第十一話:真夜中の完全包囲網
今はゼルクが大陸の地図を入手してから夕日が落ちかけていた。それにしてもゼルクは今どこにいるのかと云えばガッツの鍛冶場にいた。どうやら長剣が出来たかの確認をしにきた。
「おうよ! 毎度有難うな! グレイズ!」
ガッツの声が聞こえた。どうやらこの感じからしてグレイズもいるようだ。ガッツとグレイズはお得意先だろう。だからこんなにも仲がよさそうに見えるのだろう。羨ましい関係だ。
「はは。また必要な物があったら云って下さい。ガッツさん」
やはりグレイズの声が聞こえた。この感じからしてグレイズはガッツが欲しがっている物を仕入れてきたに違いない。なんとも持ちつ持たれつつの関係のようだ。素晴らしい関係だ。
「・・・・・・あ! あの! ゼルクですけど――」
ゼルクは十分に話しかけられる距離まで近付くと立ち止まった。そしてゼルクは声を張り上げて云った。なんと云うか。無視されたくないから大きめな声で云った。意外にも臆病か。
「うん?」
グレイズが最初に反応した。グレイズは驚いたと云うよりはさら~っとこの声はゼルクかと思ったに違いなかった。グレイズは両頬が緩みながら云っていたので警戒心はないようだ。
「ぬおう!?」
一方のガッツは急に話しかけられたことに驚いていた。後ろに跳ぶはなかった。だけどそれでも腰が抜ける思いで驚いていた。ガッツはもう歳だ。驚かすと腰が抜ける可能性がある。
「はは。そんなに驚かないで下さいよ」
ゼルクはグレイズよりも大袈裟な反応をしたガッツに云い返した。正直のところでガッツはもう歳だから笑いごとではすまない。だけどゼルクは笑いごとのように振る舞ったようだ。
「あ! すまない! ついガッツさんとの話に夢中で」
グレイズが素直に謝った。その時に右手で頭を掻いていた。そして云い終わる前に頭を掻くのをやめた。云い終わるとゼルクを輪に入れるべくゼルクとガッツの間を陣取ろうとした。
「おうよ! 濃もグレイズとの会話で夢中だったわい。すまんのう」
ガッツが元気よく手の平で鼻を押し上げた。その時におうよと云った。どうやら本気でガッツとグレイズは会話に夢中だったようだ。ガッツは手を元の位置に戻した。ガッツも謝る。
「はは。そうですか」
ゼルクは別に失礼なことをされたとは思っていない。だからゼルクは笑い飛ばした。そして頷かずにそうですかと云った。ゼルクは鍛冶場に長剣が出来たかの確認をしにきただけだ。
「・・・・・・おう!? おおう!?」
辺りに沈黙が入った。すると急にガッツが沈黙を打ち破った。ガッツの言葉にはなにかを思い出したかのような声音が入っていた。それも衝動的にだった。ガッツは何回驚いたのか。
「どうかしましたか。ガッツさん」
グレイズがゼルクの代わりと云わんばかりにガッツに訊いた。本当はゼルクが訊くべき場面だった。しかしゼルクは場の空気の主導権を握れない。仕方がないので両耳を傾け始めた。
「あ! いや! そう云えばゼルク様の長剣入りの鞘が出来たんじゃ」
ガッツはいや。グレイズ。お前さんじゃないと云わんばかりに云っていた。ガッツの言葉を最後まで聴くとなんとゼルクの長剣入りの鞘が完成したらしかった。ゼルクは驚いていた。
「え? それは本当ですか!」
ゼルクの言葉に暗くて長い洞窟の先にようやく見つけた光のような声音が混じっていた。そもそもゼルクは長剣入りの鞘が出来るのを待っていた。これでようやく旅路に就ける筈だ。
「ああ。出来たんじゃ。随分と待たせたのう」
ガッツは光の先で待っていた賢者のような風貌でいた。それはまるでガッツとゼルクが出会うのが必然だったかのようだった。快くゼルクを迎え入れたガッツは両頬を緩ませていた。
「えーと・・・・・・それではすぐに渡して頂けませんか」
そんな幻想的な風景が浮かぶ状況でゼルクは現実に戻ってきた。早速ゼルクは長剣入りの鞘を頂こうとした。これさえあればゼルクは潔く旅路に就くことが出来る。任務遂行出来る。
「うむ? ・・・・・・ゼルク様はまだ手に入れていらっしゃらなかったのか」
