい。それだけで、十分だ」


 まるで、その台詞は。

 自らへと言い聞かせているように、聞こえた。



◇ ◇ ◇



「――見知った顔もそうでない顔もたくさんあるが。まあ、問題ない。これから始めるのはビジネスの話だ。過去のことは水に流そうじゃないかね」

「それは貴様の持ってきた話の内容次第だな。ドクター・マッド。貴様の悪名は私もよく聞いている」

「ありがとう。褒め言葉だ。悪名を上げる――実に良い言葉だとは思わんかね?」

「貴様と価値観について論議することほど不毛なこともなかろう。さっさと話を進めたらどうだ?」

「ふむ、それもそうだ。――それでは諸君、私が考えた悪巧みについて語ろうと思うが……異論はあるかね?」


 仮面を着けた白衣の男――ドクター・マッドの言葉に対し、室内の者たちは反応を示さない。ドクターの言葉に反応していたソフィア・レゥ・シュバルツハーケンも今度は沈黙したままだ。


「ないようで何よりだ。それでは悪巧みだ――まず、一つ目。私は今、故あってガリア連合にいるわけだが……少々EUという存在を煽り過ぎたというのが本音だ。意外と子供っぽい。あれで紳士を名乗るのだから笑えてくる」

「それは我がドイツに対する侮辱か、ドクター?」

「この場合は教皇に対する侮辱になるね。おっと、ドイツは『聖教』を信仰していたのだったかな?」

「救いをもたらさない神などに興味はない。信じるのは自由だが、それを押し付けるのは筋違いだ」

「実に論理的で結構なことだ。胸が躍る。では、キミにとって神とは何かね? 神聖ドイツ帝国代表、カルリーネ・シュトレン」

「いようといまいと私には関係ない。道端の石ころとなんら変わらん。仮に神などというふざけたものが本当にいるとして、それが人間を救う存在だと? 都合が良いにも程がある。結局、いようといまいと変わらない。それが神という存在だ」

「面白い論理だ。しかし、キミは『聖教』の信者だろう?」

「敵ではないなら信じてやるし協力もする。信仰とは違う、貴様の言う『ビジネス』の関係に近いな。……まあ、それもここで終わりそうだが」

「成程。やはり面白い。そこのキミ――前に一度見た覚えがあるが、キミはどうかね?」

「神などどうでもいい。信じている人間がただただ『道化』なだけだ」

「これはますます面白い。何だ、この場には神を信じる者はいないということかね?」

「先程から質問ばかりですね、ドクター・マッド。あなたらしくもない」

「私は科学者だ。本業は医者だがね。いずれにせよ、真理の追究は私にとって避けては通れない命題なのだよ。キミは違うのかな、マイヤ・キョウ?」

「真理を負い、万象を視る前に私は自国を案じなければならないので」

「面白味のない答えだが、上等な答えだ。――成程、これならば私も提案がし易い」


 言い切ると、ドクターは机の上に資料を投げ落とした。資料がばらけ、机の上に広がる。ドクターは追う行に手を広げると、現状、と言葉を紡ぎ始める。


「正直なことを言えばガリア軍は劣勢だ。まあある意味で仕方がないこととも言える。流石に先進国、EUを相手にしては自力では勝てないからねぇ。そこでキミたちの力を借りたいというわけだ」

「自身の力で勝てぬならば、他者の手を借りる……合理的だな」

「お褒めに預かり実に光栄だ。どうかね?」

「我々は慈善団体ではないぞドクター・マッド。利用できるなら利用する。できぬのであれば見捨てる。合理的な集団だ」

「無論、承知しているとも。むしろここで『手を貸そう』などと言われていたら断っていたところだ。『善意』とはこの世で最も信用してはいけないものだからね」

「は。貴様は人の綺麗な部分を否定するのかドクター?」

「ならばキミは人の薄汚い部分を否定するのかね、シベリア王? この世に損得のない感情があるとすれば、それは愛情のみだ。自らを滅ぼしてでも尽くしたいという献身――破滅への願望。それ以外の全ては損得で成り立つ」

