11 魔法使いの塔
巨大な火柱と、いきなり燃え広がった辺り一面の炎に連中はパニックを起こした。
「え?何だこれ、まさか魔法っ!?」
「熱いっ!嘘だろ、本物だっ!」
「逃げろっ!早く!」
捕まえていた王妃様を突き飛ばすようにして、退路を探す。
奴らの視線が転じる先に、次々と炎が噴き出した。
嘘だろ何だよこれ、と同じ事ばかり繰り返す連中。
女性に無体を働き、手をあげようとするなんて、それで騎士を名乗るつもりだった?
まして、このお方は国母、ーーー殿下のお母上でいらっしゃるというのに!
僕の怒りに反応して、炎が躍り狂う。
ああ、ーーーと思った。
僕でこれだったら、殿下なら確かに殺してしまわれるかもしれない、と。
突き飛ばされたまま呆然と座り込む王妃様に駆け寄り、膝をついた。
「お怪我はございませんか?」
「あ、ええ。大丈夫、ですわ」
僕たちを避けるように広がる炎を、信じられない、といったように見まわし、王妃様は僕に視線を戻した。
「ユリアスさん……。これは、あなたが?」
答えられなかった。
そして、言い逃れができる状況でもなかった。
王妃様に狼藉を働こうとした三人を炎で囲み封じ込め、それ以外の炎を全て抑え込んだ。
たちまち鎮火し、シューシューと白い煙を吐く建物の残骸や焦げた木々。
特有の燻された臭いが立ち込める。
その頃になって漸く、口々に何か叫びながら大勢が走ってくる足音が聞こえた。
木立の向こうから現れたのは、教師たちが数人と、王妃様の護衛だろうか、見覚えのない女性騎士が一人。
辺りの様子もさることながら、座り込んだ王妃様を見て彼女は一瞬で青褪めた。
そんな彼女を見て、王妃様もへにょりと眉を下げたのだった。
三人は呆然としたまま拘束され、一旦校舎内の一室に監禁された。瞬く間に近衛騎士が一個中隊で派遣されてきて、三人を引っ立てていく。
彼らは王宮で訊問されるのだそうだ。
何故こんなことをしたのか。何をどこまでするつもりだったのか。計画的な犯行なのか。背後に誰かいるのか。
そして場合が場合だけに騎士たちは、王妃様からも事情を聞かざるを得ない。
但し、王妃様は王宮へ戻られ、然るべき方々の立ち会いの下で証言されることとなった。
そして僕もまた、大勢の人間に取り囲まれていた。
僕を取り巻くのは、騎士養成学校の校長。『塔』の長官と魔法使いたち。そして僕の叔父でもあり『塔』の管理者でもあるローズウェイ公爵。
僕は今、王宮外縁部にある魔法使いの『塔』に連れてこられている。
入り口に掲げられた札には『観測庁預かり所』。
首を傾げる僕に、叔父上は苦笑して言った。
「昔からこんな場所にあるが、ここは国の重要な拠点の1つだ。隠しておけるものならば、自分から全てを晒す必要はない」
国中から選りすぐりの魔法使いが集う『塔』に、ちょっかいをかける奴がいるとは思えないけど、そういう策が取られているなら以前何かがあったのかもしれない。
「義兄上は今こちらに向かわれている。夜半には着かれるだろう」
中に案内されてからの叔父上の言葉には、ため息が漏れた。
父上はこの時期にはいつも領地におられる。転移門を利用して戻って来られるにしても、今日中に着くと言うなら随分急がれている筈だ。
吃驚させたのだろうな、と思うと自然肩が下がった。
『塔』の中の案内された部屋には既に、魔力を検査する魔道具が準備されていた。
僕はもう、魔力を隠す事については諦めていた。
あれだけ派手にやって誤魔化せる筈がない。それでも、ーー。
叔父上の言葉が耳の奥にちらつく。
その場ですぐさま行われた器の検査では、Aランクだった。
現場の無惨な有り様を見ていた校長は首を傾げた。
「Aランク?あれで?」
『塔』の長官は、僕が昔受けた検査の記録を見て顔をしかめている。
「信じられん。5歳の時の検査ではEランクになっている」
「魔道具が壊れていたのでは?」
「そんな筈はない!それなら他にも……」
