8 王宮の夜会と護衛
こいつはどうしてこんなところまで、のこのこやって来たのか。
その好奇心だけで女の子たちと別れ、彼に近づいた。
「ね、君ここで何してるの?」
背後から若干低めの声で問いかければ、気づいていなかったのか、慌てて振り返る。
「ユリアス先輩っ!?」
「……君に名乗った覚えはないけど」
後輩は、げっ!という形に口を開け、背筋を伸ばした。
「失礼しました!リックス・ガーランドと申します。本日はアッシュグレイ先輩の付き人っていうか護衛としてーー」
「は!?護衛?」
ばかじゃないの?こいつ。
僕は上から下まで、そいつを眺めた。
年齢は僕の1つ下だから、12か13の筈だ。年相応の体格に、相応の身のこなし。
これでよりによってアッシュの護衛?
笑わせてくれる。
「護衛対象より弱い護衛って、何のために必要なの?」
僕はただでさえ目立つから、僕と話している見かけない子供は誰だろう、と周囲が注目しているのがわかる。
僕の言葉に、後輩は目に見えて狼狽えた。
「ユリアス……先輩?」
「君に名乗った覚えはない、ってさっき言ったよ。それよりもさ、いざという時は盾になる覚悟、って事なのかな?それにしたって反射神経もアッシュに負けてそうだけど。それともまさか、護衛を名のっておいてアッシュに庇われる無様を晒すつもりじゃないだろうね」
畳み掛けるように次々に言葉を被せると、初め唖然としていた顔が紅潮した。
さあ、一体何を言い出す?
ここしばらくの全ての鬱屈がこいつに向かっているのが分かる。
何でも言えばいい。お前みたいなのがアッシュに引っ付いているのは分不相応なんだ、ってわからせてやる。
やっぱり、と後輩の口からこぼれた。
「やっぱり!ユリアス先輩もそう思いますよね!無茶ばっかり言うんですよ、あの人!!」
え?え!?
そう来るの?
掴みかからんばかりににじり寄ってくる後輩と目を剥く僕の傍らから、パンパンと手を叩く音がした。
「はい、そこまでー!注目集めて何やってんだよ、お前ら」
眉をひそめて現れたのはアッシュだった。
「先輩の無茶振りに、ユリアス先輩も呆れ返ってんですよ!だから護衛は無理が有りすぎって言ったでしょ」
アッシュに喰ってかかる後輩。
ちょっと待って!今そんな話じゃなかったよね?
そもそも名前呼びを許した覚えはない、って言ってるのに普通に呼ばれてるし!
「……お前ら、俺のいないとこで何でそんなに仲良くなってんの?」
目を丸くするアッシュ。
どう見たら、仲がいいように見えるのか教えてほしい。
ともかく場所変えようぜ、とアッシュが言い出し、僕らはゾロゾロとその場を離れた。
確かに、アッシュも加わった事で余計に視線を感じる。
広間の隅の、人気の少ないところに落ち着いたところでアッシュが口を開いた。
「で、なんで護衛?どうしてそんな話になったんだ?」
僕はもう、なんだかどうでもいい気分になっていたけど、後輩が喋りだした。
「『なんでボクがここにいるのか』ってとこからの、『護衛なんて無理がある』って話ですよ!ボクが護衛なんて誰が見たっておかしいでしょ、ねぇ?ユリアス先輩!」
だからなんで名前呼びなんだよ。そして僕に振るな。
不機嫌に黙り込む僕を、アッシュは面白そうに眺めて言った。
「リックスがここにいるのは別に大した理由じゃないけどな、今まで舞踏会に出た事がないっていうから、試しに連れてきてやろうと思ってさ。こいつんち、貴族同士の付き合いが殆ど無いらしくて、どこからも招待状が来ないんだ。
最初は俺んちの舞踏会に招待しようと思ったんだけど、そしたら俺、ずっとこいつに付き添っている訳にはいかないだろ」
ローズウェイ公爵家の舞踏会は規模も大きい。アッシュはホスト側になるから、こいつにべったりという訳にはいかないのは当然だし、庶民同様の暮らしをしていたこの後輩は、貴族らしい立居振る舞いもろくに知らない、って話だから、いきなり生粋の貴族ばかりの中に一人で放り出すのもどうかと考えた、って事だった。
「……だからっていきなり王宮に連れて来るってのもどうなの?他に幾らでもやりようはあるだろうに」
僕が呆れた視線を向けると、アッシュは慌てて言った。
「でも、だから護衛って事にしたんだって!それならずっと横に付いててやれるだろ?それに今日は雰囲気だけで、すぐ帰るつもりだったし」
それで僕は思い出した。
