35.アヤとレイ
俺たちが死闘を繰り広げる一方で、激しくぶつかり合う巨獣と巨人の戦いも加熱していた。アネットが挑発するように吠える。
「自分を巡って男が争うの、気持ちいい?」
「私に、何かを言う資格なんてない。口を挟んだりできない」
「当事者のくせに責任放棄?」
悲壮な叫びを返すレナは泣き出す寸前のように思えた。
迫りくる炎を振り払いつつ、息も絶え絶えにまくし立てる。
「だって、だってっ! 私だってほんとは言いたかったよ? 『無限の剣製じゃん』って! でもコラボでしか知らないからっ! 本編未履修でFGOも受動喫煙だから、私にコメントする資格なんてないのっ!」
「なにいってんの?」
駄目だ、なんか横で聞いてるだけで緊張感が削がれてくる。
だがこの弛緩した空気はこちらにとって都合がいい。
同格である六王と魔獣王の力は拮抗している。
戦いが長引いて長期化すればするほど、膠着が飽きを生んでいるのだろう。
『アネット、チャンスだ。ここで仕掛ける』
『ならやっちゃお』
ニックの渾身の一撃で英霊騎士は倒され、カイの精神に大きな動揺が走っている。
だが領主となり、更に高いステータスを得たカイを俺が一撃で倒すのは難しかった。今やるべきことに優先順位を付けると、作戦を変更した方がいい。
「しばらく寝とけ!」
「くそっ、待てこら、どこ行くつもりだっ!」
俺がカイに向かって麻痺毒を塗った投げナイフを投げつけると、仲間たちが連携して睡眠薬、粘着玉、大蜘蛛の糸、減速わなといったありとあらゆる妨害系アイテムを片っ端から投げつけた。最大の脅威が足を止めているうちに俺は急激に方向転換。
全力疾走でもう一つの戦場へと向かう。
『アネット、頼む』
『乗って!』
巨像の背に飛び乗るような軽業だが、常人離れした盗賊の跳躍力で一気にケルベロスに飛び乗った俺は、そのままの勢いでレナに突撃する。
即座に稲妻が迎撃してくる。
常時レナの周囲を浮遊し、自律的に攻撃を仕掛けてくる八つの光球。
あれを搔い潜らなければレナに近づくことはできない。
激しい雷撃は敵に近づくほどにその攻撃密度を増していく。無策での突撃は雷雲に突っ込むようなものだ。俺もアネットもただでは済まないだろう。
『レイにい、自分でやるときはね、舌の奥ひっぱるの。うえーってなるから』
『よし、やってみる。ぐう、えぇっ』
『わー! 変なのまで出さないで! 背中にかかった! ばっちい!』
ちょっとしたやらかしもあったが、作戦の下準備は完了。
魂を扱うコツを掴んだ俺は、『おえー』という感じに吐き出した光の玉を手で掴み、身を乗り出してケルベロスの口の前に運んだ。
『頼む』
『うっ、きれいにして欲しいけど時間ない! がまん! わたしえらい!』
『いいこだアネット! つよいぞアネット!』
『わんわん!』
ごちゃごちゃとやっている俺たちにイラついたのか、レナの放つ雷撃が更に激しさを増していき、遂には激流のようにこちらへと押し寄せる。
対するアネットは即座に反撃。
左右の口から放たれた炎の吐息が雷撃を相殺し、その直後に生まれた隙を見逃さず中央の口が光り輝く弾丸を吐き出した。
射出されたのは俺の魂。
アネットはケルベロスになっても狩人のままだ。
正確無比な狙撃が、『俺』をレナの胸の中心に叩き込む。
『やめて、見ないで!』
『レナ、教えてくれ。お前のことを、ちゃんと理解したい』
強い拒絶の意思を、俺は強引に跳ねのけて前に進んだ。
それがレナが望むことではなかったとしても、俺は直視しなければならない。
彼女が隠そうとした過去。
俺たちの死、その瞬間の記憶を。
魂で触れる。レナの奥にある、隠された感情に俺の魂をぶつけた。
