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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
スペシャルスピンオフ──金と漆黒のヘテロクロミア

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§5 裏切りの瞳

ノヴァが振り返る。


「来ないで……!」


涙が頬を伝う。


その声とは裏腹に、右手がゆっくりと持ち上がった。


「違う……ぼくじゃ……」


金の瞳が揺れる。


漆黒の瞳だけが、冷たく慧吾を見据えていた。


《対象確認》


《No.06》


《排除》


白い光が掌に集まる。


「ノヴァ!」


慧吾は動かない。諒介は焦って叫ぶ。


「やめろ!」


ノヴァは激しく首を振った。


「止まらない……!」


光が放たれた。


轟音。


石畳が弾け飛ぶ。


慧吾は避けなかった。


その肩を光がかすめ、鮮血が飛び散る。


「慧吾!」


諒介が叫んだ。


慧吾は痛みなど感じていないような顔で、一歩だけ前へ出る。


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃない!」


再び、ノヴァの掌に光が集まる。


今度は先ほどより速い。


狙いは――慧吾の胸。


「っ……!」


諒介の身体が反射的に動いた。


慧吾の身体を横から突き飛ばす。


直後。


閃光が二人の間を貫いた。


爆風。


諒介の身体が石畳へ転がる。


「ぐっ……!」


左腕に焼けつくような痛みが走った。


それでもすぐに起き上がる。


「……こんなもん、避け続けてられるか」


腰の端末を引き抜いた。


画面を叩く。


周囲を満たすソムニウム濃度。


ノヴァの生体反応。


光弾の発生周期。


乱れた数値が猛烈な勢いで流れていく。


「諒介」


「黙ってろ。今、こいつの癖を見てる」


三発目。


「慧吾、左!」


慧吾が半歩だけ身体をずらす。


光が外套を裂いて通り過ぎた。


「遅い!」


「避けた」


「そういう問題じゃない!」


諒介は画面から目を離さない。


光弾が放たれるたび、数値が跳ね上がる。


上昇。


臨界。


放出。


そして――。


「……ある」


諒介の指が止まった。


「何がだ」


「谷だ」


慧吾が視線だけを向ける。


「この出力、ずっと最大じゃない。撃った直後、ほんの一瞬だけ落ちる」


諒介は素早く数値を追う。


「〇・八秒……いや、〇・七」


ノヴァの掌に、また光が集まった。


「次が来る!」


「ノヴァは、俺を殺そうとしているんじゃない」


慧吾は動かなかった。


「は?」


「助けを求めてる」


ノヴァを見る。


涙を流しながら、ノヴァは自分の右手を止めようと、左手で必死に押さえている。


それでも光は膨らんでいく。


「だから、俺は手を出さない」


「……っ!」


諒介は一瞬、言葉を失った。


「本当にお前は……!」


光が放たれる。


「右!」


慧吾がかわす。


石柱が砕け散った。


その向こうで、ノヴァが泣いている。


「お願い……!」


震える声。


「逃げてよ……ぼくから……逃げて!」


慧吾は首を横に振った。


「逃げない」


血が肩から滴り落ちる。


それでも一歩、前へ出る。


その姿を見て。


諒介は、ようやく理解した。


こいつは戦おうとしているんじゃない。


倒そうとも。


止めようともしていない。


ただ。


たどり着こうとしている。


ノヴァのところまで。


「……分かった」


諒介が低く言った。


慧吾が見る。


「何がだ」


「お前のしたいことだよ」


端末を操作する。


「任せとけ――」


諒介は端末と周囲を素早く見る。


砕けた壁。


倒れた石柱。


その向こう。


まだ死んでいない端末が三基。


地下施設へと続く通信網も、辛うじて生きている。


使える。


「俺がお前を、あそこまで通す」


慧吾の瞳がわずかに動いた。


「できるのか」


「誰に聞いてる」


諒介の指が走る。


残存システムへ強制接続。


認証を飛ばす。


警告表示を無視。


三基の端末が同時に白く灯った。


《疑似信号生成》


《No.06》


《No.06》


《No.06》


ノヴァの漆黒の瞳が揺れた。


《対象――》


右手が、ほんのわずかに慧吾から逸れる。


「今だ!」


慧吾が走った。


光弾が右側の端末を撃ち抜く。


爆発。


「止まれ!」


慧吾が足を止める。


その鼻先を二発目が横切った。


「三秒後、右! 三、二――」


慧吾が先に動く。


「まだだ!」


「遅い」


「お前な!」


それでも。


合っている。


慧吾は諒介の声だけを頼りに、光の中を進んでいく。


「左!」


一歩。


「伏せろ!」


光が頭上を通る。


「そのまま走れ!」


二歩。


三歩。


確実に。


ノヴァとの距離が縮まっていく。


「けい……ご……」


ノヴァの声が震える。


金の瞳から涙が溢れる。


「来ちゃ……だめ……」


慧吾は止まらない。


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃないよ……!」


「大丈夫だ」


「なんで……!」


叫びとともに、光が膨れ上がった。


端末が甲高い警告音を発する。


《SIGNAL OVERFLOW》


「……まずい」


数値が跳ねる。


さっきまで存在していた周期が崩れていく。


「慧吾、止まれ!」


慧吾は止まらない。


「止まれって言ってるだろ!」


《ANALYSIS FAILED》


画面が乱れる。


「くそっ……!」


諒介は何度も端末を叩く。


再解析。


失敗。


再接続。


失敗。


ノヴァの出力が、もう予測値に収まらない。


「慧吾!」


ようやく慧吾が振り返った。


「もう読めない!」


光の中で。


慧吾はほんの一瞬、諒介を見た。


そして言った。


「だったら見ろ」


「……何?」


「俺を見ろ」


諒介の手が止まる。


「俺とノヴァを見てろ。方向だけ言え」


「お前……」


「頼む」


その一言で。


諒介は画面から目を上げた。


数値を捨てる。


計算を捨てる。


ただ見る。


ノヴァの肩。


指先。


視線。


光が生まれる、その直前のわずかな動き。


そして。


慧吾。


「――左!」


慧吾が跳ぶ。


光が足元を抉る。


「伏せろ!」


身を沈める。


頭上を白い閃光が駆け抜けた。


「そのまま!」


慧吾が走る。


「右!」


外套が翻る。


光が背後で弾ける。


近い。


あと少し。


「慧吾!」


「分かってる!」


ノヴァが泣き叫んだ。


「来ないで!!」


右手に、これまでとは比べものにならないほどの光が集まり始める。


空気が震えた。


石畳が鳴る。


端末が狂ったように警告音を響かせる。


諒介は画面を見なかった。


ノヴァだけを見る。


慧吾だけを見る。


――今。


「走れ!!」


慧吾が地面を蹴った。


だが。


ノヴァの光は消えない。


むしろ膨れ上がる。


谷がない。


間がない。


逃げ道がない。


「慧吾!!」


それでも慧吾は止まらなかった。


血を流しながら。


光の中を、まっすぐノヴァへ向かっていく。


「逃げてよ……!」


ノヴァが泣く。


「ぼく、慧吾を……!」


慧吾は首を横に振った。


「逃げない」


そして。


光に包まれた小さな身体へ、手を伸ばす。


「お前がどんな姿になっても」


ノヴァの金の瞳が、大きく揺れた。


「俺は、お前を置いていかない」


その瞬間。


ノヴァの身体から、白い光が爆発するように膨れ上がった。

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