↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
酒で世界は救えますか? ~飲み過ぎで死んだ酒豪、異世界では乾杯ひとつで争いを終わらせます~  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/62

第21話 乾杯のない酒場

 王都を出発して三日。


 一樹たちを乗せた馬車は、西へ、西へと街道を進んでいた。


 王都を囲んでいた広い平原はいつしか姿を消し、目の前には大小さまざまな岩山が連なっている。


 吹き抜ける風は少しひんやりとしていて、夏の終わりを感じさせた。


 馬車が揺れるたび、荷台の荷物が小さく音を立てる。


 一樹は窓から顔を出し、大きく息を吸い込んだ。


「空気が違いますね。」


 隣に座るセレナも外へ目を向ける。


「標高が高くなっていますから。」


「もう王都とは気候も変わります。」


 一樹は山々を見上げながら感心した。


「それにしても大きいなぁ……。」


「山しかない。」


 その時だった。


 カン……。


 カン、カン……。


 乾いた音が風に乗って届く。


 一樹は耳を澄ませた。


「鍛冶場ですか?」


「ええ。」


 セレナは頷いた。


「この辺りにはドワーフの集落が点在しています。」


「朝になると、それぞれの鍛冶場で炉に火を入れるんです。」


「まだ町にも着いてないのに聞こえるなんて。」


「それだけ、この辺りでは当たり前の音なんですね。」


 セレナは少しだけ誇らしそうに微笑んだ。


「ドワーフは鍛冶を誇りにしています。」


「子どもの頃から鉄に触れ、一生をかけて一本の剣を打つ者もいるほどです。」


「一本に一生……。」


 一樹は思わず苦笑した。


「職人って、本当にすごいですよね。」


 酒蔵の親方や料理長の顔が頭に浮かぶ。


 一つの酒を完成させるために、何十年も腕を磨き続けてきた人たち。


 きっとドワーフも同じなのだろう。


「酒井さん。」


「はい?」


「何を考えていたんですか?」


「親方たちのことです。」


 一樹は笑った。


「一つのことを極める人って格好いいなって。」


「酒も鍛冶も同じなんだなって思って。」


 セレナは静かに頷く。


「そういうところを見ると、酒井さんは職人に好かれる理由が分かります。」


「え?」


「相手の仕事を尊敬していますから。」


 一樹は照れくさそうに頭をかいた。


「いやぁ……。」


「俺はただ、お酒が好きなだけですよ。」


「そのお酒を造ってくれる人は、自然と尊敬します。」


 セレナは小さく笑う。


「やっぱり最後はお酒なんですね。」


「もちろんです。」


 一樹は胸を張る。


「その土地のお酒を飲めば、その土地のことが分かりますから。」


「食べ物も。」


「景色も。」


「人も。」


「全部、お酒につながってる気がするんです。」


 その言葉に、セレナは少し驚いたような表情を浮かべた。


 最初は、ただの酒好きだと思っていた。


 だが、一緒に旅をし、王都で過ごした日々を思い返すと違う。


 一樹は酒を通して人と向き合う。


 だからこそ、オークとも、王都の人々とも、自然と距離を縮めてきたのだ。


「……きっと。」


「何ですか?」


「だから皆さん、酒井さんを信頼するんでしょうね。」


 一樹は困ったように笑った。


「そんな大した人間じゃないですよ。」


「俺は美味しいお酒を飲みたいだけです。」


「そのついでに友達が増えたら最高だなって。」


 セレナは思わず吹き出した。


「ふふっ。」


「その考え方、嫌いじゃありません。」


 その笑顔を見て、一樹もつられて笑った。


 馬車はゆっくりと坂道を登っていく。


 やがて視界が開け、山々に囲まれた広い谷が姿を現した。


 谷のあちこちから白い煙が立ち上り、風に乗って独特の香りが流れてくる。


 一樹は鼻をひくつかせた。


「この匂い……。」


「鉄です。」


 セレナが答える。


「炉で鉱石を溶かす匂い。」