ガッツは今一度ゼルクを見た。するとゼルクの腰には鞘すらもなかった。それもそうだ。わざわざ鞘だけ装備するなんて馬鹿にされにいくような者だ。ゼルクの鞘は今自部屋にある。
「え? どう云うことですか」
ゼルクの頭には疑問しかなかった。ガッツの云う言葉を今一度整理整頓し始めた。しかしそんなすぐに結論なんて出る筈もなかった。そもそもゼルクは頭を使うのが苦手なタイプだ。
「うむ。どうやら説明がいるようじゃな。どれ説明しよう」
ガッツは困り果てていたゼルクを見て説明が急務だと思った。だからガッツはゼルクに長剣入りの鞘のことを説明しようとした。一体ゼルクの剣入りの鞘はどこにいったのだろうか。
「はい。宜しくお願いします」
ゼルクはここは一旦潔くガッツの説明を聴くことにした。ゼルクは身を入れて両耳を傾けさせた。ガッツは一体どんな説明をするつもりだろうか。時間が解決してくれたら最高だが。
「まずなんと云えばよいのかのう。そうじゃ。まずはゼルク様の長剣入りの鞘はのう。グレイズがくる前に近衛隊の連中が持っていったわい。なんでもアーマデラスの近衛隊だと云っておったのう」
ガッツは言葉選びに悩んだ。しかしそれは時間が解決してくれた。だからガッツはなにかを思い付いたように云っていた。ガッツの話を聴いていると近衛隊が持っていたらしかった。
「え? アーマデラスの近衛隊が?」
ゼルクは答えが出たのにそれでも疑問に思った。しかしこの時のゼルクは僅かに思い付く節があった。それはローゼリア女王陛下が近衛隊に頼んで持ち去った可能性についてだった。
「うむ。なんでも直々にローゼリア女王陛下がゼルク様に授与なさるそうじゃ」
ガッツの話を聴いているとどうやらゼルクの感は正しかったようだ。きっとローゼリア女王陛下がゼルクの旅路の為に授与式を行おうと踏んだのだろう。なんとも粋な計らいだった。
「え? そうなんですか」
ゼルクは寝耳に水状態だ。とは云えそこまでの混乱はなかった。ただ発言した内容が寝耳に水状態だった。それにしてもゼルクはローゼリア女王陛下に対して更なる忠誠心を誓った。
「うむ。尤も濃はアーマデラスの近衛隊から訊いただけだからのう。詳しい話を知りたければアーマデラスの近衛隊に訊くか。それともローゼリア女王陛下に直接訊くか。どっちかにしておくれ」
ガッツは云い終わる前にやや困ったかのような表情をしていた。確かにこれ以上ガッツに訊いても本人が困るだけだろう。ガッツのことを考慮すればここは潔く引くのが適切だろう。
「・・・・・・分かりました。それでは俺はもう用事がありませんので失礼します」
ゼルクがガッツの説明を聴いて理解した。頷かず云った。ゼルクの用件は長剣入りの鞘の状態を確認することだ。だから長剣入りに鞘に関してはもう用件は済んだ。後は帰るだけだ。
「ぬお!? そうじゃ! そうじゃ!」
ガッツが急にまたなにかを思い出したように云った。そしてそのままの勢いで云い終わった。ガッツは一体なにを思い出したのだろうか。それにしても思い出したのは何回目だろう。
「はい? どうかしましたか。ガッツさん」
今度はグレイズよりも先にゼルクが反応した。今にも帰ろうとしていたゼルクを呼び止める程のこととは一体なんだろうか。ゼルクは急な出来事に頭が回らなかった。助言が欲しい。
「メリルを匿ってくれたそうじゃな。なんとも有り難い話じゃ。どうかメリルのこと・・・・・・宜しくお願いしますじゃ」
ガッツは頬を緩ませながら云った。どうやらメリルをアルオス城で匿っていることへの発言だった。ガッツは沈黙の後に律義にも腰を折り曲げて頭まで下げていた。護ることは当然。
「はい! 約束は必ず果たしますので! ご安心を! それじゃあ俺はこの辺で失礼します」
ゼルクも思わず頬を緩ませた。そして意気揚々と云い始めた。ゼルクはもうじき旅路に就くことになるけれどきっとアルオス城のことだ。メリルをお城で無事に保護し続けるだろう。
「ああ。また今度のう」