「貴様の口から愛情などという言葉が出るか。薄ら寒いことこの上ないな」

「《女帝》も同じことを言うはずだ。人はその歩みの極致において必ずこの結論に辿り着く。そうでなければあまりにも説明できないことが多過ぎるのでね」

「天音を引き合いに出すのは構わんが……今のあの女はお前たちの敵だ。わかっているのだろう?」

「互いの、ではないかね? 三国同盟?――大日本帝国に抵抗するための同盟だろう?」


 ――室内の温度が下がった。その場の全員がドクターを睨み据える。対し、ドクターは体を震わせて笑った。


「くっくっ、怖い顔だねぇ。怖過ぎて心臓が止まってしまいそうだよ」

「ならばそのまま死ね」

「それはできない。できるわけがない。ここで死ぬのは勿体ない。――これから世界は随分と面白くなるというのに」


 諸手を広げ、舞台役者のように語るドクター。その直後。


「――失礼します」


 ノックと共に、二人の女性が室内に入って来た。それぞれ色合いの違う軍服を着た少女だ。

 一人は白い髪をその身に纏い、左腕を分厚い手袋で覆った少女。もう一人はどこか強気な目つきと頭に巻いたバンダナが特徴的な少女だ。

 その内、白い髪の少女の登場に場の空気が僅かに重くなる。ドクターが大げさに肩を竦めた。


「久し振りだねぇ、生きていたようで何よりだよ。――アリス・クラフトマン」

「お久し振りです、ドクター。お陰様でどうにか生きています。ただ、今の私の名前はアリス・アストラーデ。以後はお間違えないようにお願いします」

「ほう、アストラーデか。了解した。……その衣装、キミがここの総大将ということかね?」

「何か問題がありますか、ドクター?」

「いや。狩りの仕方も碌に知らない狼よりはよほどいい人選だ」

「……………………」


 その場の全員の肩に、急な重みが加わった。

 アリスの視線はドクターに向けられている。しかし、その場の全員が首筋にナイフを突きつけられているかのような感覚に見舞われていた。

 そんな重い空気の中、アリス、とソフィアが静かに口を開いた。


「わざわざお前がここに来たということは、何かしらの報告があってのことだろう? ならば早く要件を口にしろ」

「……先程、イタリアの諜報員から連絡がありました。ガリア軍がイタリアへ侵攻を開始したと」


 空気が俄にざわめく。それをソフィアが手で制し、アリスへ重ねて問いかけた。


「状況は?」

「最新の情報によれば、ガリア軍の奇襲はイタリア軍にとっては完全に想定外のものだったようです。どこまで信用していいかはわかりませんが、制圧まではそう時間はかからないだろうと報告が」

「――聞いたかね、諸君」


 アリスから視線を外し、ドクターは意気揚々と語り出す。


「ここからガリア軍の反撃が始まる。だがしかし、こちらは万年人手不足でねぇ……気の置ける友人が欲しいところだ。そこで、我々と手を組まないかという申し出を持ってきた」

「それを口にするまでどれだけ無駄な時間を使っている」

「そう堅く考えるモノではないよ、ドイツ代表。雑談は人生の華だ。対話は人の心を豊かにする」

「それには同意するが、状況というものがあるだろう。……それで、ドクター・マッド。我々が手を貸すことによってこちらに生じるメリットは何だ?」

「何だ、無償で手を貸してはくれないのかね?」

「本気でそう思っているなら今すぐ帰れ。『ビジネス』といったのは貴様だ、ドクター」

「どちらかといえば『悪巧み』なんだがね。まあいい。――メリットは単純だ。我々が手を組めば、EUを制圧することさえ可能となる」


 指を一本立て、楽しげにドクターは語る。ソフィアが鋭い視線をドクターに向けた。


「何故それができると?」

「イタリアの教皇。その身柄はEUにとっては非常に重要だ。イギリス以外は『聖教』を信仰しているからねぇ。その象徴が人質に取られてはまともに動くことさえできないだろう。後は戦力の問題だが、ドイツとエトルリア、シベリアにガリアが加われば戦力的にも不可能ではない」

