22.千年に一度の魔法
途中からアルベルト視点に変わります。
私とシリル、それからバアルが降り立ったのは、ランドル国の外れにある荒野。
ここには家もなく、ただ広い地面がどこまでも広がっている唯一の場所だった。
「ここなら気兼ねなく戦えるでしょう?」
私がそう言えば、悪魔は大きな体を上下に揺らし、クツクツと笑った。
「こんな所で良いのか?」
「? どうして?」
思いもよらぬ言葉に私はつい口にすれば、悪魔は大きな口で不敵に笑う。
「ここがお前の死に場所になるからな」
その言葉に私は頭にきてバアルを睨んだ。
「お生憎様! それはこちらの台詞よ!!」
「……クラリス様はやはり、怖いもの知らずというか、凄いですよね……」
私の後ろでそう呟いたシリルを振り返れば、シリルはハッとしたような顔をし、急に私の手を引いて魔法を発動させた。
移動した瞬間に、ドーンッという凄い音がしたからその音の方を見れば、なんと、さっきまで私達がいたであろう場所に、ぽっかりと大きな穴が空いている。
そんな私達を見て、バアルはニヤリと嫌な笑みを浮かべて言った。
「さぁ、本番はこれからだ」
☆
体中の血が騒いでいる。
(駄目、まだ冷静にならないと……! 彼らの思い通りになんてさせない!)
私とバアルの一対一の攻防は、ずっと続いていた。
後ろでは、私が攻撃する間際にシリルが魔法を発動させ、防ぎきれないバアルの魔法を回避してくれている。
お陰で体力や怪我はあまりないものの、シリルの方の魔力が削られていく一方だ。
それでもシリルは、歯を食いしばって耐えてくれている。
その間にも、バアルの攻撃は止むことなく続く。
バアルの手から放たれる黒い塊が、私達めがけて幾数も飛んでくる。 もしその塊に当たればひとたまりもない。
黒い塊は、地面に落ちると湯気のようなものを出し、まるでマグマのように液状になる。
シリルの方に視線を向ければ、肩を上下させながら息が荒くなっている。
対してバアルは、これと言って変化はなく、それどころか余裕の笑みを浮かべて言った。
「ははは、どうした。 まだまだこんなものは序の口なんだが」
「ふふ、それもそうね。 私の力も、この程度ではないわ」
(……そろそろ潮時、かしら)
バアルから距離を取り、私は大きく息を吸い込む。
(……大丈夫。 詠唱も体力も魔力も、まだ十分に残ってる。
これなら、きっと……!)
「……シリル! 時間よ!! お願い!!」
「っ……了解っ!」
シリルは躊躇ったような、辛そうな表情をしたものの、私の言う通り……“作戦”の実行を開始する。
シリルは目を瞑ると、ふっと目を開き、何か呪文を唱えた。
すると、私とバアル、シリルは一瞬のうちに移動していた。 そして、バアルが移動した地面に描かれているものは。
「!? なんだ、これは……!!」
バアルが焦ったような声を出す。
私はもがくように体を動かそうとするバアルに向けて冷たく言った。
「無駄よ。 それは千年に一度の魔法使いである私が自ら描いた魔法陣。 ……貴方はそこからもう出られない。
……そうね、私がこれから使う“ある魔法”を使った後なら、魔法陣は解けると思うけど」
まあ、命があればの話ね。
私がそう付け足せば、バアルは低く唸る。
「……どういうことだ」
ギリッと私を睨みつけるバアルの瞳が一層鋭くなる。
私はそれを鼻で笑いながら、悪役令嬢らしく言ってみせる。
「あら、そのままの意味よ。 “千年に一人”の魔法使いには、貴方方も知らない魔法が使えるの。
まあ、言うよりやったほうが早いかしら」
「っクラリス!」
それまで黙っていたシリルが、私をじっと見つめていた。 その瞳は戸惑ったように揺れ、拳をきつく握りしめている。
私はその姿に少し、心からこみ上げる何かがあったけど、それを押し込めるようにゆっくりと目を閉じて開くと、シリルに向かって口を開いた。
「……ここまで付き合ってくれて有難う。 あとは私に任せて、皆に宜しくね。
……勝手なことをしてしまってごめんなさい」
そう言って微笑んで見せてからバアルに向き直って、シリルには聞こえるようにそっと呟いた。
