49 帰還命令
恐れていた日がとうとう来てしまった。
いつまでもこんな生活が続くと思ってたわけじゃないけど、嫌なことからつい目を逸らしてしまうのは僕の悪い癖のひとつだ。
先延ばしにしたって、何が解決する訳でもないのに。
殿下の立太子の式典を五ヶ月後に控え、この時期最も忙しい人間の一人である筈のアッシュが、わざわざ僕を訪ねてきた。
護衛を伴い、母上からの手紙を携えて。
どうやら母上は、何がなんでも一刻も早く僕と連絡を取りたかったらしい。
だけど、僕がどこにいるのかは国の上層部しか知らない極秘事項とされている。
そこで切羽詰まった母上が、最後の手段として泣きついたのがアッシュだったというわけだ。
でもだからといって、律儀にアッシュ本人が来る必要なんて何処にもない。
それこそ塔の長官にでも頼めばいいだけのこと。
週に二度は塔から転移で取り寄せている式典関係の雑多な書類の中に、手紙の一通をまぜるくらい別にどうってことないし、王立騎士団長であり上司の息子でもあるアッシュが口利きすれば長官が断るはずもない。
ましてや、手紙の送り主は僕の家族なんだから。
なのにアッシュは、こんな使いっ走りがするような用事でのこのことやってきた。
「馘にでもなったの?」と嫌味を言いたくなっても仕方ないと思う。
けれど二人はあくまで自分たちは休暇中だ、と言い張り、まるで僕が悪いかのように文句をつけてくる。
ここまで来るのに馬で三日もかかるとか、手軽な連絡手段を作れとか、もっとマメに帰ってこいとか、言いたい放題だ。
そもそも王都からここまで来るのに三日かけて馬をとばしてくるなんて、考えられない。懐が寂しいならともかく、せっかく便利なものがあるんだから普通は西の街の転移門を使うだろう。
それもしないで、わざわざ日数と体力を使って馬で来るなんて、他に魂胆があるとしか思えない。
「前から思ってたけど、……ソリタスには王都から直通の転移の魔法陣が設置してあるの、知らないわけないよね?」
案の定、アッシュは無言でそっぽを向いた。
「ソリタスからカーサ村までは馬で精々三時間。アッシュ達なら二時間もかからないんじゃないの?」
護衛もあさっての方を見て目を合わさない。
「……休暇の言い訳に僕を使ったね?」
笑顔で言ったのに、何故か二人は震え上がった。
つまらないやり取りはともかくとして、例え相手がアッシュといえど、極力リコを人目に晒したくはない。
彼女は二階に隠れてくれているはずだけど、できれば二人を家の前で追い返したくて、でもやっぱりアッシュは執拗かった。
殿下の名を出され、押し切られてしまった。
母上からの依頼には、手紙を届けるとともに僕の生活ぶりを報告することも含まれているのだ、とアッシュは言う。
果たしてそれが本当かどうかは怪しいもんだけど、『一人暮らしだなんて、あの子ちゃんとやれてるのかしら』くらいは言われているのかもしれない。
僕としては、母上が一人暮らしするよりはよっぽどマシだと思っている。
そんなわけで仕方なく二人を家へ招き入れると、彼らは玄関先で喧しく騒ぎだした。
前回来た時と比べたら随分様変わりしているから、気持ちはわからないでもない。──ないけど、子供じゃあるまいし煩いにも程がある。
しかもそうやって二人があんまり騒ぎたてるもんだから、隠れていたはずのリコが様子を見に来て見つかってしまった。
ああ、もちろんリコは悪くないよ。
好奇心は誰にだってあるし、リコを誰にも見せたくない、隠しておきたいっていうのは、ただの僕のわがままなんだから。
それに、どのみちもう限界だったんだ。
都合の悪いことに蓋をして、何事もなかったような顔をして暮らしていくのは。
いつまでもここにいられるわけもなく、いつかは全てを明るみに出し、精算しなくてはならない。
その時期が近づいてきた、というだけのこと。
リコを二人に紹介し、でっち上げた彼女の事情を簡単に説明した。
髪と目と肌の色を変えたリコは、フェリシアだとは気づかれていない。
もっとも、護衛は元々フェリシアを知らなかったようだった。
アッシュはフェリシアの顔を知っていたらしく、少し首を捻っていたけど、間近で見てこの反応なら問題なしだ。
それぞれの自己紹介がてら少しばかりの雑談を交わし、リコが気を利かせて席を外してくれたので、アッシュに促され母上からの分厚い手紙に目を通した。
そこに書かれていたのは、フェリシアと連絡が取れなくなってもう半年が過ぎる、という悲痛な叫びだった。
母上とフェリシアは、それまで少なくとも月に一度はお茶会などで顔を合わせ、二ヶ月に一度は連れ立って観劇などに赴き、折にふれ手紙を交わしていたらしい。
それがまず、体調不良によるお茶会の欠席が伝えられた。
そして、心配して手紙を書くも一向に返事が来ない。
それが再三に渡ったため男爵家に問い合わせると、療養させる目的で領地の別邸へ行かせた、と返事が来た。手紙は全て本人に渡しているとも。
