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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
五章 過去編 ユリアスの事情
91/92

48 絶望と後悔

読みに来てくださってありがとうございます。

6月中になんとか更新したかったのですが、間に合いませんでした。残念(´;ω;`)


少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです!

アーチのところで買ったお菓子を手土産に師匠を訪れた僕は、そこでとんでもない事実を知ることになった。



少し前にアーチから聞かされていた、僕が男色家だとかいう訳の分からない噂。

あの下らない噂の元凶が、師匠だと判明したんだ。

しかも面白がって笑っている師匠は、自分がその当事者だなんて欠片も気づいてやしない。



自分が周りからどんなふうに見られていようと全く頓着していない師匠は、そのせいか自分が女性であることに確固たる自信を持っている。

髪が短かかろうが、身長が女性の平均より遥かに高かろうが、好んで男性服を着ていようが、何故か自分が女性に見えていることを信じて疑っていない。

そこに、その噂の相手は師匠だと暴露したら、彼女は落ち込むんじゃないかな? 或いは怒る? それとも笑って本気にしない?


──反応が全然読めない。

これはもうそっと、何も言わないまま闇に葬り去るべきなんだろうか。



そうして諦め半分で脱力する僕と幾つかの会話を交わすうち、師匠は手にしたカップの紅茶を飲み干し、おもむろに立ち上がった。

筆頭試験で数種類の魔法を見せたと告げたあとのことだ。

いつもの快活な様子はなりを潜め、真摯に僕を見つめる。


「……隠しておきなさい、ユーリちゃん。自分を守るために、利用されないためにもね。ユーリちゃんは強いけど、全部を見せてしまうとそれは弱点にもなってしまう」





僕が筆頭と呼ばれる意味を、同じ魔法使いの、それもAランクの師匠は誰より正確に分かっている。そして僕の持つ魔力が、そんな程度のものじゃないってことももちろん。


それなのに、彼女はこうして僕の心配をしてくれるんだ。




もう何度も思ったことを、また思う。

きっと一生、師匠には勝てそうにない──と。






その後の僕は、あさって迎えに来る時間を師匠に確認し、僕がいることを察した研究所員たちが師匠の部屋を目指してやってくるざわめきから逃げるように、森の家へ文字通り跳んで帰ったのだった。











リコの目が見えるようになるまで、あと二日。

それまでに、僕も覚悟を決めておかなくちゃならない。


だけど、いったいどんな覚悟を?




僕の中にぽっかりあいていた穴は、リコを得ていつの間にか綺麗に埋まっていた。

まるで初めから何もなかったかのように。


──もしも、僕を見てリコの態度が変わってしまったとしても、今更彼女を手放すことなんてできるとは思えない。













無意識に風に運ばせていたリコの、何かを口ずさむ声を聞きながらそっと家に入った。

リコが楽しそうにしているなら、邪魔をしたくはない。

下でローブを脱ぎ、二階の部屋の前まで来てドアに手をかけたまま考え事をしていると、内側から声がかけられた。

「そこにいるの、ユーリ?」

不安そうな声に慌ててドアを開ける。

「ただいま、リコ」

僕の声を聞いた途端、ベッドの縁に座る彼女の顔がパッと輝いた。その様子が可愛いくて嬉しくて、心が浮き立つのを隠せない。



彼女の隣に座り、その話に耳を傾ける。

リコの生まれ育った国では一日のうちの数時間、同じ年齢の幼い子供たちを預り、その世話をするという職業があるらしい。

その間、親たちは仕事をしたり家事をしたり、自由な時間を過ごすことが出来る。

学校と同じようなシステムってことかな? 僕が卒業したような全寮制ではなく、アーニーみたいに家から通学するような。


リコは楽しそうに、僕にはわからない歌に合わせて両手を膝や肩に置き、クロスさせたり、叩いたりして見せる。

そこでは集められた子供たちを相手に、そうやって遊びながら色々なことを教えていくのだそうだ。

一通り終わったら、「こっちにはこういうの無いのかな」と首を傾げ、呟いた。

僕が幼かった頃は乳母に世話してもらったけど、そんなふうに遊んでもらった記憶はないし、弟達がそうやって遊ばれてるのを見た覚えもない。

庶民はどうなんだろう。

僕が知らないだけで、そういった施設があってそういった遊びもあるんだろうか?



