第62話『噂の影』
朝、リナが装備を確認しながら話す。
「今日は錬金術師組合と魔法ギルドを両方回る。アオバクサとスイショウカズラの産地を聞いてくる」
「頼む。アウラム周辺に地上産の採取地があるかどうかを優先で確認してくれ」
「分かった」
リナが出ていったのと入れ替わりに、ミレイが引き出しから葉の印のついた票を取り出す。一度確かめてから、素材代分の資金を腰の布袋に入れた。
「行ってきます」
初めての単独だが、声に迷いがない。
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午前中、フィアの加熱台と自分の台が並んで動いている。
仕込みを続けながら保存瓶の残数を確かめると、刻印済みが二本しかない。ちょうどその頃、表から荷が届いた。
ハリル工房の担当者が木箱を三つ運び込む。保存瓶百本——一本ずつ確認して数を合わせ、受け取りの印を渡してから資金の小銀貨九枚と大銅貨五枚を数えて払う。
木箱を作業場の隅に積んで、充填作業員に声をかける。
「瓶が届いた。全部に刻印を入れていってくれ」
二人が木箱を開けて作業を続ける。底面に当てて魔力を流す、慣れた手順だ。
刻印の入った瓶が一本ずつ増えていく音が、作業場に続く。
(これで瓶を心配しなくていい)
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昼、ミレイが素材を抱えて戻ってきた。
シロクサ三十枚、ハコネソウ二十枚、イヤシゴケ乾燥粉二十グラム——昨日と同じ内容だ。布袋から控えを取り出してカウンターに置く。
「受付の担当者に確認してもらいながら数えて、払いました。余りは引き出しに戻してあります」
「問題なかったか」
「特にありませんでした」
それだけで終わった。教えた通りに動いている。
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昼過ぎ、若い駆け出し風の男が棚の前で少し迷ってからミレイに声をかける。
「あの……ここのポーション、飲んで具合が悪くなった人がいると聞いたんですが」
店の中の空気が少し変わる。
ミレイが表情を変えずに一本取り出し、底面を向けて見せる。
「当店のポーションには全て底面にこちらの刻印が入っています。刻印のないものは当店の商品ではありません」
「刻印……」
「模倣品が出回っていることは、冒険者ギルドと商業ギルドの掲示板にも出ています。具合が悪くなったとすれば、刻印のないものをお求めになった可能性があります」
男がしばらく底面を見ている。
「……本物はここだけか」
「はい」
男が一本買って、荷カバンに収めた。
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天秤座の担当者が夕方に来た。
「二点ご報告があります。まず仲介商人トリウスの件ですが、複数の商店への持ち込み記録と取引の証拠が揃いましたので、本日付けで守備隊に詳細調査と身柄確保の依頼を出しました」
「捕まえられるか」
「行商人のため足取りが掴みにくい面はありますが、守備隊が動けば早晩見つかります。捕縛後の尋問で仕入れ元が出てくる可能性が高いので、しばらくお待ちください」
「分かった」
「もう一点——ここ二日ほどで、緑の雫のポーションで体調を崩したという話が複数出ています。確認できた限りでは三件、全て伝聞で当事者の特定はまだできていません」
「意図的に流している可能性はあるか」
「否定できません。話の出どころが行商の出入りする酒場周辺に集中しているので、引き続き調査します」
担当者が出ていく。
トリウスの件は前に進んだが、噂の方は出どころが掴めていない。刻印を確認してから買う客が増えたのと、噂が広まり始めたのがほぼ同じ時期だ——刻印の効果を潰すための動きだと読んでいる。
(捕縛されれば供給元が出る。噂を流している人間とつながっている可能性もある)
天秤座と守備隊が動いている間は、こちらは待つしかない。
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夕方、リナが戻ってきた。
「錬金術師組合と魔法ギルド、両方行ってきた」
リナが椅子に座り、帳簿の端に書いた走り書きを広げる。
「錬金術師組合で素材の産地記録を見せてもらったら、アオバクサとスイショウカズラはウォルの森の湧き水周辺に自生しているって記録があった。北山脈の内部ね」
「山の中か」
「西門を出て農地の北側から山に入るんだけど、踏み跡はあっても森そのものは山の内側にある。魔法ギルドで確認したらウォルの森はEランク指定区域で、山から下りてくる魔物が出るから、ガッシュたちでは難しい」
(やはりそこか)
「Eランクへの依頼料は」
「ギルドで聞いたら、区域指定つきの採取クエストは基本料が大銅貨五枚以上で素材代とは別なんだけど、定期クエストとして継続発注すれば担当するEランクが固定されやすくて、慣れてくると一回あたりの時間も縮まるって」
「利幅が取れるかどうか」
リナが走り書きを指先で追う。