ところがいったい何の病気なのか、男爵家の領地の何処にいるのか、何故返事が来ないのか、返事が書けないほど酷い状態なのか。
肝心なことが何一つ分からない。
男爵家は、いずれ体調が良くなれば本人から連絡させる、とその一点張りだったのだそうだ。
そうこうしているうちに、巷に流れていた豪華な金髪の娘ばかりを狙っていたという誘拐犯グループの噂を聞きつけた。
そのグループは一度も誘拐を成功させることなく、とうに王都から逃げ出したと聞いたが、実は一人攫われた娘がいる、という噂も殆ど同時期に聞いた。
咄嗟にフェリシアの顔しか浮かんでこなかった。
まさかとは思ったけれどフェリシアとは連絡が取れないままで、男爵家の対応もなんだか奇怪しい。
母上が知っている限りのフェリシアの交友関係にもさりげなく探りを入れてみたが、そんなに親しい間柄ではないのか誰も詳しいことは知らず、療養中だと言うことさえ知らない様子の者が多かった。
元々社交界嫌いのフェリシアだから、夜会に顔を出さなくても誰も取り立てて不審に思っていない。
だけど、母上からすれば不審なことだらけだ。
それでいても立ってもいられなくなり、僕に手紙を書いた、ということらしかった。
男爵家に連絡した方がいいかどうか考えたこともあったけど、母上のことは正直失念していた。
そこまで頻繁に連絡を取り合っていたとも知らなかった。
僕が鳥の目を通じて見た男爵家の様子は、特に何か心配事を抱えているふうでもなく、強いていえば姉の一人のエミリアという娘がフェリシアの身を案じるようなことを言っていただけ。
そういえばその時も変だと思ったんだけど、その姉でさえフェリシアが領地のどこかにいると思い込んでいて、しかもその場所を知らない。
つまり、男爵家ののほぼ全員が詳しいことも知らされないまま、フェリシアは病気療養のため領地に引きこもっていると思わされている。
だけどフェリシアは、男爵家の領地ではなくここにいるんだ。
呪いをかけられ、記憶を失って。
男爵家の誰か……が、フェリシアの不在をひた隠しにする理由は何だろう。
母上からのこの手紙を読んだ限りでは、いかにも男爵家が怪しく思える。
但し、攫われたフェリシアの身柄を盾に脅され、何かを要求されている可能性もある。もし仮にそうだとしたら、彼女の無事を男爵家に伝えることで何か事態が動くかもしれない。
これまでに僕が探った限りでは、そういった意味での緊迫感はどこにもなかったけれど。
じゃあ普通に考えて、衰弱したフェリシアに呪いをかけ、毒の湖に突き落としたのが男爵家の誰かだとしたら?
彼女の無事を知らせた時点で、また狙われ始めることになる。
やっぱり、彼女のことは男爵家に知らせなくて正解だ。
全てがはっきりするまでは。
だけど、もし──。
もしも、犯人が男爵家縁の者だとするならば、そこまでフェリシアを厭うのはいったい誰だ?
男爵家でフェリシアの不在を取り繕える権力があり、かつ彼女を厭う者。
男爵本人か、或いは男爵夫人。
男爵はフェリシアの実父だ。そして男爵夫人は継母。
もちろん血が繋がっている、いない、で判断するつもりはない。
ただ、新たな手掛かりがあるとすれば一つだけ。
母上が手紙で知らせてきた、僕が知らなかった事実。
フェリシアの継母の出身国は、隣の大陸で『幻の国』と呼ばれていた今はもう亡きカディス。
────数十年前の戦争で滅びたその国は、呪術が発展していたのだという。
母上の手紙は、『どうかフェリシアちゃんの無事を確認してほしい』と結ばれていた。
僕が便箋を元通り封筒におさめると、アッシュが口を開いた。
「伯母上に伝言があるなら聞くが?」
「母上には……、」
考えつつ言葉を探す。「母上は、ここしばらくフェリシアと連絡が取れないって心配してるんだ。でも彼女の件は心当たりがあるから、……調べてみるから心配しなくていいって伝えておいて。それと──」
言葉を切って、アッシュの目を見た。
「リコのことだけど、母上には当分内緒にしておいてほしい」
笑いかけても無駄なのは分かってるから、真面目に話をする方向で。
アッシュはテーブルに肘を乗せ、ため息をつく。
「……お前の女遊びはもう治まったもんだと思ってたけどな。タチアナ嬢で懲りたんじゃなかったのか?」
「リコはそんなんじゃないよ!」
思わず言い返していた。
リコをあんな遊び半分と一緒にされたくはない。しかもアッシュが言ってるのは、もう十年も前の話だ。
僕の剣幕にアッシュは目を見開いた。
「ユーリ?」
「もちろん、僕に婚約者がいることは分かってる。その上で、決して誰かに迷惑をかけるようなことにはしないと誓う。だから──」
もうしばらくだけ、目を瞑っててほしい。
そう伝えると、アッシュは仕方なさそうに嘆息し、護衛に視線を投げた。