「そうなんだ。こっちの言葉に訳してやっても楽しいと思うんだけど」

少し俯き加減で考えるリコ。

それから顔を上げて、見えない目を僕に向けた。

「ねえ、ユーリ! 例えば、よ? もしもこの国に、そんなふうに子供を預かってもらえるような場所があるならね、そこで私のこと雇ってもらえたりしないかな? そうしたらこっちの子供たちが知らない遊びとか教えたりできるし、それに……、そうよ! もしそんな場所がないのなら私が子供たちを集めるとかどう? 忙しい時間帯に子供を預かってもらえる所ができたらみんな喜ぶと思わない? この世界の女の人ってみんなお仕事してるの? そういう人たちは子供たちをどうしてるんだろう。おじいちゃんやおばあちゃんにみてもらってるのかな? でもそれが出来ない人もきっといると思うのよね。ねえ、ユーリはどう思う?」


いいことを思いついた!とばかりに、楽しそうに言葉を紡ぐリコの質問のどれにも、僕は明確に答えることができなかった。


リコが考えているのは恐らく庶民が対象だ。

貴族の子弟には乳母がつき、家庭教師がつくから、リコの言うような施設は必要ない。

僕の知り合いといえる庶民はアーチくらいで、彼のお母上は多分家業の菓子屋を手伝っているし、僕の邸や商店街にだって働いている女性はいくらでもいる。でも彼女たちに子供がいたとして、その子供たちが母親の仕事中どうしているのか、なんてこれまで気にしたこともなかった。

アーチが小さい頃どんなふうに過ごしてたかも、彼から以前聞いたような『近所の子供たちを集めて遊んでた』程度しか分からない。


リコがそういったことを知りたいっていうのなら、この際アーチから根掘り葉掘り聞き出してみてもいいんだけど、でもそれでリコが更に仕事に興味を持つのは少し困る。

僕と過ごす時間が減るし、第一リコが仕事をする必要なんてどこにもない。

そのくせ、働くことで彼女がこの世界に腰を据える気になってくれるならそれもありだな、という気もするし、何よりこんなに生き生きとしたリコを応援したい気持ちもないではない。




どう答えるべきか考えが纏まらないまま、リコに向かっては時間稼ぎのように言った。

「何をするにも、目が治ってからでないとね」


「……そうね、そうなのよねー、はぁぁ」

たちまちしょんぼりするリコに、しまったと思う。

そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。


慌てて彼女の背中と膝裏に腕を回した。

「実はリコにいい知らせがあるんだ」


「いいお知らせ? なあに?」

キョトンとするリコをふわりと持ち上げ、膝の上に乗せる。

「あのね……」







内心の葛藤を隠し、あさっての昼に師匠が来ることを伝えた。

そのときの診察でOKがでたら包帯を取れることも。


リコは「本当に!? ジェニーさんに会えるのっ? 嬉しいっ!」と歓声を上げ、僕にしがみつく。それから少し小さな声で、「ちゃんと治ってるかなぁ」と呟いた。

リコは知らないだろうけど、Aランクである師匠の治癒魔法はこの国のトップクラスだ。雑なことはさておき、その医療技術も。

リコが不安がる必要はどこにもない。


「今日師匠に見せたデータでも全然問題なかったし、診察は最終確認ってだけのことだから」

耳元で「心配しなくて大丈夫」と囁くと、彼女はくすぐったそうに身じろぎ、クスクスと笑った。









この穏やかな時間はあさってになっても続いているんだろうか。


しあさってもその次の日も、続いてくれているんだろうか。



今のうちに僕の身分のことだけでも伝えておいた方がいい?

