僕達の将来 ⑥ 退屈な未来
保健室に現れたありさから、伝輝は咄嗟に『身体強化』をしてしまったことを指摘される・・・
伝輝の心臓は、校長に質問された時よりも、バクバク鳴った。
ありさは、左肩部分が破れたセーターを見せつけるように、グイッと前に出した。
「これ、動物界で売ってる加工済み服でしょ。
加工済み服は、尻尾や耳を通す為に、簡単に穴が開いて、すぐに塞がるようにできているの。
だから、肉食獣の鋭い爪で多少引っ掻いたくらいでは、破れないのよ。
なのにこれは完全にザックリやられている。
先生達もわざと確認しなかったのか、伝輝が人間だから加工済みを着ているとは思わなかったのか、分からないけど、これはボルハが本気で攻撃したっていう証拠になるわ」
ありさの厳しい表情は変わらない。
彼女は声のトーンを落とし、更に話を続けた。
「教室からずっと見ていたわ。
ボルハに攻撃された時、伝輝の肩から、血はほとんど出ていなかった。
今だってそうよ。
見る限り、かすり傷程度だったんじゃない?」
伝輝は正直に頷いた。
「それが問題なのよ。
かすり傷だったおかげで、大事にならなかったけど、もし茶介が攻撃されていたら重症だったはず。
それを伝輝は無意識に身体強化で肌を防御してしまった。
分かっているわよね。
キバ組織やキバ訓練所のことは、トップシークレット。
あんたが特殊な化け能力を身に付けていることは、絶対に知られてはいけないことなのよ」
「ん・・・」伝輝は、返事かどうかもはっきりしない声を出した。
「今回は試合中に起きた事故として、片付けられるでしょうけど、また外遊び禁止令が出されるかもね」
ありさは伝輝が乗っているベッドに腰掛けた。
互いの目線が同じになる。
「でも、それで良かったんじゃない?
今日の試合、見てて思ったんだけど。
伝輝、つまんなかったんじゃない?」
伝輝はありさを見る。
彼女はうっすら笑みを浮かべていた。
「う・・・」
伝輝は申し訳なさそうに目をキョロキョロ動かした。
「ボルハチームも味方チームも、動きが遅すぎて、合わせるの大変だったんじゃない?
伝輝は常に行動を読んで、先回りしていた。
あんたに球技のセンスがなかったおかげで、皆をごまかすことはできたようだけど。
今後もレベルを下げて、お外遊びしていくの?
折角、キバ訓練所下級クラス合格資格を持っているのに?」
伝輝は黙り込んでしまった。
ありさに言われたことは図星だった。
だからと言って、素直に認めたくなかった。
「上級クラスの訓練受けた方が、よっぽど為になるんじゃないの?」
「そう来たか」と伝輝は思った。
恐らく、ありさは剛力所長に頼まれて、再び自分を訓練所に戻そうを企んでいるのだろう。
「ふざけんなよ。
俺はキバ組織に入りたくないんだ」
「でも、このままじゃあ勿体ないわ。
ねぇ、もっとワクワクする冒険しない?」
ありさはニヤニヤ笑いながら言った。
「冒険?」
「そ。キバ組織にも、まごころカンパニーにも内緒の冒険」
そう言うと、ありさは立ち上がった。
「私の人生は私のもの。
だから、まごころカンパニーとか無視して、自分が前からやりたかったことをやるの。
伝輝がそう言ったのよ。
責任持って、付き合ってよね」
「何するつもりなんだよ?」
先程とは別の冷や汗が背中を伝った。
「それについては、また連絡するわ」
ありさはニコッと微笑み、保健室を出て行った。
キバ組織にも内緒、と言うことは、上級クラス勧誘ではないのか。
いや、ありさの場合、油断はしない方が良さそうだ。
伝輝は頭を横にぷるぷる振った。
◇◆◇
ありさが保健室を出てから約五分後に、団助先生と夏美が現れた。
「着替えは済んだわね。さ、帰るわよ。
先生達、わざわざタクシーを呼んでくれたのよ」
