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人間6号 3  作者: 腹田 貝
伝輝とタカシ
9/16

ありさの冒険 ① 写真

ありさに「私のやりたいことをやるから、責任持って付き合いなさいよ」と言われた伝輝。彼女がやりたいこととは一体・・・?

「今日の夕方、まごころ荘1号室集合ね」


 昼休みが終わる頃、図書室から出てきた伝輝にありさがこう言った。

 不意打ちされ、小さく驚きながら、伝輝はありさを見る。


「私は今日掃除当番だし、電車で行くから、先に帰っててね」

 こちらのあいづちを待つことなく、ありさは踵を返し、スタスタと廊下を歩いて去った。


 午後は数学(人間界でいう中学生レベルを現在学習している)のテストだったが、ありさの発言が気になって、折角昼休みに確認した解き方が全部吹っ飛んでしまった。


 不完全燃焼な結果に、頭をモヤモヤさせながら、伝輝は一人で下校した。


 伝輝はまごころ荘に着くと、カバンを置きに6号室に向かった。

 リビングは通らず、和室に入る。

 風邪で寝込んだ日から、この部屋は伝輝の一人部屋になった。

 家具はほとんど無く、服などの荷物は引っ越し時の段ボールにボサッと入れられていた。


 部屋の隅には、サラブレッドのゴンザレスから貰ったテーブルと折りたたみ椅子を置いている。

 テーブルは銀色スチールの足に、黒に近い木目色の板という、都会的なデザインだ。

 ネイビーの折り畳み椅子は、アウトドア用の丈夫なナイロン製のものだった。


 このテーブルは、ゴンザレスが処分する際、伝輝の勉強机として丁度良いことが分かり、譲ることにした。


 折りたたみ椅子も、彼が昔、農業アルバイトをしていた頃、休憩時間に重宝したそうだ。

 だが、当時よりも背が伸びたので、使わなくなっていた。


 テーブルの上に置いたプラスチック製の箱から、1号室の鍵を取り出した。

 それをズボンのポケットに入れ、伝輝は部屋を出て玄関に向かおうとした。


「伝輝! 帰った後と、出かける前は、こっちに顔出しなさい!」

 夏美の良く通る声が、廊下に届いた。

 伝輝は渋々リビングのドアを開け、顔だけ入れた。


「どこ行くの?」

 優輝はベビーベッドで寝ているらしく静かだった。

 夏美はテレビの音を小さくした状態で聞きながら、ちゃぶ台で雑誌を広げていた。

 チラッとしか見てはいないが、求人広告が並んでいるようだった。

 いつも、髪の毛を全部後ろに持っていって団子にしているが、今日はその団子が一段と大きかった。


「ありさと会ってくる」


「ありさ」という言葉を聞いた途端、夏美の目と広いおでこがキラキラ輝きだした。


「あら、そうなの!?

