47 感情の嵐
あの日、僕がリコに告白したのは、本当に勢いでしかなかった。
その頃の僕はリコを甘やかすことに夢中で、少しずつ彼女との距離を縮めていくことが楽しくてしょうがない時期だった。
深夜無意識に、寝ぼけたフェリシアに身体を譲っているリコに気づいたのもその頃のこと。
リコには全く自覚がなく、どう切り出せばいいものか、それとも言わない方がいいのか迷いながらも彼女の真夜中の散歩につきあう日々が続いていて、それはともかくフェリシアの意識で夜中彷徨いているリコは、昼間眠くてたまらないらしい。うたた寝が増え、ついでに欠伸の回数も増えた。
そのたびに手で隠してはいるんだけど、どうしても指の隙間から大きく開いた口が見えてしまう。
王都の令嬢たちが僕に見せるのは取り澄ました顔や媚を含んだ笑顔ばかりだ。こんなにも開けっぴろげな可愛い姿は絶対に見せてくれない。
人間って、幸せに対しては本当に貪欲な生き物だと思う。
リコが笑いかけてくれるようになり、日々のちょっとした会話を当たり前のように交わし、こんなくつろいだ姿を見せてもらえるようになると、今度はリコから甘えてきて欲しいな、と思うようになった。
何かして欲しいことはない? 食べたいものは? やってみたいことはないの?
どんなわがままでもいいから。僕に出来ることなら何でもしてあげるのに。
そう思う一方、リコの反応の一つ一つが可愛くてついいじめてしまう時もある。
以前の遠慮ばかりして距離を置かれていたリコには、絶対できなかったことだ。
尖らせた唇が可愛くてつまんでみたり、額をピンと弾いてみたり。
怒ったり拗ねたりはしゃいだり、素直な感情を飾らずに見せてくれるリコが可愛くて仕方なかった。
可愛くて可愛くて、抱き寄せて、触れて、もっと別の僕しか知らない彼女の表情を見たい。
そう思うけど、そのためにはまずリコに僕の気持ちを打ち明けるところから始めなくちゃいけなくて、でも僕はまだそれをする勇気がなくて────。
そんなある日、何の弾みか僕の年齢の話になった。
そこから誕生日の話になって、余計なことを言ってしまったと後悔したけどもう遅い。
リコの髪を撫でていた手を取られ、「お誕生日はいつ?」と聞かれた。
あの流れじゃ当たり前の質問だった。
「ユーリちゃん?」
ためらう僕の手を両手で包み、その指を一本ずつやんわりと撫でるリコ。
目が見えないリコは、何でも撫でるように手で触れて確かめようとする。だからこれもきっと何も考えずにやっている。
だけど僕にしてみれば、たまったもんじゃなかった。
触れられた指先が熱くなった気がして、慌てて引っこ抜いた。
誤魔化すようにあさってが誕生日だと教えると、リコは「あさって!? お祝いしなきゃ!」と叫び、ハッとした顔でグルグルと考え込み、最後にはしょんぼりと肩を落とす。
予想通りの反応だった。
だから言いたくなかったんだ。僕のことでがっかりしてくれて嬉しいって気持ちも多少あるのは認めるけど、リコにはやっぱり笑っていてほしい。
咄嗟にリコの頤に指をかけ、上を向かせて言った。
「リコが『おめでとう』って言ってくれるだけで充分なんだけど、もしどうしてもって言うなら、リコの目が治ってから改めてお祝いし直してくれる?」
リコが元気に頷いてくれたからホッとした。
まさかあんなプレゼントを考えてくれてるなんて思いもしなかった。
そうして誕生日を迎えたその日、リコの喜ぶ顔をこっそりプレゼントにもらうつもりで彼女を連れ出した僕は、そこで思いもよらないプレゼントを受け取り、リコの愛らしさに打ちのめされて、まさしく勢いのまま告白することになる。
リコに関して、僕の中にはずっとある種のブレーキがあった。
自分が異世界から来たと信じているリコは、目が見えないことも相俟って、今この世界で頼れるのは僕だけだと思っている。師匠がいればともかくも、彼女は王都に帰ってしまってそれきりだ。
そんな状態で、心細いに決まっている彼女に付け込むようなことを言うのはどうかと思う僕のプライド。
そして、今はこうして屈託なく自然体で僕と過ごしてくれているリコだけど、いずれ目が治って見えるようになれば僕に対する態度が変わるんじゃないかという不安。
もしもリコが王都の、僕の容姿を見て目の色を変えるような連中と同じになってしまったらどうすればいい?
