第42話 動物園デート
ひよりと晴真が水族館デートを楽しんだ数日後。
今度は律と綾乃が、二人きりで動物園へ出かけます。
こないだの遊園地とは違い、今日は最後まで二人だけのデートです。
春休みのある日。
律と綾乃は、二人で動物園を訪れていた。
こないだの遊園地では、偶然ひよりと晴真に会い、帰りまで四人一緒になってしまった。
けれど今日は違う。
朝から二人きりだった。
「キリン見ようよ、律君」
「うん」
「あっちにゾウもいるみたい」
「順番に行けばいいだろ」
綾乃は園内マップを片手に、楽しそうに歩いていく。
律はその少し後ろをついていった。
「キリンって、近くで見るとほんとに大きいね」
「まあ、でかいな」
「律君、反応薄くない?」
「ちゃんと見てるよ」
「ほんとかなあ」
綾乃は笑いながら、柵の向こうを見上げる。
キリンを見たあとにはゾウを見て、そのまま園内を歩いていった。
しばらくすると、小動物とのふれあいコーナーが見えてくる。
「あ、ここ行きたい!」
「ふれあい?」
「うん!」
綾乃は迷うことなく中へ入っていった。
律も仕方なくあとを追う。
「律君、ほら。うさぎ可愛いよ」
綾乃の膝の上には、小さな白いうさぎがいた。
綾乃はその背中を優しく撫でながら、嬉しそうに笑っている。
「律君も触ってみる?」
「俺はいい」
「なんで?」
「動物苦手なんだって」
「こんなに可愛いのに?」
「見るだけでいいよ」
「じゃあ、にんじんあげてみる?」
「それもいい」
「ほんとに動物苦手なんだね」
「だから最初から言ってるだろ」
綾乃は笑いながら、うさぎに小さなにんじんを差し出した。
うさぎが少しずつかじっていく。
それを見ている綾乃の表情は、学校にいる時とはずいぶん違っていた。
成績のことも、受験のことも忘れたように、ただ楽しそうにしている。
「ほんと可愛い……」
綾乃がうさぎを撫でながら呟く。
律はそんな綾乃をしばらく見ていた。
「俺は動物触るより、動物触って幸せそうな顔してるお前を見てる方がいいけどな」
綾乃の手が止まった。
「……え?」
「何?」
「今の……」
「何だよ」
「何でもない」
綾乃は慌てたようにうさぎへ視線を戻した。
けれど頬が少し熱くなっている。
そんなことにも気づかず、律は近くにあったベンチへ座った。
ふれあいコーナーを出たあと、二人は園内のベンチで休憩することにした。
綾乃は買った飲み物を手にしながら、先ほど見た動物たちの話をしていた。
「綾乃って、ほんとに動物好きなんだな」
「うん。昔から好き」
「家でも飼ってたの?」
「今はいないけど、小さい頃から動物の本ばっかり読んでた」
「へえ」
「私ね、本当は獣医になりたいの」
「獣医?」
律が綾乃を見る。
「うん」
「医者じゃなくて?」
「……本当はね」
綾乃は手元の飲み物を見つめた。
「動物が好きだからっていうだけじゃないの。病気になったり、怪我した動物を助けられる仕事がしたかった」
「じゃあ獣医学部行けばいいじゃん」
「そう簡単じゃないんだよ」
「何で?」
「うち、ずっと医者の家系なの」
「そういえば言ってたな」
「それに私、一人っ子だから」
「……ああ」
「前にお父さんとお母さんに獣医になりたいって言ったことあるんだけど、反対された」
「医者になれって?」
「うん」
綾乃は小さく息を吐いた。
「人の命を救う医者も大切な仕事だって分かってるよ。私だって医者が嫌いなわけじゃない」
「うん」
「でも……最初に自分でなりたいって思ったのは獣医だった」
「じゃあ、まだ獣医目指したいんじゃないの?」
「分かんない」
「……」
「家族の期待を全部無視して、自分のやりたいことだけ選んでいいのかなって思う時もあるし」
「でも、お前の人生だろ?」
綾乃が律を見る。
「律君?」
「親が医者だからって、お前まで絶対医者にならなきゃいけないって決まってるわけじゃないだろ」
