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人間6号 3  作者: 腹田 貝
伝輝とタカシ
6/16

僕達の将来 ⑤ 肉食獣達

サッカーの試合中、伝輝は負傷し、ドリスに付き添われながら保健室に向かった。その途中、ドリスは伝輝にあることを頼み・・・

 伝輝はドリスの発言が信じられなかった。

 なぜ、明らかに一方的な攻撃をしてきたボルハを庇わないといけないのか。


「何でだよ。ドリスも見てただろ?

 あいつは、茶介をぶん殴ろ・・・」


 バッとドリスが手の平で伝輝の口を塞いだ。

 もう片方の手の指を口元に当てて、「シー」と歯の隙間から息を出した。


「分かっている。皆、それを見ている。

 だけど、それを認めてしまうと、ボルハが大変なことになるんだ。

 お前は人間だから、知らないんだろうな」


 ドリスは周りをキョロキョロ見渡した。

 近くに動物がいないことを確認し、歩きながらボソボソと説明し始めた。

「『狩りの日』に肉食獣が他の動物を襲っても罪にはならないことを知っているよな」


 伝輝は頷いた。


「逆に言えば『狩りの日』以外に肉食獣が動物を襲うと、罪になるってことなんだ。

 怪我させた相手が肉食獣以外だと、動物界トップクラスの厳罰対象になる。

 どんなに相手の方が悪くても、実際は怪我してくなくても同じだ。

 『狩りの日』以外に動物を襲った肉食獣は、一生刑務所から出られない。

 まごころ町の場合、死刑もありうる。

 たとえ、子どもであってもな」


 ドリスは幅がくっきりした二重の瞳を伝輝に向けた。

 砂で乾いた唇をキュッと噛んでいる。


「ボルハは偉そうで乱暴な態度をとることもあるけど、悪い奴じゃない。

 それはボルハのクラスメイト達や他の連中も分かっているはずだ。

 これから、先生達は事実確認を行うだろう。

 その時、きっと皆は事故と発言するか、見ていないと答えるはずだ。

 後は、攻撃を受けた茶介と伝輝が事故だと言ってくれれば、ボルハは罪を免れるかもしれない。

 不服かもしれないが、ボルハを助けてやってくれ」


 そう言って、ドリスは頭を下げた。

 自分とさほど変わらない歳の少年が懇願している姿を見て、伝輝は戸惑った。

 普段の明るい雰囲気は感じられなかった。

 友達を何とか助けてやりたいという必死さが伝わってきた。


「・・・分かった」


 それを聞いたドリスは、パッと顔を上げた。

「ありがとう」と短く礼を述べて、校舎内へと走って行った。



 サッカー試合の一部始終を、ありさは教室からじっと眺めていた。

「ほら、やっぱり・・・」

 ドリスと伝輝が校舎に向かう様子を見て、ありさは呆れたように言った。


     ◇◆◇


 保健室で、伝輝はニホンザルのフミエ先生に傷の手当てをしてもらった。

 セーターの左肩部分はザックリと切れていた。

 しかし怪我自体は、かすり傷程度で、血もほとんど止まっていた。

 それでも、消毒液を傷口に当てるフミエ先生の手は、ブルブルと震えていた。


「団助先生が来られるまで、ベッドで休んでいなさい。

 体操着を貸してあげるから、服は上下とも脱いでベッド傍の棚に置いておきなさい」


 フミエ先生から体操着上下を受け取った伝輝はベッドの上で着替えた。

 隣のベッドには、茶介がスヤスヤと眠っていた。

 呼吸は落ち着いたようだった。


 パリッとしたシーツの上に寝転がり、伝輝は日焼けで黄ばんだ天井を見上げた。


 しばらくして、横開きのドアがガララと開く音と共に、誰かがゾロゾロ入ってきた。

 団助先生と良男校長先生、そして嗚咽を漏らすトラの女性だった。


 気配を察したのか、目覚めた茶介は背中を起こしていた。


 三人はベッドの前に立ち、団助先生が伝輝と茶介を紹介した。

 トラの女性は、団助先生の説明が終わった途端、その場で崩れ落ちるようにしゃがんだ。


「ああ! 申し訳ありません!