ガッツはゼルクを完全に信頼していた。まさにガッツはゼルクをメリルの兄だと思うようになった。たとえ兄と思うことが失礼であってもゼルクはそんなことでは怒らない。寛容だ。
「それでは――」
ゼルクは最後までガッツの言葉を聴き取るとそう云い始めた。そして云い終わると振り向いて歩き始めた。ほんの少し歩いているとなにやら怪しい影がゼルクに覆い被さったようだ。
「・・・・・・君がゼルクか」
謎の人物は長身で二十代後半に見えた。どうやら見た感じはゼルクと同じで近衛隊の格好のようだ。そしてよくよく見ると燦然と近衛隊の副隊長の証であるバッジが胸に付いていた。
「え・・・・・・あ・・・・・・はい。俺がゼルクですけど――」
ゼルクは輝くバッジに気付いていなかった。それでもゼルクは失礼のないように云ったつもりだ。ゼルクはマジマジと見るが暗くてよく分かっていなかった。一体誰だったのだろう。
「・・・・・・そうか。君がゼルク・・・・・・か」
謎の人物は声からして男の青年だ。謎の人物はゼルクのことを知っているようだ。しかし当のゼルクは困惑していた。謎の人物はようやく会えたと云わんばかりだ。笑みを浮かべた。
「あの・・・・・・貴方はだれですか」
ゼルクが思い切って訊いてみた。心当たりが全くない訳ではなかった。だけどこの暗さだとどうも分かり辛い。だけどこの感じからしてゼルクの知っている人である可能性があった。
「おや? 君と僕は初対面だったかな。・・・・・・まぁいい。僕の名は・・・・・・キルビス。君の部隊の元副隊長だ」
謎の人物は自らをキルビスと名乗った。キルビスはどこかゼルクに対して嫌味的な感覚で云っていた。どうやらキルビスはゼルクのことをよく思っていなかった。どうしてだろうか。
「キルビス? ・・・・・・あ! キルビス副隊長!?」
ゼルクはキルビスと聴くと表情を一変させた。なぜなら相手が近衛隊の副隊長だ。ゼルクの血の気が凄まじい勢いで引いた。確か副隊長は隊長の命令でどこか遠征中になっていた筈。
「フン! そうだ。この僕こそアーマデラスの近衛隊、副隊長のキルビスだ」
キルビスはゼルクの憶えていないような振る舞いに怒り気味になった。そもそもどうしてこうもゼルクに当たりがきついのか。それは単純でキルビスはゼルクをライバル視していた。
「こ、これは失礼しました!」
ゼルクが腰を折り曲げて頭も下げた。今までのご無礼をとゼルクは謝った。しかしゼルクが謝った理由は他にもあった。それはゼルクがキルビスの当たりのきつさに気付いたからだ。
「フン! そうだ。素直に謝ればいいのだ。ところで君にアーマデラス隊長から伝言を預かっている」
キルビスはゼルクが潔く謝っても当たりの強そうな語調をやめなかった。どうしてキルビスがこうもなってしまったのか。それはゼルクがアーマデラス様を奪ったからだ。嫉妬心だ。
「え? アーマデラス様が?」
ゼルクはアーマデラスからの伝言に驚いていた。なぜならついさっきアーマデラスと会った。ならそこで云えばいいだけの話ではないか。なのにわざわざ副隊長に頼むとはと思った。
「・・・・・・どうやら・・・・・・第二の同胞団によるとな。敵が我が城を包囲しようとしているらしい」
キルビスもゼルクに教えるなどと本意ではなかった。しかしアーマデラス様の迷惑になりたくはないと拝承していた。キルビスは不本意ながらゼルクに対してしっかりと伝えていた。
「な! なんだって!?」
ゼルクは生まれて一番の驚きを見せた。ゼルクはキルビスの言葉を最後まで聴いた時に心臓の高鳴りを覚えた。心臓の高鳴りはまるでダライアスと出会った時のようだ。震え始めた。
「どうやら敵は全勢力を向かわせたらしい。敵はもう既に今夜の内に包囲してくるだろう。そして明日になれば総攻撃を仕掛けてくるだろう」
キルビスは更に補足を付け加えた。この時のキルビスは説明口調なので比較的に冷静に云うことが出来た。しかしこれがもしも心を打ち明けれる存在ならば混乱に陥っていただろう。
「そ、そんなことになればアルオス城は――」