「……」
「俺は、お前が自分の人生決めるべきだと思うけどな」
「そんな簡単に言わないでよ」
「簡単じゃないのは分かるよ」
「じゃあ……」
「でも、最後にその仕事するのはお前だろ?」
「……うん」
「だったら、自分で納得できる方選んだ方がいいんじゃないの」
綾乃はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく笑う。
「律君って、そういうところあるよね」
「何が?」
「普段は鈍いのに、たまにすごくまともなこと言う」
「褒めてる?」
「半分くらい」
「半分かよ」
「でも、ありがとう」
「別に」
綾乃は少しだけ肩の力が抜けたようだった。
それから二人は再び園内を回った。
綾乃は動物を見るたびに足を止め、そのたびに律へ説明する。
律自身は動物に触ろうとはしなかったが、綾乃が楽しそうにしているのを見ているのは嫌ではなかった。
夕方。
出口へ向かう途中で、綾乃がふと思い出したように言った。
「そういえば、ひより」
「ん?」
「相沢さんと付き合うことになったんだってね」
「……ああ」
「水族館で」
「聞いた」
「キスもしたって」
「……それも聞いた」
「ひよりから?」
「うん」
律の返事が少しだけ短くなる。
綾乃はその横顔を見た。
「律君」
「何?」
「そんなにまだひよりが気になる?」
「は?」
「だって、ひよりが相沢さんと付き合った話になると、急に変になるから」
「別に気にしてないよ」
「本当に?」
「本当だって」
「ふーん」
綾乃は少し考えるように律を見る。
そして、何でもないことのように言った。
「じゃあ私がキスしてあげようか?」
「……え?」
律が聞き返すより早く、綾乃が一歩近づいた。
そして、そのまま律の唇へ自分の唇を重ねた。
ほんの短いキスだった。
綾乃がゆっくり離れる。
「……綾乃」
「何?」
律は何も言えなかった。
頭の中に、なぜかひよりの顔が浮かんだ。
水族館から帰ってきたひよりが、嬉しそうに晴真とのことを話していた時の顔。
――何で今、ひよりのこと考えてるんだ。
もう、ひよりのことなんか考えるな。
あいつには晴真がいる。
目の前には綾乃がいる。
律は少し迷ったあと、自分から綾乃へ顔を近づけた。
今度は律の方からキスをする。
離れると、綾乃は驚いたように律を見つめていた。
「……律君からしてくれると思わなかった」
「俺だって、それくらいするよ」
「そうなんだ」
綾乃は嬉しそうに笑った。
そして少し間を置いて、律をまっすぐ見る。
「私、律君のこと好き」
「……」
「前からずっと好きだった」
「うん」
「だから……私たちも付き合わない?」
律はすぐには答えなかった。
綾乃は黙って待っている。
「……俺でいいの?」
「律君がいいの」
「……そっか」
律は少しだけ考えてから答えた。
「じゃあ……分かった」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ今日から彼氏ね」
「そうなるな」
「何その反応」
「どう反応すればいいんだよ」
「もうちょっと嬉しそうにしてよ」
「嬉しくないとは言ってないだろ」
「じゃあ嬉しい?」
「……まあ」
「まあって何よ」
綾乃が笑う。
律も少しだけ笑った。
春休み。
ひよりと晴真が恋人になったあとを追うように、律と綾乃も付き合うことになった。
それぞれが選んだ相手と、それぞれの恋が始まっていく。
――少なくとも、この時の四人はそう思っていた。
こないだの遊園地とは違い、今回は最後まで二人きりで動物園を楽しんだ律と綾乃。
動物が大好きな綾乃からは、家族には反対されている「獣医になりたい」という本当の夢も明かされました。
そして綾乃からのキスと告白をきっかけに、二人もついに恋人同士に。
ひよりと晴真、律と綾乃。
二組の恋が動き始めた春休みです。