「あー、俺は何も見てないし聞いてないですよー。ユリアス様に婚約者がいるなんて話も、本当か嘘か分からない噂でチラッと聞いただけですからね。余計なことは言いません」
口の前で両手の人差し指を使ってバッテンを作る護衛に頷き、アッシュは再び僕に視線を戻す。
「その件は了解した」
だけど、その言葉に表情を緩めた僕に、彼は続けた。
「でも、どのみちお前はもう王都へ戻らなくちゃならない」
胡乱な視線を投げれば、彼はため息をつきながら言う。
「あと五ヶ月しかないんだ、分かってるんだろう? 」
あの嵐のあと、殿下から僕に言い渡された処分は謹慎三ヶ月。
それももうとうに期間が明けて、更にひと月が過ぎていた。
僕の不在が謹慎によるものだったと知っているのは実は殿下だけで、陛下と宰相は僕が療養中だと思っておられる。
あの災害級の嵐をおさめるために、風を操り雨雲を散らしたことで魔力を使い果たした──と、殿下からお二人だけに報告されているからだ。
一般世間にまで僕の能力を喧伝する必要は無いし、また世間にそんな噂が流れることで僕の家族に心配をかけてはいけない、と殿下がご配慮下さった結果だった。
そんなことから、僕の体調が悪いと信じているのは、陛下や宰相を除けば『塔』の長官と、一部の風の魔法使いくらい。
長官には嵐の直後、魔法使いたちを要請するために風のネットワークを使い、『嵐をおさめるため魔力を使い果たした』という殿下が作った出任せの経緯と、その後の体調不良を伝えている。
だからそれ以外の人々は、またここしばらく筆頭の姿を見ないな、くらいにしか思っていないはず。
実際、アッシュの態度もそんな感じだ。
つまり僕にとってはなんの処分にもなっていないのだけど、殿下としては何もお咎めなしというわけにもいかず、苦肉の策といったところだったのだろう。
────と、そんなふうにずっと思い込んでいた僕は、続くアッシュの言葉に目を剥いた。
「それでなくても王都は、──というよりもう国中かな? お前の噂でもちきりだ。社交界では元々人気者だったから今更だけど、庶民の間でも今やお前、英雄に近い扱いだぞ。こんな辺鄙なとこに引っ込んでるからわからないんだろうけどさ」
「は──!? なんで英雄? 国中って??」
謹慎期間中だったとはいえ、生活はしなくてはならない。
ソリタスの商店街は当分営業なんかできそうにないと、食料や日用品を買いだめするために数回王都ヘ赴いた時、『私財を投げ打ち復興に尽力下さった慈悲深い筆頭様』の噂は何度か耳にした。
予想した通り居心地悪いなんてもんじゃなかったけど、否定して回るわけにもいかない。
辺境の噂が王都にまで届いているのか、と驚きつつも素知らぬふりで通り過ぎたのだけれど、あれが王国中だって? 西の辺境や王都だけでなく?
しかも英雄とか──。
殿下……、それはいくら何でもやり過ぎなのでは!?
呆然とする僕に、横から護衛が口を出した。
「ユリアス様。俺あの時、復興活動のために王都から派遣されてこっちに来てたんですよー。他にもたくさんの騎士たちと一緒に、各地から集まった兵士を指揮して救助活動や解体作業、流された橋を架け直したりなんかのためにですね。そしたら、こっちでのユリアス様の評判たるやそりゃすごいもんで、俺たち同じ学校の先輩後輩同級生なんだぜって、みんな鼻高々でした。まあ、それは余談なんですが。──で、最初は復興支援金に関する噂ばかりだったのが、そのうちどこからか、あの突然の嵐は不自然過ぎるって話が出てきて、始まり方も不自然ならおさまり方も不自然だと……」
ギョッとする僕に構わず護衛は続ける。
「どこまで本気かは分からないですが、あの嵐は寝ぼけたドラゴンが暴れたからだ……って噂が流れてきたわけです。なんでもこの辺りにはドラゴンに関する昔話が多いらしくて、それだけドラゴンが身近な存在ってことなのかな。あ、もしかしてあのお伽噺のドラゴンがいる山って、この辺なのかも」
首を傾げつつ話す護衛。
そうだ。確かにあの時、殿下は言っていた。
『もうアレに泥を被ってもらえばいいのではないか?』──と。
『アレの生態など誰にもわからんのだから、もしも原因を追及されたら、夢を見て暴れたようだ、とでも言っておけばいい。ついでにその時アレが隠し持っていた玉が転がり出てきた、と報告しておけば復興資金の出所も勘ぐられなくて済むだろう』──と。
あれ、本気だったんだ、殿下……。
結局僕のところに問い合わせは来なかったから知らん顔してたけど、それならきっと殿下が噂を流すなりして、何らかの情報操作をしたに違いない。
でなければ、幾らドラゴンの存在が身近だからって、そんな姿も見たことのないドラゴンの話が降って湧いたように出てくるはずもない。
内心ため息をつく僕に、アッシュが追い打ちをかける。