光が弾けた。世界の色が反転し、意識が現在から遠ざかる。
闇を抜けて、時を遡り、そうして俺は死の直前に立ち戻る。
そして俺は見てしまった。
救いのない破局。レナの絶望を。
最初に、苦痛の瞬間がリフレインした。
聞き覚えのある絶叫。悪夢で再生された呪い。
茶番で上書きされた、嘘の記憶。
「死んでよ、ねえレイくん、私と一緒に死んで!」
レナが燃えるような涙を流しながら懇願する。
答えなんて決まっていた。
「■■■■■。■■■」
レナの記憶で作られた世界に亀裂が走る。
魂が砕けるような痛み。加害者の方が痛いだなんて、ふつうは誰も思わない。
だから、本当は俺だって何もわかってなかったのだ。
何もかもが嘘。
本当は、『わかった。いいよ』なんて言わなかった。
ずっとレナの癇癪に付き合って、我儘に耐え抜いて、物分かりのいいふりをして、『それでもレナだけを好きでいる』なんて思えなかった。
はじめてレナを選ばなかった。
はじめてレナを嫌いになると決めた。
他の男と一緒にいるレナのことが、他の男を好きになったレナのことが、他の男の腕に抱かれているレナのことが、きっと世界で一番嫌いだった。
美しい思い出の分だけ、憎悪は深く重く降り積もっていく。
ずっと憎んでいたし恨んでいたけれど、嫌いにだけはならないと決めていたはずなのに、最後の最後で自分すら裏切ってしまった。
単純に、俺が弱かったからだ。
『そうだ。俺の選択のせいで、レナは俺を殺してから自殺した』
それが、俺たちの死の真実。
けれど、人を殺すのも自殺するのもとても重い決断だ。
ゲームではない世界で軽々と実行できるようなことではない。
仮に、俺たちの間で恋愛感情にまつわる縺れがあったとしてもだ。
『確かに、痴情の縺れで刺したとか首を絞めたみたいな話はあるらしい。けど、必ず発生するような出来事ではないはずだ』
レナの気持ちがまだわからない。
感情的になった俺が勢い余ってレナを殺してしまい、その後で自殺した、と言われた方がずっと理解できる。
レナはカイを好きになっていたと思うし、俺と二人で話す時間は確実に減っていた。このまま少しずつ疎遠になっていくのだろう、と思うくらいには。
なぜレナは俺を刺すほど憎んだのだろう。
どうしてその後、死ななければならなかったのだろう。
魂が重なり、俺とレナの記憶が交錯する。
俺は、更なる過去へと潜っていく。
ひどく長引いた残暑がようやく落ち着いて、ようやく秋らしい秋の季節になってきた頃、俺は憂鬱な気分に苛まれていた。
夏が終わり、いよいよ受験生にとっての正念場と言える時期が来る。
ここまで、模試の結果はそう悪くない。だがここで気を抜けばあっという間に周囲に追い抜かれてしまうだろう。改めて自分の立ち位置を見直し、計画的に学力を向上させていかなければならなかった。
だというのに、俺はこの時期に決まって調子を崩してしまうという嫌なジンクスがあった。おそらく心因性のものだろう。理由はわかっている。
十月二十九日という忌まわしい負の記念日は、いつも気分が沈む。
自分の愚かさと間抜けさを思い出して死にたくなるからだ。
しかも世間はこちらの内心などお構いなしに大盛り上がりだ。
やっていられない。
(何がスウェーデンだよ頭おかしいんじゃねえの現実逃避やめろ)
内心で自分を罵倒し、一人で落ち込んでいく。
今年は特にひどかった。カイが勝手に始めた『レナと一年間交際が続くかどうか』というろくでもない内容の賭けはカイの勝利でほぼ確定しており、俺は間近に迫った最悪な勝利宣言の事を考えて眠れぬ夜を過ごしていた。
そうこうしているうちに周囲はすっかりハロウィンムード。
来る十月三十一日、レナとカイは交際一周年を盛大に祝う予定らしい。
