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鉄の線路は国境を越えて ~売国奴と蔑まれた令嬢は、敵国の天才技師と未来への架け橋を築く~  作者: ぱるめりあ
第4章:夜明けの汽笛

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第32話:鉄のカーテンを破れ

 その瞬間、世界がスローモーションに見えた。


 東の空が白み、朝霧が立ち込める建設現場。

 数百人の帝国兵が整列し、その中心でゲルハルト将軍が軍刀を振り上げていた。

 彼が開戦の号令を叫ぼうと口を開いた、まさにその時。


 ドガアアアアアン!!


 爆音と共に、将軍の背後にある格納庫の扉が、紙細工のように弾け飛んだ。

 木片が舞い、鉄屑が散弾となって兵士たちに降り注ぐ。

 白煙の中から姿を現したのは、黒鉄の怪物。


 装甲機関車『夜明け号』だ。

 分厚い鉄板で全身を鎧ったその姿は、優雅な文明の利器ではない。

 蒸気を噴き上げ、大地を食らい尽くすために生まれた、鋼鉄の野獣だった。


「な、なんだ!?」

「うわあああっ!」


 兵士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 無理もない。背後から突然、数百トンの鉄塊が時速50キロで突っ込んできたのだ。

 恐怖で腰を抜かし、這いつくばる者。銃を取り落として悲鳴を上げる者。


 その混乱の渦中を、私たちは突き進む。


「どけえぇぇぇぇッ!!」


 運転席でクロードが咆哮する。

 彼はブレーキではなく、加速レバーをさらに押し込んだ。

 車輪が火花を散らし、レールを噛む。

 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン!

 腹の底を揺さぶる重低音が、戦場の空気を震わせる。


 私は釜の前で、必死に足を踏ん張っていた。

 揺れが激しい。手すりに掴まっていないと、外へ放り出されそうだ。

 スリット状の覗き窓から、外の光景が見える。


 前方に、ゲルハルト将軍の姿があった。

 呆気にとられた顔で、口を半開きにしてこちらを見上げている。

 その間抜けな顔といったら!


「ごきげんよう、将軍閣下!」


 私は窓から身を乗り出し、叫んだ。

 届いたかどうかはわからない。

 でも、将軍の顔色が真っ青になり、慌てて逃げ出したのが見えた。


「撃て! 撃ち止めろ! あの化け物を止めろ!」


 将軍の悲鳴のような命令で、ようやく我に返った兵士たちが一斉射撃を開始する。


 カン! カン! キン! カカカカン!


 無数の銃弾が機関車に命中する。

 だが、全て無駄だ。

 クロードが「強度試験用」と偽って貼り付けた20ミリ厚の装甲板は、小銃弾など蚊に刺されたほどにも感じない。

 弾丸は火花を散らして弾かれ、虚しく地面に転がるだけ。


「ハハッ! 効かねえよ!」


 クロードが悪童のように笑う。


「こっちは特級鋼の鎧だ! 大砲でも持ってこなきゃ止まらねえぞ!」


 目の前に、軍が築いた第一バリケードが迫る。

 土嚢と鉄条網、そして軍用車両で固められた壁。


「……ぶち抜くぞ、エリザベート! 歯ぁ食いしばれ!」

「ええ! やってやりなさい!」


 ズドンッ!!