「──で、そのあと何がどうなったのか、暴れたドラゴンが起こした嵐を『筆頭様』が静めて下さった、って噂になったみたいだ。聞いた話によると、荒れ狂ってた風がピタリと止まり、次に吹いてきた風は頭上の雨雲を粉々に散らして、あっという間にどこかに運んでいったらしい。そればかりか、みるみるうちに泥水が引いていき、ぬかるみが乾燥し、山が崩れ落ちて岩肌が見えてたのが、いつの間にか元通りになってたっていうんだ。……最後の方は眉唾だと思うけど、被害にあった地域の人たちはみんな、かなり本気で言ってるっぽいんだよな」
英雄はそっちか──っ、と今度は頭を抱える。
だったら、ドラゴンはともかく『英雄』に関しては殿下じゃない。殿下はむしろ、隠したがっていた。
アッシュ自身は、この噂を全く信じてないって口調だったのがかろうじて救いだった。
「──とまあそんな噂が、派遣されて来ていた騎士たちや、各地方からの応援の兵士たちを通じて王都や地方の領地に広まり、驚くほどの大金を復興支援費用として寄付したって話とも相まって、上流階級から国中の庶民まで股に掛けた、今一番話題の人となっているわけです」
「そのくせ全然表に出てこない控えめなところがまたいい、人格者とはこの方のことだ、──とか笑える評価も付いてきてるぞ。どうせお前の事だから、騒がれるのがめんどくさかっただけだろ?」
実際のところは謹慎期間だったんだけど、そうでなければアッシュの言う通りだったろうから、肩を竦めて返した。
「でももうさすがに潮時だ」
アッシュは真面目な顔に戻って言う。
「殿下の式典は五ヶ月後だが、招待客はそれに先立ち、早ければ式典の三週間前に入国する予定になっている国もある。ところが予想外のあの災害のせいもあって、現場はまだしっちゃかめっちゃかの状態なんだ。それぞれの国が入国するタイミングに合わせたレセプションパーティーや晩餐会も企画されてるが、外務は全く頼りにならない。一、二国の招待ならともかく、こんな大掛かりな式典は我が国始まって以来だから仕方ないのかもしれんが、それにしたって酷い。なのに宰相は他の案件も抱えていて動けず、陛下は本来の業務で手一杯。そのしわ寄せの殆どが、王太子殿下のところへやってきている。復興活動の責任者である殿下はただでさえお忙しいのに、式典に関する問い合わせが連日殺到して、朝から晩まで調整、確認の作業に追われておられるという話だ」
アッシュの言葉に瞠目する。
まさか、そんなことになっているとは思いもしなかった。
歓迎のパーティーや晩餐会? いつの間にそんな企画が増えた?
僕のところに送られてくる書類は、招待国が滞在する間の日常及び式典当日の警備と、そのフィナーレに関するものばかりだ。
それだけでも調整だ連携だと二転三転していて、イライラすることこの上ないのに、各国が到着する度にパーティーを開くなら、そのための警備も考える必要がある。
なのに、その関係の書類の一つも……、草案でさえも届いてないなんて、そこまでわけが分からなくなってる?
それとも、まさか長官が采配してくれてるんだろうか。
脳裏には、眉間に皺を寄せ生真面目に書類を捌く『塔』の長官の姿が浮かぶ。
長官は僕が体調を崩している、と信じている。
長官とのやり取りには、未だ僕の体調を気遣う言葉が欠かされたことがない。
もしかして長官、無理して僕の分まで仕事を抱え込んでるんじゃないかな。
なんだか心配になってきて、アッシュに訊いてみた。
「塔の長官? 全体会議で時々見かけるけど、そういえば最近随分やつれてきたな。それをいうなら外務や事務方も、近衛騎士団長も一緒だけどな。うちの父上でさえげっそりしてる。艶々してるのは宰相殿くらいじゃないか?」
「艶々って……、そうだ、殿下! 殿下はどうなの?」
「殿下は──」
身を乗り出すようにして尋ねた僕を、アッシュは面白そうにみた。「歳上のお姉さま方にモテモテだぞ。わたくしが癒して差し上げたい……とか言ってさ」
────なんてことだろう。殿下でさえも、そんなことを言われる程にお疲れだなんて。
僕は愕然としながらもアッシュを見た。
──艶々している。
「……アッシュは、随分健康そうに見えるね」
言葉に詰まるアッシュの代わりに答えたのは護衛だった。
「何しろうちには、王立騎士団の誇るダニエル副騎士団長がいますからねー。面倒なことは全て丸投げでOKです」
「こら!俺が無能みたいな言い方するなよ」
慌てたアッシュが護衛を睨みつけたけど、あいつはどこ吹く風だ。
「実際何もかもぶん投げて長期休暇取ってるじゃないですか、それもよりによってこの時期に」
「そりゃお前も一緒だろ!だいたい俺にとっては久しぶりの休暇だっての!当然の権利だっ」
「普段だって訓練だ訓練だ警邏だ訓練だ、って趣味の延長みたいなもんでしょ」
楽しそうにやりあってる二人に、思わずため息がこぼれる。
ついさっき神妙な顔で、『この一年で十日くらいしか休みを取ってない』とか、『せっかく取れた長期休暇なんで労ってあげてほしい』とか言ってたのはどこの誰だっけ?