「明後日ハロウィンだろ? せっかくだからいつもの面子で騒いだらいいんじゃねえの。受験勉強にも息抜きが必要だろ? 場所なら俺が手配するし」
放課後の時間になって、カイは出し抜けにこんなことを言い始めた。
強引な企画により、あれよあれよという間に予定が組まれていく。
最初はハロウィンの仮装パーティ用途でレンタルスペースを借りて、身内でしばらくわいわい楽しむ予定らしい。もちろん、俺は気が進まなかった。
「いや、俺は」
「逃げんのか?」
かなりイラっと来たが、断ってしまえばそう言われても仕方がないだろう。
そもそも『みんなで楽しもう』という話なのだから、ここで俺が空気を読まずに断ってしまえば周囲との関係を損ない、自分の評価を下げるだけだ。
それでも、ただ胸が痛い。手が震える。
そんな時だった。俺の手に、細い手が重なったのは。
「ね、その日さ、二人でどっか行かない?」
戸惑いの声を上げるよりも先に、強く手を引かれていた。
「ってことでその日は無理。流山くん、あたしとデートするから。二人欠席で」
思わぬ助け船を出してくれたのは、真壁綾だ。
予想外だったのか、カイは完全に固まっていた。周囲の友人たちはなんとなく予想していたように『それなら仕方ない』という感じで納得してくれたが、レナだけは何か言いたげにこちらを見ているのが少し気になった。
「じゃ、あたしたち塾の時間まで勉強してくるから」
俺の手を掴んだまま教室を出ていく真壁。
二人になってから手を放し、ふうと息を吐く。
「どうせパーティーにかこつけてイチャつき見せつけて熱愛幸せアピールしてそんでもって身内で一周年記念日を祝わせるんでしょ。ノリが寒すぎありえない」
俺より遥かにイライラした様子でキレ続けている真壁を見ていると、胸の中にあるもやもやした感情がちっぽけに思えてきてなんだかおかしかった。
「ありがとう。ごめんな、変な嘘言わせちゃって」
「なんで? 本当に行くけど、デート。流山くんは嫌だった?」
不思議そうな真壁の顔に、俺は言葉を失う。
暗いもので埋め尽くされた胸が、少しだけ晴れた気がした。
もちろん、これが彼女の優しさだとわかっている。
幼馴染であるカイに思いを寄せている真壁は、俺と少し立ち位置が似ている。
互いに気持ちがわかるから、慰め合うような形で俺たちは仲良くなった。
カイとレナが付き合い始めたことをきっかけに、胸の内を吐露し合ったり、愚痴を零したり、苛立ちを共有したり、悲しみに共感したり。
『誰にも言えなくて、つらかったね』
俺は真壁だけに秘密を打ち明けていた。幼馴染であるレナと血が繋がっているという事情。この苦しみをわかってくれたのは、彼女がはじめてだった。
俺たちは不毛な片思いに疲れていた。
レナとカイの露骨な熱愛カップルぶりを間近で見せつけられていれば、痛みだけでなく怒りも湧いて来ようというもの。
今回のデートは、それに対する当てつけでもあるのだろう。
あわよくばカイに意識して欲しいという内心の顕れかもしれない。
だとしても、真壁が俺を助けようとしてくれた気持ちだって本物のはずだ。
「嫌じゃない。行こうか、デート」
そういうわけで、俺たちはハロウィンの日にデートをすることになった。
当日、俺の気持ちはいつになく浮ついていた。
緊張で肩に力が入っていたせいかジャケットが少し窮屈だった。
待ち合わせに間に合うように早めに家を出たら、ほぼ同時に顔を合わせてしまい、少し気まずくなって二人して小さく笑った。
『なんてことのない日だった。周囲はイベントの特別感で浮ついていたのに、俺たちは顔を合わせたらいつも通り、自然体で過ごせていた』
記憶に残っている真壁綾は美しかった。