でもそれで少しでも引かれたりしたら、包帯を取るのがますます怖くなってしまう。


僕の顔を見てリコの態度が媚びるように変わったら嫌だな……と思う気持ちは間違いないのに、もし身分のことで引かれた時は、逆にこの顔で引き止めることはできないか、と矛盾したことを考える。

でもフェリシアにこの顔は通じなかったな……と思った次には、じゃあフェリシアは何故僕を慕ってくれていたんだろう。それが分かれば上手くそれを利用できるのに、と考えたり。


リコのことになるといつもこうだ。右は右、左は左。白は白、黒は黒と割り切って考えられない。

リコが働くことを希望していると知ったショックも一緒にやってきたせいか、乱れた思考はとどまる所を知らず迷走する。





そうして僕はまたリコに甘えてしまうんだ。


その柔らかさを求め、すがりつき、刹那の快楽に現実からの逃避を試みる。

不安を奥底へ追いやり、見ないふりをする。

彼女の手を握りしめ、肌に触れ、この日常は消えてなくなりはしないんだ、と自分を騙す。













そうやって逃げ続けていたツケが、とうとうまわってきてしまった。










僕が絶望のどん底に突き落とされたのは、それから僅か二日後のことだった。























今、冷静になって考えてみれば、あの頃の僕は恐ろしく取り乱していた。

何が最善かを考える余裕もないほどに。








リコの目の包帯を外し、多分、お互い違う理由で喜びあったそのあと。


リコは自らの姿を見て錯乱した。

鏡に映った金髪の、ラベンダーの瞳の、白い肌のフェリシアを見て。


私の髪は、瞳は黒いのだと。


肌もこんなに白くないのだ、──と。












全ては僕の勘違いのせいだ。


リコとフェリシアの見た目が違うなんて考えもしなかった。


分かっていたら、リコに誤解させることもなかった。


僕が好きなのはリコであってフェリシアじゃない、と前もって伝える事ができた。




もう今更、全てが遅いのだけれど。






























彼女の髪と瞳を、そして肌の色を変えたのは、落ち着いて僕の話を聞いて欲しかったからだ。


家中の鏡を、ガラスを割ったのもそう。

姿形を変えることは殿下の魔力でも出来ないし、そもそもリコ本来の姿を僕は知らない。

顔かたちを変えられない以上、鏡に映せば別人の姿だってことはすぐに分かってしまう。


姿を見させないまま事情を説明して、納得してもらえたら魔法を解くつもりだった。




だけどそんなふうに誤魔化しから始めるべきじゃなかったんだ。


僕がすべきだったのは、目覚めたリコに誠心誠意勘違いを謝り、僕が好きなのはリコなのだと解ってもらえるまで話し合うこと。

その過程で怒鳴られようが、叩かれようが構わない。リコさえ怪我をしなければどうでもいい。

そうやってリコと正面から向き合うべきだった。







そんなことにも思い至らない程、あの時の僕は錯乱したリコよりもなお一層取り乱していた。


取り乱したまま無意識に風を、雨を招き、災害をもたらした。




殿下が異変を察知して来てくださらなかったら、この地方一帯は取り返しがつかない程の大惨事に見舞われていただろう。











あの日、突如として西の辺境を襲った大嵐は、一瞬風が途切れたのを境にピタリとおさまった。




怪我人は出たものの死者はなく、川に流され行方がわからなくなっていた人々や、潰れた家に埋もれていた人たちも皆、塔から派遣された魔法使いたちによって発見され、治療を受けて事なきを得ている。

カーサ村に関しては、一番被害が大きかったユグラス川流域からは離れていたこと。村の周囲の森が風の威力を弱めてくれたことで、大した被害はなかったと確認することが出来た。


翌日には転移の魔方陣を駆使して、国内の各領地から続々と支援物資が届き始めた。またそれらを運んできた地方の警備兵たちは応援のためそのまま残留し、王都から派遣された騎士たちの指示に従って、避難所の設置及び倒壊した建物の解体に従事する。