僕の冷たい視線を感じたんだろうか。
アッシュは咳払いし、居住まいを正した。
「そこで、だ。遅くなったが、実は王太子殿下からも手紙を預かってきている」
そう言いながら懐から取り出した手紙の封蝋には、もう何年もご無沙汰となっていたドラゴンとパキセムの葉の花押。
それは間違いなく殿下からの手紙で、慌てて開けると中にはただ一言。
『そろそろ気が済んだのではないか?』と──。
その言葉は、実質上の帰還命令だった。
「へぇー、そんな手紙も預かってきてたんですねー。王太子殿下からの手紙が、まるでついで扱いだ」
のほほんと呟く護衛を、アッシュは嫌そうに見た。
「実際そうなんだから仕方ないだろ。ユーリのとこに向かうつもりでダニエルに長期休暇を申請したらさ、どこから聞きつけられたのか殿下に呼び出されたんだ。それで今の手紙をお預かりしてきた。『ついでに渡してきてくれ』って言われてな」
そして、今度は僕の方に向き直る。
「その手紙の内容までは知らないけど、この時期であの状態だから大方の予想はつく。どうせお前、帰ってこいって言われてるんだろう? でも、お前の居場所を知っていて連絡手段も持っているはずの王太子殿下が、何故敢えて俺にその手紙を預ける必要があるのかと考えると……」
アッシュは首を捻りながら言った。
「まさかお前、帰らないってゴネて殿下を困らせてるのか? もしかして、 俺はおまえの説得を任されてるんだろうか?」
帰らないつもりなんてないけど、リコをどうするべきかは僕の中でまだ定まっていない。
王都に帰るにしても、リコを一緒に『塔』に連れていくわけにはいかないし、ましてや僕の邸なんか論外だ。
師匠にはこれ以上迷惑をかけられないっていうのもあるけど、何よりリコの色が変わったことをどう説明すればいいのか分からない。
殿下──は、ダメだ。殿下はリコの魂に興味を持っていた。目の届かないところで密かに何をされるかわかったもんじゃない。
かといって、彼女をここに一人残していくこともできない。
まずはリコの落ち着き先を考えなくては……。
リコの正体を詮索しない。そして、彼女の身に害が及ばないところ。
どこに預けたって安心なんかできないけど、少しでも危険の少なそうなところ。
そしてもう一つ大事なこと。若い男、いや──、リコが惹かれそうな男のいないところ。
これは絶対に外せない。何しろ僕がずっと横についているわけにはいかないんだから。
でもそれはともかく、はっきりと彼女の身が危険なのは男爵家、或いはその周辺だ。
フェリシアの継母や上の姉と会っていた、僕が印を付けたあの占い師も怪しい。
あのあと確認したら、奴に向けて飛ばした印はどうにか定着していた。
だけど、これでいつでも奴の動きを探れる、と思ったのに、それ以降あの占い師は全く動きをみせない。
気づかれているのかもしれない。これ程に動きがないのはあまりにも不自然すぎる。
こんな、いったい何がどこまで危険なのかも特定できない状態で、本当は彼女を王都へなんか連れていきたくないんだけど……。
考え込む僕に、アッシュが声をかけてきた。
「お嬢さんのことを気にしてるのなら、うちで預かってもいいぞ。メアリーが嫁に行ってから、母上もつまらなそうにしてるからな」
「そんなことしたら、団長が花嫁候補を連れてきたって大騒ぎになるんじゃないですかー?」
護衛の突っ込みに、アッシュはまさか……と目を丸くした。相変わらず自分のことには疎いみたいだ。
それに、恐らく叔母上はフェリシアと面識があるはず。
アッシュも気づかなかったし大丈夫とは思うけど、万が一ということもある。もし叔母上がリコの正体に気づいたら、間違いなく母上のところに連絡が行くだろう。
気づかなかったとしても、リコを気に入ってアッシュの嫁にと画策するかもしれない。
僕は、彼女を公爵家に預けるという可能性も切って捨てた。
「叔母上を巻き込んで面倒なことになるのはゴメンだから、アッシュんちには預けない」
えーっ! とアッシュは不満そうにしたけど、接点が増えたらもしかしてリコがアッシュに惹かれる可能性だってあるじゃないか。
それは絶対にだめだ。
だけど、ならどうする?