団助先生は引きつったような笑みを浮かべながら立っていた。
「伝輝も災難だったわね。
まぁ、皆で外で遊んでいたら、こういうこともあるわよ。
かすり傷だってのに、向こうの親御さんが凄く謝ってきてね。
かえって、申し訳なかったわ」
夏美の話を聞き流しながら、伝輝は校長先生に言ったことを思い出した。
『茶介が転んで、危ないと思ったから、飛び出しました。
そしたら、ボルハの爪に当たったみたいです。
ボルハは茶介のすぐ近くにいたから』
自分がこう言うと、大人達の表情は一気に緩んだ。
『そうかい、そうかい。
いや、これで全員の意見が一致したよ。
ボルハ君の主張が正しいと証明されました。
良かったですね、お母さん』
校長先生は、号泣しているトラの女性に穏やかに話しかけた。
『ありがとうございます! ありがとうございます!』
『それじゃあ、私達はもう一度ボルハ君のところに行くからね。
親御さんが来るまで、団助先生には外で待ってもらうからね』
大人達(保健の先生含む)は、保健室を後にした。
残された伝輝と茶介は互いの顔を見た。
『ボルハの奴、自分から「爪が当たった」って言ったんだね』
茶介の声はとても弱々しかった。
『誰にも、言っちゃ駄目って分かっているけど・・・』
茶介は布団に顔を押さえつけた。
『俺・・・、本当は殺されるかと思ったんだ・・・』
伝輝の目は再び見開いた。
だけど、もう、何も言うことはできなかった。
◇◆◇
翌日、伝輝はマグロと一緒に登校した。
教室に入ろうとした時、ボルハが自分に声をかけてきた。
ヴァランがすぐ脇に立っていた。
「昨日は悪かった」
ぼそっと目を合わすことなく、彼はそう言った。
伝輝は黙ったまま、ボルハを睨んだ。
ボルハは不機嫌そうに目元をしかめたが、すぐにプイッと顔をそらし、自分の教室に戻って行った。
あまりに素っ気ない様子に、ヴァランは戸惑いながら、伝輝を見た。
「悪い。あいつ、動物に謝り慣れていないんだよ。
内心はすげー反省しているから」
伝輝は特に返事もせずに教室に入った。
ドリスは既に席に座っており、珍しくボーっと窓の方を見ていた。
朝礼が始まり、茶介が休学し、近々転校することが決まったと、団助先生から聞かされた。
ありさの言った通り、伝輝は再び外遊び禁止令を出された。
昼休みが始まったが、いつものように外に飛び出す生徒はいなかった。
窓の外から、楽しそうにはしゃぐ少年達の、野太い声が聞こえてきた。
◇◆◇
本日最後の訪問健診が終わり、動物界の助産師・咲(ヒト・雌)は妊婦の家を後にした。
慌てて向かったため、コートは車の中に置いて来てしまった。
ナース服とカーディガンだけでは、とても耐えきれる気温ではなかった。
「さむーい。早く三月にならないかしら?
冬は苦手だわ」
ふっくらした身体を出来る限り小さくして、咲は近くのコインパーキングに向かった。
運転手に座り、エンジンをかけた。
暖房を最強にして、暖かくなるまでしばらく待った。
パンパンに膨らんだカバンの内ポケットから、ピンク色の二つ折り携帯電話を取り出した。
十月、豊家の優輝が産まれた後に、ゴンザレスから渡されたものだ。
メンバー同士しか連絡を取り合うことができないが、機密性は非常に高いと聞いた。
新着メールを確認すると、ゴンザレスからの返信が届いていた。
『例の件、了解しました。
三日後の夕方六時に1号室に来てください。
ご指示の通り、伝輝君も参加させます。
加えて、タカシさんとエミリーちゃんにも来てもらいます』
咲はパパッと『分かりました。ありがとうございます』と打って返した。
フーッと息を吐き、座席にもたれた。
「ありさ、どうするつもりなのかしら・・・?」
不安な気持ちを隠せないまま、咲はギュッとケータイを握りしめた。