レイヤーの入ったショートヘアがかすかな風に揺れる。
シャープな印象の目は普段よりくっきりと見える気がしたし、唇の血色も良いような気がする。知識がないのでなんとなくしか言えないが、俺は少しだけ見惚れた。
「へん?」
「いや」
暗灰色のリブニットは右肩だけ出したワンショルダーのデザインで、ハイウエスト気味のデニムパンツがすらりと長い脚を引き立たせている。足元は黒のショートブーツ、バッグはマットな黒革と全体的にとにかく色合いが落ち着いており、『真壁綾』という感じの装いだった。
「服、似合うな」
「そう? ありがと」
大したことのない賛辞がやけに気恥ずかしく感じる。
気が付けば、間が持たなくて余計なことを口走っていた。
「余計なお世話だと思うけど、とりあえずどっか暖かいとこ入る?」
「え、何で?」
「今日わりと冷えるだろ。真壁って結構おしゃれガチ勢? 寒いの嫌いって言ってたのに、肩出てるからびっくりした」
「別に。デートだし。このくらい普通じゃない」
自分はもう少し上手く会話ができると思い込んでいた。
真壁の前だと、自分が弱くてみっともない失恋男だという本質がそのまま剥き出しになってしまう。取り繕うこともできず、失敗を重ねていく。
それはどうやら相手も同じで、美術館デートなんて提案してくるから『詳しいのかな』と思っていたら二人してぴんとこない顔で出てくる羽目になってしまい、結局は真壁も真壁で背伸びしていたことが判明したりした。
「ごめん、こっち見ないで。死にそう」
「わかる。やらかすときついよな」
はっきり言って、あまり上等なデートではなかった。
共通の趣味で盛り上がったり、話が弾んだり、二人で刺激的な体験を共有したり、何かしらの成功らしい出来事があったりはしなかった。
それでも、不思議と俺たちの間の雰囲気が悪くなることはなくて。
「ねえ、お願いしてもいい? そこのカラオケに寄りたい」
唐突な提案に抵抗感は皆無で、俺たちは自然に二人きりになった。
お互いの好きな歌についての探り合いから始まり、真壁が唐突にラブソングを連発。そこから俺がストレス発散目的で叫び倒し、ひとしきり楽しんだあと。
空のグラスにストローを押し付けながら、真壁がこんなことを言い出した。
「やりたいけど、怖くてできないことってあるよね」
「うん」
「流山くん、手伝ってくれない?」
「いいけど、どんなこと?」
真壁はバッグから「これ」と言って透明な器具を取り出した。
購入したばかりであろう、真新しいピアッサーだった。
真壁はまっすぐに俺の目を見つめた。
「やって」
「それ校則」
言いかけてやめる。自分の悪癖にはうんざりだった。
「いや、こういうの俺の悪いとこだな。でも見つかったら生徒指導室じゃないか? しばらくこのファーストピアス? 付けっぱなしなんだろ?」
「透明だから大丈夫じゃない? まあ、ばれたらばれたで」
「ええ」
真壁綾らしからぬ雑さだった。
俺がわかっていないだけで、これも彼女の一面なのだろうか。
「いいじゃん。ちょっとくらいさ。このくらいの『悪いこと』なら、誰かに迷惑をかけるわけでもないでしょ? 万引きするわけでもなし。これちゃんと買ったから」
どきりとした。真壁にはレナの万引きやその後の経緯まで事細かに話している。
俺の中にある引っ掛かり、消えない後悔を指摘されたようで、反発するように俺はピアッサーを手に取っていた。
個室で向かい合っていた俺は真壁の隣に移動し、シートに座る。
近づくと、綺麗な横顔と真っ白な耳たぶが無防備に差し出されていた。
隣室の振動がかすかに響くのも気にならないほど緊張しながら、ピアッサーをゆっくりと真壁の耳に近づけていく。そのとき、囁くような独白を聞いた。