ともすれば思考の迷路に陥る僕に、アッシュが再び声をかける。
「あのな、ユーリ。お前が王都へ帰るのを躊躇ってるのは、あのお嬢さんのことだけなのか? だとしたら、記憶のない彼女をどうするかってのは確かに気にかかるだろうけど、優先順位を考えろ。今一番お前を必要としているのは王都だ。それに殿下の式典への協力依頼を受けたのはお前自身なんだろう?責任ってものがあるんじゃないのか?」
彼は辛抱強く、僕の説得を続ける。
「『筆頭を縛るものは定められた義務のみ』だってのは聞いた。それなら式典が終わってからまたここへ戻ってくるのも自由なんだよな? だったらお嬢さんのことはそれから考えればいいじゃないか。取り敢えず、ほんの半年だけ何処かにでも預けてさ」
アッシュはフェリシア──リコが、危険な目に遭う可能性なんか考えていないからそんなことが言えるんだ。
でも、確かにそう。
ほんの半年だけ、リコを上手く隠しておけたら。
厄介な式典を終わらせて、それからリコに集中すれば──。
僕はまた、今度は『半年』というその期間、リコを預ける先について考えを巡らせ始めたのだった。
「リコッ! ごめん、待たせた!!」
ふと気がつくと、リコが席を外してから既に一時間以上が過ぎている。
思ったよりも長く放ったらかしにしてしまった、と慌ててキッチンに駆け込むと、そこにはドヤ顔のリコが待ち構えていた。
僕が唖然と見つめる前で、ドヤ顔の彼女はドヤ顔のまま紅茶を淹れる。
蒸らしている間に手早くケーキを八つに切り分け、皿に二切れずつ盛り付けていく。
カトラリーも前もってセット済みだから、紅茶をカップに注げば出来上がりだ。
瞬く間に準備を済ませて僕を見上げるリコの目は、褒めて褒めてとばかりにキラキラしていた。
「凄い、リコ。手を出す隙もなかった」
その手際の良さに、お世辞なんかじゃなく本気で褒めると、リコは堪えきれないように口元を緩ませ、むふふんと得意気に笑う。
いつもの笑顔も可愛いけど、こんな顔も可愛くていいな。
いや、リコなら膨れてても拗ねてても可愛いし、怒っててもびっくりした顔でも可愛いんだけど。
でもその時だった。リコとその手元ばかりうっとりと眺めていた僕が、視界の端の異様な物体に気づいたのは。
異様というか──、それが何かは分かるんだけど、とにかく量が尋常じゃない。
思わず二度見してしまうほどに。
「ところでリコ、こっちは何?」
恐る恐る訊ねてみると、彼女はたちまちしおしおと項垂れた。
「スミマセン。夕食の下準備だけしとこうと思ったら、何故だかこんなことに……」
僕はもう一度調理台に目をやった。
……これが今日の夕食? 軽く十人分以上はあるんじゃないか?
そこには、下拵え済の材料がてんこ盛りになったザルやらボウルやら、大皿の類が所狭しと並んでいる。
これが一食分だとしたら、流石に僕でもここまでの量は食べたことがないし、食べ切れる自信もない。
いったいなんで、こんなことになっている?
リコは、実はここへ来るまで料理らしい料理をした事がなかったらしい。
貴族のお姫様であるフェリシアとしては当然のことだけど、庶民だったという異世界のリコとしての記憶の中でも、お湯を注ぐだけ、とか加熱するだけ、という子供でも作れる料理以外は、ほとんどまともに作ったことがなかったのだそうだ。
だけどそれは、頑なにキッチンを避けていた当初の頃の彼女の様子からも、充分に予想できていたことだった。
ただ彼女としても、食事の支度全てを僕に任せっきりにするのは抵抗があったようで、いつしか後片付けを手伝ってくれるようになり、お茶や紅茶を淹れてくれるようになり、今では二人並んで食事を作るのが当たり前になっている。
初めはそりゃあ色んな失敗もしたけど、毎日やっていれば誰だってだんだん要領が掴めてくるものだし、それはリコだって例外じゃない。
それに、なんといってもリコはすごく熱心だから、その分上達も早いんだと思う。
一緒に作るようになってまだ三ヶ月くらいだけど、よく作るような定番の料理ならもう安心して全面的に任せられるくらいにはなっているんだ。
そしてリコはこの待ち時間を利用して、夕食の下準備をしておいてくれたらしかった。
──ただ、問題はその量が多すぎたこと。
どうしてこんなことになってしまったのかは分からないけど、幾ら下処理だけだとしても、これだけの量を一時間そこらで作るのは相当大変だったはず。リコはきっと、ものすごく頑張ってくれたんだと思う。
