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第十話:魅惑の女軍師

 無事にゼルクとヴィクロスはアルオス城に帰ってきた。二人共馬車に乗って帰ってきた。ゼルクは乗り慣れていなかった。ちょいちょいお尻が痛くなったりもした。仕方がなかった。


「それで? 無事に帰ってきたことをこれからローゼリア女王陛下に云いにいく訳か」


 ヴィクロスが云った。ヴィクロスはゼルクと一緒に歩いていた。これまたローゼリア女王陛下に会う為だ。その為に玉座の間を目指していた。ヴィクロスは焦らずに冷静にみていた。


「そうです。会って無事であることを報告しにいくんです」


 ゼルクは馬車に乗る前にビビーを解除させていた。そして今ビビーは神の篭手の中で休んでいた。それにしてもアーマデラスの同胞団が無事と分かれば今度こそ旅に出ないと駄目だ。


「まぁ俺がいればローゼリア女王陛下も納得するだろう」


 もしヴィクロスとローゼリア女王陛下の間に面識があればアーマデラスの同胞団が無事であることの一番の証拠になる筈だ。ただし本当に面識があればの話しだ。疑うは馬鹿らしい。


「ヴィクロスさんはローゼリア女王陛下と知り合いなんですか」


 なら訊いてみればいいとゼルクは口を動かした。ゼルクにとってヴィクロスの発言は信用しなければいけなかった。なぜならこれから長い間お世話になる同士だからだ。裏切れない。


「ああ。数回だけな。確かあの時はアルビスト様と一緒にローゼリア女王陛下と会ったことがあったな」


 ヴィクロスの云うことが本当ならば後はローゼリア女王陛下の記憶力を手繰り寄せるだけだった。しかしローゼリア女王陛下も忙しい身だ。憶えているかは会って見ないと判らない。


「・・・・・・クリスタルについてですか」


 ゼルクはアーマデラスの同胞団と云えばクリスタルだと憶えていた。だから気兼ねなく訊いてみた。そもそもそんなにやらしい話でもないからでもあった。ゼルクは安易な気持ちだ。


「お? なんでそれを知っているんだ?」


 ヴィクロスは疑問だらけになった。少なからずクリスタルのことを知っているのはローゼリア女王陛下位だ。あとは知らない。とにかくヴィクロスはゼルクこそ何者なんだと思った。


「俺はローゼリア女王陛下からクリスタルの破壊命令を請けました」


 ゼルクは自身の立場を明確にしていない。だが少なからずローゼリア女王陛下とは面識があると云うことは分かって貰えた筈だ。ただしゼルクの立場をヴィクロスは分かっていない。


「ああ。なるほどな。んじゃあ俺が仲間になって正解じゃないのか」


 しかしヴィクロスはほんの少しだけゼルクとローゼリア女王陛下の関係を知ることが出来た。その上でヴィクロスは自分がゼルクの仲間になってよかったのでは? と確実に思った。


「そうですね。と云うことはヴィクロスさんは・・・・・・クリスタルの所在地を知っているんですか」


 ゼルクはヴィクロスと共に玉座の間の出入り口手前まできた。階段を下りながら会話をしていた。しかしそれも玉座の間の手前では立ち止まるしかない。なぜならあとは入るだけだ。


「ああ。知っている。クリスタルの所在地はここに全て入っている」


 ヴィクロスは玉座の間の手前で立ち止まるとそう云いながら自分の頭を人差し指で突き始めた。そして云い終わるとヴィクロスは右手を元の位置に戻した。なんとも絶大な記憶力だ。


「凄いですね。頼もしい限りです。・・・・・・さてとそろそろ中に入りましょうか」


 ゼルクはヴィクロスの記憶力に感銘を受けた。しかしもう既に玉座の間の手前まできてしまっていたのでゼルクは中に入りたかった。だからゼルクは空気を入れ替えるように云った。


「ああ。そうだな。ローゼリア女王陛下か。いればいいがな」


 ヴィクロスは頷くことなく云った。ヴィクロスの許可を得た。それにしてもヴィクロスはローゼリア女王陛下は忙しい身であると推測していた。だからいたらラッキー程度に思った。


「俺の名はゼルク! こっちはアーマデラスの同胞団のヴィクロスさんだ! ローゼリア女王陛下にアーマデラスの同胞団が無事であることを報告しにきた!」


 するとゼルクが急に大きな声で云った。誰に云ったかと云えば二人の兵士だ。二人の兵士はゼルクの前にいると云うよりは左右にいる感じだ。果たしてゼルク達は通して貰えるのか。