リコはあんな奴らとは違うと思いたいけど、そう言い切れるだけの根拠が僕にはないんだ。かろうじて頭をよぎるのは、フェリシアにとって僕の見た目は意味がなかったという事実だけ。
それならリコにとっても同じかもしれない、と思うのは希望的観測に過ぎるだろうか。
だけどその、リコがフェリシアだというのも僕にとっては微妙だった。
リコとフェリシアが全くの別人だったとしたら、いくら疎遠だとはいえ婚約者のいる身で本気の恋愛はできない。そう考えれば二人が同一人物だというのは僕にとってプラスになる。
でも僕はフェリシアに嫌われてるってことも忘れちゃいけないんだ。
なにかのきっかけで──。そう、例えばリコの目が見えるようになって、僕の顔を見た時に──彼女は思い出すかもしれないじゃないか、僕を嫌ってるって事を。
だから、リコに告白するのならせめて彼女の目が見えるようになってから、と決めていた。
結局そんな理屈も何もかも、リコの可愛さの前に全て投げうって、好きだ……と伝えてしまったのだけれど。
僕がリコに告げた言葉は、その場での返事を促すものじゃなかった。
リコは僕のことを全く意識していないと思っていたからだ。
『ユーリちゃん、私にして欲しいこととかあったら言ってね。私に出来ることなら何でもするから』
その日の朝、僕に向かって彼女が告げたこの言葉。
少しでも僕を男として意識していたなら、こんなこと言えるはずがない。
少なくとも僕なら言わない。
そのときは告白する気なんてさらさらなかったから、そんなつけ込む隙を与えるような事を言ってはいけない、ってお説教したんだけど、リコはキョトンとして分かってないみたいで、危なっかしすぎて頭を抱える羽目になった。
ここに僕以外の男がいなくてよかった、と本気で思った。
だけど、リコは僕に応えてくれたんだ。
信じられない。
──嬉しい。
彼女を抱きしめる僕の腕は、多分、少し震えていた。
それからの日々はリコを愛で、王宮へ打ち合わせに出向き、リコに癒されながらアーチの情報を考察し、リコを甘やかすことで過ぎていく。
僕の膝に乗せた頭を腹に擦りつけるようにして、むにゃむにゃとうたた寝するリコは、可愛いなんてもんじゃない。
きっともう、リコを手放すことなんてできない。
ありえない勢いでリコに溺れていく自分にほんの少し呆れるけど、リコが可愛いのが悪いんだから仕方ないんだ。
やがて目を醒ましたリコの手を取り、指を絡め、軽いキスを繰り返す。瞼を覆う包帯の上から、そして額に、頬に、耳にも唇にも。
ぷっくりとしたその唇を舐め、柔く喰む。
僕に今許されているのはここまで。これ以上はしない。
たったこれだけで硬直するリコを、怯えさせたくないから。
それにあんまりしつこすぎて嫌われたら困るし、がっつきすぎって思われるのも嫌だ。
リコの前では少しでも余裕のある自分でいたい。
だんだん力が抜けてくるリコの身体を支え、仄暗く思う。
早く。
もっと僕に慣れて。もっと僕を欲しがって。
膝にのせた柔らかい身体を抱き寄せ、その肩口に顔を埋めてリコを堪能する。
リコもまた僕の背中に手をまわし、ギュッと抱きしめてくれる。
愛おしすぎて気が狂いそうだ。
──僕の、リコ。
殿下の15歳の誕生日に行われる記念式典の打ち合わせは難航している。
ランボルクという国からの出欠の返答がまだ届かないためだ。
たかだか建国250年の新興国ランボルクは、国全体に活気があり、下手をすれば他国から見て生意気と取られかねない言動も多い。噂によると、これまでにもこういった国際的な場で幾つかの揉め事の原因になったことがあるらしく、外務は招待に消極的だった。
かといって最初から招待しないというのも揉め事の原因になりそうでやむなく招待状を送ったものの、回答の期日はとっくに過ぎているのになんやかやと理由をつけては引き延ばされ、はぐらかされたままでいる。
いっそ欠席すると言ってきてくれれば誰もが喜ぶのに。
招待客を宿泊させる施設には限りがある。一国を保留のままでは決めにくいとズルズルここまできてしまったけれど、もう限界だった。
殿下の案に乗ってランボルクのために離宮を一棟確保することに決め、その日の打ち合わせを終えてから手配を済ませる。
