12 お茶会とその顛末
「あのとき、本当に凄かったのよっ!ドゴォーンッ!でバリバリッでボワッ!ボワッ!でねっ」
僕の前で、大興奮で喋っているこの人は一体誰だろう。
見た目は王妃様にしか見えないんだけど……。
思わずそう言いたくなるくらい、王妃様は絶好調だった。
あれから三日が過ぎていた。
王宮の庭園に設えられたお茶会の席。
小さな丸テーブルの中央に置かれたケーキスタンドの一番下には、一口サイズにカットされた三種類のサンドイッチ。真ん中にはスコーン。そして一番上には色とりどりのケーキやミルフィーユ。
カップやソーサーには可憐な小花模様があしらわれ、同柄のポットやジャグは言うに及ばず、銀のフォークやスプーンの一本一本にまで繊細な加工が施されている。
まるで、『アフタヌーンティーとは斯くあるべし』の見本のようなこの場所で、僕は信じられないものを目の当たりにしていた。
「母上、少し落ち着いて下さい。ユリアス殿が吃驚されます」
「まあ!レヴィンは目の前で見てないからそんなことが言えるのよ!ドゴォーンッ!でバリバリッでボワッ!ボワッ!なのよっ」
ひとつ解った事がある。
少し離れた場所で待機する女官たちや警護の者たちは、この自由奔放な王妃さまに髪の毛一筋程の動揺も見せていない。
つまり王妃さまは、これが素の状態なのであって、僕が知っていたおっとりして優雅な王妃様は、猫を被った状態だった、って事だ。
いつかの夜会のとき、突然叫びだし殿下の襟首を掴んで引き摺り始めた王妃様に僕は愕然としたけど、あの時その場にいた人々は、驚いている者と苦笑している者の二つに分れていた。概ね年配の方たちが苦笑していたと思う。
きっとみんな、素の王妃様を知ってたんだろう。僕の母上も含めて。
あのとき母上は『忘れなさい』と言っていた。
王宮には、知っておかねばならないこと細かな規則やしきたりが多く、その中には暗黙の了解と言われるものも少なくない。
王妃様の素の姿も、もしかしたらその中に含まれているのかもしれなかった。
「ミリィ、いい加減にしておきなさい。ユリアス殿も困っているだろう」
苦笑しつつたしなめる陛下に、王妃様は口を尖らせた。
「でも、誰もわたくしの言うことを信じてくれないのよ。ドゴォーンッでバリバリッなのに」
「誰も疑ったりしていないだろう?現場の状況の報告は受けている」
「それは全部終わったあとの状況でしょ!わたくしが言ってるのは、今まさにその瞬間!の話な……ムグ」
陛下がニコニコ笑いながら、ものすごい早業で、王妃様の口にサンドイッチを突っ込んだ。
モキュモキュと口を動かし、カップを手に取る王妃様。
陛下の手には既に次のサンドイッチがスタンバイされている。
紅茶を一口飲み、口を開きかけた王妃様は、またすぐにモキュモキュと口を動かす事になった。
呆気にとられて見守る僕の前で、更にもう一度繰り返され、王妃様はとうとう諦めたようにスコーンを指差された。
陛下が嬉々として、スコーンを王妃様の口許に運ばれたのは言うまでもない。
王宮の料理人が腕を奮った軽食やお菓子はどれも美味しく、王妃様が一言も喋れなくなったまま、お茶会は和やかに終了した。
最後に陛下から改めて感謝のお言葉を賜り恐縮していると、王妃様からも重ねての感謝のお言葉を頂いた。
「この度は助けていただいて、本当にありがとうございました。もしあの場に偶然ユリアスさんがいらっしゃらなかったら、と思うとゾッと致します。今後はこのような事のないよう、警護の者からは決して離れません」
……途中からは多分、僕じゃなくて陛下に言っていたと思う。
些かショボンとした王妃様からは、お茶会の席についた当初に事情を聞かされ、その時にも丁寧な謝罪を頂いていた。
王妃様に依ると、騎士養成学校に来られたのは驚いたことに、僕に会うためだったのだという。
僕と殿下が初めてお会いしたあの夜会のあと、王妃様は何度も僕をお茶会に招くよう殿下に進言されていた。なのに、とうとう殿下が首を縦に振らないまま、学校の長期休暇が終わってしまった。