 出かける前に、ちゃんと歯を磨きなさいよ。

 あと絶対、ありさちゃんを夜遅くまで外歩かせたら駄目よ。

 夕方六時までには、ありさちゃんを家に送ってあげるのよ。

 そういうところ、きちんとしている男の子の方が、絶対モテるんだから・・・」


「分かったよ」適当に返事をして、伝輝はドアを閉めた。


 そのまま真っ直ぐ玄関に向かうつもりだったが、なぜか洗面所に入ってしまっていた。


     ◇◆◇


 1号室のドアには鍵がかかっており、呼出チャイムを鳴らしても反応がなかった。


 ドアを開けた時に、ありさがまごころ荘敷地内を走ってきた。

 ベージュ色のダッフルコートから見える紺色のプリーツスカートの裾が軽やかに揺れる。


「駅に着いたら、丁度電車が来て、思ったより早く来れたわ。

 他の皆は、まだ来てないの?」


「他って、あと誰が来るんだよ?」


「咲さんと、ゴンザレスっていう馬」


「ゴンザレスさんが来るの?」

 ヒトの少女ありさと、サラブレッドのゴンザレスとの共通点が思いつかなかった。


「私も会ったことないけど、今日の集まりには絶対必要な動物なの。

 それから、ゴンザレスさんが、何人か連れて来るって。

 ねぇ、早く中に入ろうよ。寒いわ」


 二人は中に入り、薄暗く埃っぽい廊下を歩いた。

 年明け前に咲が1号室を出てから、伝輝もほとんど来ることはなかった。


 リビングの明かりをつけ、暖房をつけた。

 空気を入れ替える為に、ありさは窓を開けた。


「意外と広いね。天井も高いし」


 つられて伝輝も顔を上げた。

 言われてみれば、確かに天井が遠い。

 6号室と明らかに違った。


「他の部屋はどうなっているの?」

 ありさは廊下に出た。

 慌てて伝輝もついて行く。


「この部屋は駄目だよ。隣は、多分良いと思う」


 横並びに並んだ襖の一つを開き、伝輝はありさを中に招いた。

 自分が化け練習場兼勉強部屋にしている部屋だ。


 明かりをつけ、全面に本棚が広がる室内を見渡した。

 本棚に囲まれていて、気付かなかったが、確かにこの部屋の天井も高いように思えた。


「ここは、伝輝の部屋なの?

 自分の家以外に部屋があるって良いなー」

 ありさは勉強机の引き出しを開閉したり、本棚の方をキョロキョロ見ながら言った。


 引き出しを開けられドキッとしたが、変なものは置いてないはずと、伝輝は自分を言い聞かせた。


「1号室は前田さんの部屋なんだけど、普段住んでいないから使わせてもらってるんだ」


「前田さん?

 もしかして、前田 香さん?」


「うん」


「やっぱり!

 ねぇ、知ってる?

 咲さん、その香さんってヒトが好きなのよ」


「だと思ってた」


「咲さんは子どもの頃、親の仕事であちこち移動していたんだって。

 それでよく、香さんに手紙を送ってたんだけど、一度も返事は貰えなかったって。

 でも、たまに電話したり会ったりすると、手紙の感想くれるから、どうしても諦めきれないんだって」


 知っているヒト同士の恋愛話を聞くと、伝輝は何だかくすぐったい気持ちになった。


「ちゃんと読んで覚えているってことは、絶対どっかに残していると思うのよね」

 ありさは本棚に並べられている本を適当に引っ張り出して畳の上に置き始めた。


「やめろよ、勝手に・・・」


「だって、思い出がきっかけで、二人が良い感じになってくれたら嬉しいもん。

 あと、昔の写真とか無いかな。

 最近の画像はいっぱい見せてもらったことはあるけど、明らかに隠し撮りだったし」


 咲さん、何をしているんだ・・・

 伝輝は少し心配になった。


「ねぇ、香さんって、本当はお医者さんになりたかったの?