みんな器のランクの事ばかりで、属性について言及する者はいない。
あれほどの炎の爪痕を見て他の属性を疑う者もいないだろうし、もし2属性持ちを考えたとしても、主属性が目を引きすぎて、添えもの程度の筈の副属性になんか気がいかないのも無理はなかった。
そう。自分から全てを晒す必要なんかないんだ。
僕はしらを切り通した。
何も知らない。わからない。
悲鳴が聞こえて飛び出したら、王妃様が乱暴されていた。怒りで無我夢中になって、気づいたら炎に取り巻かれていた。今度は恐ろしくなって、消えろ!と念じたら消えてしまったのだ、と。
しばらく待つように、と一室に案内されどのくらい過ぎただろうか。
集会室に残してきた殿下はどうされたのか。王妃様は何故あんなところに一人でおられたのかと、とりとめもなく考える。
時計のない部屋で階下のざわめきを聞くともなく聞きながら過ごし、窓の外の光景から日没が近いと思った頃に、一際激しくドアを叩きつける音が聞こえた。
続いて幾つかの足音が響き、ノックと同時に部屋のドアが開く。
「父上……!」
思っていたよりずっと早い。
険しい顔つきに圧倒され一歩後退ると、大股でズカズカと入ってきた父上に抱きしめられた。
「よくやった。よくぞ王妃様をお守りした。お前も無事で、よかった……」
こんな風に抱擁されたのは、学校に入学した時以来だろうか。
なんだか力が抜けて、その身体にしがみついた。
そうか、心細かったんだな、と初めて思った。
その日はそのまま辻馬車を拾い、邸へ帰った。
馬車の中で父上はずっと怒っていた。
僕に対してじゃない。
大人が大勢で子供を取り囲んで責め立てるような真似をして、という事だ。
子供っていうけど、もうすぐ14歳になるんだけどな。
でも言うと火に油を注ぎそうなのでやめておいた。父上にとって子供なのは間違いないし、確かに心細かったんだから。
父上はローズウェイ公爵にも腹を立てていた。
「サミュエルも役に立たん!何のためにあの場にいたのだか」
義弟だけど爵位が上の叔父上を普段は立てている父上なのに、今日は言いたい放題だった。
ぼんやりと窓の外を見る振りをして、僕は考える。
怒りを感じると、炎が噴き出した。
恐怖を感じた時は地震が起きた。
じゃあ、哀しんだ時は?
苦しみを感じたらどうなる?
感情を制御しなくてはいけない。
でないといつか、とんでもない事になってしまう。
領地にいる筈の当主と、学校に残っている筈の僕が一緒に戻った事で、邸では大騒ぎになった。
僕のために風呂を用意するように、と父上が迎えにでた執事に言うので、水だけ運んでくれたらいいよ、と僕は言った。自分で温めるから、と。
僕の言葉に執事は首を傾げ、父上は目を瞬いた。父上はまだ、僕が火を操る事が実感できていなかったのかも知れない。
慌てて迎えに出た弟たちをそのまま部屋へ戻らせ、今日はゆっくり休むように、と僕に言い置き、父上は不安そうな母上を連れていった。
父上から母上に説明してくれるんだろう。
料理人が気遣って用意してくれた軽食を食べているうちにバスタブに水が溜まり、どうするのか、と見守る使用人の前でそこへ手を突っ込んだ。別に手を入れる必要はないんだけど、どうせなら丁度いい温度にしたい。
たちまち湯気の上がるバスタブに、使用人一同から拍手があがる。
「すごいです、坊っちゃん!いつの間にこんな技を?」
「D?…いや、Cランクってとこでしょうか?」
「薪代の節約になりますね」
「みみっちいよ、お前」
「もう皆、下がりなさい!」
同じように目を丸くしながらも喧しい連中を追い出した執事は、自分も一礼して下がっていった。
僕は自分で思ってたよりも疲れていたみたいだ。
バスタブに浸かっているうちに眠くなってきたので、慌ててあがって、そのままベッドに潜り込んで寝てしまった。
翌日、目が覚めたら昼前だった。
ここ数年こんなに寝たことはない。寝過ぎてかえって身体が重い位だ。