「もうすぐドワーフの町ですよ。」


 一樹は思わず身を乗り出した。


 初めて訪れる、異種族の町。


 そこには、どんな酒があり、どんな人たちが暮らしているのだろう。


 胸の高鳴りを抑えきれなかった。


谷へ向かって坂道を下っていくと、町の全景が少しずつ見えてきた。


 一樹は思わず息をのむ。


「すごい……。」


 王都とはまるで違う。


 山肌を削って造られた石造りの建物が幾重にも並び、その煙突からは白い煙が絶え間なく立ち上っている。


 あちこちで赤々と炉の火が燃え、その熱気が遠くからでも伝わってくるようだった。


 耳に届くのは、人々の話し声よりも鉄を打つ音。


 カン。


 カン、カン。


 ゴォォ……。


 炉の火が勢いよく燃え上がる音が風に乗って流れてくる。


「まるで町全体が鍛冶場ですね。」


 一樹が感心すると、セレナは静かに頷いた。


「ドワーフにとって、鉄は生活そのものです。」


「農具も、食器も、家の金具も、自分たちで作ります。」


「だから町中に鍛冶場があるんです。」


「なるほど……。」


 馬車は大きな石門をくぐり、町へと入った。


 通りには多くのドワーフが行き交っている。


 背丈は一樹の肩ほどしかない者が多い。


 だが、その体つきは誰もが驚くほど逞しかった。


 大きな樽を一人で担ぎ上げる者。


 鉄材を軽々と運ぶ者。


 巨大な槌を肩に担いで歩く者。


「みんな力持ちですね。」


「ええ。」


「力こそ、ドワーフ最大の誇りです。」


 一樹は周囲を見回しながら歩く。


 すると、一軒の店先に積まれた木樽が目に入った。


「おっ。」


「酒樽だ。」


 思わず近寄る。


 店先には大小さまざまな樽が並び、それぞれに焼き印が押されていた。


『火酒』


『黒麦酒』


『燻樽酒』


 見たこともない名前ばかりだった。


「こんなに種類があるんだ。」


 一樹は目を輝かせる。


 店先にいたドワーフの店主が、その様子を見て鼻を鳴らした。


「旅人か。」


「酒が好きそうな顔をしてるな。」


 一樹は思わず笑った。


「分かります?」


「分かるとも。」


「樽を見る目が違う。」


 店主は樽を軽く叩いた。


「うちの火酒は町一番だ。」


「喉が焼けるぞ。」


「ぜひ飲んでみたいです。」


 店主はニヤリと笑う。


「その顔なら気に入る。」


「今夜来い。」


「ご馳走します……とは言わんが、後悔はさせん。」


「ありがとうございます!」


 一樹は嬉しそうに頭を下げた。


 店を離れると、セレナが苦笑する。


「もう知り合いができたんですか。」


「いやぁ。」


「酒屋さんを見ると話しかけたくなるんですよ。」


「酒井さんらしいです。」


 二人は市場を歩き続ける。


 肉屋では豪快な骨付き肉が並び、燻製の香りが辺り一面に漂っている。


 鉱石を売る店。


 武具を並べる店。


 樽職人の工房。


 酒屋。


 酒場。


 一樹は歩くたびに足を止め、そのたびに目を輝かせていた。


「この町。」


「すごく好きかもしれません。」


 セレナは小さく笑う。


「まだ来たばかりですよ。」


「それでも分かります。」


 一樹は嬉しそうに町を見回した。


「物を大切にして。」


「仕事に誇りを持って。」


「その一日の終わりに酒を飲む。」


「そんな空気が伝わってきます。」


 セレナは少し驚いたように一樹を見つめた。


「そこまで分かるものですか?」


「何となくです。」


「でも、たぶん外れてませんよね。」


 セレナは穏やかに微笑む。


「ええ。」


「きっと、その通りです。」


 夕日が山の向こうへ傾き始める。


 町には仕事を終えたドワーフたちが集まり始め、あちこちの酒場へ吸い込まれていった。


 一樹はその光景を見て、自然と笑みを浮かべる。


「そろそろ。」


「俺たちも行きましょうか。」


 セレナは頷く。


「案内します。」


 二人は、店主に勧められた酒場へと足を向けた。