「は! ローゼリア女王陛下は玉座の間にいらっしゃいます! ・・・・・・どうぞ! お入り下さい! ゼルク様! ヴィクロス様!」


 二人の兵士は同時に云った。息がピッタリだった。そして沈黙の際に二人の兵士はそれぞれ片手で両扉を開けてそう云った。玉座の間への両扉が開かれた。二人の兵士は保っていた。


「うん。有難う」


 ゼルクはそう云い終わると玉座の間に入り始めた。ゼルクの歩きと同時にヴィクロスも歩き始めた。ゼルクとヴィクロスは被ることなく歩いていた。ただゼルクが一歩だけ前にいた。


「ローゼリア女王陛下! ゼルク様御一行がお入りになります!」


 二人の兵士が同時に云い放った。その声はローゼリア女王陛下に聞こえているかは分からない。だけど云うのが礼儀だと教育されている。だから二人の兵士は清々しい程に息が合う。


「・・・・・・うん?」


 ゼルク達が玉座の間に入り切ると両扉が閉まる音がした。ゼルクが沈黙の際に玉座の間を一瞥した。するとアーマデラス様がローゼリア女王陛下を前に屈んでいた。違和感を感じた。


「あれは・・・・・・アーマデラス様に・・・・・・もう一人はだれだ?」


 ヴィクロスもゼルクの感じた違和感に気付いた。アーマデラスの他にローゼリア女王陛下の隣りにフードを被った謎の人物が立っていた。この感じからみれば同胞団ではなさそうか。


「・・・・・・アーマデラス。これより貴方にマビュラスを就けます。いいですね?」


 それにしてもなにやらローゼリア女王陛下はアーマデラスに対してなにかを云っているようだ。識別できるのは口振りだけだ。ゼルク達には聞こえていない。それ位にまだ遠かった。


「は! 有り難きお言葉。幸甚の至りです。女王陛下」


 アーマデラスは頭を下げていた。アーマデラスもローゼリア女王陛下もゼルク達には気付いていなかった。それ位に重要な話をしているようだ。アーマデラスはすぐさま頭を戻した。


「マビュラス。アーマデラスのこと・・・・・・頼みましたよ?」


 どうやらマビュラスとはローゼリア女王陛下の目線で分かったが隣にいるフードを被った謎の人物のことらしい。就けますと云うことは配属されたと云うことか。一体何者だろうか。


「は! 拝承しました。ローゼリア女王陛下。これより私はアーマデラスと共に近衛隊を護る所存で御座います」


 謎の人物ことマビュラスは胸に開いた手を当てて敬礼した。マビュラスの声はゼルク達にはまだ届いていない。だから今の段階では男なのか。それとも女なのかが分からないでいた。


「では・・・・・・うん? あ・・・・・・ゼルク――」


 ローゼリア女王陛下がアーマデラスとマビュラスの関係を取り持とうとなにかを云い掛けたその時だった。ローゼリア女王陛下がゼルク達の存在に気付いたのは。静かな時が流れた。


「うむ?」


 アーマデラスがそう云い終わると立ち上がった。そして後ろを振り返るとゼルク達がいた。アーマデラスはここでは邪魔になると思った。ローゼリア女王陛下からみて右に移動した。


「女王陛下! ただ今帰還しました!」


 ゼルク達は僅かな段差を上らずに立ち止まった。するとゼルク達は急に屈んだ。そしてすぐさまにゼルク達は胸に開いた手を当てて敬礼をした。それからゼルクは確かに云い始めた。


「・・・・・・ゼルク。アーマデラスの同胞団はどうでしたか」


 ローゼリア女王陛下の本当のところは今すぐにでもゼルクの両手を握り無事に帰還したことを喜びたかった。だけど今は沈黙の時に喜びを抑えていた。だからまずは任務の確認から。


「は! アーマデラスの同胞団は半壊ながらも無事でした!」


 ゼルクは敬礼をしながら淡々と云っていた。確かにアーマデラスの同胞団は半壊ながらも無事だった。この時のゼルクはローゼリア女王陛下と目線を合わせずにいた。下を見ていた。


「おお! それはよかった!」


 同胞団が半壊したとは云えアーマデラスは全滅していないことに驚きと歓喜の声を挙げた。まるで胸を撫で下ろすかのような発言だった。しかしアーマデラスはしないで発言のみだ。


「・・・・・・ゼルク。そうですか。無事で・・・・・・よかった。ヴィクロスも」


 ローゼリア女王陛下は沈黙の際に感極まり思わず涙声になりそうだった。だけどローゼリア女王陛下は涙声にならぬように心を伏せた。今にも溢れそうな涙でさえも抑え込んでいた。


