第61話『試作』
朝、天秤座の使いが折り畳んだ紙片を持ってくる。
リナが受け取って読み上げる。
「保存瓶の業者の場所です。北市場近く、ハリル工房——担当者への連絡は済んでいるとのことです」
「今日中に行く。ついでに天秤座にも寄る」
リナが少し目を向ける。
「ミレイとの契約をきちんと結び直したい。今まで口頭だけだったから、正式に長期雇用の書類を出してもらう」
「分かった。私も一緒に行く」
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ミレイを呼んで、三人で天秤座へ向かう。
受付で用件を伝えると、担当者がミレイにも確認するように向き直った。
「雇用保証の新規契約ですね。双方のギルド登録を確認いたします」
リナが書類を受け取り、内容を読み上げながら代筆を進める。
業務内容——販売対応、来客説明、店番、冒険者ギルドへの素材受け取り代行。日当は大銅貨七枚、契約期間は六ヶ月更新。
担当者がミレイに向かって確認する。
「内容はよろしいでしょうか」
ミレイが少し間を置いた。表情は動かなかったが、目線がこちらへ一瞬向く。
「日当が上がりますが」
「クレーム対応をずっとやってもらった。今の仕事量に見合う金額にする」
また短い間があった。
「分かりました」
声は静かで、いつもと変わらない。ただ書類に拇印を押すときの指先が、少しだけ丁寧だった。
天秤座の保証手数料、小銀貨二枚を払う。
「六ヶ月後、続けるかどうかはそのとき判断する。それでいいか」
「構いません」
受付を出たところで、リナがこちらを見る。
「よかったわね、ちゃんと決めて」
「遅すぎた」
リナが小さく笑う。
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店に戻り、引き出しからクエスト票を取り出して端に印を入れる——葉を模した形だ。
ミレイを呼んで票と素材代分の資金を渡す。
「この葉の印がついているものが薬草の票だ。複数あっても、この印を見て持っていけばいい——手順は午後に一緒に行って覚えてくれ」
ミレイが葉の形を指先で確かめてから頷く。
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ハリル工房は北市場から路地を二本入ったところにあり、棚に大きさごとに並んだ保存瓶が並んでいた。
担当の男が奥から出てきて向かい合う。
「天秤座さんからお話は伺っています。どのくらいお考えですか」
「月百本、定期で確保したい。大きさはこれと同じものだ」
持参した瓶を一本出して見せると、男が確認した。
「問題ありません。定期取引でしたら百本で小銀貨九枚と大銅貨五枚、発注は七日前のご連絡が条件です」
「契約する。第一回の発注を今日入れて、七日以内に届けてほしい」
リナが書類を受け取って代筆し、押印する。控えを受け取り、工房を出た。
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店に戻ってリナに番を頼み、ミレイと冒険者ギルドへ向かう。
受付に票を出すと、担当者が確認を進める。
「今日の納品はシロクサ三十枚、ハコネソウ二十枚、イヤシゴケ乾燥粉二十グラムです」
ミレイが横で一つずつ確認しながら、代金を払って素材を受け取る場面を見ている。
帰り道、ミレイが足を合わせながら話す。
「葉の印の票、素材の確認、払った後の控え——全部見ました。次は一人でできます」
「分からなかったら受付に聞けばいい。難しいことはない」
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店に戻ると午後の客が入り始めていた。
一人が棚の瓶を手に取り、底面を確かめてから頷く。
「刻印が入ってるな。これが本物か」
「当店のポーションには全て底面に刻印が入っています」
客が自分の荷カバンに収めて出ていく。刻印を確認してから買う動きがここ数日で定着し始め、店にいる時間が増えた分だけミレイが一人で抱える場面も減ってきた。
昼を過ぎたころ、天秤座の担当者が来た。
「調査の続報をお伝えに参りました。粗悪品の仕入れに関わっていた仲介商人が一人確認できています——トリウスという行商人で、複数の商店に持ち込んでいた形跡がありますが、供給元はまだ確認できていません」
「分かった。引き続き頼む」
担当者が頷いて店を出ていく。
仲介の名前が一つ取れた。ただ仕入れ元まではまだ届いていない。
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夕方、素材箱を出した。
アオバクサの生葉が八枚、スイショウカズラの実が五粒——今ある分が全てだ。
フィアの加熱台の隣を借り、アオバクサを石臼で丁寧にすり潰す。スイショウカズラの実を潰して液を取り出し、タイミングを計りながら合わせていく——錬金術師組合で確認した手順を頭の中でなぞりながら、液体の変化を見ていた。
初級ポーションと同じように濾過の工程に入る。いつも通り布の上で繊維をすり潰す工夫を加えると、青白い液体の濁りが少し落ち着く。
濾過後の状態を確かめる——三本は淡く濁った青白色、一本は澄んだ白、一本は濁りが強い青白色だ。
(初級ポーションと同じ比率で出た。同じ仕組みが働いている)
五本分取れた。底に刻印を入れて棚の隅に置き、残量を確かめる——葉が一枚、実がゼロだ。
(次の試作には入れない)