「中一になったばっかの頃にね。うみに体の関係を迫られたの」
息が詰まるような沈黙。
何を言えばいいのかもわからなかったし、自分がどんな顔をしているのか確かめたくなかった。真壁は目を瞑ってきゅっと眉根を寄せた。
「恐くて拒否した。で、気まずくなってそのまま疎遠になった。よく思うんだよね。『あの時に受け入れてたらどうなってたんだろう』って」
その後悔には覚えがあった。
思わず口に出して共感する。
「すげーわかる」
「そうだろうと思ったから言えた。流山くんだけ。これ秘密ね」
「もちろん」
そう言うと、真壁は安堵したように笑った。
ふと気づいた。自意識過剰かもしれないが、今日の真壁は学校や塾で一緒にいる時よりも良く笑ってくれるような気がする。
ピアスホールを開けるために近づいていた距離が、更に縮まっていく。
「良かった。たぶんだけど、あたしってわりと潔癖なのかも。流山くんもそうでしょ? 彼女作ろうとしてるけど、そこまで深入りできてない」
「それは俺がモテないのとガキ過ぎるだけで」
「じゃ、あたしと一緒だ」
自然体で、心地良くて、同じ感情を共有できて。
後悔も、苦しみの種類までよく似ていた。
二人でいることは傷の舐め合いで、痛みを伴う記憶であるはずなのに。
それは傷を癒していく、心地良い時間だった。
「でもふざけんなって感じじゃない? そういうのやってるコもいるかもだけど、付き合ったばっかだったし、あたしはまだあいつのことそんなに知らなかったし。早すぎだしヤリ目丸出しじゃん。死ねよ拒否して当然だろ絶対にあたしが正しい、って」
「それはそう。カイが全面的に悪い」
「でしょ?!」
「そういう身勝手さ、レナにもあるんだよな。万引きとか何考えてんだ、心配するだろって普通は思うし、共犯とかありえない」
「うん。前にも言ったけど、それは完全に流山くんが正しい。気に病む必要なし」
積み重ねたのは、心地良さ。
解き放ったのは、過去の重み。
俺たちに共通していたのは『未来に進みたい』という意識。
共に受験勉強に励む俺たちのモチベーションは、そんな後ろ向きさだった。
「だからこれは復讐なの。あたしたちが、後悔に打ち勝つための」
勇ましく、真壁綾は何か形のないものに挑もうとしていた。
近づこうとすると、緊張で細い身体が強張る。
異性に触れられること。痛みや恐怖が伴うこと。
それを許すことの重みを考えてしまう。
俺はこれから、少しだけ『悪いこと』をする。
共に踏み出そうと、同じ後悔を抱えた真壁が言ってくれたから、俺は自然とできなかったことができるようになっていた。
「耳、触るぞ」
「ん」
一瞬だった。なんてことのない、ただの接触と貫通。
これは俺たちの後悔そのものじゃない。
スケールダウンした、単なる代償行為だ。
それでも、俺が選んだのはこの瞬間だったと思う。
「流山くん。あたしたち、付き合おっか」
痛みを堪えながら、真壁綾は静かにそう言った。
俺は迷わなかった。
「俺で良ければ。ずっと真壁のこといいなって思ってたし」
「ずっとは嘘。今日からでしょ。あたしがそういう風に仕向けたの」
淡々と言葉を交わして、まるでそうなるのが自然な成り行きだったかのように俺たちは付き合うことになった。
明け透けに計算高さを口にする素直さが好ましくて。
強すぎる熱を感じないところが落ち着けて。
緩やかな許容と共感が嬉しかった。
その瞬間、俺たちはきっと幸せだった。
「あ、ごめん。なんか着信、が」
振動を感じて、誰からの連絡なのかを確かめたところで固まる。
画面に表示された名前を、真壁も見てしまった。
三島礼奈。俺にとって、どうしても無視できない名前。
一瞬の幸福が、壊れていく音がした。