「は! ローゼリア女王陛下! 有り難きお言葉です!」


 ヴィクロスはゼルクよりも先に云った。と云うよりもゼルクはローゼリア女王陛下にアーマデラスの同胞団についての情報を更に差し出さなければならないと思い込み喋れなかった。


「しかし・・・・・・アーマデラスの同胞団は帰還が遅れるとのことです!」


 だからゼルクはヴィクロスよりも一歩位遅れて云っていた。しかもその内容はローゼリア女王陛下への幸甚の至りなどではなかった。先程のとおりにゼルクは同胞団の情報を伝えた。


「そうですか。・・・・・・ゼルク。メリルは無事に保護しました。あとはアルビストを待つばかりです」


 ローゼリア女王陛下は折角の再会にゼルクは真面目だったことにちょっとだけ心を痛めた。本当ならば今すぐにでもゼルクを抱き締めたかった。だけども抱き締めるは出来なかった。


「本当ですか! ローゼリア女王陛下! 幸甚の至りです!」


 ゼルクのテンションが一気に飛躍した。まるで今すぐにでも飛べるかのような発言だった。ゼルクの発言にローゼリア女王陛下はちょっとだけ嫉妬した。影響はない物の後味が悪い。


「おほん! お主がゼルクか。話は聴いておる。なんでも神の篭手に選ばれたらしいな。だがぬかるでないぞ。敵の軍師は厄介じゃ」


 そんな空気を変えるようにマビュラスが口元に拳を当てながら咳払いをした。そしてマビュラスは拳を元の位置に戻すと馴れ馴れしくゼルクの名を呼んだ。声からして女だと思った。


「・・・・・・そちらの方は?」


 ゼルクは思わず顔を上げた。そしてマビュラスの方を見ながら云った。ゼルクとマビュラスは初対面だ。なのにマビュラスは昔からの友のような言動だった。一体何者なのだろうか。


「あ! すみません! 申し遅れました。こちらはマビュラス軍師です」


 ローゼリア女王陛下がなぜか慌ててマビュラスを紹介し始めた。本来ならばマビュラス自身が自己紹介するべきだ。しかしマビュラスはしなかった。むしろ馴れ馴れしい言動だった。


「軍師? ってあの軍師!? ですか!」


 ゼルクが驚いている。それもそうか。マビュラスこそがグレイズの云っていた女軍師だった。まさか。こんなにも早くに会えるとは思ってもいなかった。ゼルクの一番の驚きを見た。


「うぬ?」


 マビュラスがまるで私は見せ物ではないぞ的な表情をした。マビュラスが本当にグレイズの云っていた女軍師ならば噂好きは本当だろうか。それはマビュラスに訊かないと解らない。


「あ! いえ! すみません! なんでもないです」


 ゼルクはマビュラスから発する気迫に押された。その結果。ゼルクはどんどん萎んでいった。だけどマビュラスはそのつもりはなかった。ただ単にゼルクが喋り始めたから反応した。


「まさかな。軍師が女だとはな」


 なんと云うことだろうか。ここにきてヴィクロスが要らぬ言葉を口にした。ヴィクロスはゼルクの反応がそれだろうと云わんばかりだ。ヴィクロスの言葉はマビュラスまで聞こえた。


「ちょっ! ヴィクロスさん!」


 ゼルクが思わず屈んだままヴィクロスの方を振り向いた。ゼルクはそう云い終わると慌ててマビュラスの方を見た。どうやらマビュラスはさすがにヴィクロスの一言にカチンときた。


「うぬ? ・・・・・・女とて舐めるでないぞ。そこのガリガリノッポ――」


 マビュラスは人を馬鹿にするような感覚で云った。言葉の矛先はもちろんヴィクロスだ。マビュラスは言葉による喧嘩を吹っ掛けたも同然だ。ヴィクロスはそう呼ばれて気に触れた。


「な!? なんだと!? 確かに俺は――」


 ヴィクロスは急に立ち上がって大声で云い触らした。ヴィクロスは確かに自分は長身でガリガリかも知れないと思った。だけどもヴィクロスはそれを云われる程のことかと憤怒した。


「コラ! 貴様ら! 女王陛下の御前であらせられるぞ! もっと謹め!」


 アーマデラスが急に割り込んだ。それもそうだろう。今はローゼリア女王陛下の御前だ。無礼は許さんとアーマデラスは怒髪冠を突くような叱りを発揮した。アーマデラスは本気だ。


「フフ。・・・・・・アーマデラス。いいの。私は個性がある人は好きよ」


 そんな光景に思わずローゼリア女王陛下は笑っていた。これ程までに猫の皮を被らない。仮面を付けない。素を曝け出す人達と一緒にいることがローゼリア女王陛下の楽しみだった。