殿下はオープンの馬車に乗ってのパレードに難色を示しておられたけど、恐らく中止にはならないだろう。殿下はお優しいから、王妃様をがっかりさせるようなことはきっとなさらない。
せめてオープンではない普通の馬車にならないか、警備の難しさを言い訳に交渉してみようかな。
その場合の交渉相手はもちろん王妃様だ。
そんなことを考えながら家へ帰ると、玄関を開けた途端にリコが飛びついてきた。可愛い。
でも抱き上げるのを恥ずかしがって抵抗するのは相変わらずで、自分から飛びついてくるのといったい何が違うんだろう。
そのうち慣れてくれたら嬉しいんだけどな。
彼女の頬にただいまのキスを落とし、腕に掴まらせてソファーへ誘導した。
リコは僕にお願いがあって待っていたのだと言った。
この国で必要な一般常識やなんかを教えて欲しいのだ、と。
そして、もうひとつ。
言っておかないといけないことがあるのだ、──と。
まるで内緒話をするかのように楽しげに、そのくせ少し緊張した面持ちでリコが打ち明けてくれたのは、驚いたことにフェリシアのことだった。
フェリシアの意識は、リコの中にちゃんと残っていたんだ。夜中の寝ぼけたようなフェリシアではなく、明確な意思を持ったフェリシアが。
リコは彼女の名前すら知らないようだったけれど。
あとになって、僕は何度も自問する。
この時、伝えるべきだったのではないか。
彼女に全てを伝えて、心の準備をさせるべきだったのではないか──、と。
だけど、そのときはどうしても話せなかった。
話したらどうなるのだろう、と考えると。
もしかして、夜中の彼女について話すことで、リコがフェリシアの記憶を取り戻す可能性はないだろうか。
その代わりにリコの記憶が消えたりはしないだろうか。
僕との全てを忘れてしまったりしないだろうか。
一瞬躊躇って、機会を逃してしまった。
どうすれば正解だったのかは未だにわからないし、そもそも正解があったのか、さえわからない。
わかっているのは、この時僕が選んだ道が間違っていた、ということ。
そのためにリコを失うことになってしまった、というただそれだけだった。
ともあれその頃の僕は、このあと何が起こるのかも知らないまま、のんきにリコの言動に一喜一憂していた。
以前リコが泣きながら僕の帰りを待っていたあの日、リコが僕を『ユリアス様』と呼んでいたあの時も二人の意識が混在していたのだと聞いた。
僕のことを『ユーリちゃん』と一番最初に呼んだのも彼女の意識なのだと。
そう呼ぶ師匠が羨ましかったみたい、とリコは言った。
僕はずっとフェリシアに嫌われていると思っていたけど、リコの話を聞くうちに、とてもそんなふうには思えなくなっていた。
むしろ逆に、慕われているように受け取れる。
だからあれほどお膳立てしたにもかかわらず、フェリシアは婚約を断ってこなかったんだろうか?
当時の僕は、そういった事柄に対して格下の男爵家から断りを入れるのが如何に難しいかまでは思い至っていなかった。
だけど、そこまで考えずにしたとはいえ、あそこまで悪い評判がたてば断る理由に不足はなかったはず。
なのにどうしていつまでも断ってこないのか、ずっと不思議でしかたがなかった。
でもそれは、──もしかして僕が彼女を誤解していた?
あの時僕が聞いたのは、おそらく彼女たちの会話のほんの一部分だ。
僕が聞いていなかったところで何か違うやり取りがあったのかも。
そういえばあのあとすぐ、フェリシアが僕に会いたがっていると男爵から連絡があった。
どうせ断りの話だろうと決めつけ、特別会う必要を感じなかったから、侯爵家の方へどうぞと丸投げしてしまったけれど、今にして思えば彼女は僕に会って釈明したかったのかもしれない。
そんなことを思い出すにつけ、これまで考えもしなかった不安が襲いかかってきた。
もしもあの時のフェリシアの言葉が誤解だったとして、彼女が僕を慕ってくれていたのだとしたら────。
まさか、リコが僕を好きだというのは、リコがフェリシアの気持ちに引きずられていたりする?
僕は人に好かれるような性格をしていないし、今まで好きだとか言ってきた人は皆、僕の容姿や身分しか見ていなかった。
けどリコは、僕の見た目も身分も知らない。
最初の頃は、かなり冷たくしていた自覚もある。
リコに好かれる要素が、全く思い当たらない。
なら、リコがフェリシアに引きずられていないと、どうして言える?