同時に全壊・半壊の家には補償金を、それ以外の被害を被った家にも見舞金を支給する旨が公布され、それに伴い文官による被害額の査定が進められていった。

泥の海と化した田や畑には、収穫されるはずだった作物の補償及び復旧費用が支給されることになり、半年後を目処にユグラス川の治水工事に着手する計画も発表された。

そして、それら補償金等の財源全てが『筆頭』からの寄付によるものと、殿下の名のもと広く世間に知らしめられたのだった。


また王国としては、この地方に於けるこの年の税金を免除。更に来年以降も復旧の程度により税率の引き下げを検討すると告知している。


被害にあった人々は疲労の色が濃いものの、それぞれの家族の無事が確認され、またこの先の見通しがたっていることから、意欲的に復旧活動に取り組んでいるようだった。












だけどそんな騒ぎから離れたところで、僕は目覚めたリコの扱いに苦慮していた。












眠り続けていたリコが目を覚ましたのは、大嵐の日から二日ほどが過ぎた頃だ。


惨憺たる有様の室内を片付けるかたわら、いつリコが目を覚ましてもいいようにと、日に何度も食事を温め直しては枕元へ運んだ。

そして、それが丸一日以上をすぎる頃には柔らかいメニューに切り替えた。


割れたガラスを取り除き、窓に板を打ち付けながら考える。

リコはどう言ったら分かってくれるだろう、どんな順番で説明したらいいだろう、と何度も何度も頭の中で繰り返し考える。そして眠り続けるその姿に、いつ目覚めるのか、本当に目覚めるのかとやきもきし始めた矢先のことだった。






無事に目を覚ましてくれたリコの、その瞳に狂気も怒りもないことを見て取り安心した。

手にしたトレイを置き、ベッドに膝を乗り上げ、彼女の頭を抱き寄せる。


──ああ、リコだ。


色なんてどうでもいいんだ。それがリコでさえあれば──。





この二日間の疲れが癒される思いでリコを堪能していると、彼女のお腹が控えめに鳴っているのに気づき、食事を促した。

「目が覚めてよかった。まずはこれを食べて。もう二日近く、何も食べてないからね」


リコがお腹を空かせているのは切ない。

これはもうトラウマレベルかも。


そう思いながら、かぼちゃのポタージュと白パン、ヨーグルトを載せたトレイをリコのわきに置き直す。

だけど、いつも通り食べさせるつもりでスプーンを手に取った僕に、リコは他人行儀に頭を下げた。


「助けていただいた上に、なんか色々お世話になってしまっているみたいですみません、ありがとうございます。私は──リコと申します。あなたの名前を教えていただいてもいいでしょうか?」