「女王陛下が仰るならば・・・・・・逆に私が控えましょう」


 アーマデラスは胸に開いた手を当てて頭も下げていた。その時に云った。アーマデラスは敬礼を最後までしていた。なんとも深い忠誠心だ。アーマデラスは決して裏切らない性分だ。 


「・・・・・・ところでローゼリア女王陛下」


 とここでゼルクが空気を総浚いするようにして云った。その目付きは今日一番の真剣さだ。ゼルクは思わず無意識に真顔になっていた。ゼルクの表情が空気に伝播した。空気が重い。


「なんですか。ゼルク」


 ゼルクの言葉に逸早く反応したのはやはり訊かれたローゼリア女王陛下だった。そもそもローゼリア女王陛下以外は場の空気に身動きが取れなかった。それ位に重たい空気と化した。


「ちょっと頼みごとがあるのですが――」


 重たい空気にした張本人は至って真剣である為に身動きが取れていた。当然のように緊張もしていたが。ここまで真剣で緊張までしていたらだれがどう見ても空気が重たいと感じる。


「いいでしょう。その頼みごとと云うのは?」


 ローゼリア女王陛下は寛大な心意気で訊いてみた。そもそも訊いてきた相手がゼルクって云うのもあったから。つまり相手がゼルクだから信用もしているし安心して聴けると思った。


「は! 実は大陸を記した地図が欲しいのですが・・・・・・いかがでしょうか」


 ゼルクは堂々と返事をした。だけどゼルクは自分がなにを云っているのかを凄まじく理解していた。だからゼルクはどんどんしおれていく形になった。ただし最後まで聞こえていた。


「・・・・・・ゼルク。大陸の地図は我がアルオス城の秘宝のひとつですよ。分かっていますね?」


 ローゼリア女王陛下は重苦しい沈黙に負けたかのように顔を下げて云い始めた。まさしくこれをゼルクに云えば酷と分かりきった上だった。ローゼリア女王陛下は凄く心苦しかった。


「は! 十分に理解しているつもりです!」


 ゼルクは負けじとローゼリア女王陛下と云い合うつもりだ。そもそもローゼリア女王陛下の云うとおりで大陸の地図は国宝だった。ゼルクは大陸の地図でなにをする気なのだろうか。


「・・・・・・どうして大陸の地図が必要なのですか」


 ローゼリア女王陛下は負けじとくるゼルクと同調した。だからローゼリア女王陛下は顔を元の位置に戻してから云い始めた。ローゼリア女王陛下の尤もな意見にゼルクはどうするか。


「それは・・・・・・クリスタルの破壊をする上で役に立つと思いました」


 ゼルクが云うにはクリスタルの破壊をスムーズにする為だった。確かに大陸の地図があればクリスタルの破壊に一役買うだろう。そもそもゼルクは地理に詳しくなかった反面もある。


「・・・・・・いいですか。ゼルク。大陸の地図は複製が禁止されています。もし無くしたりしたらどうなるか。分かっていますね?」


 再びローゼリア女王陛下は重たい口を開けた。ローゼリア女王陛下の言葉を耳に入れてみると大陸の地図は複製が禁止されていた。その上でもし仮に無くしたりしたら極刑物だった。


「は! 十分に理解はしています!」


 ゼルクは無くしたら極刑物では済まされないことを胆に銘じた。もうそれ位にゼルクは大陸の地図が欲しかった。なぜならゼルクは本当に地理に詳しくなかった。迷子は最悪だった。


「僭越ですが・・・・・・ゼルク。俺の記憶力を信じていないのか」


 ヴィクロスがゼルクとローゼリア女王陛下との会話に申し訳無さそうに入り込んでは云った。ヴィクロスは俺と云う者がいながら物に頼るなんて心外だと思った。真心に傷が出来た。


「違います。もし・・・・・・万が一・・・・・・はぐれてもいいようにしたいんです」


 ゼルクは即行で否定した。ゼルクはやや息苦しそうに続きを云い始めた。ゼルクとしては万が一の時にヴィクロスと離れ離れになっても大丈夫なようにしたかった。最低であっても。


「おほん! 分かりました。ゼルク。貴方に大陸の地図を預けましょう」


 ローゼリア女王陛下は咳払いをした。首肯はせずに返事だけをした。どうやらローゼリア女王陛下にゼルクの思いは通じたようだ。これがもし別の人だったら信用していないだろう。


「は! 恐縮です! しかしそれを裏回っての幸甚の至りです!」


 ゼルクはより頭を下げた。ゼルクの内心は心臓が締め付けられる思いだ。それと同時にゼルクの内心は安堵が広がっていた。ゼルクは自分自身のしてきたことに誇りを持ったようだ。