なんてことだろう。
今までリコに、好きだ、って言われたことがないんだと、その時気づいてしまった。
翌日の朝食後、鬱々とした気持ちを押し隠し、リコに頼まれた一般常識の一環としてラナリス王国の歴史を掻い摘んで話す。
神話の時代から現代まで連綿と続くその歴史には、ドラゴンの存在は欠かせない。というか、それも含めて戦争しかない。
どこかの国と戦争して土地を奪ったとか、逆に奪われたとか、或いは休戦のために王女を嫁がせた、とかだ。
だけどそんな血なまぐさい話の中、リコが食いついたのは王家の長い歴史に時おり現れるという、片方だけの翠の瞳だった。
「ユーリの瞳も片方だけ翠なんだよね?」
リコは僕の頬に手を添え、見えない視線を向けながら首を傾げた。
「僕の目は生まれつきじゃないからね。それに、王家の人間でもない」
そう言えば目のことは前に話したな、と思いながら声に笑みを含ませ答える。
するとその言葉に、リコは笑い返し言った。
「ユーリが王家の人だったら困るよ。ただでさえ身元不明の私とは、釣り合いがとれないのに」
どうしたらいいのか分からなくなった。
僕は王族ではないけど、母は公爵家の出身だし、長い歴史の中にはレイズ侯爵家に降嫁してこられた王族もたくさんおられる。王家の血が全く混じっていない訳ではないし、実際陛下や殿下とは遠い親戚にあたる。
リコが身分に惑わされるような女性でなくてよかったと思う反面、なら逆に僕の身分を知れば逃げてしまうんじゃないか? と怖くてたまらなくなってしまった。
フェリシアとしてのリコなら、間違いなく僕の婚約者だ。
だけどリコはフェリシアなのだと──、僕の婚約者なのだと告げ、僕の身分を教えてしまったら、フェリシアの記憶がないままのリコは逃げる。そんな気がする。
このままじゃ、僕の身分を告げることはできない。
だけどリコには形だけでもフェリシアに戻ってもらわなくては僕の婚約者になれないのだから、いずれ身分は告げなくてはならない。
────でも、だけど……。
頭の中に不安が渦巻いて、どうしようもない。
落ち着いて考えなくては。考えなくては考えなくては。
考えなくては────。
こんな時に落ち着ける場所なんて、一つしか思い浮かばなかった。
「ごめん、リコ。ちょっと用事を思い出した。お昼迄には帰るから」
そう言い置き、そそくさと家を出る。
きっとリコは戸惑っていたと思う。ごめんね、リコ。すぐに戻るから、ごめんね。
心の中で謝り続けながら、廃坑のドラゴンのもとへ跳んだ。
薄暗い洞穴の中、石化したドラゴンは身体を丸め、己の腹に鼻面を押し付けるような形で伏せている。
そこに出来たささやかな窪みに、寄り添うように蹲った。ここへ来た時の定位置だ。
ひんやりした鱗に掌を添え、額を押し当てる。
何をどうすればいいのか、考えなければ。
頭の中で整理を試みる。
リコはフェリシアで、それは間違いない。
そしてリコが彼女の記憶を思い出せば、僕らの間に障害はなくなる。
僕らは親も国も認めた婚約者同士だ。僕が侯爵家の跡取りだってことも、フェリシアなら最初から分かっているんだから。
だけど、リコがそれを思い出さない限り、僕は彼女に身分も何も伝えることが出来ない。フェリシアでないリコは身分差に畏れを抱いている。
それにもし万が一、フェリシアの記憶を思い出した代わりにリコの記憶が消えてしまったとしたら?
それこそ取り返しがつかない事態だ。
グルグルと同じところで回り続ける思考は自分でも制御出来ない。
とめどなく、取りとめなく考え続ける中で、ふと気づいた。
リコの気持ちを置き去りにしている事に。
──リコは本当に、僕を好きでいてくれてるんだろうか?
昨日、リコがフェリシアのことを打ち明けてくれた時によぎったことだ。
それが一番肝心なことなんじゃないか?