ゼルクの顔がどんどん青ざめた。無理もない。なんせ敵は全勢力をアルオス城に向けて包囲をし始めているのだから身震いも起きる。ゼルクは最悪な展開に脳内が支配された。怖い。
「ああ。間違いなく。落城するだろう」
キルビスは細い両目を更に細めた。まるでだれかを睨みつけているようだ。だけど今のキルビスはゼルクを睨んでいない。元々キルビスの両目が細い為に周りから誤解を招いていた。
「・・・・・・そ、そんな――」
ゼルクはそんな目付きのキルビスを気にしていない。なぜなら今は気にするどころの話ではない。ならば他の状況になったら気にするのかと云えば気にする。それ位に目付きが怖い。
「しかし安心するがいい。第二の同胞団の工作が成功すれば敵の勢力は分裂する」
キルビスは鋭い目付きを真顔に乗せたまま云っていた。ちなみにキルビスの云っていた第二の同胞団はアーマデラスの指揮下だ。しかも第三の同胞団までが存在する。意外と大きい。
「だ、だけど・・・・・・もし・・・・・・失敗したら――」
ゼルクは最悪な展開を思い浮かべ過ぎて敬語を使うのを忘れた。余りの恐怖に前が見えないようだ。ゼルクの背筋がぞっとし過ぎてもうなにも考えられないでいた。どうすればいい。
「確実に落ちるな。君の思うとおりだ。決して楽観は出来ない」
キルビスはまるで相手を脅している。もしくは怪談話をしているような表情で云った。キルビスはそれ位に恐ろしいことが起きるぞと警告していた。キルビスはゼルクを畏怖させた。
「どうすれば・・・・・・いいんだ?」
ゼルクの頭がどんどん真っ白になっていく。それはちょっとずつと云うよりはバケツの中の絵の具を一気にばら撒いたかのようだ。ゼルクの両足が恐怖の余りに震えていた。やばい。
「とにかくしっかりと僕は君に伝えたぞ。・・・・・・どんな力かは知らないが油断は禁物だぞ。ゼルク」
キルビスは沈黙に入る前に既に振り向きながら云っていた。沈黙が入るとゼルクに対して完全に背を向けた。キルビスが歩く前に小さな声で云った。云い終わると足早に去っていく。
「え?」
ゼルクがふと気付いた頃にはキルビスの姿はなかった。ゼルクは静かに見渡すがだれもいなかった。そんなゼルクにまた謎の影が迫っていた。次から次へとなんなんだろうと思った。
「・・・・・・どうしたんじゃ? ゼルク様?」
謎の陰の正体はガッツだ。ガッツが心配して見にきてくれた。ついでにグレイズの姿もあった。二人共なにやら神妙な赴きだ。なぜなら帰った筈のゼルクがそこにいた。謎しかない。
「声が聞こえたんでね。きてみたよ。ゼルク。さっきの人は?」
どうやらグレイズとガッツはゼルクの声が聞こえたからきてみたみたいだ。グレイズも暗くてさっきの人が誰かが分からない。それよりもさっきの人が云ったことが脳から離れない。
「ガッツさん・・・・・・グレイズさん――」
だからゼルクは全身と心が震える中で恐る恐る振り返った。この時のゼルクの表情はこの世の終わりかと思わせるような感じだ。強張り過ぎて今がどんな季節かさえ忘れてしまった。
「どうしたんじゃ。そんなに強張って」
ガッツが宥めるように云い始めた。心配になったガッツは連鎖するように自分の心が萎んでいくのが分かった。それにしてもゼルクがここまで強張るとはただごとではないと思った。
「話があればなんでも聴くよ。もし僕でよかったらだけど」
グレイズも困ったことがあったらなんでも聴くよと云った。実のところでグレイズとゼルクはほぼ同い年だ。アルオス城では未成年でも特別に騎士になれる制度があった。難関だが。
「実は・・・・・・俺達の城が全勢力の敵に包囲されるってさっきキルビス副隊長が――」
ゼルクは心配してくれるガッツとグレイズに本当のことを告げた。ゼルクの脳内は云っていいことと云ってはならないことへの境い目が混同し始めた。もう手遅れだ。どうしようか。
「なんじゃと!? それは本当か!」
ガッツはまるで活火山が一気に噴火したかのような衝撃と共に大声で驚いた。ガッツの心はまるで季節外れの蕾が咲いたと云わんばかりだ。もうガッツの脳内は頭痛の種が撒かれた。
