この時代においてもなお輝く異才
「おい、起きろ! 綾小路が朝刊に載ってるぞ」
英二が俺の肩を揺さぶる。
深夜に起きたから、まだ眠いのにいきなりなんだよ。
綾小路が新聞に載るとかなにを訳のわからないことを。
そんなことあるわけないのに。
寝ぼけ眼をこすりつつ、新聞を読んでみる。
写真には美術館の展示風景が写っていて、アニメ風の女性の絵画が飾られていた。
澄み渡る青空に白い帽子と白いワンピースを着た日焼けした少女。
少女の足元には湖がひろがっていて、鏡のように空が映し出されていた。
二つの青空に挟まれる少女はどことなく誘うようにこちらに微笑みかけていた。
少女がいるのはウユニ塩湖だ。南米ボリビアにある世界最大の塩源。真っ平な塩の平原に雨水が溜まることで、まるで『天空の鏡』のように空を映し出す。
俺はアニメのOPとかに出てくるから知ってるが、普通の人はまず知らない。
絵画の題名は『蒼穹と白い少女』
題名にある蒼穹ってのは青々とした青空という意味だ。
……こんなもの知ってて、この時代に描けるやつなんて一人しかいない。
新聞の写真の下にはちゃんと画家の名前が載っていた。綾小路岳という名前が。
「綾小路、お前……」
「少し、本気を出したんで」
新聞には一面を飾っていて未知なる天才、現ると書かれていた。
浮世絵や西洋画とも違う新しい表現技法。空と全く同じ鏡合わせの湖を出すという斬新な発想。微笑みかける少女のなんという愛らしさ。
東京国立近代美術館にて開かれた『次代の新芸術展』にて、このような異才が現れるとは誰も予想していなかったのではなかろうか。
画伯の横山大観氏の推薦もあり、大賞を獲得した。彼が次にどのような作品を描くのか注目していきたい。
新聞ではそう絶賛されていた。
この時代でも、綾小路は異才なんだな。
いや、むしろ、この時代の方がアニメ絵を描けるから特に評価されるのか。
綾小路の方を見ると何事でもなかったかのように涼しい顔をしている。
無関心すぎるだろ、世間の事にもっと興味を持てよと思わざるを得ないがこれも綾小路らしいと言えば綾小路らしい。
「おい、玄関の方が騒がしくなってるぞ」
英二がそう言うので、玄関まで見に行くとすでに多くの新聞記者が待ち構えていた。
「綾小路先生に取材がしたいんです!」
「ぜひとも、綾小路先生にあの作品を描いた経緯をお話いただきたい」
「どうか取り次いでもらえないでしょうか?」
「そう言われましてもねぇ……」
下宿屋の女将さんが対応に困っていた。
これはまためんどくさいことになったな。
「俺、綾小路連れてきます」
「涼宮さん、お願いします」
居間に戻り、綾小路の元まで行く。
綾小路はというと、いつものようにぼーっとしていた。
絵を描かない時は基本いつもこうだ。
「綾小路、お前呼ばれてるぞ」
「対応しなきゃダメですかね」
「対応した方が早く帰ってくれるぞ」
「じゃあ、そうしますかね」
立ち上がって、のそのそと玄関へと向かう。
俺も気になって綾小路の後を追う。
「お待たせしました。綾小路岳です」
「ああ、綾小路さん助かりました」
女将がホッと一息つく。
本人が現れたと知るやいなや記者たちが一斉に騒ぎ出す。
「綾小路さん、あの絵についてぜひお話が!」
「こっちも取材対応を!」
「おい、俺の方が先だぞ!」
記者たちが我先にと揉めだす。
収集がつかなくなるぞ、こりゃ。
そんな時だった。
「君たち、ちょっと通してもらえるかね」
記者たちをかき分けて、老人が前に出る。
紺色の着物に茶色の羽織を着た髭の生えた男。
「今回の『次代の新芸術展』の審査員を務めた横山大観だ。
綾小路くん、君の絵画はまっことに素晴らしい。久々に感動したよ」
横山大観。近代日本画の巨匠とも呼べる人物。日本の伝統的な絵画に近代的な感性を加えた。富士山を好み、多くの富士山の絵を描いた。
本来なら俺たちが会えるような人物ではない。
そんな巨匠に対して、綾小路はというと
