Ⅱ堕天の光【第2幕 癒しの光】
広場の真ん中に、布と木で囲った小さな空間ができあがった。
風が通るたび、幕がばたばたと揺れる。
それが、あたしたちの“病院”になった。
名前も、形も、何も決まっていない。
けれど今は、それしか方法がなかった。
えりちゃんを寝かせた隣に、またひとり、子どもが運ばれてきた。その隣には、泣きじゃくる母親。
「手が冷たいの……この子も、同じ症状です」
声が震えていた。
「諒介、体温を測って!」
「下がってる。呼吸も浅い」
「辰彦、温める布を!」
「もう足りねぇよ!」
「哲平、火を頼む!」
「了解!」
次々と人が運ばれてくる。
最初は子どもたち。そして、その親たちまでもが倒れ始めた。
「どうして……」
あたしの声が震えた。
「空気のせいなの?食べ物?それとも……」
諒介が短く息を呑む。
「わからない。でも広がってる。速すぎる」
その言葉の通り、幕の外では人々のざわめきが波のように押し寄せていた。祈る声、泣き声、名前を呼ぶ声。
ソムニウムは箱庭。今まで、疫病が流行ることはなかった。
穏やかな日常が、音を立てて崩れていく。
あたしはえりちゃんの手を握った。
さらに冷たくなった指先。それが、消えてしまいそうで怖かった。
胸の奥で、また小さな鼓動が跳ねる。
あたしは夢中で祈った。
「お願い……どうか、助けて」
あたしはえりちゃんの手を握ったまま、目を閉じた。
その瞬間、あの日の光景が蘇る。
慧吾の残した光。一筋の流れになって、あたしの手のなかに落ちてきたあの瞬間。
あのぬくもりが、今確かな手応えで戻ってきた。
すると――胸の奥で何かが応えた。
───ドクン。
「……あ」
鼓動が熱い。手のひらが、じんわりと熱を帯びていく。
光がこぼれた。
指の隙間から零れ落ちる、やわらかな光。その光は止まらず、あたしの腕を伝い、胸の奥へと流れ込んでいった。
「リリカ!? どうした!?」
諒介の声が遠くに聞こえる。
でも、もう止められなかった。光があふれていく。
周囲の空気が変わった。床に寝かされた人々の頬が、ひとり、またひとりと色を取り戻していく。
「光だ! 先生が光ってる!」
誰かが叫んだ。
あたしの体が、まるで光そのものになったみたいに温かい。
そうか。
――あたしは、この光で人を癒せる。
そう思ったら、自然と涙がこぼれた。そして、笑った。
「慧吾……見ててね」
花びらが幕の隙間から舞い込み、光と混ざって揺れる。
それはまるで、世界がもう一度“始まる”みたいに美しかった。
光はあたしの手のひらから広がり、部屋の隅々まで届いていった。倒れていた子どもたちが小さく息をし、母親たちの嗚咽が歓声に変わる。
「……息をしてる」
誰かが震える声でつぶやく。
そして、何時間、あたしは手を伸ばし続けたのだろう。
あたしは自分が発する光が外まで漏れるほど、暗くなっていることに気づいた。
この手を伸ばせど、伸ばせど、運び込まれる人達は増えていくばかりだった。
「もう少し……もう少しでみんな助かる……!」
でも、腕が重い。胸の中で熱が広がって、呼吸が浅くなる。
光が強すぎる。自分の身体が燃えているようだった。
「……だめ……まだ……」
また新たに運び込まれた女性に、まだ光が届かない…。
「お願い……この人も……!」
でも、その時、胸の奥で何かが悲鳴を上げた。
光が一瞬、揺らぐ。足元がふらついた。
「リリカ!」
諒介の声が響く。肩をつかまれて、立っているのがやっとだったと気づく。
「もう十分だ!」
「リリカ、休め!」
「でも……まだ……!」
体から力が抜けていく。目の前の光景が滲む。
誰かがあたしの体を抱きとめた。
「無理すんな!」
哲平の声が聞こえる。辰彦の手が背中を支え、諒介の手があたしの頬を押さえた。
「もう十分だ。お前がいなきゃ、ここまで持たなかった」
あたしは荒い息をしながら、重くなったまぶたを開ける。心配のあまり怖い顔になった仲間たちが映っていた。
「……そうだね。ひとりじゃない、もんね……」
その言葉と同時に、あたしの光は静かに収まっていった。
代わりに、仲間たちの声が響く。
「リリカ、休め。ここからは俺たちがやる」
その言葉が、何よりの救いだった。
光が静まり、幕の中に薄い風が流れた。
あたしの膝の上で、えりちゃんが小さく息をした。「……せんせ…?」
その唇が、かすかに動く。
周囲に歓声が広がった。
「助かった……!」
「奇跡だ……!」
あたしは微笑もうとして、でも、もう体が動かなかった。光を使いすぎたせいだろう。
それでも、胸の奥で穏やかな鼓動を感じていた。
“慧吾が帰ってくる場所を、守れた…”
あたしは、白み始めた朝の光をまぶたに感じながら、ようやく少しだけ目を閉じた。




