20 永久のもの
ヴァシリスに抱えられて、リナリが用意したというマンションに来た。
前よりワンランク上の高級感あるマンションの最上階。前よりも広い。リビングは倍あって、大きな液晶テレビが置かれている。硝子のコーヒーテーブルと、ムートンのラグに、ベッド並みに広いソファー。
ヴァシリスは私を下ろすと、迷わずそのソファーに座った。
「紅様、今夜もお泊まりになりますか?」
「あ、はい」
「今、夕食を用意致します」
ダリウスは会釈すると、キッチンに立った。カウンターキッチンにはもう食材が並んである。料理の幅が広がりそうなキッチンだ。
美味しそうなものをたくさん食べられそうだと口元が緩む。
「お姉ちゃん! 今日は添い寝してね! 部屋はこっち!」
私の腕を掴むと、ディーンが寝室に連れていこうとした。どうやら、部屋も十分あるみたいだ。
「こら、紅とジェレンの部屋が先よ」
ディーンを引き剥がしたのは、ミシェル。
すると、次はジェレンが私の腕を掴んだ。微笑むと、私の左手を握り締めて、リビングの隣の部屋にリードしてくれた。
私とジェレンの部屋。
やっぱり前より広い。リビング側を置かれたベッドも、前より大きい。クローゼットも棚もあり、机もあった。私のための勉強机かしら。嬉しい。
ジェレンはドアを閉じると、私の後ろに立ち、抱き締めるように腰に腕を回した。
「気に入った?」
「うん。ありがとう」
ジェレンの両手をギュッと握り、笑みを溢す。家族とお引っ越しをしてきたみたいだ。嬉しいな。
「今日も泊まるのかい?」
「うん、いい? ディーン達と雑魚寝でもしよう」
クスクス笑いながら提案してみると、首筋にキスをされた。
「……続きは」
ちゅ、とまたキスをして、唇を這わせてくる。
「しないのかい?」
続きと言われて、忘れていたけれど、今朝と同じ熱とともに思い出した。
高鳴る鼓動に合わせるかのように、ジェレンは私をきつく抱き締めて、唇にキスをする。
濃厚なキス。舌が絡みつき、身体中に痺れが走る。力が抜けてしまいそうになるけれど、ジェレンが支えてくれた。
やがて、そっとベッドに押し倒される。バクバクと心臓が高鳴るけれど、見下ろすジェレンは優しく微笑むと額に口付けを一つ落とす。
「紅……過去の記憶を思い出して、焦っているのかもしれないけれど。ゆっくり進んでいこう? 紅、君との時間を重ねたいんだ。……それとも、時間がないって焦っているのかい?」
私の髪を撫でて、静かに問う。
ただ、触れてほしいと思った。恋い焦がれていた記憶が、気持ちを急かしたようなもの。でも、触ってほしい。そして触れたい。
私は首を振り、時間がないことに恐れているわけじゃないと伝えた。
「……ジェレンは……その、大丈夫なの?」
顔を赤らめながらも私が問えば、ジェレンは面食らう。それから苦々しい笑みを浮かべた。
「ミシェルだな……」
うん……。ミシェルが、ジェレンに我慢させるなと言ったけれども。
「紅……君が欲しい」
うっとりするような微笑を浮かべると、青い青い瞳で私を見つめて、甘く囁いた。
「蓮として君の隣に眠った時も、君に触れたくて触れたくて堪らなかったんだ……。君は無防備な可愛い寝顔を向けるものだから……」
ふっと笑う息が吹きかかるから、一度目を閉じる。
「君の全てが欲しいよ……俺の愛する人。焦らなくとも、俺は君のものだ。永遠に。君も……俺のものだよね?」
「……うん、永遠に」
コツリと額を重ねたジェレンに、目を開いて笑みを返す。
「紅の時間を守るから……焦らないで。ゆっくりと……愛し合おう」
私を守る。もう殺させない。
今の私に執着しろと言ったヴァシリスの声を思い出して、胸がチクリと痛んだ。
「……もう二度と、捜させない。私は私でいるよ」
ジェレンの顔を両手で包んで囁く。
アネモアが最期の時まで戦ったように、私も殺されない努力をする。
もう二度とジェレン達に捜させないために。
もう二度と彼らを苦しめないように。
「永遠に……一緒にいて、私の愛しい吸血鬼さん」
私からキスを一つ、贈る。
「ああ、永遠に……」
ジェレンは微笑んで私の髪を撫でた。
ゆっくりでいい。
穏やかな時間の中で、私達の時間を重ねていきたい。
私は私でいるから。
今を生きるから――――。
もう一度、今度は深いキスをした。ジェレンはそれに応えてくれる。
すぐに離したけれど、ジェレンからキスをしてくれた。
甘く優しいキスに溺れて、ジェレンを抱き締める。髪を絡ませるように握り締めた。
「んっ……」
ジェレンは抱き締め返しながら、熱い息を漏らしては深く深くキスをする。
止まらない気がした。でも、続けてほしい。まだキスしてほしい。
「ん、ぁ……」
「紅……」
また痺れてくる。
ジェレンの腕が私の身体を引き寄せて、これ以上無理なくらい密着させた。
「ジェ、レン……んっ」
息が苦しいくらい深いキスに変わって、私はベッドの上で少しもがく。それでも、ジェレンは私を放さない。
「ごめん、紅……。ん」
