【再会、そして決着】
『人間が想像出来ることは、人間が必ず実現出来る』
(ジュール・ヴェルヌの手紙)
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私は光を旅した。
ありとあらゆる色彩と漆黒の間を。
ありとあらゆる天と地の間を。
ありとあらゆる夢と現の間を越えて旅をした。
あの断頭台の上で、あの究極の呪文を唱えてから──
私は過去と現在と未来の記憶を彷徨った。
薄れゆく意識と覚醒する知覚の間で──
次々と建ち現れる映像を追体験し、その混沌の中で遂に辿り着いた。
''ここ''が、宇宙の果てなのだ。
アカシック・レコード。
私の宇宙の記憶。
全ての「過去」と「現在」と「未来」は一つの点になる。
「今を体験する」ことも、「過去を振り返る」ことも──
「未来を視る」ことですらも──
全てが「一つの点」になる。
これが、究極の呪文。
これが、究極の魔法。
私は、私の宇宙のありとあらゆる事象を追体験する。
「一つの点」を辿る、無限の旅。
今、その旅が終わろうとしている──
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「……おう、遅かったな。牡丹。久しぶり」
目を開くと、クソ親父がそこにいた。
私は砂場に立っていた。
懐かしい匂いがする。
ビルと戸建てに囲まれた、小さな水飲み場と長方形型のベンチ、錆び付いた鉄棒が一台しかない小さな広場。
遠目に見える小さな木々の緑がそっと揺れているから、多分春なのだろう。
あの時の公園だった。
あの時の砂場だった。
私は、小学6年生のままだった。
砂場の淵に立っている私。
その向こう側にいるスーツ姿の、記憶の中にいる少し若そうな親父。
サイドを短く刈り上げた髪。
その下にある細い目と鼻、小さな口。
全てが、あの頃のままだった。
「いやー。実際待ちくたびれたぞ。なんでこんなに遅れたんだよお前」
私はジャンプして、親父に平手打ちを食らわせた。
手に残るジンジンとした痺れは紛れもなく本物だった。
親父は何事もなかったかのように、優しそうな笑顔で答えた。
「いやー。すまんすまん。こっちも色々忙しくてな……お前には全然かまってやれなかった──」
「……一緒に''レコード''なんか、一度も聴いたことないだろ!」
私がそう叫ぶと、親父は少しだけ面食らった表情を見せた。
いつも飄々としている彼が、初めてちゃんと戸惑っているところを見た気がした。
「……え、何? レコード?」
私は奥歯を鳴らしては、およそ2年+20年ぶりに出会った肉親に対して断固とした抗議、糾弾の手の緩めなかった。
「世話した妖精に、なんかいい感じの見栄張るなよ! 格好いい感じの趣味があるみたいにさあ! なかったよ! 一緒にレコードに聴き入った素敵っぽい思い出なんて! それにお前、音楽ろくに知らないだろ!」
私の父親兼103号室の救世主である門倉龍太郎は、その狭い額に冷や汗を掻きながら、身振り手振りで応答した。
「ええ……第一声目がそれなのか? もっと、何かあるだろ他に」
やがて''103号室皆のリュウ様''は少し照れ臭そうに笑い始めたが、まだこちらの腹の虫が治まることはなかった。
「……そうだよ! 本当に。ほんとに……」
私はその砂場の淵に立ったまま、親父にもたれかかった。
それは確かに私を両腕で受け止めたが、体温と脈動の存在しない身体だった。
私は上を見上げて親父の顔を見た。
両目は既に、涙で潤んで殆ど見えなかった。
「……そうだ。お前は本当に、物分かりのいい子だな。そして、実はよく泣く子だ。強情で意地っ張りで、腕っぷしに物を言わせて……いや、実際それは俺のせいなんだが……とにかくよく泣く奴だお前は!」
くぐもった視界の向こうでアタフタしている親父が、今の私にとってはかけがえない存在だった。
私の父親だ。
私の、お父さん──
「……まあ、察しのとおり、俺はもう死んでいる。というか、この''宇宙''そのものが、9割9分9厘、''消滅''してしまっている。何とかして食い止めようとしたが、無理だった。今、残っているのは……牡丹。お前のいる、『その砂場のスペース分』だけだ。だから、もう俺は次の宇宙へは付いて行けないんだ、牡丹」
すると次の瞬間、私たちを取り巻くあの頃の景色は、完全なる虚空へと転じた。
真っ黒い宇宙の彼方に浮かぶ砂場。
その淵に私は立っている。
親父の姿は今や見えなかった。
私はその場に座り込んで、大声で泣いた。
今は、そうすることしか出来なかった。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。私が、なんにも出来なかったから……何十年も……ごめんなさい、ごめんなさい……」
再び、あの公園の景色が周囲に広がる。
見上げると、親父が手を私に向かって差し伸べていた。