ならば次の長期休暇でと思っていたら、僕は学校に居残って邸には戻って来ない。
諦めきれなかった王妃様は、かねてから予定されていた慰問先の病院施設が学校に近い事に気づき、そこを出られたあとお供の人々を撒いて、護衛の女性騎士一人だけを連れ、学校に潜入されたのだそうだ。
ただこの時、王妃様は連れてきた女性騎士にさえ本当の目的を告げていなかった。
護衛の近衛騎士たちからよく話にきく、騎士養成学校の雰囲気だけでも味わってみたい、と女性騎士に我が儘をいい、ほんの少しですよ、と連れられてきた学校で、女性騎士が内密に校長の許可を求めている間に、迷子になったふりをして寮を探そうとしたらしい。
学校内に不案内な王妃様は、全く検討違いの所をさ迷った挙げ句、場所を聞こうと声をかけたのが、よりによって例の三人だったというのが、王妃様の話された真相だった。
学校にいる女性は職員以外はみんな、騎士を目指す身体を鍛えた女の子たちばかりだ。
そんな子たちに比べて、少し毛色の変わった女が迷い込んできた、とばかりにからかい始めた連中が、最初はからかうだけのつもりが他に侍女も護衛も連れていないとあって、いつの間にか本気になってしまった、というのが犯行グループの三人が話す真相。
そしてここから先は、陛下が教えて下さった真相だ。
学校へ三人を捕縛しにやって来た近衛騎士一個中隊が迅速に行動できたのは、元々彼らが離れたところから、病院施設に慰問に向かう王妃様の護衛を務めていたからだった。
女性騎士は当然警護についている彼らの存在を知っているから、王妃様が撒いたつもりのお供の人たちを通じて、彼らに王妃様が学校へ向かうことを連絡している。
仮にも王族の女性、それも王妃様が、そう簡単にお供を撒いてお忍びでウロウロするなど、できる筈がない。
なのに王妃様は、お供を撒いた時点で、彼ら近衛騎士たちをも撒いたおつもりになられ、すっかり自由を満喫されていたらしい。
だけど、彼らはちゃんと王妃様に気づかれないように任務についていた訳だ。
そして問題は学校内に入ってからの事で、彼らの母校でもある校内でまさかそんな事態になるとも思わず、大勢で入り込むのは目立つから、と校外に待機しているときに、事件が起きてしまったのだった。
もとはといえば王妃様の我が儘から始まった、と言えなくもないけど、そこまでして僕に会いたかった理由はなんだろう。
不思議に思って訊ねた僕に王妃様は、
「レヴィンと仲良くしてやって欲しいのよ。この子があんな風に誰かに話しかけたのは初めてなの」
、と仰った。
それを横で聞いていた殿下は、全く子供っぽくない、苦虫を噛み潰したような顔をされていたのだった。
それから、あの時あの場所で何が起こったのか、という話に及び、王妃様大興奮のドゴォーンッ!バリバリッに繋がっていく。
途中で陛下に水を差された王妃様は、まだまだ話したりない風ではあったものの、もう諦められたようだった。
「リーリア様にも、どうかよろしくお伝え下さいませ。まさかユリアスさんにまでお世話になるとは、思いもしませんでしたわ」
王妃様は最後に笑ってそう仰ったけど、僕には意味が分からなかった。
リーリアというのは、僕の母上の事だ。母上も、王妃様をお助けしたことがある、という事だろうか。
辛うじて、母に申し伝えておきます、とだけ返事した。
王妃様のお言葉が終わったと見るや、殿下は僕を見上げ、少し庭を案内してやろう、と仰った。
途端に、ぱああっと輝く王妃様の顔。
それを嫌そうに見つつ、殿下は先に立って歩き出した。
王妃様の表情に、何か腑に落ちないものを感じつつも、僕も殿下には訊きたい事がある。
陛下と王妃様に辞去の挨拶を残し、急いで殿下の後を追った。
殿下は植え込みの影で待っていて下さった。まだお小さいので、その姿はすっかり隠れてしまっていたけれど。
僕が近づくと、殿下はまるで小さい子が手を引いてくれとねだるように、右手を差し出された。