「EUを制圧することにメリットは? 余計な反感を招けばアメリカが出てくる。それどころかガリアには大日本帝国まで参戦しているのだぞ?」

「ならば逆に聞くが、今のキミたちが日本にもアメリカにも目を付けられていないと本気で思っているのかね?」


 ドクターのその言葉に対し、反論はない。ドクターは嬉々として言葉を紡ぐ。


「彼らは待っているだけだ。切っ掛けを。そして、痺れを切らせば間違いなく攻め込んでくる。その時、キミたちは抗えるのかね?――最強の国に」


 その場の全員の脳裏に浮かんだのは、先の武力衝突。

 絶対的な敗北を叩き付けられ、《氷狼》をも奪われた――あの戦い。


「ならば、ここで手を組んでおくのは互いにとって利益となる。わかっているのだろう? もう衝突は避けられないと」

「……ならば、我らに何を求める?」


 ソフィアがドクターに問いを紡ぐ。ドクターは頷いた。


「望むものは単純だ。イタリア制圧後、彼らは必ずそれを奪還しにくる。それを迎え撃ち、叩き潰す手助けが欲しい」

「ガリアの総大将はこの件について何と言っている?」

「私に任せてくれているよ。さて、どうかな?」

「――良いだろう」


 ソフィアは立ち上がり、周囲へと視線を向ける。……反対の意志は、ない。


「ここは貴様のシナリオに乗ってやろう」

「ありがたい話だ。……私の予測通りなら、二日後に攻撃があるだろう。出来ればそれまでに援軍が欲しいが……」

「二日。どうだ、青二才?」

「正直厳しいかと。援軍として送る部隊の編成と行軍スピードを考えれば、ここからではイタリアは遠すぎます」

「ドイツ軍を中心に動こう。反発はあるだろうが、丁度いい機会だ。反抗勢力を同時に潰せる」


 立ち上がりつつ、カルリーネが言った。ソフィアは、すまぬな、と言葉を紡ぐ。


「こちらからも援軍はすぐに送る。マイヤはどうだ?」

「問題なく。五千ほどの数となると思いますが……」

「十分だ。相手次第だが、大日本帝国の《七神将》でも出てこない限りは負けはせん」

「《七神将》は動かないだろうと私は予測しているよ。出てくるのはおそらく、精霊王国イギリスだ。そもそもガリアにいるのは《鬼神》と最近新しく《七神将》の末席に名を連ねたという人物。《武神》や《女帝》ならわからなかったが、それならばガリアに留まるだろう」

「ならば問題はないな。……失礼する。急いでドイツに戻らなければ」

「私もここで失礼します」

「ああ。……もう戦争は避けられぬ。心しておけ、二人共」

「わかっている」

「武運を」


 カルリーネとマイヤが部屋を出て行く。ソフィアも立ち上がったまま資料を手にすると、レオンの方へと視線を向けた。


「青二才、編成を急げ。数は……とりあえず三千。指揮官は青二才、お前が――」

「――私が行きます」


 ソフィアの言葉を遮り、そう言葉を紡いだのはアリスだった。ソフィアとレオンは同時に表情を驚きに変え、アリスの側にいる少女は苦い表情をしている。

 ただ一人、ドクターだけが肩を震わせていた。おそらく――笑みで。


「……わかった。貴様に任せるぞ、アリス。――青二才、セクターにも連絡を入れておけ。国境の守備は更に重要になる。中華帝国との国境付近は特に重要だ」

「了解しました。――では」


 レオンが部屋を出て行く。そうして残された部屋の中、ドクターがゆっくりと仮面を外した。

 外気に晒されるその顔。その口元は――どうしようもなく、歪んでいた。


「少し見ないうちに良い表情になったではないかね。これが悲劇のヒロインを気取っていたあの小娘だとは信じがたい」

「人は成長するんですよ、ドクター」


 ドクターを正面から見据え、アリスは言う。くっく、とドクターは笑った。


「成長か……前に進んでいるのであればその言葉は正しいだろう。だが、現実は? 本当にキミは前へと進めているのかね?」

「あなたと今更押し問答をするつもりはありません。何の利益もない」

「つまらないねぇ。私はキミのことを気に入っているのに」

「あはは、それは迷惑な話ですね」


 ドクターに背を向け、歩き出すアリス。

 その時の笑いはあまりにも寒々しく……そして、痛々しかった。


「――私、あなたのことが大嫌いですから」


 酷く冷たい、見る者が思わず身を竦ませてしまうような笑み。

 相手の全てを否定するような笑みを向けられ、ドクターは。


「ありがとう。――最高の褒め言葉だ」


 まるで悪魔のように、笑っていた。


ヒロインがヒロインしているのかコレ?な第一話です。ドクター楽しい。

というか主人公もヒロインもほとんど喋ってないです……いえまあ、二人共政治関係やら軍略やらはボロボロなのでこれが普通なんですが。

まあ、次回からは動いてくれるでしょう。……多分、アリスが。


そんなこんなで三国同盟とガリア連合の連携。正直、EUを放っておくと大日本帝国を敵に回そうとしている三国同盟はそのまま四面楚歌になります。そういう意味で、敵の敵は友、という発想でとりあえずの同盟ですね。

しかし、ドクターが絡むと話が長い……書き易いですが。


そして今回のアリス。一期の時のドクターとのやり取りがもう一度。

どうにもならなかった一期のアリスは、好き勝手なことを言ってきたドクターに対して『大嫌い』と言っています。ただこれは彼女にとってはせめてもの抵抗であり、振り回されるだけの彼女がそれでもドクターの言う『アリス・クラフトマンという少女』を受け入れないための台詞でした。

そして、今回の台詞。

冷笑と共に紡いだ『大嫌い』は、彼女の心情の変化そのもの。序章で彼女が口にした台詞が、そのままドクターにも向けられている形です。

……こうしてみると、本気でアリスがヤバいですね。怖い。


まあとにかく、彼女はもうかつてのように泣き叫び、逃げることはできません。そんな彼女が選ぶ道、見守って頂ければ。


ではでは、感想・ご意見お待ちしております。

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