「マビュラス」


 ローゼリア女王陛下の貫禄のある言葉が出た。まだまだ成り立てだったが段々さまになってきたようだ。むしろそれ位に大陸の地図は大切な物だった。重たい空気は最後まで流れる。


「は!」


 マビュラスは重たい空気に流されるように返事をした。どうやらマビュラスは大陸の地図の在り処を知っているようだ。一体国宝級の大陸の地図はどこに保管されているのだろうか。


「貴方にゼルクの案内を頼みます。出来ますか」


 ローゼリア女王陛下がマビュラスに頼んだと云うことはこれは絶対に知っている。そう。周りの者が悟った。ローゼリア女王陛下は女王として忙しく二人すら案内する暇がなかった。


「は! 拝承しました!」


 マビュラスは胸に開いた手を当てると潔く返事をした。この時のマビュラスは重たい空気に負けていた。なぜなら声音に余裕が感じられなかったからだ。呑み込まれたのは心だった。


「では・・・・・・二人の案内を頼みましたよ? マビュラス」


 ローゼリア女王陛下も重たい空気に負けていた。だけどローゼリア女王陛下は威厳に変えて口走っていた。姫様は蛹から優雅な蝶になるべく一生懸命に生きていた。負けたいがない。


「は! ・・・・・・では参ろうか。ゼルクにヴィクロスとやら」


 マビュラスは胸に開いた手を当てたままだ。そして沈黙の際に敬礼を解除すると歩き始めて階段を下りた。それからマビュラスは云った。マビュラスはフードを被ったままだ。怖い。


「ちょっと待て! ヴィクロスに用事がある! だからゼルクだけいくがいい」


 するとアーマデラスが急にとめた。どうやらアーマデラスはヴィクロスに用事があるようだ。アーマデラスは止める際に開いた右手を前に突き出していた。一体なんの用事だろうか。


「だそうだ。・・・・・・そうだな。俺はいつも同胞団の本部にいる。気が向いたら南東にあるからきてくれ。なぁ? ゼルク」


 ヴィクロス。ゼルク。マビュラスは動くのをやめた。するとヴィクロスが云い始めた。どうやらヴィクロスは沈黙の時にゼルクとどこかで待ち合わせしないとなと思った。気が利く。


「分かりました。・・・・・・ではいきましょう。マビュラスさん」


 ゼルクはヴィクロスとの一時的な別れを理解した。そして沈黙の時に玉座の間の出入り口に振り向いた。するとゼルクは滑らかにいくように云った。ゼルクは後手でもよいと思った。


「案内しよう。付いて参れ」


 マビュラスはゼルクを確認すると玉座の間の出入り口の方を向いた。それから云い始めた。マビュラスは云い終わると歩き始めた。マビュラスはゼルクを宝物庫の場所まで案内する。


「は!」


 ゼルクは威勢良く返事をした。これからゼルクが向かうところはアルオス城の極一部の者しか知らない宝物庫だ。はたしてゼルクは無事に大陸の地図を手に入れることが出来るのか。



 ゼルク達が今いるところはアルオス城の三階だ。かなり警備が厳しいようだ。なぜならさっきから多数の重騎士と遭遇するからだ。重いであろう甲冑を隙間なく着込んでいた。兜も。


「厳重ですね。さすがは国宝を護るだけはありますね」


 呑気に表情を和らげながらゼルクは云っていた。段々と平和に慣れ始めていた。しかし油断をしている訳ではなかった。ただ単にこの平和がもっと続けばいいのになとも思っていた。


「国宝はひとつとは限らんのじゃ。幾度の国交を結んでいた時に手に入れた国宝もあるのじゃからのう」


 マビュラスがゼルクを引き連れて宝物庫近くまできた。マビュラスはやや警戒心を張り巡らせながら云った。いくらゼルクが勇者であれ国宝を預けるとなると嫌でもそうなるようだ。


「へぇ~。そうなんですか」


 ゼルクは先程よりはマビュラスの態度に感化されていた。だからやや真顔になった。ゼルクのこの時はまだ自分のしていることの重大さに気付いていないようだった。どうなるのか。


「・・・・・・それはそうと・・・・・・着いたぞ。ここが国宝が眠る宝物庫じゃ」


 マビュラスが沈黙を二度も繰り返すとようやく着いたようだ。早速二人共宝物庫の扉を見た。宝物庫を護る役目がある扉になにやら円形状の紋章が映し出されていた。なんだろうか。


「それでは早速入りましょう」


 ゼルクは不思議に思った。しかし口にすることはなかった。それよりも早く大陸の地図が欲しいと思っていた。だからゼルクは急かすように云っていた。ここに大陸の地図があった。


