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檻の中に入るのは、  作者: ぺんぎん


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2/2

公爵子息視点

 抱き寄せた彼女の髪を撫でながら、僕はどうすればいいかといいかと考えていた。


『知りたいの、貴方がどう思っているか』


 だから、僕は本心を口にした。


『君の望みを叶えられたら、それでいい』


 嘘偽りない、僕の本音。なのに、彼女は泣き止まず、僕は彼女の髪を撫で続ける。どうしたらいいのだろうか。


 どうしたら、彼女は僕を信じてくれるだろうか?

 僕は物思いに耽る。


 彼女は僕の婚約者だ。とはいえ、これは決して対等とは言えないものだった。何故なら、僕の生家である公爵家が多額の負債を抱え込み、貴族との繋がりを欲した元商家の男爵家が援助する代わりに、成された婚約だからだ。


 不平等な婚約。


 家の為に差し出しされた憐れな公爵子息。男爵令嬢に尽くして、家を守ろうとする不遇で完璧な婚約者。


 僕達の婚約をそんな風に噂する奴らがいる。


 馬鹿馬鹿しい。

 何が不平等だ、憐れだ、完璧だ。


 負債を肩代わりにする代わりに見返りを求める男爵家は正しく、婚約者に尽くして大切にするのは至極当然である。そもそも、僕は家の為に彼女に尽くしているわけではない。彼女の望みを叶えたくて叶えているだけに過ぎない。


 何故、それが分からないのだろうか?


 この婚約が交わされる以前、公爵家に僕の居場所はなかった。公爵家当主である父は嫁いできた母に多くの子を望んだ。最低でも八人の子供を。子が生まれたとて、無事に育つかどうか不明な状況下で、なるべく多くの子を欲し、血筋を絶やさない為にと考える父の考えは正しい。だからと言って、その望みが叶うかどうかは別問題だった。


 公爵家に生まれたのは四人の子息だった。他にもいたが、どれも死産だった。産まれていれば、僕には『姉』が二人いたらしい。六人の子を儲け、四男である僕を最後に、母は子を産める体ではなくなってしまった。これ以上の出産は母体が保たず、命を落とす可能性が高い。医師にそう止められ、父はこれ以上母に産めと言わなくなった。


 母を案じたわけではない。

 自分の理想を叶えられない母に失望したのだ。


『たった四人しか産めないとは』


 夫の失望に絶望したのか、あるいは立て続けに子を産んでいた反動か。母は僕を産んだ後、物心つく前に亡くなった。その後、父は後妻を娶ったものの、先妻の子と後妻の子が家督争いを起こす可能性を考慮して、後妻に子を求めず、先妻の子の『母親』になることを望んだ。


 形ばかりの婚姻は上手く行くわけもなく、継母と父が公的な場以外で顔を合わせる機会はないに等しい。僕達兄弟は乳母と使用人達に育てられた。中でも、僕は父に疎まれていた。母が四人ーー正確には『姉達』を含めて六人だがーーしか産めず、亡くなる前に僕を産んだ結果、八人の子供を望んだ父の理想を壊した原因だと。


『お前のせいで』


 当初、何故疎まれているのか分からなかった。

 偶然、僕は使用人達の噂を聞くまでは。


 意味が分からない。


 母を愛していたわけではなく、あくまで理想が叶わなかったことを嘆くなんて。血筋を絶やさないべく、家門を守り抜くのは、公爵家当主として当然の義務とも言える。ならば、何故後妻との間に子を儲けようとしないのか。家督争いを危ぶむのは理解できる反面、自分の理想を叶えたいのならば、後妻に二人子を産めと命じればいい。


 形ばかりの公爵夫人がどれ程肩身が狭いことか。


 子を儲ければ幾分かマシになるだろうに、父はそうしようとしない。視野が狭いと言わざるを得ない。


 そのせいだろうか。父が事業に失敗したのは。負債を抱え込み、頭を抱える父に、兄達は言った。


『商家上がりの男爵家を頼られては?』


 貴族階級は皆、成り上がりと揶揄するが、爵位を手に入れ、領地を盛り立て、事業をいくつも成功していることに一目置く者も決して少なくない。兄達はそれを理解した上で、父に提案したのだ。当然、父は激怒した。


