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第2話 社会の盾を剥ぎ取る者たち

「――第1回、開門裁判を始めます」


少女の澄んだ声とともに、

部屋の

電気が完全にバツンと消え失せた。

暗闇の向こうで、

クズな大人たちの絶望の悲鳴が、

いつまでも、

いつまでも木霊(こだま)し続けていた。

東京・霞が関の巨大なビル群が、

朝の

湿った陽光に照らし出されていた。

その一角にある、

日本の司法の根幹を担う巨大な庁舎。


司法記者クラブに所属する新聞記者の

三木(みき)は、

デスクのパソコン画面を見つめながら、

深いため息をついていた。


画面に映し出されているのは、

数日前に

世間を震撼させたあの「2歳児暴行死事件」に

関する

続報のドラフト原稿だった。


『検察、被告人側の情状酌量要求に

 異議なしの方向へ』


『母親については、刑事責任の立証が

 困難として起訴見送りの公算』


「ふざけた話だ……」


三木はマウスを力なく投げ出し、

コーヒーマグに手を伸ばした。


この種の事件が起きるたびに、

彼は筆をとる。

世間の怒りを代弁し、

「児童虐待を許すな」

「厳罰化を」というトーンの社説や記事を書く。

しかし、

どれほど声を大にして報じても、

実際の

法廷の場では「初犯であること」

「反省の意を示していること」

「育児環境に酌量の余地があること」

といった

定型の免罪符が次々と発動され、

加害者たちは

驚くほど軽い刑期で社会へと戻っていく。

警察が捕まえ、

検察が妥協し、弁護士が詭弁を弄し、

裁判官が前例を踏襲する。

その美しいシステムの中で、

本当に

殺された子どもたちの声は、

いつのまにか司法の統計データ

という名の

紙屑に変わり、やがて人々の

記憶からも

綺麗さっぱり忘れ去られていく。


「法律ってのは、いつだって

『生きてるクズ』を

 守るためにあるんだよな」


三木が独り言をつぶやいた、

その時だった。


――ガタッ。


オフィスの隅に置かれていた、

誰も使っていない

古い古文書の束や資料ケースが、

不自然に揺れた。

いや、揺れたのではない。

部屋の空気が、真夏だというのに

一瞬にして

冷凍庫のように凍りついたのだ。


「……なんだ? クーラー、壊れたか?」


三木が背筋を凍らせながら立ち上がった

瞬間、

オフィスの天井の蛍光灯が一斉に明滅を始めた。


パチン、パチン、パチン。


そして、オフィスの窓ガラスに、

無数の

「小さな手形」が外側からびっしりと

浮かび上がった。

「なっ……!?」


三木が息を呑む。

ここは高層ビルの十数階だ。

外から

人が登ってこられるような場所ではない。

しかも、

その手形はすべて、大人のものではなく、

幼児のそれだった。


ガラスの向こう側から、

青白く透き通った子供たちの顔が、

無数に

こちらを覗き込んでいた。


その頭部や四肢には、痛々しい包帯や

あざが刻まれている。

しかし、

その瞳に浮かんでいるのは、

恐怖や悲しみではない。

かつて

彼らを救わなかった

「この国のすべての大人たち」に対する、

底知れぬ冷笑と侮蔑だった。


『三木記者、君も同じだね』


声ではない。

頭の中に直接響く、無数の重なり合った

囁きだった。


『記事を書くときだけ正義面をして、

「厳罰化が必要だ」と書き殴る。

文字数を稼ぎ、世間の同情を集め、

広告費を稼いだら、次のスキャンダルへ

移っていく。

僕たちがどんなに痛かったか、

どんなに助けを求めて叫んだか、

君たちは

誰も本当の意味で気にしちゃいない』


「っ……! お前たちは……一体……!」

三木はペンを落とし、恐怖で後ずさった。


長年、事件の現場を歩き回り、

修羅場を見てきた

ベテラン記者としてのプライドが、

その圧倒的な

異形の気配の前に音を立てて

崩れ去っていく。


『僕たちは、法律に捨てられた子どもたちだよ』


窓ガラスの前に立っていた小さな少女の亡霊が、

冷たく微笑んだ。


『君たちがどれほど法廷で「反省」という言葉を

弄(ろう)しても、

どれほど

弁護士が「情状酌量」の脚本を書いても、

現世のシステムでは

僕たちの命の軽さは変わらない。

だから、

僕たちが直接、その「システムそのもの」を

解体しに来たのさ』


その瞬間、三木のパソコンの画面が、

一斉に

真っ黒なエラーコードへと書き換わった。


いや、エラーではない。それは、

日本中の警察、検察、弁護士会、

そして

最高裁判所に至るまでの

「すべての刑事司法データベース」が、

いま、

何者かによって不正に、

かつ

絶対的な権限でハッキングされ、

書き換えられている映像だった。


『これから始まるのは、裁判じゃない』

暗闇の中から、

無数の小さな影が床を這い出してきて、

三木の足首をしっかりと掴んだ。


『身勝手な大人たちに「知らなかった」

という

免罪符を与え続けてきたすべての組織、

すべての

共犯者たちに対する、魂の強制執行だ』


霞が関の

巨大なビル群が、遠くでかすかに揺れた。

警察の

特別捜査本部では、前夜に密室で完全に

行き場を失い、

恐怖で半狂乱になったまま失神した

黒川拓海と蓮見沙織の「身柄」が、

誰の手にも触れず、しかし警備カメラの

死角で忽然と

「消え去った」という緊急連絡が

飛び交い始めていた。


鍵も、法律も、逃げ場もない。

「知らなかった」で

逃げ切れる時代は終わった。

小さき魂たちのチートな復讐劇は、

いまや個人のクズどもを超え、

この国全体の

「司法の偽善」そのものを標的として、

静かに、

しかし確実に歯車を回し始めていた。


©2026[I・G・ε].All rights reserved.


東京地方裁判所の第一刑事法廷は、

異様な

緊張感に包まれていた。

傍聴席はテレビカメラやフラッシュこそ

ないものの、

事件の社会的関心の高さから全国から

集まった

メディアの記者やフリーライターで

一席の

余地もなく埋め尽くされている。

世間を

震撼させた「2歳児暴行死事件」の

初公判――

その法廷に立つはずだった被告人の

二人が、今朝になって……。


明日、18:10 に、第3話を投稿します。

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