食事をすませ、父上の書斎を訪ねた。
先ずは詳細を僕の口から聞きたい、と言われ、昨日『塔』で話したと同じ事を繰り返した。
父上は今日も『塔』へ赴き、僕の今後について話をするらしい。
父上が出掛けたあと、昼過ぎには母上と一緒に弟たちも部屋にやってきた。
ジュリたちは何も聞いていないようで、しきりにどうして急に帰ってきたのか聞きたがったけど、王妃様関係の事だし、どういう扱いになるかわからない以上、迂闊な事は言えない。
うるさく騒ぐ弟たちに、ただ笑ってみせたら、何を思ったのかそれきり静かになった。
弟たちが出ていったあと母上からも、王妃様を助けてくれてありがとう、と礼を言われた。
それでいつかの夜会の帰りにも、母上と王妃様は仲がいいのかな、と思った事を思い出したけど、今の母上の表情はなんだか微妙だ。
「母上は王妃様と仲がよろしいのですか?」
あのとき訊けなかった事を訊いてみると、母上は眉間にシワを寄せる。
「そういう訳でもないけど、色々あるのよ」
答えも微妙だった。
その日、夜遅くに戻ってきた父上は、まず僕の部屋を訪ねてこられた。
「気になっていると思うから先に言うが、お前はこのまま学校に戻れることになった」
僕をソファーに座らせ、自分はテーブルの脇に立ったまま、父上はそう言う。
「まさか!」
僕は驚きに目を見開いた。
こうなった時点で、すぐにでも『塔』に所属させられるものだと思っていた。
力のある魔法使いは貴重だ。そこには身分も年齢も何も関係ない。
「いずれ『塔』に行くのは仕方がない。だが卒業まであと二年足らずだ。卒業後は『塔』に所属する、ということで、校長とサミュエルからの口添えもあり、長官が折れた」
父上は何でもないように言うけど、きっと無理を言ってくれたんだろう。僕が小さい頃から養成学校に行きたがっていたのを、父上は知っていた。
僕が高ランクの魔法を使える事は、学生の間は伏せておくのだそうだ。
元々休み期間で学生の数も少ない。
燃えた倉庫は、例の三人の火の不始末による出火、という形で納められる。
そしてもちろん、その現場には僕も王妃様もいる筈がない。
王妃様が襲われかけたという外聞の悪いこの事件はこうして、表向きは何もなかったかのように取り繕われていく事になる。
但し、襲った三人については別の話だ。
襲った相手が相手だっただけに、ちょっとした冗談だった、という言い訳は通じない。
今まで連中がそうしてきたように、お金にものをいわせて口を塞ぐ訳にもいかない。
そう。連中は常習犯だったんだ。
それなりの貴族の子弟である彼らは、今までは休暇で帰る度に領地や邸でそういった事をしては、お金で横面を叩くようなやり方で黙らせてきたんだそうだ。
それが今回の長期休暇は『馬当番』に当たってしまい、休暇のうち3週間を学校に居残る事になってしまった。
不貞腐れて、仲間で集まり文句を言っているところに、お忍びで学校を訪ねてきた王妃様が現れた、という事らしかった。
なんて馬鹿馬鹿しい話だろう。
嘆息する僕に、父上は少し困ったように言った。
「それとユリアス、お前をお茶会に招待したい、と王子殿下が仰っておられる」
「殿下が!?……そうですか、お茶会を」
お茶会よりも、殿下が無事に戻られていた事に安堵していた僕に、父上は重ねて言った。
「殿下から、というのは表向きで、当日は陛下と王妃様も同席されるおつもりらしい」
「……は!?」
王妃様はともかく、陛下まで……。
このタイミングだ。
昨日の件で呼ばれるのだろう事は、間違いなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
辛気くさい展開が続いてて、スミマセン。
ユリアスさんの学生時代に需要はなかろう、とか言いつつ気づけば10話超えてるし……。大変だ…、巻いていかないと(>_<;)
ブクマもじわじわ増えてて嬉しいです。本当にありがとうございます!