もしもフェリシアの記憶を取り戻せないままのリコに、僕が侯爵家の跡取りだと告げたとしても、リコの気持ちが間違いなく僕にあるのならば。
僕が王家に連なる貴族であっても構わない、とリコが思ってくれる程に僕らの気持ちが繋がっているのならば。
僕がこんなに不安を覚える必要なんてないのかもしれない。
まずはリコの気持ちを確かめなくては、とようやくそこに至った。
お昼を目前にリコのもとへ戻り、慌ただしく昼食の準備。
だけど食事が終わってしまうと、いつ、どうやって話を切り出そうかとそればかりが気になる。
そんな僕の態度は明らかに不審でしかなく、なのに僕はそれが原因でリコに不安を抱かせていたことに、情けなくも気づけなかった。
僕がグルグル考え込んでいたのと同じように、どうやらリコも考え込んでいたようで、声をかけたのは二人同時。
「「あのね!話が……」」
もちろん僕がリコの話を優先しないはずがない。
だけど、躊躇いつつ綴られるリコの言葉は衝撃でしかなかった。
『もし嫌われてしまったのなら辛いけど、迷惑にならないように考えるから』
それまでにもリコは色々言っていたけど、最後のその一言が全てを吹き飛ばしてしまう。
迷惑?
──迷惑? いったい何が? 迷惑にならないように考える、ってどういうこと?
嫌われてしまったのなら、って──僕がリコを嫌うなんて有り得ないじゃないか。
思いつめた表情で僕の言葉を待つリコ。
僕の態度が、そんなふうにリコに思わせたの?
もう、言葉を飾る余裕もなくなってしまった。
「ごめん……」
抱き寄せたリコは腕の中でピクリと固まる。
「違う! リコ、ごめん。大好き」
指先に力を籠めた。
「僕が、自信がなくなっただけ。ああ、なんでリコの事になるとこんななんだろう」
少しでも大人に、余裕があるように見せたいと思っているのに、とてもじゃないけど無理だ。
「ね、教えて? 僕のこと、どう思ってるの? リコの気持ちが知りたい」
リコは僕が思っていたよりも遥かに大人だった。
不安に揺れる僕の心を優しく包みこみ、癒してくれた。
ずっとリコを甘やかしてきたけれど、僕が甘えてもいいんだよと教えてくれた。
指を絡めて繋ぎ、キスをする。僕からも、リコからも。
心臓がバクバクと音をたて、リコに聞こえてないか心配になる。
そしたらリコが、「今、すっごくドキドキしてる」と恥ずかしそうに言った。
「僕も同じだよ」
彼女の掌を僕の胸に押し当てそう言うと、「ほんとだ。一緒だね」とホッとしたように笑う。
可愛くて愛おしくて、唇を重ね、深いキスを交わしながら後悔した。
こんなことをするのはリコだけでよかった。リコが初めてでありたかった。
全部僕の自業自得でしかないのだけれど──。
その日からリコは、僕のベッドで眠るようになった。
ランバートン男爵家に飛ばした鳥には、もう既に何度か意識を同調させている。
男爵家に於けるフェリシアの扱い。そして『メイシー』について調べるために。
だけど、あちこちで聞き耳をたててみたもののメイシーという名は出なかった。
使用人ではなく、友人だったのかもしれない。
人と鳥の視界の違いによる眼の奥のズキズキする痛みを誤魔化し、もう少し、もう少しと邸の様子を探ってまわる。
フェリシアはどうやら病気で療養中だと思われてるらしく、攫われたなんて雰囲気は何処にもなかった。
たまたま見かけた、男爵家によく訪れるという『お客様』に印を飛ばすのを最後に、鳥から意識を切り離した。
こめかみの血管が脈打ち、脂汗が流れる。
肌に触れるシーツの感触に、大きく息をついた。
戻れた。
けど、咄嗟に飛ばした『印』は巧く定着しただろうか。気づかれなかっただろうか。
ギリギリだったから確認できなかった。あとで追ってみないと。
「ユーリ、起きた? ねぇ大丈夫なの?」
ぼんやり考えていると、リコの心配そうな声が耳元で聴こえた。
「リコ……? ずっと起こしてくれてた?」
「うん、凄く魘されてたよ。いくら揺すっても起きないし、どうしようかと思った」
「ちょっと嫌な夢、見たかも」
「そうなの?」
リコの掌が肌を撫でる。
「悪い夢ってね、人に話すと消えちゃうって言うよ?」
話してみる? と彼女は小首を傾げた。
「もう薄れてきたからいいよ。ただの夢だし」
それより、同じ夜具にくるまるリコの素肌に、体温に刺激される。