「そうか。遂にか。・・・・・・今度こそ終わりかも知れないな」
グレイズはゼルクの感情と同調した。顔を下げて云った。そもそもグレイズがどうして終わりを感じたのか。それはグレイズが中々このご時勢に物資が手に入らないと思ったからだ。
「グレイズさん――」
ゼルクは弱気になっているグレイズを見て意気消沈した。この時のゼルクは最早生きる希望を失った獲物のような気分だった。ゼルクはそれでもと云う気負いが感じられないでいた。
「なにを云っておるのか! グレイズ! 騎士たるものもっと心強く生きんかぁ!」
ガッツが急に吠えた。まさにそのとおりだった。ガッツの云うとおりでグレイズとゼルクは騎士だ。確かにグレイズの方は戦闘に不向きかも知れない。それでも負けるは豪語同断だ。
「・・・・・・は! そうだ。僕は・・・・・・アルオス城の騎士だ」
グレイズはガッツの言葉を聴いて両目が覚めたようだ。僅かでも騎士と云うプライドがあるのなら最後まで懸けてみろと云われた気分だった。グレイズは僅かだが正気を取り戻した。
「そうじゃ。グレイズ。その意気じゃ。とにかくゼルク様はローゼリア女王陛下と会った方がよいのではないかのう」
ガッツは頷くことなく云った。ガッツはとにかくゼルクはローゼリア女王陛下に会いにいった方がよいと判断した。ガッツは切迫した時でも冷静にいられるのは歳のせいでもあった。
「・・・・・・ですね! お、俺! 会いにいってきます! ここは――」
ゼルクはガッツの言葉を一生懸命に拾い集めた。理解した時は頷くことなく云った。早口言葉になっていた。だから途中でゼルクは噛んだ。最後までゼルクが云おうとした。すると。
「それ以上はいい! 早くいくのじゃ!」
ガッツが咄嗟に割り込んできてもうそれ以上はいいと云った。ここは最後まで云う位ならさっさと去るべきだと瞬時に答えを導き出した。ガッツの言葉には誰よりも説得力があった。
「は、はい!」
ゼルクは慌てて返事をした。ゼルクは返事を終わらすとガッツとグレイズを置いて一目散にローゼリア女王陛下の下に急いだ。ゼルクは本能のままに走り抜けた。全ては安泰の為に。
ゼルクが向かった場所は当たり前のように玉座の間だった。もしキルビスの云うとおりならば今頃ローゼリア女王陛下はだれかと話し合いをしている筈だ。打開策はあるのだろうか。
「・・・・・・姫様! いや! ローゼリア女王陛下!」
ゼルクが絶叫にも近いような声を挙げた。思わずゼルクはローゼリア女王陛下を姫様と呼んだ。しかしすぐに否定した。最後はきちんと呼んだ。それ位に慌てていた。無事だろうか。
「・・・・・・ゼルク!」
ローゼリア女王陛下の悲痛な叫びが伝わってきた。ローゼリア女王陛下は今にも泣き崩れそうな雰囲気だ。だけどなんとか立てているのはゼルクがきたからだ。闇に一筋の光をみた。
「ローゼリア女王陛下!」
ゼルクはそれでも今にも倒れこみそうなローゼリア女王陛下をみて一刻も早く駆け込んだ。ゼルクはここで気負けしたら駄目だと思った。だからなるべく負担を掛けないようにした。
「・・・・・・どうしましょう? ゼルク? アルオス城が――」
ローゼリア女王陛下はゼルクが身近まできて立ち止まるまで喋らなかった。だからローゼリア女王陛下は一番の上の段差で待っていた。段差の一番上で待つことが難癖になっていた。
「分かっています。キルビス副隊長から聴きました」
ゼルクはあえて屈まなかった。なぜなら今はそれどころではないと思った。もしくはゼルクでさえ今の状況のせいで混乱していた。慌てていた部分もあった筈だ。静かな混乱状態だ。
「そうですか。・・・・・・きちんと伝わっていたのですね」
一先ずローゼリア女王陛下は安堵した。きちんとゼルクにも今のアルオス城の状況が伝わっていた。それだけでローゼリア女王陛下は救われるような気がした。本人も不思議そうだ。
「は! ところでローゼリア女王陛下! 俺はどうしましょうか!」