なのに、それを失敗だとガックリしているリコを、このままにしておくわけにはいかない。
さあ、このありえない量の食材の山をどうしたらリコは元気になるだろうか……と考え、そうだあの二人に食べさせよう、と思いついた。
それならこの量でも丁度いいくらいだ。
リコの手料理をあいつらに食べさせるのはもったいないけど、そこは彼女のために我慢することにする。
それに、最初は少しでも早く追い返したいと思っていた二人だけど、王都へ戻ると決めた以上、彼女の存在を知っているあいつらは丸め込んでおいたほうがいい。
王都で何かあった時のための味方は、一人でも多いほうがいいんだから。
そう、何もかもリコのためだ。
「リコ、すごく頑張ったね。大丈夫、これはあの二人に食べさせればいいよ。心配しなくてもあいつらならこの位ペロッと食べるから。それに──」
吃驚して顔をあげたリコの頬に、指をすべらせた。
食い入るように僕を見つめるリコの頬に、たちまち赤みが差す。
よかった。
この数ヶ月、あまりにも健全な同居生活が続きすぎていたから、もしも兄弟みたいに思われていたら……と、だんだん不安になってきてたんだ。
でも、まだ一応意識してもらえてはいるみたいでホッとした。
何しろ王都に戻ったらずっとリコの側についているわけにはいかない。あの二人を丸め込むのと同時に釘も刺しておかないと。
僕のいないところで、万が一にも何かが起こったりしないように。
そして何より大事なのは、リコの気持ちを掴んでおくこと。
こんな中途半端なままではリコを手放せない。
元の恋人同士に戻るのはまだ無理としても、せめて僕の気持ちを解ってもらえるところまではもっていきたい。なんとしても。
紅く染まったその頬に指先を添えたまま、想いを込めて甘くリコを見つめる。
彼女は硬直したように動かない。だけどその表情は相変わらず雄弁だ。困惑と焦りが入り混じった微妙な顔つき。
そこに嬉しさが混じる日はいつだろう。
「どうせあの二人、今晩泊めてくれって言い出すに決まってるんだ。だから、こうやって準備しておいてくれて助かった」
何気ないふうに話しながら、リコの唇を親指の腹でスっと撫でる。
腰を屈め、目を見開くリコの額にちゅ、とキスを落とした。
リコは僕のものなんだから、手を出すな、と。
あの二人に、牽制の意味を込めて。
──だけど、
ああ、こんなふうにリコに触れたのはいったい何ヶ月ぶりだろう。
彼女の気持ちが伴っていないのはわかっているのに、幸せが止まらない。
思わず口元が綻んだ。
はやく──。
はやく、これを日常に戻すために、僕ができること、するべきことを探さなくては──。
「先に紅茶を運ぶよ。リコはケーキを持ってきてね」
頬どころかもう顔全体を真っ赤にして、静かにパニクっているリコに笑顔を向けて言うと、彼女は硬直したまま可愛らしくカクカクと首を振った。
「今のを見たかね、リックスくん」
「しかとこの目で、団長サン」
「あんな全開のユーリを見たのは十年ぶり位じゃないか?」
「さすが生きる伝説。王都のご令嬢たちが卒倒するんじゃないですかね」
「あいつは気にもせんだろうがな」
僕がカップを並べている横で、二人がボソボソと会話を始める。
「本人の目の前で噂話するの、やめてくれる?」
リコに余計な話を聞かせるつもりはないんだ。
もう十年も前の話でリコに嫌われたりしたら、たまったもんじゃない。
そうだ! よく考えたら王都では、僕に関する出処の怪しい胡散臭い噂が大量に出回っているんだった。
師匠との例の噂ももちろんだけど、それ以外にも僕のところまで届かないような妙な噂は幾らでもある。そんなのがもしリコの耳に入った時に、いちいち真に受けられるのは嫌だから、前もって予防線を張っておかないと。
その後、リコが運んできたケーキを食べ、王都の話題に楽しそうに食いつくリコを愛でながら、こっそりと心の中の『王都へ向かう前にリコに話しておくべきことリスト』に書き加えたのだった。
──それにしても、と僕は思う。
この騒動の落とし所はいったいどこにある?
母上の望みを叶えてフェリシアを取り戻し、僕の腕にリコを抱く未来は果たして見つかるんだろうか。
ここへ来るたびに当たり前のような顔で泊まっていく二人は、今回もやっぱり遠慮なしに泊まっていった。
但し、今回はいつもとは少しばかり状況が違う。
今までは二階の客間をひと部屋ずつ使わせていたのを
ひと部屋に二人まとめて押し込んだんだ。
客間は二つしかなくて、そのうちの一つをリコが使ってるんだから当然の話だよね?