 公爵家が男爵家に頭を下げるなど、屈辱だと。兄達は父の怒りに触れることを理解していた。兄達は決して愚かではなかった。父を説得する為の『材料』を持っていた。


『いいえ、父上。これはれっきとした取(・)引(・) です』


 そうして、長兄は僕を指を差して言ったのだ。


『こ(・)れ(・)を婿入りさせればよいのです。聞けば、あの家は我々貴族との繋がりを欲しているとか。我々がこの条件を提示すれば、男爵家はこの条件を必ず呑みましょう』


 兄達の『提案』は男爵家に提示され、兄達の思惑通りに事は進んだ。未だ納得しきれていない父を、兄達は宥めすかした。兄達にとって父の矜持(プライド) などどうでもよかった。公爵家が立ち行かなくなれば、領地を失い、屋敷を失い、爵位さえ失いかねない。いずれ父には隠居させればいい、今は公爵家を立て直すことが最優先事項である。兄達は自己保身の為に、弟を男爵家に差し出したのだ。


 もっとも、父や兄達を憎んだり、我が身の境遇を嘆いたりするような性質でもなかった。そんな性格であれば、公爵家での状況を嘆いて病んでいるに違いない。男爵家当主は公爵家との繋がりを喜び、自らの娘との婚約を承諾した。


 出会いの場で、彼女の目に僕が映った。


 お茶会を開いて、手紙のやりとりを交わして、言葉を交わして、


 僕をこんなにも見てくれる人は初めてだった。


 家族は無論、使用人達は公爵子息を蔑ろにはしないものの、雇い主(公爵家当主) に睨まれぬようにと、腫れ物に触れるような対応しかしてこない。


 僕の目を見て、僕の姿を見て、僕の声を聞いて、感情豊かに振る舞ってくれるのは彼女だけだった。


 気付けば、何事に置いても、彼女を優先するようになっていた。どんな予定でさえ、彼女と会える時間が取れるのならば、彼女との時間を優先するようになった。父の命令でさえ無視するようになった。ただ、彼女に見合う婚約者になるべく努力を怠らない為、傍目には理想的な婚約者だと言われる。僕の変化に、父は憤慨していたが、体面を気にする男であるが故に、表立った傷を残すような真似はしなかった。


 何より、時間が経つ毎に、兄達が実権を握るようになり、父の当主としての立場は形骸化していった。首を真綿で絞めるように、公爵家の当主としての誇りを奪われた父は、ここ数年ですっかり年老いてしまった。もっとも、兄達が公爵家の内情を徹底的に隠しているため、父は病床に伏しているということになっている。男爵家との婚約が噂されることあれど、老いた父を覚えている者はいない。


 兄達がうまくやっている以上、僕ができることなど何もなく、僕はただただ彼女との時間を享受した。


 しかし、彼女を優先すればするほど、彼女の表情は曇っていった。彼女が傷付くような真似はしていない。にもかかわらず、彼女は僕を見る度に、瞳の奥が揺らぐ。何がそんなに不安なのだろうか。どうすれば、彼女の不安を取り除けられるのだろうか。


 次第に彼女は僕を束縛するようになっていった。他の令嬢と話させないでほしいとか、片時も離れないでほしいとか。嫉妬にも近い可愛らしい要望から、時には贈り物が気に入らないと癇癪にも似た我儘まで口にする。


 ただ、気に入らないと言いながら、その贈り物を大事に保管するところが愛おしい。気に入らないなら、捨てればいいだけなのに。他の人と話すと詰め寄ってくるのに、怒りを露わにしたとしても、暴力を振るおうとしない、僕の腕にしがみつく細い手は優しくて。


 涙を流す瞳は宝石のように美しい。


 どんな彼女であったとしても、僕は構わないのだと思い知る。彼女の要望に応えても、彼女の苦しみを消せない。


 それどころか余計に彼女を苦しめてしまう。


『貴方がどう思っているのか知りたいの』


 決まっている。彼女の側にいたいし、彼女の望みに応えたい。叶えられるなら、どんな望みを叶えてしまいたくなる。


 主体性を欠いた思考だろうか?


 けれど、本当に僕が望むことは何もない。他の誰かが噂する完璧な公爵子息ではなくて、彼女の望みを叶えられる理想の僕でありたい。


 傲慢だろうか?

 間違っているだろうか?


 たとえそうだとしても、僕は、


『君の望みを叶えられたら、それでいい』


 彼女になら、たとえ檻の中に入れられたとしても構わない。


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