表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅲ 風の共鳴
23/38

第6章  灰の道

灰の道を、二人は歩いていた。

風は止み、音が消えた。ただ靴底が砕けたガラスを踏む音だけが、長い廃墟の回廊にこだまする。


慧吾は歩を乱さなかった。けれど、その肩が一度、かすかに揺れる。


ジャックが横目で見た。

「……歩けるか」


「問題ない」


声は平坦だった。だが、その掌は震えていた。

手袋の下で、光がかすかに滲み――淡い青と、血のような黒が、ひとつの脈に混じり始めていた。


(……βが、反応してやがる)

ジャックは心の中で舌打ちした。


腰の荷袋に括りつけた結晶が、微かな光を漏らす。それは光でも影でもなく、生き物が“呼吸”するように、ふくらんでは縮む。


「……熱いな、こいつ……」


ジャックが思わず袋に触れると、中のβが“ぴくり”と動いた。

布越しに伝わるその振動は、心臓の拍動よりも不規則で、まるで死んだ何かが蘇ろうとするような、嫌な鼓動だった。


同じリズムで――慧吾の胸も脈打つ。


風が吹かないのに、灰が舞った。空気そのものが歪んでいる。


慧吾が足を止める。

「……見えるか」


「見えるもなにも……これは、いやな“寄り方”だぜ」


ジャックが銃を構えた。


慧吾の視線の先――崩れたビルの屋上に、黒い影がひとつ。


形を変えながら、こちらを見下ろしている。

その影の周囲に、まるで糸に引かれるように、エコーズが集まっていた。


一体、二体……徐々に、灰の中から湧き出るように増えていく。


「……おい、慧吾。 

こいつら、“βに寄ってきて”やがるぞ」


慧吾の胸の痛みが一瞬だけ強くなった。膝がわずかに折れる。


「おい!」

ジャックが手を伸ばす。


「……近寄るな」


短く、それだけ。怒気も弱さもなく、ただ──自分の中の何かを必死に押しとどめている声。


ジャックは一瞬、足を止めた。慧吾の外套が揺れ、光と影が脈打つ。

掌の下で“何か”が暴れている──それを必死に押さえつけている。


「……そういう時だけ、素直なんだよな」


ジャックは小さく笑い、慧吾の横に並んだ。

銃を構え、影とエコーズを射抜くように視線を向ける。


「わかってるさ。

 “近寄るな”の裏には、

 “ここにいろ”って願いがあるのはな」


慧吾の唇がかすかに動く。

「……お前は、うるさい」


「お前が黙りすぎなんだよ」


慧吾の額に汗がにじむ。息が浅い。だが、その瞳だけはまっすぐに影を見据えていた。


胸の奥から、闇が血のように溢れかける。


「こいつは……俺の中にいる」


ジャックは目を細めた。

「……まさか、βが“呼んで”やがるのか」


慧吾の口元がわずかに歪んだ。

「面倒なものを、拾ったな」


「拾ったのは誰だと思ってんだ、バカ」


ジャックが荷袋を叩く。中で、βが“ドクン”と脈動した。

反応している。慧吾に。


「いいか、慧吾。

 お前が倒れたら──俺が引きずってでも戻す」


慧吾は短く息を吐いた。

「……好きにしろ」


その瞬間、空の上で稲妻のような閃光が走った。


灰の雲が裂ける。黒い影が形を変えながら降りてくる。それに呼応するように、周囲のエコーズが荒れ狂った。


慧吾の胸が脈打つ。闇が血管に逆流するように。


「……来るぞ」


「言われなくても分かってる!」


風が再び生まれた。音が戻った。


そして、二人の影が灰の中へ跳ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