──それまでのリコは、僕の前から消えてしまっていた。













リコは湖で助けられたあとの記憶を、すっかりなくしているようだった。


僕と過ごした記憶の全てを────。







倒れる前にリコが呟いたあの言葉。


────消える消えてしまう……


あれは彼女の記憶のことだったのか。

だけどまさか……、まさか僕との全てが消えてしまうとは思わなかった。





呆然とする僕を、リコは黒い瞳で不思議そうに見つめる。











リコと過ごした二ヶ月。


初めは距離をとっていて、少しづつ近づいて。

泣く彼女を慰め、ケンカをして、親しくなって、好きになった。




それから、


可愛くて愛おしくてたまらない彼女が、僕に向かって叫んだ。


『大っ嫌いっ』と、そう叫んだ。




その記憶の全てが今、リコの中にはない。
















だったら、もう一度初めからやり直せばいい。

何も教えないまま、初めから。彼女に嫌われた過去をなかったことにして。



──今度は絶対に間違えはしない。



咄嗟にそう思った。











そう思ったこと自体が間違いだったと、




────すぐに気づいて後悔する羽目になるのだけれど。


















目が覚めた直後の、この二ヶ月間のことを全く覚えていない彼女に、幾つもの嘘をついた。





僕の恋人ではないリコを僕のベッドで寝かせるわけにはいかない。

だから彼女が目覚めた日に、元の階段脇の部屋を使うように伝えた。

部屋のサイズもベッドのサイズも違う。僕の私物も置いてある部屋をそのまま彼女に使わせるのは明らかに不自然だ。


そうしたらリコは、「どうして私はユリアスさんの部屋を使わせてもらってたんですか?」と無邪気に訊いてきた。



毒の湖で溺れた記憶だけは残っている彼女に、ささやかな真実を伝える。


眼窩に汚れた泥水が入り、それを擦ったために傷口からばい菌や毒素が入って熱が出たこと。

やがて熱は下がり意識は戻ったが、眼は傷が治るまで開けることができなかったこと。


それから小さな嘘を混ぜていく。


以前の、目が見えなかった二ヶ月近くの日々の殆どを、僕の部屋のベッドで過ごしていたのだ、と。

その理由として、部屋が広い方が介護に都合がよかったから、と。


──だけど、介護という言葉を口にした瞬間、内心「しまった」と思った。


リコを湖から助け出したあと、確かに最初の五日間程は介護状態だった。でもその殆どは師匠がしてくれていて、僕は差し支えのない程度に手伝っただけだ。

なのにここで理由を介護としたんじゃ、師匠のことを話さないといけなくなるんじゃないか?何しろリコは女の子なんだから。


一瞬、師匠のことを告げるべきか、と頭をよぎった。

けど、そうしたらリコはきっと会いたがるに違いない。

会ってお礼を言いたい、と言うだろう。律儀なリコのことだから。


でもこの髪色の、瞳の、肌のままのリコを師匠と会わせるわけにはいかない。記憶を失って見た目も変わってしまった彼女のことを、師匠にどう説明すればいいのか分からなかった。


師匠のことは話せない。

でも一度口に出した言葉を取り消すことも出来ない。

仕方なく都合の悪いことは隠したまま、言い訳のように『だから今回倒れた時も、咄嗟に自分の部屋のベッドに運んでしまったのだ』と付け加えた。


介護という言葉が何を示すのかは、リコにも察しがついたんだろう。

驚いた顔がたちまち赤くなり、困ったように眉を寄せ、考え込んだ。


リコは恐らく、全てを僕がしたと誤解している。






あとになって考えれば、多分この時が真実を告げる最後のチャンスだった。



もしも、この時彼女がもう一言突っ込んでくれていたら。

私の世話は全部、ユリアスさんがしてくれたんですか? と訊いてくれたなら。


まさか、と笑って否定できたかもしれない。

師匠の存在を打ち明け、師匠と彼女を会わせるために本当のことを話せたかもしれない。


その時のリコの身の回りの世話は師匠がしていたから心配しなくていいんだよ、と教え、師匠がどんな人なのか、どんなふうにリコの治療をしたのか語り、そのあと僕とリコの関係がどんなふうに変わっていったのか、を話せたかもしれなかった最後のチャンス。