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夜、帳簿の前でリナと向かい合う。
「試作は五本取れた。ただアオバクサとスイショウカズラの実が尽きたから、次が作れない」
「採取場所なら分かる。ダンジョン近くの湧き水周辺に群生してた」
「問題はそこじゃない。場所が分かっても、ガッシュたちには難しい区域で、Gランクに頼める採取難度じゃない」
リナが少し考え込む。
「高ランクに依頼すれば取れるけど、依頼料が跳ね上がる。初級魔力ポーションの利幅で回収できるかどうか」
「そこだ。依頼料を抑えながら定期で確保する方法を考えたいが——リナ、何か手はあるか」
「……私が直接採れなくはないけど、毎回ダンジョン近くまで行くのは現実的じゃない。地上産でも魔力を帯びた土地なら育つから、アウラム周辺に採取できる場所があるかどうかを先に調べた方がいい」
「錬金術師組合か魔法ギルドで素材の産地を聞けるか」
「聞いてみる。産地が近ければクエストの区域指定で回せる可能性があるけど、遠ければ別の手を考えないといけない」
リナが帳簿の端に書き込む。
「試作品の売値は」
「実績がないまま出すのか、価格を決めてから出すのか」
「初級魔力ポーションの市場は小銀貨四〜五枚前後。最初は下げて出して様子を見た方が信用は取りやすい」
「それでいく。今は五本だけ、素材の調達ルートが決まってから本格的に動く」
リナが帳簿を閉じる。今日の来客数は二十三人、販売十本——刻印を入れてから数が戻り続けている。
やることが増えた。ただ確かに動いている。
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街の南東区。商人の男が机に向かっていた。
助手が報告する。
「刻印の再現は難しい状況です。文字の形も道具の設定も不明なまま同じ模様は出せず、行商の売れ行きも今日でほぼ止まりました」
男が少し間を置く。
「別の手を使う。緑の雫のポーションを飲んで体調を崩した——そういう話を流す」
「根拠のない話ですが」
「人間が一人いれば足りる。刻印があっても飲んで具合が悪くなったという話が広まれば、客は離れる」
助手が黙り込み、男が紙片を静かに折りたたんだ。
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【借金メモ・61話終了時点】
前話(60話)終了時:資金銀貨一枚と小銀貨七枚と大銅貨七枚・残債大銀貨七枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚
61話収入:初級ポーション(作澄:緑)フィア作四本(大銅貨八枚×四=小銀貨三枚と大銅貨二枚)+初級ポーション(作淡濁:緑)ケイ作六本(大銅貨六枚×六=小銀貨三枚と大銅貨六枚)=小銀貨六枚と大銅貨八枚
61話支出:従業員給与ミレイ(大銅貨七枚・正式契約後)+フィア・ソル・充填×二(小銀貨一枚と大銅貨六枚)+天秤座雇用保証手数料(小銀貨二枚)+食事分(大銅貨一枚)=小銀貨四枚と大銅貨四枚
保存瓶初回発注(ハリル工房・百本):来週納品予定・支払い小銀貨九枚と大銅貨五枚・今回未計上
残債充当:なし(資金銀貨二枚と大銅貨一枚<返済条件の銀貨三枚)
ケイの資金:銀貨二枚と大銅貨一枚
残債:大銀貨七枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 6本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 4本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級魔力ポーション(作淡濁:白・試作品)× 3本(販売対象・価格未定)
初級魔力ポーション(作澄:白・試作品) × 1本(販売対象・価格未定)
初級魔力ポーション(作濁:白・試作品) × 1本(大保存瓶行き・販売不可)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大保存瓶三本(満杯・保管中)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 約四十枚
ハコネソウ生葉 × 約三十枚
イヤシゴケ乾燥粉 × 約二十五グラム
アオバクサ生葉 × 残一枚(試作で消費・次回試作不可)
スイショウカズラの実 × ゼロ(試作で消費)
ミツロウソウの雫(小瓶) × 一本(ダンジョン産・効能不明・解析待ち)
ホシクサの露(小瓶) × 一本(ダンジョン産・効能不明・解析待ち)
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式×二組
保存瓶 × 約五本(刻印済み残)
精密型刻印魔道具 × 一個(稼働中)
発注中
保存瓶(ハリル工房)× 百本・来週納品予定・支払い小銀貨九枚と大銅貨五枚
採用・勤務中
販売員:ミレイ(天秤座保証・正式長期契約・日当大銅貨七枚・六ヶ月更新・冒険者ギルド素材受け取り担当追加)
生産者A(加熱担当):フィア
生産者B(濾過担当):ソル
充填作業員×二
天秤座
調査段階二継続中
粗悪品仲介商人:トリウス(名前確認済み・供給元調査中)
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