「はぁ、そうですか」
となんともやる気のなさそうな返事をするのだった。
そんな綾小路を無視して、横山先生は溌剌とした様子で語り始める。
「綾小路くん、僕はね、君の絵には力があると思っている。それも途方もない力が。君の絵はこれまでの日本や東洋の絵画とも西洋の絵画とも違う全く未知の手法で描かれている。今の日本の画家たちは欧州の画家たちの影響を受けているが、これからは君に影響を受けた他の画家たちが一斉に真似をし始めるだろう。それこそ、西洋の画家すらもだ。我々が彼らに憧れていた時代は終わった。これからは君に西洋の画家が憧れだすだろう。同じ日本人にこれほどの才能をもつものが現れて、僕はたっいへん嬉しいよ」
熱く語る横山先生。記者たちもうんうんと頷く。
どうやら、俺たちが思っている以上に綾小路の評価はこの時代では高いようだ。
一方の綾小路はというと、そんな誉め言葉に一ミリの興味も示さず、ただこう尋ねた。
「それで、あの絵はいくらくらいで売れるでしょうか?」
綾小路の一言に驚く横山先生と記者たち。
「なっ、君はアレほど素晴らしい絵を誰かに売ってしまうのかね!」
「生活費の足しにしたいので」
すげえな綾小路。こんな巨匠に褒められて、しかも賞まで取った絵をあっさり手放そうとするなんて。
しかも、生活費の足しとかなに考えてんだこいつ。
俺は綾小路の顔を見る。
相変わらず、無表情でなにを考えているのかよくわからなかった。
しばらく、呆然として言葉を発せなかった横山先生だったが、ついに口を開く。
「なら、僕が買い取ろう! この絵を芸術のわからない誰かの手になんか渡したくなんてない!」
「いくらで買ってもらえますか?」
「に、二十万円でどうだ」
「そうですか。……部長、その二十万円ってこの時代でどのくらいの価値なんです?」
「俺も喫茶店のバイトをしてから、この時代の通貨の基準がわかったんだが、二十万円ってのはこの時代の三億円くらいの価値だぞ。三億円でおまえの絵を買おうって横山先生は言っているんだ」
とんでもなくすごい金額で買おうと言われているにも関わらず、綾小路は何一つ表情を変えない。
「へぇー、三億。いいでしょう、二十万円でお譲りします」
「いいのかね。手放したら、後悔するんじゃ……」
「オレ、描き終えた絵には興味ないので」
バッサリと言ってのける。
それから記者たちに向かって
「取材対応をお受けします。でも、手短にお願いします。眠いので、またひと眠りしたいんです」
綾小路が言い終えると記者たちが一斉に質問し始めた。
「綾小路のやつ、すごいよな」
いつの間にか、俺の隣に英二がやってきて話しかけてくる。
英二もこの騒ぎを起こした綾小路に感嘆していた。
俺はというと、これから先の未来への妄想が止まらなかった。
「英二、これはチャンスだ」
「どうしたんだよ、急に?」
「考えてもみろ、新聞でこんだけ大騒ぎになった天才画家の綾小路がお前らのラノベのイラストをするってなったらどうなると思う?」
「……そうか、爆売れするのか」
「百万部超えも夢じゃないかもしれない」
「それはアリだな」
ふっふっふとまるでRPGに出てくる魔王軍幹部のような邪悪な笑みを浮かべる俺たち。大人は常に金のことを考えてしまうのだ。
後ろで見ていた比企谷がボソリと呟く。
「でも、綾小路くん、全然嬉しそうじゃないですね。なんというか、どんなに誉められても気に止めませんし、なんというか言われ慣れている感じがしますよ」
「たしかにそうだな」
英二が腕を組みながら同意する。
比企谷の疑問の答えを知っている。
あいつは言われ慣れてるなんてもんじゃない。
俺は知っている綾小路の過去を。
会った時のアイツを思い出す。
あの誰も寄せ付けない程の圧倒的な才能を持った天才を。
ゆえに孤独だったアイツを。
俺は綾小路岳という男がどういう人間かを知っている。
あいつは、その絶対なる才能で人の夢を壊したことがある――。
あの頃のあいつは――。