 『化け医学』とか難しい本ばっかり」


 畳に積まれた本を、本棚に戻していた伝輝は、ふとそれらの背表紙を見た。


『救命救急における化け医療の現在』

『最新化け医療向け救命救急マニュアル』


 タカシは以前、自分も勉強部屋として使っていた頃があると言っていた。

 初めて室内をパッと見た時、読む気がしない本ばかりだと判断した為、気付かなかったが、どうやらこれらは、タカシが医者を目指していた頃のものなのだろう。


「俺の前に、別の動物が使っていたから、きっとその本だよ。

 だから、ここには手紙とかないって」


「つまんないの。

 香さんの本なら、どっかに挟まっているかもしれないって思ったけど」

 そう言いながら、ありさは伝輝と一緒に本を戻し始めた。


 その中にかなり使い込まれたと思われる医療用語辞典があった。

 辞典からは、付箋が縦横あちこちに飛び出していた。

 わざとページの角を折っている箇所も沢山あり、他の本に比べると丸く膨らんでいた。


 ありさがそれを持ち上げて、本棚に収めようとした時、二つ折りされた紙がヒラリと落ちた。


「あ、何か落ちた」


「気をつけろよ」

 伝輝がしゃがんでそれを拾い上げると、写真であることに気付いた。


 広げてみてみると、三人の動物が写っていた。

 二人のヒトの間に、黒い毛の仔犬がいる。

 すぐにそれがタカシだと分かった。 


 両横のヒトは、人間界でいう高校生位の男女だった。

 男の方は、メガネをかけており、前田さんではないかと思った。

 女の方は、誰だか分からなかった。


「これ、香さんよね。

 え、この女のヒト、もしかして彼女?」


 ありさは、目が飛び出すのではないかと言う程、ジッとその写真を見た。


「そう言うことだったのねー。

 だから、咲さん、振り向いてもらえなかったんだ。

 まごころ荘に戻ってこないのも、彼女と暮らしているからなんだわ」


 ありさがため息をつきながら、最後の一冊を戻した頃、玄関から物音がした。


「伝輝君、いるー?」ゴンザレスの声だった。


「皆、来たみたいね」

 ありさは立ち上がり、襖の方へ向かった。


 伝輝はまだ、その写真から目を離せずにいた。


 前髪を目の上横一直線に切りそろえられた、おかっぱ頭の女のヒト。

 顎位までしかない両横の髪の毛は、ふんわり丸く顔を覆っている。

 目尻が下がっていてとても優しそうな笑顔を浮かべていた。


 幼いタカシは、よく見ると女のヒトの膝の上に座っていた。

 動物界の動物達は、人間界の動物に比べると、目元口元など顔全体の皮膚が良く動く。

 毛に覆われていても、感情によって表情が変わるのが、見慣れると分かってくる。

 幼いタカシは、とても楽しそうな表情を浮かべていた。


 対照的に、若い頃の前田さんは、照れているのか、笑顔がぎこちない。

 両手は、自分の身体の前にだらんと下ろしていた。


「伝輝、早く!」


 ありさに呼ばれた伝輝は咄嗟に写真を二つ折りにし、ズボンの尻ポケットに突っ込んだ。


     ◇◆◇


 あらかじめ暖房の電源を入れていたので、リビングはすっかり暖かくなっていた。

 ゴンザレスと咲がキッチンとテーブルを行き交い、お茶やお菓子を用意している。


 ありさはこの場にはおらず、ソファには白猫のエミリーが丸くなって寝ている。

 その隣には犬のタカシが座っていた。


 先程まで、仔犬姿の彼を見ていただけに、とても老け込んで疲れているように見えた。

 伝輝はその動物がどれ位歳をとっているかなど見た目では分かることはできない。

 しかし、少なくともタカシが確実に年齢を重ねているという事実を実感した。


「タカシさん達も来たんだ」


「ああ。ゴンザレスさんに頼まれてね」

 伝輝を見て、タカシはニコリと微笑んだ。


 あっという間に、テーブルの上に、温かい飲み物とお菓子の入った器や皿が並べられた。


「ゴンザレスさん、室内全部に、スプレーしてきたよ」

 ありさがリビングに戻ってきた。

 透明の液体が入ったスプレーボトルを持っていた。


「ありがとう。さぁ、座って座って」

 ボトルを受け取ったゴンザレスは、ありさをソファへ促した。


「何か、色々やってもらってすみません」

 タカシが咲に言った。

「良いのよ、こっちが頼んで来てもらっているんだから」


「全員、揃ったね。さぁ、始めますか」

 背広のジャケットを脱いでいたゴンザレスは、グイッとネクタイを緩めた。


 そう言えば、伝輝はなぜ自分がここに呼ばれたのかを聞いていなかった。


「今から話すことは、絶対に周りに言ってはいけません。

 とても重要な秘密ですからね。

 でも、安心してください。

 先程ありさちゃんに、即席で化け膜を作るスプレーを全体に吹き付けてきてもらいましたから。

 音が外に漏れる心配はありませんよ。

 あ、これを使ったことも秘密ですよ。

 なんせ、これもまごころ社員でも使える動物は限られていて・・・」


「長いわ!」


 皆の意見を、今まで寝ていたエミリーが全身タックルと共にゴンザレスの顔面にぶつけた。

 ゴンザレスの前歯と舌が横に飛び出し、それはそれは残念な顔立ちになった。


「はい! これが今日の目的!」

 エミリーはどこからか出したのか、バンッとテーブルの上に数枚の紙を肉球で叩きつけた。

 その中には、見たことのある写真ポスターもあった。


「ありさの母親よ!」


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