人形と私 a
短くなってしまいました。
目を開けると、そこはベッドの上であった。
脳が正常に働くまで天井を見つめていると、瞼に鮮やかに残る赤色が悪い夢であったかのように思える。
そう、赤色、血の色、現実味のない鮮血の色。
のろのろと体を起こして姿見を覗くと、首元には傷一つなく、その上には寝ぼけ眼の阿呆面が乗っているだけだ。
………本当に夢だったのではないかしら。
身支度を整え、ドアの前に立って深呼吸。
大丈夫、ドアの前にはきっとコウタさんがいる。
今までもそうだったのだから、今日もそうに違いない。
だけど、もし、もしもコウタさんがいなかったら?
その時は、すぐさまドアを閉めてしまおう。
それからベッドの下に潜り込む。
そうすればきっと大丈夫。
それに、コウタさんはいるはずだ、絶対。
手汗を裾で拭い、恐る恐るドアノブを回す。
小さく軋みながらゆっくりと開くドア。
その先に立っているのは、やはりいつもと同じ恰好の人。
「おはようございます、ユリアさん。
私はコウタといいまして、まぁ、ここの管理人といったところでしょうか。
とりあえず、朝食ができているのでダイニングへ行きましょうか。」
見事に今までと同じだ。
まるで何事もなかったかのように、もしくはいつも通りに私を先導し、ダイニングへ向かう。
今日の朝食は米をゆるく炊いたものらしく、どろどろとした白いものが小ぶりの鍋に入ってテーブルの真ん中にのっている。
取り分けて食べるようで、茶碗と木のスプーンがそれぞれの席に用意されていた。
私が扉に近いほうの席に着くと、コウタさんは向かいのもう一方の席につく。
鍋の湯気越しにコウタさんの顔を見るが、彼の表情は変わらず穏やかだ。
しかし、用意されていた食器は2セット。
2セットしかないということは、
「ねぇ、ヴィオは?」
あれは私の見たくだらない夢ではなかったのか。
あの、のどの痛みも、やかましい破壊音も、血だまりの中のヴィオも。
「彼は「死んではいませんよ。」
だから、落ち着いてくださいとコウタさんは言う。
いつの間にか強く握りしめていたらしく手のひらに爪のあとがついていた。
「ヴィオ君を撃った弾は運よく肺のあたりに行ったそうです。
骨髄の損傷もなく、手術も成功したそうなので問題はないかと。」
あぁ、そうか、ヴィオは無事なのか。
ほっと一息ついた途端、目から何かがこぼれ出た。
そんなつもりは全くなかったのに、ぽろぽろ、ぽろぽろ、とめどなく出てくる液体。
鼻の栓までおかしくなったら、コウタさんが手ぬぐいを差し出してくれた。
いつの間にか、口から嗚咽が漏れていた。
自分の身可愛さでなんとも思わなかった。
怖かった。
死ぬかと思った。
いや、死ぬより恐ろしい目にあうのだろうと確信していた。
絶望し、もはや抵抗する気すら持てなかった。
私を助けに来てくれた彼を血だまりの中で見たとき、彼が助かるなんて思っていなかった。
彼もまたここで死ぬんだ、って。
それなのに、今更泣くなんて。
ちゃんと生きているんだって。
生きていてくれてよかったなんて、虫が良すぎるよ……。
どのくらい泣いていたのだろう。
鍋から出ていた湯気はとっくになくなり、白い液体の粘度も増していると思われる。
いつまでも泣いているわけにはいかない。
私は彼に確かめなければならないことがある。
コウタさんが私の前にお茶を置く。
いつも飲んでる香ばしいお茶を一口飲むと、すとんと椅子に座れたような気がした。
「ねぇ、コウタさん、聞いていい?」
『魔女の人形』ってなに?




