終.楽園追放
「さあ選ぶが良い。中津国へ行くか根国へ行くか。」
痺れを切らしたようで苛々しているのが感じられる声色で、大海原の神が言う。王太子は公爵と視線を交わし、腹を決めて答える。
「それでは、ナカツクニへ行きたいと存じます。」
「まあ、当然の選択よね~。」
ウズメがころころと笑っている。
分かり切った答えを、敢えて選択させた理由は何だろうか。王太子は忌々しいほど美しい顔で笑い合う女神たちを見ながら握る拳に力を込めるしかなかった。どう足掻いたところで、神々の掌の上で転がされるだけなのだろう。
気持ちを切り替えるように、彼は深く長く息を吐いた。
「あの、サクラはどうなったか、最後にそれだけ教えていただけませんか?」
王太子は生まれて初めて懇願した。命令すればなんでも思うままだった彼の、最初で最後の懇願だった。
「今の世の聖女か。魔王と共に十万億土の彼方の地に生まれ変わったようだ。」
そっと瞼を閉じ、再び目を開いてから大神は王太子の問いに答えた。
「十万億土の彼方の地、ですか?」
「輪廻の輪から外れたといことよ。この世界に産まれることは、もうないわね。」
首を傾げた彼にウズメが説明する。
「そう、ですか… ありがとうございます。」
輪廻の輪から外れて、もうこの世界には生まれない。家族や友人と、永久の別れになった訳だ、と呟いて、王太子はぞっとした。
あの日、なんの予告も無くこちらに召喚されたサクラは、家族にも友人にも別れの言葉すら告げられなかったはずだ。いつか帰れると期待していたことはなんとなく感じていたけれど、結局元の世界に戻ることなく、遠くへ行ってしまったのか。
元の世界に帰れない、片道切符の召喚だった。なんて醜悪な術だったのだろう。
「それもこれも今さらか。」
自嘲気味に王太子は呟く。
ナカツクニは、どんなところだろうか。サクラは帰りたがっていたのだから、悪い所ではないのだろう。だとしたら、なんて皮肉な結果なのかとも思う。
「ナカツクニに行くにあたり何か準備などあるのでしょうか?」
「特には無い。こちらの準備が整い次第、中津国へ送ろう。…前回と違って苦しむ必要も無い。」
それが神々と人族の最後の会話になった。
人族は全て中津国へと下ることとなった。王太子たちはその後王宮へ帰還し、全てを報告した。根国は死者の国で、行ったら最後、もうどこへも行くことは出来ない。それなら、中津国の方が良いのではないだろうか。そう言われてしまえば反論のしようもない。まして、神々の決断でもある。
何より、聖女が建国以前に袂を別った同族であったという事実は国王以下、全ての国民にとっても衝撃であった。瘴気の生まれる理由も、だ。恐れ戦きつつ、運命として受け入れなければならないのだと、誰かが言った。これ以上神殺しの罪を重ねては、この国が地獄と化すだろう、とそう言ったのは誰だったか。
恐怖と不安に苛まれながら、人々はその日を待つ。
人族はこれから魔法の力も無くし、聖女召喚の技術も永久に失い、全ては空想の中の出来事として認識して生きていく。楽園からの追放、人はただの人として、現実世界で生きていくだけだ。
ここでひとまず完結です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