ゼルクはそれよりも緊急事態に対しての任務の方が気になった。それでもゼルクはきちんとローゼリア女王陛下への返事を忘れてはいなかった。そこからは忠誠心があるように思う。
「・・・・・・そうですね。ゼルクは今独立隊の隊長ですから――」
ローゼリア女王陛下は一筋の光よりも貪欲に広がり続ける闇をみているような気分だった。しかもその闇はいつでも私達を呑み込めるんだぞと云っているような気がした。怖かった。
「知っていらっしゃるかも知れませんがアーマデラスの同胞団所属のヴィクロスが我が隊の仲間になりました」
そこでゼルクは淡々と今の部隊の状態を説明した。そもそももう時間がない中で最早ゼルクの思考は半ばなにを云っていいのかが分からなかった。だけどヴィクロスは大事な仲間だ。
「そうなのですね? それで・・・・・・ゼルクへの命令は一刻も早く敵大将を見つけて倒すことです。これは・・・・・・きっと貴方にしか出来ないことです。分かりましたね? ゼルク」
ローゼリア女王陛下はなぜかは分からないが安堵した。それは着実に仲間を増やしているゼルクに対してだった。もちろん。それだけではない位にローゼリア女王陛下は考えていた。
「は! 拝承しました!」
ゼルクはローゼリア女王陛下の云った言葉を理解した。そうだ。今の俺ならば敵大将を討つことが出来る。だがそこに辿り着くには幾多の困難――否。ダライアスが待っている筈だ。
「・・・・・・私にも任せてよ! ビビーも頑張るから!」
いつの間にかビビーが神の篭手から出現していた。普段は眠たそうなビビーが今は胸を張って本気を出すと云っている。それもそうか。あれだけ休めば休むことに厭きてくるだろう。
「ビビー。起きてたのか」
ゼルクがビビーに反応した。ゼルクはてっきりビビーが神の篭手で寝ていると思っていた。だから不意を突かれたかのようにゼルクは反応することになった。とは云え驚かなかった。
「うん。ついさっきまでは休んでたけどさ」
ビビーはどうやら寝てはいなかった。それならばビビーは一体どこまで状況を呑み込めているのだろうか。実のところでビビーはゼルクがキルビスと出会った時には既に起きていた。
「おほん。では・・・・・・ゼルク。そしてビビー。宜しく頼みましたよ」
ローゼリア女王陛下はこのまま放置しては長話になると判断した。だから咳払いをした。そしてすかさず宜しく頼んだ。この時のローゼリア女王陛下は笑わなかった。でも安堵した。
「は! 拝承しました!」
ゼルクが胸に開いた手を当てて敬礼をした。云い終わるとゼルクは今にもアルオス城から出て行きそうだった。確かに今は切迫していた。ゼルクにもゼルクなりの用事があるだろう。
「まっかせてよー! あんな奴ら! コテンパンにしてやるんだから!」
ビビーが両手を肩まで上げた。両拳を前に交互に突き出した。と云ってもビビーの仕事は主にゼルクと一心同体になることだ。ビビーは呑気だ。ゼルク達とは正反対の性格だろうか。
「ゼルク! おほん。ゼルク。明日の早朝には貴方に長剣入りの鞘を授けます。だから絶対に授与式には遅れないでね?」
ローゼリア女王陛下は今にも出ていきそうなゼルクを強く呼び止めた。今にも死に急ぎそうだと不意にも本能が告げた。だけどすぐさまに我に返った。だから後は正常に云い始めた。
「拝承しました」
ゼルクは一体なにを考えているのだろうか。まさか。自分を操り人形の騎士とでも思っているのだろうか。ゼルクはローゼリア女王陛下の不安を他所に気合い十分だ。死ぬ気はない。
「大丈夫。起きなかったら私が起こすから」
ビビーはなんとなくローゼリア女王陛下の気持ちを察した。だからビビーは死に掛けても呼び起こすと云わんばかりに云った。ビビーだけがゼルクの間近にいられた。死なせないと。
「では・・・・・・頼みましたよ。ビビー」
ローゼリア女王陛下はビビーを信用した。だから安堵した。本当は私自身がゼルクの側にいてあげたい。だけどそれは許されない。私には女王陛下としての役割があると諦めていた。
「はい! ローゼリア女王陛下!」
