荒事と私 c
ロクという男が私を肩に背負う。
私に抵抗する力などありはしない。
荷物のように運ばれるだけだ。
男達はそのままドアとは反対の方へ向かう。
窓から逃げるつもりらしい。
開いたドアからは血まみれのヴィオが倒れているのが見える。
髪と血の境界が見えない。
ぴくりとも動かない。
彼は死んでしまったのだろうか。
私を助けに来てくれただろう彼について、感じることはそれだけだ。
私は何処に連れて行かれるのだろうか。
けれど、どこに連れて行かれたとしても碌な目にあうことはないだろう。
『魔女の弟子』についての拷問?
コウタさんに対しての人質?
珍しい玩具として売り払われる?
それとも、生きたまま解剖されるのだろうか。
……最後のが一番可能性が高い気がするな……。
気を失うこともできないまま担がれていた私は、突如男の肩から投げ捨てられた。
重力に逆らうことなく床に叩き付けられて、肺を強打し息が詰まる。
今日はよく床に倒れる日だ。
そんなことを考えつつ、わずかに顔を横に向けてドアの方を見ると、そこに立っていたのは焼けこげぼろぼろになった服を着た男。
手に鉄パイプを一本持っている。
スキンヘッドと傷男が構える。
今日でもう何度目になるかわからない銃声が立て続けに響く。
それを机の影に隠れてやり過ごした男は、装填する間に実験用の机を飛び乗り、近くのスキンヘッドを殴りつけた。
スキンヘッドの倒れる音を打ち消すように再び傷男が撃つ。
放たれた銃弾は左肩を貫くが、男はまるで気にした様子がない。
男は足下にある液体入り三角フラスコを傷男に投げつけ、目をつぶす。
「ア”ア”ア”ァァァァァァァ!!」
目を押さえ、悲鳴をあげる傷男。
その悲鳴はカエルをつぶしたような音と首の骨が折れる音と同時に途絶えた。
「おい、冗談じゃねぇぞ、これ。」
ロクという男とぼろを着た男が向かい合う。
ロクの得物はナイフ、対して男はリーチの長い鉄バイプ。
それだけだと鉄パイプの方が有利だが、鉄パイプは使い手が既にぼろぼろだ。
互いに神経を張りつめ、慎重に最初の一歩を見極める。
先に動いたのはナイフの方だった。
態勢を低くし、風のように相手に駆け寄る。
ナイフは服を切り裂くが、それを厭わず鉄パイプが振り下ろされる。
ロクは横に転がりそれをよけ、瞬発力をもって相手の脇腹に刃を突き刺そうとする。
対して腹を軽く裂かれつつもそれを避け、左腕をもって顔面を薙ぎ払う。
勢い余って実験台にぶつかり、ガラス器具が割れる派手な音。
しかし、男はナイフを手放さない。
血の混じる唾を吐き出した男は、眉間にシワを寄せつつ実に楽しそうに口をゆがめた。
「クッソ、痛てぇな。」
ぼやきつつもナイフを持つ男の目は爛々と輝いている。
己の命を賭け金し、刹那的な快楽に身を委ねる狂人。
流し流れる血でしか自分の存在を肯定できない男。
今、男は己の魂が煌々と燃えているのを感じていた。
鉄パイプの男が蹴りを入れるが、足をつかまれ大きくバランスを崩した。
倒れ込んだ鉄パイプののど元に迫るサバイバルナイフ。
とっさによけられたそれは狙いを外れ机の側面に深々と突き刺さった。
慌ててナイフを手放し後ろへとさがるのを追撃する鉄パイプ。
風を切る音からしてそれに当たったら無事では済まないだろうことがよくわかる。
武器を持たないまま鉄パイプをよけ続けていた男だが、ついに壁に追いつめられた。
鉄パイプを振り上げた男の顔は、机の角の部分に隠され、こちらからは伺えない。
大きく振りかぶり、今まさに振り下ろさんとしたその瞬間、壁際の男が動き出した。
手には何処から取り出したのか黒塗りのナイフ。
パイプ男はとっさの行動に対応できず、決死の体当たりを真正面から受け止めた。
勝った。
男の表情が勝利を確信したものに変わり、そして、そのまま変わることなく真左に回転した。
ひゅー、ひゅー。
何かが聞こえると思ったら、それは私の呼吸音だった。
いつの間にかに血が止まり、傷口は組織液に濡れていると思われる。
死体を床に置いた男は、迷うことなくしっかりとした足取りで私の前に歩み寄る。
言い知れぬ恐ろしさに思わず体を強ばらせるが、彼はそれに気づきつつも安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫でしょうか?」
これの何処が大丈夫に見えるのかは知らないが、私の首の血が止まった今では彼の方が重傷だろう。
というか、平然と動いているのが目の前で見ているのに信じられない。
「申し訳ありません。」
なぜか彼は失態を犯した従者のようにうなだれている。
彼に責任を求める資格は今の私にはない。
現時点では彼は私の恩人だ。
気にする必要はない、むしろ礼を言いたいが、つぶされた喉からは空気の抜ける音しか出ない。
ただ黙って彼の左胸に刺さったナイフを見つめていると、今そこにあるのに気がついたような、何でもないような口ぶりでこう言った。
「私の方は何の問題もありません。
この程度では壊れませんよ。
だって、私は『魔女の人形』ですから。」
そう言ったコウタさんの顔は泣いているようにも見えた。