「そうじゃな。では――」


 マビュラスは云い終わる前に両手を扉に向けた。長い袖口からは細く美しい手首が見えていた。なんとも不気味な格好とは裏腹だった。すると次第に扉の紋章が瞬くと静かに消えた。


「斬新な開け方ですね。鍵は使わないんですか」


 ゼルクは呆気に取られた。それでも口に出来たのは心のどこかにこんなこともあるよなと自分自身を云い聞かせたからだ。それにしてもなんで鍵を使わないのかが気になったようだ。


「・・・・・・鍵では誰でも開けれてしまう。ここは魔法によって封印されておる」


 マビュラスは始終当たり前のような雰囲気で云った。確かにマビュラスの云うとおりで鍵だとすぐに開けられてしまうだろう。マビュラスの言葉を耳に入れたゼルクは自分を呪った。


「魔法ですか」


 しかしゼルクは心に留める程に自分自身を呪ったりはしなかった。だから余裕綽々と云った。それにしてもゼルクは中に入ることを忘れていた。このままでは会話が始まってしまう。


「とにかく・・・・・・中に入るのじゃろう?」


 マビュラスはゼルクとのやり取りが面倒になっていた。だからマビュラスは困ったかのような表情を浮かべながら云っていた。これで両目が覚めてくれたらいいのになと思っていた。


「あ! そうでした! それでは・・・・・・入りましょう!」


 ゼルクはすっかり自分自身が云っていた言葉を忘れていた。しかしマビュラスの機転によって思い出すことに成功した。ここはマビュラスの勝ちと云ったところだ。ゼルクは急かす。


「うむ。では・・・・・・付いて参れ」


 マビュラスは急かされてもマイペースだ。そもそもそんな簡単に急ぐと軍師の名に傷が付く。だからマビュラスは意地でもマイペースを貫き通したかった。マビュラスは扉を開けた。


「は!」


 ゼルクは誠意を表す為に胸に開いた手を当てた。短いながらに覇気がある言葉はアルオス城への忠誠心だ。一方のマビュラスは扉を開けて中に入っていった。ゼルクは敬礼を止めた。


「中は意外と広いんですね。もっと狭いかと思いました」


 そして中に入ると意外に広いことに驚きを得た。ゼルクの頭脳では表現出来ない程に中は国宝級の品ばかりだ。この中のどれかに大陸の地図が大事に保管されている筈だ。緊張する。


「お主は一体何ヶ国と国交を結んでいると思ったのじゃ?」


 マビュラスは急に難しい思考回路をゼルクに叩き付けた。これはマビュラスが普通に疑問に思ったことだ。これで普通なのだから一体どれだけの賢さを持っているのか。戦々恐々だ。


「え? 五ヶ国ですか」


 ゼルクは真剣とは遠い感覚で答えていた。余りにも唐突であった為にゼルクは一発でショート寸前だ。そもそもゼルクはどんなに真剣になっても分からない質問だ。これは意地悪だ。


「プッ!」


 マビュラスが急に吹いた。笑いを必死に堪えているようで腹を抱えている。こうして見るとマビュラスも普通の人なんだとゼルクは思った。だからゼルクは心の底から安堵していた。


「あ! 笑われた」


 ゼルクの内心は安堵していた。だから頬を緩ませて云っていた。なんだか。不思議と嫌な気分にならなかった。ゼルクにとってマビュラスはよい関係になれそうだった。浅はかだが。


「よいかのう。我がアルオス城はなんと三百二十四ヶ国中百六十五ヶ国と国交を結んでおる」


 マビュラスが云った国交の数は神々の戦争が起きる前の状態だ。今はもうアルオス城以外が敵に回っていると考えても不思議ではなかった。それ位に魔神の力は強大だ。災厄を招く。


「え!? そ、そんなに!?」


 ゼルクは教養がなっていない。そもそもゼルクは危うくストリートチルドレンになりそうな人生を送っていた。だから勉強どころではなかった。しかも貧乏だ。救われて恩返しをだ。


「とにかく・・・・・・今はお主のことが最優先じゃ。この国を・・・・・・いや。この世界を共に救おうぞ」


 マビュラスは過去のことなんてどうでもよかった。マビュラスが興味があるのはもっと別だ。マビュラスはゼルクの方を静かに振り向いた。宝物庫は暗いが二人は幽かに見えていた。


「は! 俺は絶対に負けません! アルオス城の名に懸けて!」


 ゼルクはそう云いながら胸に開いた手を当てた。ゼルクにとってアーマデラスは最早命の恩人レベルではなかった。アーマデラスは人格者でいつもゼルクの斜め上をいく存在だった。