ビビーは胸に開いた手を当てた。ゼルクの真似をした。ビビーはゼルクの動作から敬礼を憶えたようだ。ビビーにとってゼルクを死なせると云う言葉はなかった。諦めたくなかった。
「では! 俺達は! そろそろ失礼します!」
ゼルクは勝手にビビーの分まで云った。実のところでゼルクは早急にヴィクロスのところに向かいたかった。確かヴィクロスはアーマデラスの用が済んだら同胞団の本部にいる筈だ。
「あ! ちょっと待って! ゼルク!」
ローゼリア女王陛下はなにかを思い出したように云った。この時のローゼリア女王陛下はらしくもなかった。云い終わった後になにやら顔を下げて両頬を赤くしている。なんだろう。
「は! なんでしょうか」
ゼルクがローゼリア女王陛下の言葉を理解出来ぬままでいた。それどころか。急なことにゼルクは敬礼すらも出来ていない。確かにローゼリア女王陛下とのやり取りは終わった筈だ。
「ゼルクに・・・・・・その・・・・・・渡したい物があります」
ローゼリア女王陛下がやはりらしくない。よくよくローゼリア女王陛下の言葉を聴くとゼルクに渡したい物があるらしかった。ローゼリア女王陛下はらしくなく一般の少女にみえた。
「は! 幸甚の至りです!」
ゼルクはすぐさまに屈んでから胸に開いた手を当てた。ゼルクは至高の喜びだと感じた。なぜならローゼリア女王陛下として渡される物だ。丁寧に扱わなければならなかった。実に。
「そ! そんなに大した物ではないのですが! これを――」
ローゼリア女王陛下は一人の女性としてゼルクに受け取って欲しかった。そもそもローゼリア女王陛下は男子に物をあげるなんてこれが初めてだ。凄まじく緊張した。両手が震えた。
「うん? なんだか。ネックレスみたいだね」
ビビーが飛びながらみるとネックレスだった。ネックレスの先端には小さな水晶が付いていた。ビビーはローゼリア女王陛下がどうしてゼルクにネックレスを渡すのかが分からない。
「はい。なんでも城下町には大事な人に物を送る習慣があるのだとか」
ローゼリア女王陛下は頷かないで云った。庶民の感覚で一度はこうしてみたいと密かに思っていた。ローゼリア女王陛下にとってゼルクは一番の人だからだ。声は震えていなかった。
「へぇ~。中々いい習慣だね。ゼルク」
ビビーは理解を示すと羨ましそうに云った。ビビーは嫉妬はしていない。ならなにを感じたのか。それはなんともロマンチックな話だなと思った。ビビーにとってもゼルクが一番だ。
「そ! そんなに大した物ではないのですよ? でも庶民の間では物の値段とかじゃないとか。・・・・・・似合うといいのですけど――」
ローゼリア女王陛下は慌てて訂正した。確かにローゼリア女王陛下の贈り物と云ったら高級品を思い浮かべそうだ。ただし今回は物資が不足しているのもあって安い品物だった筈だ。
「大丈夫だよ。ローゼリア女王陛下。今のゼルクに似合わなくても将来のゼルクなら似合う男になるからさ」
ビビーにはゼルクがどんな姿で映っているのだろうか。今は似合わなくてもと云うことは現在ではネックレスが似合わないと云っているも一緒だ。だけどゼルクは気にしないでいた。
「そうなのですか! ゼルク!」
ローゼリア女王陛下が両目を丸くして云った。どちらかと云えば両瞼を広げてやや驚いていた。これではまるでゼルクが最初からイマイチのようにみえる。だがゼルクは気にしない。
「え? いや――」
もし気にしていたのならもっと違うことを云っていた筈だ。そもそもゼルク自身は自分のことを出来る奴とは思っていなかった。むしろ。ダライアスに負ける程の実力だとみていた。
「似合う男になるんでしょ!」
ビビーが強気に発言した。この時のビビーはただ只管にゼルクよりもローゼリア女王陛下に気を使っていた。しかしビビーの発言がはたしてローゼリア女王陛下に届いたかは不明だ。
「え? あ! はい!」
ゼルクはビビーに云われると同時に背中を手で叩きつけられた。その時の痛みがゼルクの背中をピンとさせた。いや。どちらかと云えば痛いよりもむず痒いが勝っていた。痒過ぎる。
「それはよかった! さぁ。ゼルク。こちらへ」