「さようなら」
その瞬間、私とバアルを囲むように火柱が立ち、シリルの私を呼ぶ声を最後に、私達の姿は完全に激しく燃える炎の中に飲み込まれたのだった。
☆
「……さて」
私は押し黙っているバアルに歩み寄りながら魔法陣の手前で立ち止まった。
「貴方が私達にしたことの罪は重い。 ……いえ、本当は“貴方方”というべきでしょうけど。
罪のない人を苦しめてきた貴方達を、私は決して、許さない……!!」
私の体を囲む火が、一気に増大する。
息もできないような熱風が、私の髪を撫でる。
私は精神を統一すると、私の足元にも魔法陣を浮かび上がらせる。
(……皆、ごめんなさい)
そう心の中で呟きながらゆっくりと、凛とした声で口を開く。
「大いなる火の精霊王よ、」
皆の顔が、脳裏に浮かんでは消える。
「我が名は、ランドル国・第二王女、クラリス・ランドル」
――お父様、お母様、ニコラスお兄様、アイリスお姉様、ルナ、クレイグ、ローレンス、シリル、リアム、ミリアさん、そして……
「千年の時を超え、火を司るものとして、この名の下に契約する」
(アル……)
――……アルは、記憶を、取り戻せただろうか。
最期まで、一緒にいられなくてごめんなさい。
(ごめんなさい……)
堪えきれなかった涙が一粒、目からこぼれ落ちる。
「我が望みを叶えたまえ」
そう言った瞬間、“何か”が私の中で弾け飛ぶ。
(あ……)
意識が遠いていくその寸前、精霊王と思わしき声が私の脳裏に響いた。
―――クラリス・ランドルよ、お前の望み、しかと受け止めた。
その覚悟と心意気に免じ、お前の望みを叶えてやろう。
(……あぁ、これで私は、もう、皆を、アルを、)
助けられたかな……―――
(アルベルト視点)
「……っ、まだ着かないのか!」
僕は焦りだけが募って苛立ちを隠せないまま、風の魔法を使って移動をするリアムの背にそう声をかけた。
「っ、待って! 後もう少しだから……!」
リアムに八つ当たりするように言ってしまったが、彼だって気が気じゃないはずだし、流れる景色がとんでもなく速いことから魔法を一気に使っていることが分かる。
敬語が一つもないことからも、焦りが前面に出ているのもわかっている。
それぞれ箒に跨った僕らは、風の魔法を使って移動していた。
……無論、クラリスの元へ行くためだ。
(……っ、クラリス、無事でいてくれ……!)
箒を持つ手に力が入る。
「っ! アルベルト王子! あれを見て!」
「……! チッ、間に合わなかったか……!」
燃え盛る、火柱……クラリスの魔法で間違いない。
僕とリアムはそれ目掛けて一直線に飛ぶ。
近付けば近付くほど、熱風が頬を撫でる。
リアムは近づくにつれて高度を下げると、火柱から少し離れた場所で下りた。
「アルベルト王子! ここから先は……」
「あぁ、分かっている。 ……ここまで連れてきてくれてありがとう、リアム」
「! ……いえ」
僕は驚くリアムに笑って見せると、身を翻して火柱めがけて走る。
その少し手前に、シリルが呆然と立ち尽くしているのが見えて、僕は側に駆け寄る。
「シリル! ……クラリスは、あの中か?」
シリルは僕を見てハッとしたような顔をし、頷きながら言った。
「はい、数分ほど前から……」
「……例の、“あの術”は使ったか分かるか?」
「……いえ、その前にクラリス様は、もう、あの中に……」
「……そうか」
僕はシリルにそう言うと、「クラリスの側にいてくれて有難う」と礼を言った。
彼は驚いたように目を見開きつつ、黙って臣下の礼をした。
僕は少し微笑んで見せてから、そんなシリルとは少し離れた場所に立つ。
シリルは驚いた顔をして、「何を」と呟いたが、僕はそれには答えずに呪文を唱えた。
「水の精霊王よ、我が名はシュワード国第一王子・アルベルト。
……私の目の前に、姿を現したまえ」
「っ!? あ、アルベルト様、貴方、まさか……」
驚いたようなシリルの声に口元だけ微笑んで見せる。
次の瞬間、僕の目の前に現れたのは、海を模したような瞳に同色の長い髪を持つ、まるでドラゴンのような水の精霊王の姿だった。




