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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅱ 堕天の光

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スピンオフⅠ

Spin-off 街の再興


崩れ落ちた瓦礫の山は、少しずつ片づけられていく。重機の音と人々の掛け声が交じり合い、かつて沈黙していた街は、息を取り戻しつつあった。


ひび割れた道路には、緑の芽が顔を出す。折れた電柱に巻きついたツタが、青空を目指す。人の手と自然の力が重なり、街はゆっくりと立ち上がろうとしていた。


そのざわめきの中、誰かの声がこだまする。「……リリカ」「お嬢さん」「That’s incredible…」


それは、戦いを共に越えた者たちの声だった。


Spin-off 辰彦暗い倉庫の梁に、まだ戦いの余韻が残っていた。血の匂いと鉄の軋む音。その中で、ワシは拳を下ろした。


「……やっと来おったか。待ちくたびれたわい」


そう言った声は、冗談めいていた。だが胸の奥では、ずっと震えを押し殺していた。


ソムニクスに追われる日々。ワシひとりならとうに潰れていた。けれど――あの小僧がおったから、ここまで持ちこたえられた。


「ったく、耄碌ジジイがひとりで背負い込むなっての」隣で息を荒げながらも笑う哲平の姿に、胸が熱くなる。


「はっはっは、若いもんは血の気が多すぎるのう」口ではそう言いながら、心の中では誇らしかった。あやつはもう弟子ではない。立派な戦友じゃ。


「じゃが哲平、お前も成長したな」「ったりめぇだ。師匠はアンタだからな!」


拳と拳が重なる。鈍い音が倉庫に響く。


……ワシは辰彦。殴るしか能がない男。それでも、拳が誰かを守れるのなら――この老いぼれの拳、まだ折れるわけにはいかん。



Spin-off 哲平


階段の踊り場で、拳にまだ血の温もりが残っていた。息は荒くても、胸の奥は高鳴って仕方がない。


「チッ、また増えやがったな」そう吐き捨てながらも、心のどこかで笑っていた。


リリカを狙う銃口が光った瞬間――拳を割り込ませる。骨が砕ける手応えと共に、敵は壁へ叩きつけられる。


「っしゃあ!」声が勝手に出る。体中の血が沸き立つ。


そこへ背中を預けられる影。「やっと来おったか」振り返らずとも、師匠の声だとわかった。


辰彦。あの拳に何度殴られ、何度起き上がったか。鍛えられた痛みが、今の俺を作った。


「ぶっこいて耄碌してんじゃねえぞ!」挑発混じりに叫ぶと、あのジジイはいつもの調子で笑った。


拳と拳を合わせた瞬間、胸の奥に火が灯る。


「……俺は哲平。拳ひとつで食ってきた。今はただ、こいつらをぶっ倒すためにある!」


その目は、恐れも迷いも知らなかった。ただひとつ――守るために燃えていた。



Spin-off ジャック


瓦礫の上で、ナイフをひとつ弄んでいた。敵の気配は消え、風の音だけが残る。


慧吾が闇に飲まれ、手の届かない場所へ消えるのを見たあと、思わず口から漏れた言葉。


「……Oh, come on.」


リリカに向けたものじゃない。ただの皮肉でもない。


またかよ。また仲間を失うのかよ。


胸の奥がざわめき、握ったナイフの柄に力がこもる。俺はもう二度と、誰かを奪われるのはごめんだ。


リリカは危うすぎた。光を抱え込みすぎて、燃え尽きるんじゃないかと、見ているだけで怖かった。


だからこそ、俺には茶化すことしかできなかった。祈りを隠し、皮肉で包んで。


「Keep on, girl. Keep moving.」心の奥では、必死に願っていた。


……立ち止まるな。ここで潰れたら終わりだ。あんたがいなきゃ、俺たちは戦えないんだ。


嫌な奴に見えてもいい。嫌われてもいい。守れるなら、それでいい。


ナイフを回し、闇に投げた。閃光のように走った刃は、まだ残っていた敵を正確に貫いた。


そして短く告げた。


「……走れ。ここから先は、お前の戦いだ」


そう言いながら、俺はお前の背中を全力で守っていた。



Spin-off 諒介


初めてリリカの光を見たとき、口から出たのは――


「その光、すげぇな」


……あれは本音でもあり、嘘でもあった。


本当は知っていた。あの日からずっと、待っていたから。お前がその力を解き放つ瞬間を。


けど、それを素直に言うわけにはいかない。俺は元ソムニクスだ。数えきれないほどの命を奪い、仲間を傷つけた。そんな俺が「待っていた」なんて言えば、ただの欺瞞にしかならない。


だから、軽く笑って「すげぇな」と言った。けれど胸の奥では――これは贖罪だ、そう思っていた。


その、すげぇ光が世界を変えるなら、俺は命を懸けて支える。それが、俺に残された唯一の道だから。



Spin-offリリカ


瓦礫の隙間から、小さな芽が顔を出していた。あの日から、街は少しずつ息を吹き返している。


仲間たちの笑い声が遠くで響く。けれど、あたしは空を見上げたまま立ち尽くしていた。


あの瞬間のことを、何度も思い出す。背中を押すように、最後の力を振り絞った、叫びに似た声。あの闇の奔流の中に消えていった影。


忘れたようなふりをしても、胸の奥が痛い。涙は何度も溢れ出る。


──慧吾。


胸の奥で小さく光が脈打つ。それは、あの時あたしに託された光の鼓動。この鼓動がある限り、きっと命は消えはしない。遠い空のどこかで、きっとあなたはあたしを待っている。


だから、歩いていける。───また、いつか。光の中で、逢えると信じて。





EXtra-hidden : 慧吾/Silent Pulse(沈黙の鼓動)


絶対的な支配が、脳を焼く。肉体は重く、意識は沈みかけていた。それでも──目を逸らさなかった。あの少女から。


リリカ。


俺の役目は「監視」。白い檻の中で、お前が理不尽な扱いを受けぬよう、ただ見張ること。


だが、それだけではなかった。俺もまた、光る心臓を持っていた。悟られれば奪われる。仲間にすら、知られてはいけない。


外套は光を隠すためのもの。剣は、己を律するためのもの。


すべては──この時のため。


「機は熟した」あの瞬間、思わずこぼれた言葉に偽りはなかった。


闇が迫る。骨が軋み、肺が潰れそうになる。それでも、未来を見失わなかった。


俺の胸の光は、最後に使うと決めていた。


「……行け」声にならぬ声で、未来を押し出す。


お前の鼓動と、俺の光を託して。





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