「淡く濁った初級魔力ポーションを小銀貨三枚で出すとして、素材代と依頼料を合わせても一本あたり小銀貨一枚は残る。量が増えれば依頼料の按分が下がるから、少量のうちは薄いけど回らなくはない」
「クエストを発注する」
「今日中に票を書く。私が代筆する」
リナが帳簿を引き寄せ、走り書きとは別の紙に内容を書き始める——区域指定、素材の種類、採取量、Eランク以上への限定。
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夜、帳簿を確認し終えてから初級魔力ポーションの試作品を棚の隅から出す。五本、全部刻印が入っている。
「試作品の値付けをする。小銀貨三枚で出す」
「それでいい。市場より少し下げた方が最初の実績は取りやすいけど、名前はちゃんとつけた方がいい」
「名前か」
「棚に並べるなら他のポーションと区別できるようにしないといけない。販売量が増えてきたら正式な表記も決める必要がある」
少し考える。
「今は試作で五本だけだから、棚の端に置いて聞かれたら説明する形でいい。名前は本格販売を決めてからにする」
「分かった。明日から出す」
今日の来客数は二十六人、販売十四本——噂が出ている日にしては悪くない数字だ。刻印の効果と噂の影響が拮抗している。
やることがある。それでいい。
石臼を出す。今夜の仕込みを始める。
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街の南東区。商人の男が助手の報告を聞いていた。
「三件広まりました。ただ、緑の雫の店では刻印を見せて説明しているようで、聞きに行った客が買って帰ることも多いようです」
男が少し黙る。
「数が少ない」
「人を増やすか、別の手を」
「……当事者を立てる。話を聞いた人間ではなく、自分が飲んで具合が悪くなったという人間が要る」
「お金で動く人間を」
「それが一番早い」
男が立ち上がって窓の方へ向かう。灯りの外、通りの影が動いている。
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【借金メモ・62話終了時点】
前話(61話)終了時:資金銀貨二枚と大銅貨一枚・残債大銀貨七枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚
62話収入:初級ポーション(作澄:緑)フィア作八本(大銅貨八枚×八=小銀貨六枚と大銅貨四枚)+初級ポーション(作淡濁:緑)ケイ作八本(大銅貨六枚×八=小銀貨四枚と大銅貨八枚)+初級魔力ポーション(作淡濁:白)試作品二本(小銀貨三枚×二=小銀貨六枚)+初級魔力ポーション(作澄:白)試作品一本(小銀貨三枚×一=小銀貨三枚)=銀貨二枚と大銅貨二枚
62話支出:従業員給与ミレイ(大銅貨七枚)+フィア・ソル・充填×二(小銀貨一枚と大銅貨六枚)+保存瓶百本(ハリル工房・小銀貨九枚と大銅貨五枚)+リナ帳簿管理費(小銀貨一枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨一枚と小銀貨二枚と大銅貨九枚
残債充当:なし(資金銀貨二枚と小銀貨八枚と大銅貨四枚<返済条件の銀貨三枚)
ケイの資金:銀貨二枚と小銀貨八枚と大銅貨四枚
残債:大銀貨七枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 10本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 6本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級魔力ポーション(作淡濁:白)× 1本(試作品残・販売中・小銀貨三枚)
初級魔力ポーション(作澄:白) × 完売
初級魔力ポーション(作濁:白) × 大保存瓶一本目充填中(1本/20本)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大保存瓶三本(満杯・保管中)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 約五十五枚
ハコネソウ生葉 × 約四十枚
イヤシゴケ乾燥粉 × 約三十五グラム
アオバクサ生葉 × 残一枚(次回試作不可)
スイショウカズラの実 × ゼロ
ミツロウソウの雫(小瓶) × 一本(ダンジョン産・効能不明・解析待ち)
ホシクサの露(小瓶) × 一本(ダンジョン産・効能不明・解析待ち)
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式×二組
保存瓶 × 約八十五本(刻印済み・運用中)
精密型刻印魔道具 × 一個(稼働中)
発注・依頼中
採取クエスト(冒険者ギルド・Eランク以上指定)アオバクサ・スイショウカズラ:ウォルの森湧き水周辺・発注済み
採用・勤務中
販売員:ミレイ(天秤座保証・正式長期契約・日当大銅貨七枚・六ヶ月更新)
生産者A(加熱担当):フィア
生産者B(濾過担当):ソル
充填作業員×二
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