彼らが使った部屋に備え付けのベッドは、シングルの小さなものが一つだけ。
アッシュは僕の部屋のベッドを恨めしそうに見ていたけど、それはもちろん気づかないフリで。
あのベッドは僕とリコだけのものなんだから、他の誰にも貸すつもりはない。
身体の大きな二人が、あの小さなベッドでどうやって眠ったか、なんてことも考えない。
想像しただけで暑苦しそうだから。
翌朝帰ろうとするアッシュと護衛に、転移の魔法で王都まで送ることを申し出た。
でも、この二人には初めての大サービスだったんだけど、きっぱり断られてしまった。
王都からカーサ村まで乗ってきた大事な馬を、置いて帰るわけにはいかないのだそうだ。
馬ごと送るつもりだったんだけど……、と一瞬だけ思った僕は、それ以上会話するのが面倒になって結局口に出さなかった。
筋肉の国の住民なんだから、三日かけて馬で帰ったって大して苦にもならないんだろう、と。
そしてリコと二人で彼らを見送ったあと、漸く彼女に王都の話を切り出したのだった。
近いうちに王都で大きな式典があること。それに僕も関わっていること。
それらについては、もう随分前から彼女に話してある。
だけど具体的なことは、これまで何一つ教えていなかった。
だから今回は、もっと詳しいことを。
そして、僕らがここを出て、王都へ行かなくてはならない、ということも伝えた。
これまで隠し続けていた僕の身分や、魔法使いの頂点に立つ『筆頭』という地位についても、王都へ行けばいつかは誰かの口から耳に入る可能性が高い。
それならいっそ僕の口から伝えた方がいい──と、決意した。
これを知れば彼女が逃げだすんじゃないか、引いてしまうんじゃないか、って不安を抱え、恐れ、煩悶し続けていたその事実を、僕としてはかなりの覚悟と勇気を持ってしてようやく伝えた──つもりだった。
だけど、なんてことだろう。
緊張し、反応を待つ僕に、彼女は至極あっさりと頷いてみせた。
「ああ、うん、多分知ってました、よ?」──と。
「え? どうして? 誰から聞いたの?」
誰からも聞いているはずがない。
なのにそう問わずにはいられなかった。
僕はよっぽど情けない顔をしていたんだろうか。
彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「知ってたっていうか、多分そうだろうと思ってた……かな? だってユーリさんと話してると、いかにも上流階級な話題には詳しいし、ふとした時の所作も洗練されてるって感じだし、なのに庶民のことになるとそんなに詳しくもなかったり? あと! お仕事してるの見てたって、あんなふうに出来上がった書類にサインだけして処理したり、訂正箇所にしるしをつけて指示を書き込んだりするのは、絶対偉い人のやり方だと思うの」
当たりでしょ? とばかりに、嬉しそうに僕の顔を覗き込むリコ。
──まさか気づかれていたとも、こんなに簡単に受け入れてもらえるとも思わなかった。
以前の目が見えなかった時のリコは、『困る』と言っていたし、今回もきっと同じような反応が返ってくると勝手に思い込んでいたから。
だけど、一瞬喜びかけた僕はすぐに気づく。
僕が王家の人だったら困る、と。
もしそうなら身元不明の私とは釣り合いがとれない、と以前のリコは確かにそう言っていた。
じゃあ、あの時と今では何が違う?
そんなの明白だ。
僕は彼女にまるっきり相手にされていない。つまり圏外もいいところだから、彼女にとっては僕の身分なんてどうでもいい、ってことなんだ。
「……っ!」
理解した途端目の前が真っ暗になって、思わずテーブルに突っ伏し、額を押しつけた。
一旦喜びかけたあとだから、落差が激しすぎる。
慌てたリコが向かい側から伸び上がり、僕の肩を揺すって声をかけてきた。
「え!? ユーリさん急にどうしたの? ねえっ! 大丈夫っ?」
うん。全然大丈夫じゃない、です。
明日は取り敢えず一人で王都へ出向き、殿下に挨拶を済ませ、リコを預ける予定の相手にも話を通しておくつもりでいる。
恐らく断られることはないだろう。
明後日は身の回りを片付けて、この家での最後の一日を過ごし、翌朝には王都へ向かう予定だ。
僕とリコの二人きりの生活に残されたのは、たったそれだけの時間だっていうのに……。
僕を呼ぶリコの声が本格的に慌てだしたので、ユルユルと顔を上げる。
目の前にあった泣きそうな顔が、途端に安心したように綻んだ。可愛い。
──なのに。
こんなに可愛い顔を見せてくれるくせに、彼女は僕に対して異性としての興味なんか、これっぽちも持ってやしないんだ。
昨日、彼女の額にキスを落とした時の反応を見て、これなら!と思った。いけるんじゃないか、と。
だけど、今日になったらもうこれだ。
鉄壁にも程がある。
こんなことで、あとわずか二日で、僕の気持ちをわかってもらえるところまで、果たして本当にもっていけるのか?
絶対に無理だ、って気しかしなかった。
ほんの半年、とアッシュは言ったけど、こんな状態での半年は長すぎる……、と僕は心の中で呻いたのだった。
ユリアスさんの大変お疲れさまな半生記に最後までお付き合い頂きまして、本当に本当にありがとうございました。
また連載中ブクマ・評価・感想など下さいました皆様も、本当にありがとうございます。もう感謝しかありません。
そして今回の第一章最終話、これまでの最長で、通常の三倍以上ありました。読むだけできっとお疲れになられたかと思います。
配分が上手くいかず、申し訳ありませんでした。
過去編はここで終了し、次回から舞台は王都へ。
リコ視点で話は進んでいきます。
ですが、ここからガラリと展開が変わるので、ある程度書きためてからでないとちょっと怖くて投稿できそうにありません。
なので少しばかりお時間を頂きたく、まだ話の途中(というか、本編なんてまだ始まってもいない(^_^; )ではありますが、第一章完結ということで、一旦完結設定にさせていただきます。
またこちらが一区切りつきましたので、ずっと休眠状態だった他の連載も少しずつでも進めていきたく、それを考えるとこちらの第二章開始にはかなりの時間がかかりそうな気がします。
相当お待たせすることになると思いますが、もしよろしければ第二章(本編)も読んで頂ければとても嬉しいです。
全力の感謝を込めて、ありがとうございました!