酒場の扉を開けると、香ばしい匂いが一樹の鼻をくすぐった。


 焼きたての肉。


 香辛料の効いた煮込み料理。


 そして、樽から注がれたばかりの酒の香り。


「いい匂いだ……。」


 一樹は思わず頬を緩める。


 店内は仕事を終えたドワーフたちで賑わっていた。


 豪快に笑う者。


 鍛冶の出来を語り合う者。


 黙々と料理を口へ運ぶ者。


 それぞれ思い思いの時間を過ごしている。


「おっ!」


 昼間に会った店主が気付き、大きく手を振った。


「本当に来たな!」


「約束しましたから。」


 一樹が笑顔で近付くと、店主も嬉しそうに笑う。


「気に入った。」


「旅人はそうでなくちゃな。」


 店主は空いていた席へ二人を案内した。


「好きなところへ座れ。」


「ありがとうございます。」


 席へ着くと、店主は大きな樽の前へ立つ。


「まずは約束の火酒だ。」


 木樽から琥珀色の酒が木杯へ注がれていく。


 とろり、とした液体ではない。


 さらりとしているのに、立ち上る香りは驚くほど力強かった。


 一樹は木杯へ顔を近付ける。


「おぉ……。」


 麦の香ばしさ。


 その奥に、燻した木のような香りが混じっている。


「面白い香りですね。」


 店主は胸を張る。


「樽ごと燻してから熟成させる。」


「火酒は香りも酒の一部だからな。」


「なるほど。」


 一樹は感心したように何度も頷く。


「酒蔵によって全然違うんですね。」


「当たり前だ。」


 店主は笑う。


「同じ鍛冶屋がないように、同じ酒蔵もない。」


 その言葉に、一樹は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「親方も同じことを言いそうです。」


「親方?」


「王都でお世話になった酒蔵の親方です。」


「酒は人が造るものだから、同じ酒は二つとないって。」


 店主は腕を組み、何度か頷いた。


「いい親方だ。」


「会ってみたいもんだ。」


 そこへ、大皿に盛られた料理が運ばれてくる。


 豪快に焼かれた骨付き肉。


 香草をまぶした焼き芋。


 分厚く切られた燻製ベーコン。


 どれも酒によく合いそうだった。


 一樹は思わず目を輝かせる。


「全部美味しそうだ。」


 店主は笑う。


「まずは食え。」


「腹が減ってちゃ酒も旨くない。」


「確かに。」


 一樹は木杯へ手を伸ばきかけて止めた。


 いつもの癖で、セレナへ視線を向ける。


「それじゃ……。」


 そこまで言いかけて、一樹はふと周囲を見回した。


 隣の卓。


 奥の卓。


 窓際の卓。


 どの卓にも酒が並び、皆が楽しそうに飲んでいる。


 それなのに。


 誰一人として木杯を掲げていない。


 一樹の手が止まった。


(……あれ?)


 昼間は気にも留めなかった違和感が、胸の中で少しずつ大きくなっていく。


 酒好きばかりが集まる店。


 なのに。


 乾杯の声が、一度も聞こえなかった。


一樹は木杯を持ったまま、もう一度店内を見渡した。


 笑い声は聞こえる。


 料理を褒める声も聞こえる。


 鍛冶の話で盛り上がる者もいる。


 皆、美味しそうに酒を飲んでいる。


 それなのに。


 誰も木杯を掲げない。


 誰も「乾杯」と口にしない。


 店主は不思議そうな顔をする一樹に気付いた。


「どうした?」


「何か気になることでもあったか?」


 一樹は少し迷ったが、小さく首を横に振る。


「いえ。」


「何でもありません。」


 そう答えながらも、胸の中の違和感は消えなかった。


 酒好きの種族。


 酒を愛する町。


 酒場には笑顔があふれている。


 なのに、この町には一つだけ足りないものがあった。


(どうして誰も……。)


(乾杯をしないんだろう。)


 一樹は静かに木杯へ視線を落とした。


 その疑問が、この旅の始まりになることを、まだ誰も知らなかった。


次回に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。