なのにリコはそれっきり、介護の話題を蒸し返すことはなかった。







窓枠にガラスが入っていない理由を、鏡もグラスの一つもない理由を魔力の暴発とでっち上げ、リコはその巻き添えで昏倒したのだと説明した。

そのまま二日間眠り続け、目覚めた時にはこの二ヶ月間の記憶がなくなっていたのだと。



ほんの少しの真実を織り交ぜた嘘を嘘で塗り固め、嘘で補強する。


なのに、リコは全く気づかない。




僕を、見知らぬ世界で迷子になっている自分を保護してくれている親切な人、と信じて疑っていない。



そして僕も真実を語り損ねたまま全てをやり直そうとして、そこでようやく間違えたことに気づいた。






たちまち後悔することになった。





アーチにこの話をしたら大笑いされそうだ。

それとも呆れて説教されるかもしれない。対人スキルの低さが幼児並みだ、とか言って。












全く記憶のない人間を相手に、以前と同じように接すれば同じ反応が返ってくる、同じ関係に戻れるなんて、どうして思い込んでしまったんだろう。

状況も、何もかもが違うのに。


目が見える彼女に食事や移動の介助は必要ないし、度を越して構えば『何、この人?』って目で見られる。

僕の顔には多少興味があったみたいで、時々チロチロと見られてる気配はあったけど、それも三日をすぎる頃には殆どなくなった。

ホッとする反面、最後の切り札がなくなったような気がした。




そうして僕は、どうしたらもっと彼女に近づけるのか、好きになってもらえるのかわからなくなってしまったんだ。




それでなくてもこんな状況に陥ってしまい、リコにはいつかフェリシアに戻ってもらわなくてはならないのに、いったいどのタイミングで色を変えた事を伝えたらいいのか。


途方に暮れるとはまさにこのことだった。












目を覚ましたリコは、以前より活動的だった。


当たり前だ。目が見えてるんだから。



何もしなくていいと言ってるのに仕事を欲しがり、与えなければ「心苦しいから」と家を出て行きかねない勢いだ。

かといって出来ることには限りがあるらしく、キッチンにはさり気ない素振りながら極力近づきたがらない。


料理なんて、きっとしたことないんだろうな。


フェリシアなら当然のことだけど、恐らくリコ自身も。







彼女は結局、水汲みの仕事を僕からもぎ取っていった。


彼女に負担をかけたくない一心で、だけど気を遣わせたくもなくて、こっそり魔法をかけた。

リコが運ぶ桶の水は、実際よりも随分軽かったはずだ。


なのに翌日には何度も桶を持ち替えるようになり、更に次の日見るにみかねて有無を言わせず掌を見せてもらうと、幾つものマメが潰れて痛々しいことになっていた。


これでもダメだなんて……。


愕然とした。今更のように、リコの手の柔らかさに。










少しでも共通の話題を持とうと、熱心に彼女の話に耳を傾ける。

彼女の住んでいた『ニホン』という不思議な世界。

魔法がないにもかかわらず、便利で贅沢な生活環境。彼女はそれを『デンキ』と『セキユ』だと言った。


清潔で平和な国。

兵士も騎士もいない。代わりに『ジエイタイ』があり、『ケイサツ』がある。


その、空想とは思えないどこまでもリアルな世界観。







リコという存在は、いったいなんなんだろう。

身体はフェリシアのもので、記憶と思考はリコのもの。


幾度となく考えたこの疑問だけど、彼女の話を聞くうちに、なんとなく分かってきたこともある。



それはただの推測に過ぎない。


だけど、僕の中に僕のものではない過去の誰かの記憶があるように、フェリシアの中にもずっとリコの記憶があったのだとしたら。




嵐のあと殿下が視せてくれた、『呪い』に絡め取られたフェリシアの魂。

フェリシアの魂が誰かの『呪い』に干渉され沈んでしまったために、リコの魂に刻まれた記憶だけが浮かび上がってきたのだとしたら?


そして殿下の言うところの『中途半端な呪い』のために、最初は完全に干渉されていたフェリシアの意識が少しづつ浮上してきた。

それがリコの中にいた小さな彼女の正体なんじゃないのかな?



全然違和感がない、と。違う記憶を持ってるだけで、どっちも自分としか思えない、と言ったあの時のリコの言葉はそれを裏付けてはいないか?






僕の遠い記憶の中にいる僕ではない彼も、姿かたちは今の僕とは全く違う。

それでも僕には、彼が僕なのだと分かっている。違う時代を生きた、違う記憶を持つ僕なのだと。


フェリシアにとってのリコも、そういう存在だという可能性は?






フェリシアにかけられた呪いは、フェリシアにだけ作用するものだ。


今のリコに、あの湖で溺れた時の記憶だけが残っているのは、それが『呪い』を受けた直後だったからとは考えられないか?


『呪い』を受けた直後で、その時フェリシアの存在は完全に沈み、リコだけがそこに在った。だから、なにかの弾みで再び『呪い』が発動した時、湖で溺れた記憶だけを残し、目覚めたあとのフェリシアの意識が混在していたリコの記憶は彼女とともに沈んでしまった。

そうは考えられないか?