頭痛はまだ治まらないけど、今はこれが欲しい。
手を伸ばし抱きこむと、縋るように柔らかい身体を寄せてくる。
愛しい。
愛しいリコ。
「ねぇ、今何……じ、ん」
「リコ、黙って」
リコには、僕が教えない限り正確な時間はわからない。
恐らくは時間を訊こうとしたリコを遮り、貪るように口付ける。
彼女は身じろぎ、浮いた手が僕の肩を叩いたけれど、知らん顔でこぼれ落ちる金髪に指を差し込み、透きとおる肌に舌を這わせた。
「ね、少しだけ──」
耳元で囁くと、彼女の身体から力が抜けた。
ごめん、リコ。少しだけでいいから。
リコが僕のものだって感じさせて。
先の見えない不安を忘れさせて。
僕を、──安心させて。
そんなふうに強引に甘やかしてもらったせいで、リコはすこぶるご立腹だった。
「……お腹すいた! すきすぎて分かんないくらいっ」
さっきのリコはどうやら、お腹がすいたから時間を聞こうとしていたらしい。
「ごめん、リコ」
「もぉっ! 声が笑ってる~っ!!」
精一杯しおらしく謝ってみたんだけど、笑ってるのはバレバレだった。
だって、その尖った唇がなんだか無性に可愛いくて我慢出来ないんだよ。でも今つまんだら絶対余計に怒り出すから、そこは我慢する。
脚がふらついて立てないというリコを抱きかかえ、食堂まで連れてきて座らせた。
一緒に夜を過ごすようになってから、リコは抱っこにあまり抵抗しなくなった。
最初は一応恥ずかしがってみせるんだけど、最終的には抱っこさせてくれる。以前はおんぶの一択だったから、それを思えば格段の進歩だ。
でもそのうち、自分から抱っこを強請るようになって欲しいな。
ぷんすか怒るリコの前にこれでもかとお皿を並べ、給餌よろしくスプーンやフォークを運ぶ。
「これは卵焼き。リコの好きな甘いやつ」
アーンと言いながら彼女の唇に卵焼きの端っこをそっと触れさせると、アーンと大きく口が開く。すごく、可愛い。
いつも陛下が王妃さまに食べさせてるあのやり方は、ちょっと乱暴だよね。
あれは王妃さまに喋らせないのが目的だからなのかな?
でもそれにしたって乱暴。僕なら絶対あんなやり方はしない。
だけど四口目でリコはため息をついた。
「私にばっかり食べさせて、ユーリ全然食べてない」
「そんなことないよ」と言ってみたけどリコにはお見通しだった。
「一口交代! ……でなかったら、時間がかかっても私は自分で食べる」
「わかった、一口交代で」
僕は即座に白旗をあげた。
リコに食べさせるのが僕の楽しみなんだから、そこは譲れない。
そこからは、リコが一口分を飲みこむまでに、僕が自分の分を食べる形で昼食は進んだ。
リコは何も言わなかったけど、飲みこむまでのスピードが明らかにゆっくりになった。
僕が慌てて食べなくてもいいように、気を遣ってくれたんだと思う。
その優しさが嬉しくてつい、リコの唇の端にちゅ、とキスしたら、何があったのかわからなくてキョトンとした。
可愛すぎて困るんだけど。
満腹になったリコが漸く機嫌を直してくれたので、もう一度抱えてベッドまで連れていった。
リコは「もう自分で歩けるーっ!」って騒いだけど、僕がそうしたいんだから当然それは聞こえない振りで。
それに、歩き出してしまったらもう、僕にくったりと身を任せてくれるのは分かってるんだ。
その日は昼から師匠のところへ行くつもりをしていた。
リコの目の治療は順調に進んでると思うんだけど、やっぱり専門の師匠に確認して貰いたい。
もう包帯を取っても大丈夫じゃないかな、と思うのは僕の判断でしかないから。
眼の治療に使った師匠特製のリコ専用魔法陣と経過記録の用紙を準備し、「なるべく早く帰るからね」とリコの額と両方の頬に順番にキスを落とし、後ろ髪をひかれながら部屋を後にした。
リコの包帯をとる日は、目前に近づいていた。
今回も文字数は多いですが、既に一回読んでる話なので新鮮味がないですよね。
でも頑張って書き足してるので、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいなと思っております。
あと、投稿済みの話の訂正作業は遅々として進んでおりません。地道にやっていくことにします。
特に数字の表記等、今のところ漢数字やアラビア数字が入り交じってますが、気にしないで頂けると有難いです。
ここまで読んで下さってありがとうございました!