 凄まじい衝撃。

 機関車の先端に取り付けられた巨大な排障器(カウキャッチャー)が、軍用トラックを跳ね飛ばし、土嚢を粉砕した。

 鉄と鉄がぶつかる嫌な音。ガラスが割れる音。

 車体が大きく揺れたが、速度は落ちない。

 むしろ、障害物を喰らってさらに勢いを増したようにさえ感じる。


 私たちは鉄のカーテンを破り、現場の中心部へと躍り出た。


 ***


 そこは、かつて私たちが汗を流し、夢を語り合った場所。

 今は軍靴に踏み荒らされ、色のない灰色の景色になっていた。


 だが。

 その灰色の景色の中に、無数の「火種」があった。


 線路脇の資材置き場。廃材の山の陰。

 そこかしこに、身を潜めていた男たちがいた。

 ハンズたちだ。

 彼らは軍の監視下で「服従したフリ」を続けながら、ずっとこの瞬間を待っていたのだ。


 機関車の汽笛を聞いた瞬間、彼らは一斉に立ち上がった。

 手には武器――隠し持っていたレンチ、バール、そして奪った小銃。


「来たぞ! 夜明け号だ!」

「ボスが帰ってきた!」

「やっちまえ! 俺たちの現場を取り戻せ!」


 男たちが鬨の声を上げ、監視兵たちに襲いかかる。

 不意を突かれた兵士たちは、数の暴力と気迫に押され、次々と無力化されていく。


 そして、男たちは走る機関車に向かって駆け出した。


「ボス! こっちです!」

「速度落とせ! 乗せろぉ!」


 クロードが蒸気ブレーキを少しかけ、速度を緩める。

 完全に止まるわけにはいかない。徐行だ。


 ハンズが、ガストンが、そして数十人の作業員たちが、並走しながら次々と機関車に飛び乗ってくる。

 炭水車へ、装甲板の足場へ、屋根の上へ。

 泥だらけの手が差し伸べられ、仲間を引き上げる。


 ドン、と運転席のドアが開き、ハンズが転がり込んできた。

 顔中煤だらけで、でも泣き出しそうな笑顔で。


「ボス! 主任! ……遅いですよ! 待ちくたびれました!」

「うるさいわね! 派手な登場演出には時間がかかるのよ!」


 私が怒鳴り返すと、ハンズは「へへっ」と笑い、すぐに表情を引き締めた。


「全員乗りました! 怪我人なし!」

「よし! 全速前進だ!」


 クロードが再びレバーを引く。

 機関車が再加速する。

 屋根の上から、ガストンたちの野太い声が響いてくる。


「野郎ども! 振り落とされるなよ!」

「将軍にケツまくってやれ!」


 最高だ。

 これが私の部下たち。

 金で雇われただけの関係じゃない。鉄と誇りで結ばれた、最強の「共犯者」たち。


 機関車は現場を縦断し、いよいよ橋へのアプローチ線に入る。

 前方に、最後の関門が見えた。

 現場の出口と、橋の入り口を隔てる、巨大な鉄のゲート。

 そこには、機関銃座を備えた装甲車が二台、道を塞ぐように停められている。


「……最後のお出迎えか」


 クロードが目を細める。

 あの装甲車は重い。跳ね飛ばせるか?

 いや、止まれば撃たれる。やるしかない。


「エリザベート! 圧力を上げろ! 限界までだ!」

「わかってるわ!」


 私は釜の扉を開け、残りの石炭を無造作に放り込んだ。

 燃えろ。燃えろ。

 私たちの怒りを、希望を、全部熱に変えて。


 シューッ……キィィィィン!


 ボイラーが悲鳴を上げる。

 安全弁が作動し、白煙が吹き出す。

 速度計の針が、レッドゾーンを振り切った。


「どけえぇぇぇぇッ!!」


 クロードが叫び、汽笛を鳴らす。

 ポーッ!!


 装甲車の兵士たちが、恐怖に顔を引きつらせて逃げ出すのが見えた。

 彼らもまた、命が惜しいのだ。

 この狂った鉄の塊と心中する気概などない。


 ドッッガアアアアアン!!!


 今日一番の衝撃。

 車体が浮き上がるような感覚。

 巨大な排障器が装甲車を真横に弾き飛ばし、ゲートの支柱をへし折った。

 火花と鉄片の嵐。


 そして。

 視界が開けた。


 目の前に広がるのは、何もない空と、一本のレール。

 峡谷「竜の顎」にかかる、巨大な鉄のアーチ。

 橋だ。


 私たちはついに、鉄のカーテンを破り、約束の場所へと辿り着いたのだ。


「……抜けたぞ!」


 ハンズが歓声を上げる。

 機関車は土煙を上げながら、ついに陸地を離れ、橋の上へとその巨体を滑り込ませた。


 背後には、破壊されたゲートと、呆然と立ち尽くす帝国軍。

 前方には、霧に煙る対岸のリベール軍。


 ここから先は、逃げ場のない一本道。

 本当の地獄は、ここから始まるのだ。

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