何故かその仕草があまりにも似合わなく思えて、戸惑いつつ身体を近づけ手を取ると小声で、護衛がついてくるから声が届かんよう結界を頼む、と告げられる。
ああ、そういう事か。
納得すると同時に、僕たちの周りに目に見えない紗を張り巡らせた。
「ふう…ん。大したものだな」
殿下は然り気無く目を遣って確認されると、僕の手を引いたまま歩き出し、仰った。
「今日の母上はあんなだったが、あの日は父上に雷を落とされ、悄気返っていた」
僕が目を瞬かせると、殿下は僕を見上げた。
「ユリアス殿にはすっかり迷惑をかけてしまった。申し訳なく思う」
「ーー殿下?」
「隠していたのだろう?魔力を。今回の事が起こって、魔力が発現したのだと聞いた。……そんな事がある筈がないではないか。折角うまく隠していたものを、晒けださせる羽目になってしまった」
しょんぼりと眉を下げる殿下は、王妃様にそっくりだ。
失礼ながら、微笑ましさが込み上げてくる。
「殿下と王妃様のお役に立てたのなら、そのような事は些末事ですよ。気にされる必要はありません」
本音だった。
学校を卒業したとしても、僕の未来に延びる道筋にたいした違いはない。
そこに魔法使いという要素が加わったとして、一体何がどう変わるだろう。
騎士を経て侯爵への道を歩むのと、魔法使いを経て侯爵への道を歩む事に、どれ程の違いがある?
けれど殿下は、納得いかないようだった。
「この身体は扱い辛くて嫌になる。制御も出来なければ、魔力の加減も出来ない。ユリアス殿が私の魔力を預かってくれねば、私は今ここに立っている事もなかっただろう」
殿下は僕の左目を、ーーー翠に変わった僕の眼を注視して、そう仰った。
「ーーそしてユリアス殿がいなければ、今回母上も無事ではすまなかった。私はどうやってユリアス殿に報いればいい?」
「殿下は……、一体何をどこまでご存じなのですか?」
僕の口から出たのは、そんな言葉だった。
僕の魔力はあまりにも異端だ。この左目の事がなかったとしても。
五大属性の全てに適性があり、器の底を見た事もない。自分でも、何をどこまでできるのかわからないこの魔力。
「僕は一体何なのですか?」
「ユリアス殿。ーーー何も覚えていないのか?」
目を瞠る殿下。
なんだか居心地悪くなって、いい募った。
「何も、という訳では……。昔、殿下と私と、他の二人と四人で旅をしたような……。殿下は今のお姿ではありませんでしたが」
これは何年も前に高熱を出し、眼の色が変わった時に思い出した、いつのものともしれない記憶だ。
幾つかの断片的なその記憶の中では、僕も殿下も違う姿をしていた。
歯切れの悪い僕の言葉に、殿下は考え込まれている。
「そうか、因果率はそこまで狂っているという事か。王家の伝統は覆され、メイファスもロックフォードも既に潰えた。ローズウェイの直系に守護者は現れず、ユリアス殿に記憶は殆どない。これをどう捉えるべきか」
殿下はブツブツと呟き始め、僕は所在無げに立ち竦む。
ややあって殿下が顔を上げた。
「分からない事を考えても仕方ないな。そのうち何か分かってくる事もあるだろう」
最後にそう呟いた殿下は僕を見上げ、顔をしかめた。
「首が痛くてかなわん。あそこに座ろう」
そう言って、少し先の小さな東屋を指差されたのだった。
「ユリアス殿のその魔力は、守護者絡みの先祖返りだな。但し、かなり特殊ではある」
東屋の小さなベンチに腰掛けた殿下の言葉は、そんな風に始まった。
目線を合わせるため、僕はその前に膝をつく。
「守護者絡みの先祖返り、ですか?」
首を傾げる僕に、殿下は足をブラブラさせながら頷いた。
「そうだ。本来ならローズウェイに生まれるべき守護者が、なぜレイズ侯爵家に生まれたのかは分からないが……」
それから殿下の仰った事は、僕がまるで想像もしなかった事ばかりだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