フェリシアを呪った人物を見つけ出し、呪いを解かせればいい。


そうすればリコはきっと僕を思い出す。

僕を嫌いだと叫んだ記憶とともに。







だけどそれと同時に、『呪い』を解いたその身体はフェリシアのものに戻る。






そうしたら、


────リコはいったいどうなってしまうんだろう?





















どうすればいいのか、どうするべきなのか。


考えが纏まらないまま、日々は緩慢に過ぎていく。



他人行儀なリコに『ユーリさん』と呼ばせることに成功したのは、ひと月程が経った頃だったろうか。

出来ることなら以前のように呼び捨ててほしいんだけど、記憶を失う前のリコも『呼びすてはハードルが高い』と言っていたことを思い出し、妥協することにした。


カーサ村の村長たちが訪ねてくる日は、少しだけ部屋に隠れていてもらう。

以前のリコの時もそうしていたけど、理由はもちろん彼女を見せたくないからだ。僕の可愛いリコを彼らの不躾な視線に晒すつもりはない。

リコがここへ来て以来、僕の彼らに対する態度は露骨に素っ気なくなっていて、村長は理由も分からないまま少しばかり不満げに、早く話を切り上げて帰っていく。

でも、村の女の子たちの流行の髪型とか、若い男たちが女の子の気を引くにはどうしたらいいかとか、そんな話を聞かされるよりリコの話を聞いていたいのは当たり前だよね。




おやつの時間や食事時の飲み物はリコが準備してくれるようになった。


彼女がお湯に浸かりたがっていると知り、お風呂を作った。


初めて最初から最後まで一人で作ったという料理を食べさせてもらい、それをきっかけに一緒にキッチンに立つようになった。

簡単なことから始め、少しづつ難易度を上げていく。毎日のことだから、彼女もすぐに上達していった。



リコが使いやすいようにと川の水をキッチンやトイレにも引き、それまで川で済ませていた洗面を屋内でできるように、お風呂場の片隅に専用の場所を作った。



お風呂上がりにリコの髪を乾かすのは僕の仕事だ。

彼女の髪に熱をまとわせた風を送り、乾かすと同時に魔力を流し込む。

気づかれないように少しづつ。少しづつ。

髪は毎日伸び続けているし、肌の細胞も入れ替わっている。こうしてこまめに魔力を流し込まないと、フェリシアの金の髪が、白い肌が顔をのぞかせてしまうかもしれない。



リコにこの世界のことを教えながら向こうでの生活習慣を教わり、彼女の笑顔を見たい一心で家中をリノベーションして回る。


初めは彼女の部屋だけだったフローリング(裸足で歩ける床)を家全体に広げ、玄関には下駄箱(靴用の収納庫)を設置。


どんどん変わっていくその様子に彼女は目を輝かせた。


「すごいっ! ユーリさんってホントに何でも出来るんですねっ!」





ありふれた賞賛の言葉をこんなにも嬉しいと感じるのは、それがリコの言葉だからだ。

他の誰に言われたって、きっとここまでは響かない。




記憶がなくてもリコはやっぱりリコで、そのクルクル変わる感情豊かな表情も、ちょっとした時の何気ない仕草も、全てが僕を魅了する。





それを自覚する度に、後悔が僕を襲う。


どうしてリコは僕を覚えていないんだろう。

どうして僕はあの時リコに真実を伝えなかった?



どうしてやり直せるなんて、思ってしまったのか。








み月、よ月と時は流れ、殿下に言い渡された謹慎の時も遥かに過ぎて──。


僕とリコの間には何の進展もなく、まるでままごとのような日々だけがただ続いている。







()()が一年と二ヶ月振りに僕の家を訪れたのは、そんな頃だった。



ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

でも、またしても文字数が……。


そしてネガティブ過ぎて、リコに手も足も出せない状態のユリアスさんww。



次で恐らくユリアスさんの章、終わりになると思われます。


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