私を痺れさせる深いキスを続けながら、ジェレンは言う。
「舌の根も渇かないうちに、ん……止まらなくなりそうだ……。君が、止めて?」
欲してくれていることに、どうしょうもないほど喜びを感じた。でも、今は止めなくちゃ。
少しの間、キスを受け入れたあと、両手で包んだジェレンの顔を放して止めた。
うっとりするような表情だったジェレンは、まだ足りないと言いたげな目で見つめてくる。また唇を重ねたくなるけれど、グッと堪えた。
「写真を撮りましょう?」
「写真?」
微笑んで言えば、ジェレンはきょとんとする。その額にキスをしてから、ベッドから抜け出した。すぐにジェレンは私に寄り添うように立つ。
「皆で写真を撮りたいの」
リビングを出れば、コーヒーテーブルにたくさんのDVDが山積みになっていた。
「紅は映画好きなんでしょ?」
「いっぱい用意したよーん!」
ディーンとミシェルが、ジャーンと笑顔で見せてくれる。
「私のために? 嬉しい、ありがとう」
笑みを返して、私はソファに腰を下ろす。隣のヴァシリスは、私の鞄からとった教科書を読んでいたけれど、私に顔を向ける。
にこりと笑みを向けて、私は鞄から携帯電話をとった。
「おっかしいよね! ジェレンは映画嫌いなのに、紅は大好きなんだね!」
ディーンが笑顔で口にしたことに衝撃を受けて、ジェレンを見た。ジェレンも目を見開いて固まっている。
「き、嫌いなのに、一緒にDVD観て、映画館まで付き合わせちゃったの? ごめんなさい……」
好きなものを押し付けてしまったのかと思うと、申し訳ない。
「謝らなくていいんだよ、紅。君に会えない間はハッピーエンドでもバッドエンドでも、楽しめなくて嫌いだったんだ」
ジェレンは私の頬に右手を当てると、優しく微笑んだ。
「でも、紅の好きなものだから、好きになったよ。紅と一緒なら、楽しめる」
優しい青い瞳を見ていたら、罪悪感が消えた。私の好きなものを好きになってくれたのなら、嬉しい。よかった。
「じゃあ、なにから観る? ラブストーリー? ホラー?」
「あ、その前に、皆で写真を撮りたいの。いい?」
ディーンが選ぶ前に、私は皆に頼む。カウンターにいたリナリと夕食を作っているダリウスにも視線を向けたあと、左隣のヴァシリスに目を向けて、腕を組んだ。
「永遠に残る最初の集合写真」
初めての集合写真。
ヴァシリスは仕方なさそうに柔らかい笑みを返してくれた。
「あら、言われてみれば初めてですわね。写真を撮るの」
リナリは瞬く間にジェレンの隣に移動する。
「わぁーい! 初めての写真!」
「わっ」
ディーンは私の後ろに現れたかと思えば、羽交い締めにしてきた。
「喧しい」とヴァシリスが叱る。
「じゃあ、あたしはこっち!」
ミシェルはジェレンの後ろに飛び込んだ。
「それで撮ればいいですか?」
ダリウスが目の前に立ち、掌を差し出した。
「あ、待って、皆と一緒に撮りたいから」
「……わかりました」
「ダリウスはオレの隣ね!」
「はい」
タイマーをセットしようとしたのに、ヴァシリスが私の手の中から取って、ダリウスに渡す。
ダリウスはコーヒーテーブルに立て掛けるようにしてピントを合わせる。シャッターと同時にディーンの隣に移動できるのかしら。すごい。
その間、ディーンが私にしがみついたまま身体を揺らすものだから、ヴァシリスがまた叱った。落ち着いて、ディーン。
「せっかくなら正装がいいですわ。化粧を直しましょう?」
「ドレスを用意してくれる?」
「喧しい。貴様らがドレス選びなんてしていたら、何日もかかるだろうが」
きゃあきゃあ言い出すリナリとミシェルに、ヴァシリスは冷たく言い放つ。
賑やかだとしみじみ思い、私もジェレンもクスクスと笑う。
ジェレンは私と手を繋いだ。海のように穏やかで美しい青い瞳と見つめ合ってから、ジェレンの肩に凭れた。
「皆、愛しているわ」
心の底から、愛している。
「俺達も、君を愛しているよ」
ジェレンが、代表で返してくれた。ディーン達が愛してくれていると、直接言われていなくとも、そこにいるだけで伝わる。
何度も死んでは生まれ変わった私を愛してくれる。
何度も死んでは生まれ変わる私のかけがえのない存在。
また出逢えたことに喜びと愛しさが溢れて、泣いてしまいそうになったけれど、涙は溢さない。
最初の写真だ。笑顔を残したい。
永久に大事にする。
永久にこの愛を守りましょう。
end
数奇な愛の物語。再びここで一先ずエンドとさせていただきます。
今回はヴァシリスのアネモアへの想いを描けて、満足です。
生まれ変わっても深く愛するジェレンって、本当に愛情深いんだなぁと思いました。
数奇な運命な紅は、ジェレン達の愛に救われていて、これからもその愛を守り続けたらいいと願います。
アスワングとの因縁の決着など、書く準備が整えられたら、また再開させたいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
20151108