「うむ。よい心掛けじゃ。・・・・・・ところでゼルク――」


 マビュラスがゼルクを褒め称えた。するとマビュラスは沈黙に入った。その時にマビュラスは顔を覆い尽していたフードを取り外した。暗いのでマビュラスがどんな顔かが判らない。


「は! なんでしょうか!」


 ゼルクは呑気にも敬礼をしながら云っていた。この時のゼルクは警戒心がなかった。それにゼルクはマビュラスとは距離があると判断していた。その甘さがゼルクの致命的な事柄だ。


「お主は我に興味はないか」


 マビュラスはそう云いながらゼルクの下へと歩き始めた。この時のマビュラスは本気で云っていた。冗談などではなく。その一歩一歩がマジマジと伝わってくる。まさに魅惑だった。


「え?」


 ゼルクはなにがなんだか分からないでいた。とりあえず敬礼を解くと静かに歩み寄るマビュラスの姿が幽かだが見えた。ゼルクはちょっとずつ近付いてくるマビュラスを見るだけだ。


「我は本気じゃ。強い遺伝子を残さぬか。ゼルク」


 マビュラスはついにゼルクの前まできた。この時のマビュラスは魅惑の女軍師と化した。その声はいかなる者でも束縛する程に洗練され尚且つ独特な色気を放っていた。魅了された。


「・・・・・・は!? うお!?」


 ゼルクは沈黙の際に固唾を呑み込んだ。そしてゼルクが目の前のマビュラスに気付くとなにかされると思った。だから声を挙げた。しかし時は既に遅かった。ゼルクは押し倒された。


「我が遺伝子とお主の遺伝子が重なり合えば最強の子が生まれると思わんか」


 静寂な空間にゼルクが倒れた音が鳴った。しかし宝物庫の扉は分厚く。しかも閉じられていた。だからゼルクが倒れた音は外には聞こえなかった。それにしても二人は重なっている。


「ちょっ! ちょっと! ちょっと待って下さい! お、俺はまだ十六歳ですよう!?」


 ゼルクはなにが起きたのかが分からなかった。ただ云えるのはマビュラスの魅惑の声音がゼルクの両耳を刺激していた。ゼルクは必死に自分の年齢を云いつつも全身が固まり始めた。


「それは関係ないじゃろう。よいか。ゼルク。お主が成人を迎えてからでもよいのじゃ。どうじゃ? 我の婿にならんかのう」


 駄目だ。今のマビュラスになにを云っても無駄な気がした。だけどそれでもゼルクは諦めなかった。そもそもここで諦めたらなにかされるに違いない。ゼルクは全力で云おうとした。


「ちょっ! やめてください! 俺には大事な人がいるんです!」


 ゼルクは両瞼を閉じて一生懸命に現実逃避をしようとしていた。それでいてゼルクの脳裏に一瞬だけローゼリア女王陛下こと姫様を思い出していた。ゼルクの叫びは届くのだろうか。


「うぬ? それは・・・・・・ローゼリア女王陛下かのう」


 マビュラスの感はずば抜けて当たっていた。マビュラスは密かにローゼリア女王陛下をライバル視していたようだ。だからこんなにもすんなりと出てきたようだ。女とは怖い存在だ。


「そ、そうです! 俺には護らなきゃいけない存在がいるんです!」


 ゼルクの声はちょっとずつだがマビュラスの心に届いたようだ。それでも今回は諦めてもいずれまたやる可能性があった。それ位にゼルクの遺伝子が欲しいようだ。背筋が凍り付く。


「・・・・・・そうか。じゃがな。ゼルク。我は諦めた訳ではないぞ。今回は諦めてやるがいつでも待ち侘びているぞ」


 マビュラスが沈黙の際にゼルクから離れて立ち上がった。マビュラスは意地が悪く。いつでも待つと明言した。マビュラスはそれ位にゼルクに惚れ込んでいた。噂好きの彼女だから。


「どんなに云われようと俺は俺です! 負けません!」


 ゼルクは負ける訳にはいかなかった。たとえ身分の違う者同士でも恋に落ちるはその人達の勝手だ。たとえその先がなにもなくても恋さえあれば人はどこまでもいける者だと思った。


「・・・・・・そうかのう。男は攻めに弱いと聴く。どさくさに紛れて子孫が出来るもあるかもじゃ」


 そもそもマビュラスは身分関係なしの高血至上主義者だった。つまり身分関係なしにマビュラスがよいと思った遺伝子ならば即座に受け入れようとする。ただし突破するのは困難だ。