 私の息子の爪が当たってしまった(・・・・・・・・)なんて!」


 この空間で最も大柄なトラの女性は、床にへばりつくように土下座をした。

 伝輝と茶介は互いに目を合わせた。


「この子達の親御さんは?」

 頭を上げて、トラの女性は団助先生に尋ねた。


「間もなく到着します」


 親を呼ばれていることを知り、伝輝はむず痒い気持ちになった。

 こんな状況を母に見られたくなかった。


「茶介君、伝輝君」

 グイッと校長先生が前に出た。

 黒く艶々した毛並みから、鉄球のような瞳が覗く。

「今から質問することは、絶対に正直に答えてくれ。

 君達の発言はとても大切なんだ」


 校長先生は眼球を動かし、茶介を見る。

 茶介はビクッと背筋を伸ばした。


「君はサッカーをしていて、ボルハに殴られそうになったのかい?」


 奥で立ち上がったトラの女性(きっとボルハの母親だろう)が、じっと涙目でこちらを見ている。

 茶介は首を上下左右に動かした。

 そして、目線を落としたまま答えた。


「分かんないです。

 俺もボルハも、ボールの取り合いに夢中だったから。

 俺がスライディングしたら、その上に伝輝が乗っかってきたから、それに驚いただけで・・・」


 たちまち三人の動物の視線は、伝輝に向かう。

 伝輝の発言を待ちながら、ゴクリと生唾を呑んだ。


「え・・・あ・・・」

 伝輝は俯いた状態で、茶介を見た。

 茶介は足を三角に折り曲げ、膝小僧に顔を乗せていた。

 こちらにも視線を向けることなく、ただ目の前の一点を見つめていた。


 茶介はボルハを庇ったのか、本当のことを言ったのか、伝輝には分からなかった。

 ただ一つ言えることは、自分の発言で、ボルハの将来が大きく変わるということだった。

 意識すると、途端に言葉が出なくなった。


 伝輝はサッカーについて詳しくない。

 しかし、あの時のボルハの行動は、明らかに茶介を攻撃しようとするものだった。

 それは、単にボールを奪うという目的を越えていた。

 小さな彼の身体を蹴り飛ばそうとしたが失敗し、鋭い爪を振り上げた。

 だから、伝輝は飛び出したのだ。

 茶介を守るために。


 グッと奥歯を噛みしめる。

 肉食獣の爪が、どれだけ相手の身体を傷つけるか。

 自分が一番よく分かっている。

 無意識にお腹にそっと手を添える。

 血に染まる羊の白い毛並みがフッと頭に浮かんだ。

  

 トラの少年ボルハは、一瞬の興奮に身を任せて、一人の仔ヤギに爪を向けたのだ。


「伝輝君?」

 校長先生は、身を乗り出し、シーツの上に手を置いた。

 伝輝はゆっくり顔を上げ、深く息を吐いた。


     ◇◆◇


 伝輝の荷物を抱えた状態で、マグロは一人校門の前に立っていた。

 一連の出来事があり、他の生徒達は強制的に下校させられた。

 マグロはブルッと身体を震わせながら、夏美が来るのを待った。


「マグロ君!」

 やがて、夏美が走ってやってきた。

 斜め掛けショルダーバッグが腰辺りでバンバン揺れていた。


「待っててくれたのね、ありがとう。

 伝輝は?」


「保健室だよ。早く行こう」


 マグロと夏美は保健室に向かった。

 ドアの前で団助先生が立っており、夏美が現れたことに気付くと、駆け足で近寄った。


「伝輝君のお母さん、お待ちしていました。

 彼は今保健室で休んでいます。

 外傷はほとんどありません。

 気持ちも安定しているようなので、このまま帰宅してもらって問題ありません。

 その前にご説明と、ボルハ君の両親が謝罪したいとのことなので、校長室に来ていただけますか?」


 伝輝と背丈の変わらない団助先生を見下ろしながら、夏美はうんうんと頷いた。


「マグロ君、これ伝輝の着替えだから、渡してくれないかしら?」

 夏美はバッグからビニール製の袋を取り出した。


 団助先生と夏美が保健室を去った後、マグロはドアを開ける為に鼻先で取っ手を持った。

 すると、スッとありさの手が伸び、ドアを開けるのを止めた。


「ありさ?」

「私が渡すわ。

 伝輝の荷物、全部ちょうだい」

「何で、まだ学校にいるの?」

「良いから、早く」


 マグロは首を傾げつつも、ありさに荷物を渡した。

 伝輝のリュックを肩にかけてから、ありさはマグロに向かって言った。


「このことは、誰にも言わないでよ。

 特にドリスにはね。色々面倒だし」


「分かってるよ。

 じゃあ、僕は帰るね」

 マグロは軽く手を振りながら、その場を離れた。


 ありさはマグロの姿が見えなくなったのを確認し、保健室のドアを開けた。


 保健室内は、西日が差し込み、白い壁や床やカーテンがオレンジ色に染まっていた。

 2列に並んだベッドの一つに、伝輝が体半分を布団に包んだ状態で三角座りをしていた。


「ありさ?」


 伝輝は首を傾げた。

 なぜ、ありさが入ってきたのか。

 しかも見覚えのあるメンズ服ショップ袋を抱えている。


「茶介は?」ありさは言った。


「ちょっと前に、親が来て、一緒に出て行ったよ」

 フッと伝輝は目線を茶介がいたベッドに落とした。

 自分の親も、学校に来ると聞いていたが、まだ現れない。


「そう。

 あんたのお母さんは今、先生と一緒にボルハの親のところに行っているみたい。

 何があったか説明を受ける為にね。

 これは、着替えだって」


 そう言いながらありさは伝輝のいるベッドに近付いた。

 サイドテーブルに荷物を置こうとしたが、砂にまみれたセーターとズボンが雑に積まれていた。


「先生達がいつ戻って来るか分からないし、早く着替えてよ」

 ポンッとありさは荷物を伝輝に投げ渡した。

 そして、黙ったままサイドテーブルに積まれたセーターに手を取った。


 伝輝は黙ったままビニール袋から着替えを取り出した。

 服は今日着てきたのと同じセーターだった。

 伝輝は苦笑いした。


 ありさはセーターの砂をはたき、広げて持った。

 じっと肩の破れた箇所を見ている。


 それを横目に伝輝はさっさと体操着から替えのセーターとズボンに着替えた。

(グル―パー島で数日一緒に過ごしていた為、抵抗がなくなっていた)


「やっぱり・・・」

 ありさは重々しい声で呟いた。

「伝輝、あんた『身体強化』したでしょ」


 ガシッと心臓を掴まれたような気がした。

 一瞬で伝輝の額から汗が流れた。     


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