「全然! そんなことはない。お前はよくやったよ牡丹。上出来すぎるほどだ。俺なんか所詮、家族を放り出してったクズだからな。そんな俺を、よくここまで信じてくれた」
「うん。最低最悪のクズ」
「……まあ、しょうがないが……」
「それと、信じてたものはもうひとつある」
私は親父の手を取り、再び立ち上がった。
今度はまっすぐにその顔を見られた。
あの頃と何ら変わらない。
淵の向こう側に向かって、右の拳を突き出した。
「それが私にとっての、本当の意味での『究極の魔法』。そしてまだ、それを傷付けた、''落とし前''をつけさせなきゃいけない奴がいる」
親父は静かに笑っていた。
憎たらしいほどに呑気な笑顔。でも今ではそれが、私に勇気をくれる。
「そうやって切り替えが早いのも、お前のいいところだ。中々変わり者に見られて、他者や社会との折り合いはつけ辛いだろうがな。まあ、俺も似たようなもんだったが」
親父は私の拳を手に取って、キラキラした、温かい魔力を授けた。
この世のどんな絶望も切り裂いてゆけるような、希望の光に満ちた輝きだった。
「……言っとくがな、俺にだって好きな曲ぐらいあるぞ! ほら、これだ」
するとまた砂場の周りに宇宙空間が広がり、懐かしい響きのロック・ミュージックが流れ始めた。
とてもゆったりとしていて、優しい曲だ。
「……ザ・モンキーズの『ポーパス・ソング』?」
「違う。ビートルズの『アクロス・ザ・ユニバース』だ」
「初めて聴いた」
「……なんでちょっとマニアックな方だけ知ってるんだお前は!」
「いや、この曲……確か昔、『あの国』の通りで流れてたんだ……楽隊の演奏で……いい曲だよね」
宇宙の彼方にゆらゆらと揺蕩う砂場は、まるで魔法の絨毯のようで心地よかった。
虚空のどこかから聴こえてくるジョン・レノンの歌声。やがて印象的なフレーズが、鼓膜の周りでリフレインする──
──''Nothing's gonna change my world."──
──''Nothing's gonna change my world."──
どこからか親父の声がする。
「……さあ、行ってこい。話の続きはその後だ」
私は頷くと、光に包まれた拳を強く、固く握り締めて──
砂場の外側の宇宙空間へと、足を一歩、踏み出した──
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「はい、お疲れ様ちゃんでーす」
周囲のどよめきで分かる。
刃は振り落とされたようだ。
その刹那──
私は光る右の拳で、首元の拘束具を──
老若男女に向けて設計され、意外とゆとりのある、小さな木のトゲトゲや感染症など、多少衛生面での懸念が残るその固定部を、思い切りブチ壊した。
そして、振り降ろされた人道的な処刑兵器の刃を回転して躱すと、両足に力を込めて、シルクの元へと一瞬で間合いを詰める。
無慈悲なエルフの女王は──
呆気に取られた表情でこちらを見ていた──
私の拳は血塗られた魔法だ。
私の拳は憎悪の鉄槌だ。
私の拳は速度だ。誰の目にも捉えられない。
私の拳は切ない流星だ。
一瞬で肉を削いでは、一瞬で燃え落ちる衝撃。
そして相手の身体一面に、真っ赤な牡丹の花を咲かせる。
今までは、無闇に他人を傷付けていた。
今では、自分の運命に決着を付けて、未来を切り開いてゆける拳だ。
「私の恋人に!!!!!!!!!!!!!! 一体何してんだクソボケコラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
両足を踏ん張り、私は、その神々しい魔力を、全身全霊で振り降ろす──
衝撃と共に、右の拳がシルクの頬に直撃する──
両方の赤茶色の瞳が飛び出し、吹き出る鼻血と同時に、前歯が何本も飛んでゆく──
完全なる低速現象──
時がゆっくりと流れてゆく──
私の拳は、女王の頭蓋を完全に突き破り、脳漿が四方八方に撒き散らされる──
鮮血の花火が烈火の如く爆散し、その鍛え上げられた美貌の魔法を文字通り、雲散霧消させてゆく──
やがて振り降ろしたその拳は、消え失せた女王の頭部を超えて、そのまま下の断頭台へと突き抜ける。
地響を立てながら城の最上階を破壊し、そのまま女王が築き上げたバベルの塔そのものを、超大な衝撃波と共に粉砕してゆく。
そして城は全壊し……
衝撃は波紋のようにどこまでも、どこまでも広がってゆく。
旧帝国を──
世界陸を──
この中世ファンタジー宇宙の全てを巻き込んで──
私の拳は、森羅万象を破壊し続ける。
そしてこの宇宙を、衝撃波が丸ごと飲み込んでゆく。
万有引力と万有斥力の狭間。
表と裏の狭間。
光の影の狭間をどこまでも突き抜けて──
私の拳は、この宇宙の全てをぶっ壊してゆく。
そして同時に、この宇宙の全てを創り直してゆく。
やがてそのビッグ・バンの衝撃が──
宇宙の果てへと到達するまで──
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