ローゼリア女王陛下は深く安堵した。たとえ嘘であっても気を使ってくれたことに歓喜した。どこか遠くにいってしまいそうなゼルクをネックレスをあげることで近くに感じられた。
「は! 拝承しました!」
ゼルクはローゼリア女王陛下の言葉を聴くと屈んだまま云い終わった。云い終わると今度は立ち上がり云われたとおりに段差を上りローゼリア女王陛下の近くまできた。背を向ける。
「・・・・・・うん。ピッタリ」
ローゼリア女王陛下はゼルクにネックレスを付けた。沈黙が明けるとローゼリア女王陛下は右手と左手を合わせてから云った。元々ネックレスと云う物は大抵が合う筈だ。普通なら。
「うんうん。ゼルク。凄く燦然としているよ」
ビビーは縦横無尽に飛べた。だからビビーは後ろを向いているゼルクの手前までいった。そこでゼルクを一望するとビビーにはゼルクが輝いて見えた。思わず手にしたくなる感じだ。
「そ、そうか。ビビー。有難うな」
ゼルクは褒められたことに素直に喜んだ。そもそもゼルクは自らをみる方法がなかった。ただし鏡があれば話は別だが。だけどアルオス城には鏡等がなかった。持ち歩く人もいない。
「さぁ。私にも見せて下さい。ゼルク」
だからこうしてローゼリア女王陛下に見て頂く必要があった。しかし本来は頂き物に対しては似合う似合わないで決めることではなかった。いかに大事な人を思う気持ちがあるかだ。
「は! 拝承しました!」
ゼルクは拝承し終わるとローゼリア女王陛下へと体を向けた。ゼルクとローゼリア女王陛下の双眸が合った。ゼルクは恥ずかしいよりもむしろ誇らしいが勝った。だが目線を外した。
「ゼルク。・・・・・・よかった。凄く似合ってる」
ローゼリア女王陛下は間近でゼルクをみれてよかったと思った。こんなにも凛々しい顔付きで逞しい肩幅を持っているのねと思った。それはまるで母が子の成長をみるような感じだ。
「は! 幸甚の至りです! ローゼリア女王陛下!」
ゼルクは素直に嬉しさをローゼリア女王陛下と共有したかった。だけどしなかった。最早そのような余裕はなかった。しかもいくら信頼されているからと云って邁進すれば死を招く。
「本当に・・・・・・よかった」
ローゼリア女王陛下は沈黙の際に感涙した。ただでさえ引き込まれそうな双眸に涙が加われば男達の心はワイングラスに滴る雫のように揺れ動くだろう。涙を拭う姿はなんとも可憐。
「泣いてるの? 女王様」
ビビーが急に泣いたローゼリア女王陛下をみて心配した。ビビーにもローゼリア女王陛下の悲しみが感化した。ビビーも今にも泣きそうだ。とは云え泣きそうであって泣いていない。
「ハハ。凄くかっこ悪いところをみられちゃいましたね。・・・・・・ゼルク。ビビー。必ず帰ってきて下さいね」
ローゼリア女王陛下は双眸から溢れそうだった涙を引き込めると笑い始めた。その笑顔は嵐がきても尚去った頃に咲く一輪の花のように美しかった。逞しいとも云えるような感じだ。
「は! 拝承しました! では! 俺達はこの辺でそろそろ失礼します!」
ゼルクはローゼリア女王陛下から双眸を外して下を向くと立ったまま胸に開いた手を当てた。それからゼルクは云っていた。ゼルクはヴィクロスのことが気になった。いかなければ。
「はい。分かりました。明日の件忘れぬよう頼みましたよ。ゼルク。ビビー。それでは――」
ローゼリア女王陛下の本心はずっと近衛隊にいて欲しかった。だけどこうなってしまった以上は束縛はせずに独立させた方がよいと判断した。苦渋の選択だったが仕方のないことだ。
「それでは・・・・・・失礼します」
ゼルクがそう云い終わると顔を下に向けて胸に開いた手を当てながら一歩だけ引き下がった。そしてそのまま振り返った。静かに敬礼をやめては前を向いた。ゼルク達は歩き始めた。
「ゼルク。ビビー。・・・・・・どうかご無事で――」
ローゼリア女王陛下が独り言を云った。その独り言は下を向いて今にも一輪の花が踏みつけられそうだった。ローゼリア女王陛下の独り言はゼルクに届かないように調整されていた。