「絶対に! ありません!」


 ゼルクは云い切った。それもそうだ。ゼルクには心に決めた人がいる。その人物こそがローゼリア女王陛下だ。たとえ恋より先がなくてもゼルクはローゼリア女王陛下に忠誠を誓う。


「まぁ本気はこれ位にして――」


 マビュラスは場の空気を切り替えるように云い始めると乱れた格好を整え始めた。マビュラスにとってここは通過点に過ぎなかった。いずれローゼリアをも抜いてやろうと決意した。


「本気なんですかぁ!」


 ゼルクは思わず驚いた。改めてマビュラスが本気なんだと理解するとゼルクは身を引く思いをした。ゼルクはしっかりとした純愛思想の持ち主だ。マビュラスとは合わなくて当然だ。


「うぬ。そんなに驚かなくてもよいではないかのう」


 マビュラスはゼルクに引かれたことにやや衝撃を覚えていた。どうしてゼルクはこの我が愛を受け入れてくれぬのかと心の底で嘆いていた。マビュラスの心は複雑に絡み合っていた。


「と、とにかく! 早く大陸の地図を貸して下さい!」


 ゼルクはまた変な空気になることを恐れた。だからゼルクは慌てて云った。ゼルクの言葉がマビュラスに届くかは分からない。それでもゼルクは云わなくてはいけなかった。怖いが。


「うぬぬ? お主は我と大陸の地図・・・・・・どっちが大事なのかのう」


 マビュラスは歯軋りをしそうな勢いで云い始めた。マビュラスは大陸の地図以下に扱われることを危惧した。なぜなら大陸の地図より上なのはローゼリア女王陛下だからだ。絶対に。


「大陸の地図です!」


 ゼルクははっきりと云った。ゼルクは一刻も早くこの場から去りたかった。でも去るには大陸の地図を手に入れなければいけなかった。ゼルクはマビュラスに負けまいと必死だった。


「ぐぬぬ。・・・・・・まぁよい。大人の魅力が分からぬとはまだまだ子供よのう。さてと・・・・・・さっさと立つがよい」


 マビュラスは歯が折れそうな位に食い縛った。しかし沈黙の後は比較的に冷静になった。マビュラスは自身の魅力が分からないとはなんとも子供だなと云った。ゼルクのせいにした。


「立ちました」


 ゼルクは立ち上がったことをマビュラスに伝えた。一方のマビュラスは既に謎の箱に両手を掛けていた。マビュラスは謎の箱の蓋を外すと横に置いた。ゼルクはようやくかと思った。


「立ったかのう。それでは・・・・・・お主に預けよう。これが・・・・・・大陸の地図じゃ」


 マビュラスはゼルクが立ち上がったところを見ていない。なぜならマビュラスは謎の箱に夢中だったからだ。それにしてもマビュラスはゼルクに大陸の地図を静かに手渡そうとした。


「はぁ~。これが・・・・・・大陸の地図なんですね?」


 ゼルクはようやく解放されたと云わんばかりの溜め息を吐いた。ゼルクは息も吐かせぬ間にマビュラスが差し出してきた大陸の地図らしき物を見つめた。そして両手で地図を取った。


「そうじゃ。このアルオス城でたった一枚しか存在せぬ幻の一品じゃ。大事にするのじゃぞう?」


 マビュラスが云うからには本物だ。しかし複製をしてはいけない程の国宝に一体どんな地名が書かれているのだろうか。マビュラスはゼルクの内心がドキドキしているのを確認した。


「分かりました。それでは・・・・・・俺は用事がありますので失礼します」


 この時のゼルクは用事なんてなかった。だけどあたかも用事があるように云った。いや。本気で考えれば用事はいくらでもあると思う。ただ今のゼルクには本気が出せない位だった。


「うむ。どうせなら我は宝物庫で用事を済ませようと思う。お主はもう帰ってもよいぞ。今日は楽しかったぞ。ゼルク。またのう」


 マビュラスは折角宝物庫にきたのだから用事を済ませてから戻ると云った。一体宝物庫でどんな用事があるのだろうか。凄く気になるが今のゼルクは気にしている場合ではなかった。


「はは。そうですか。それでは・・・・・・失礼します。マビュラスさん」


 ゼルクは引き笑いをした。それでもゼルクは律義にも丁寧な別れ話を出した。しかもゼルクはマビュラスの返事を待つ程に紳士だ。一体ゼルクのどこにそんな余裕があるのだろうか。


「うむ。さらばじゃ。我が愛しのゼルク」


 マビュラスは言葉だけの反応をした。するとマビュラスの言葉を最後まで聴いたゼルクは足早に宝物庫から離れた。ゼルクはようやく大陸の地図を入手することに成功したのだった。

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