「そういえば、王子殿下にお会いしたんじゃなかったの?ずいぶん戻ってくるのが早かったけど」
そう言ったら、お前情報早いなー、と彼は驚いて見せる。情報が早いのは女の子たちだけどね。
アッシュは眉間にシワを刻んで言った。
「それが……、王子殿下が会いたがってるのって、もしかしてお前なんじゃないかな?」
「……どういう事?」
実はアッシュは前々から父親の公爵を通じて、王子殿下から面会の打診を受けていたらしい。
なんで殿下が自分に会いたがるのかわからなくて首を捻っていたけど、どうやら守護三家に興味があるらしいと聞いて、公爵より歳の近い自分に会いたがってるんだろうと納得した。
当初はお茶会に招かれる、という話で進んでいたが、過保護な国王夫妻を巻き込んだ大袈裟な事になりそうで殿下が難色を示し、延びのびになっていたのだという。
「それで今日急に?」
アッシュは今日はずっとこいつに付いているつもりだった筈だ。
殿下に呼ばれるとわかっていたら、連れて来ないだろう。
ああ、とアッシュは頷いた。
そして遠くの方にチラリと目をやる。
そちらでは国王陛下と王妃陛下がたくさんの貴族たちに取りまかれて談笑しておられた。
「お二人はもうすぐ退出されるだろう?その前にこっそり会いたい、って殿下の侍従が伝えに来た」
今日の舞踏会は両陛下の主宰ではあるけれど、お二人は基本そんなに長居はされない。ほどほどの時間で退出されて、あとは羽を伸ばして楽しんで下さい、っていうのが慣例になっている。だから今日もお二人はそろそろ退出される筈だ。
「それがどうして僕なのさ。僕は守護三家には関係無いよ。強いて言えば母上がそこの出身ではあるけど」
そう言うと、アッシュの眉間のシワがまた更に深くなる。
「守護三家……というよりは、髪の色ーーなのかな?」
「髪?」
僕は背中に流れ落ちる自分の髪を掴んで、目の前にかざしてみた。
アッシュと違ってずいぶん伸ばしている僕の髪は、後ろで一纏めにして飾り紐で結わえてある。このプラチナブロンドは母親譲りのものだった。
僕の母上の実家は、ローズウェイ公爵家だ。
この銀髪に金粉をまぶしたような独特のプラチナブロンドはローズウェイ公爵家特有のもので、他家にこんな色味の髪を持つものは産まれない。
だからレイズ侯爵家の僕がこの髪色で産まれた時は、両家に衝撃が走ったらしい。
更に言えば、母上がこの髪色で産まれた時もみんな驚いたそうだ。それまでこの髪を持って産まれてくるのは男児ばかりだったから。
ローズウェイ公爵家の長い歴史の中で、女性にはあり得なかった髪色を持って産まれた母が、他家に嫁してあり得ない髪色を持つ息子を産んだ。それが僕だった。
父上と母上が熱烈な恋愛結婚でなければ、母上は実家の血縁者とのただならぬ関係を疑われていたかもしれない。
それほど僕の髪は本来あり得ないものだ。
「指定された部屋へ行ったら殿下がおられたんだけどさ、なんていうか俺の顔を見た瞬間から、こいつは違う、って雰囲気が駄々漏れ。そのあと表情に出される事はなかったけど、居たたまれなかったぞ」
先を促すと、アッシュは続ける。
「で、王立騎士団はどうだ、とか、守護三家に関して当事者としてどう思うか、とか当たり障りのない質問を幾つかされて最後に、他に兄弟はいないか、と訊かれた」
そしてアッシュは僕の目を見た。
「兄弟、なんだ。妹じゃなくて。俺にはお前しか思い浮かばなかった」
どういう事だろう。
アッシュの話では、殿下は彼の髪をしげしげと見ておられたらしい。
アッシュの妹、ナディアとメアリーは彼女たちの母親似の金髪だ。そもそも女の子だし。
殿下が会いたがっておられる、というのがこの髪を持つ、アッシュと同年代の男だというなら、それは確かに僕しかいない。
アッシュは、妹ならいる、と言うにとどめて、僕の名は出さなかったそうだ。
髪の色に言及されたら、言わない訳にはいかなかったろうけど、ただ兄弟について訊かれただけだったから。
でもそのうちお前にも話が来るかもしれないぞ、と言い置いて、アッシュは護衛を連れて帰って行った。
どさくさ紛れに今度うちで夜会を開く時にあいつを招待する約束までさせられた。
他に幾らでもやりようがある、と言ったあげ足を取られての事だ。
ちゃっかりしたアッシュにもムカつくけど、無邪気に喜ぶ後輩にも苛立ちが募る。
必ず意趣返しはしてやる、と決意した。
そして、アッシュたちがいなくなったとみるや、女の子たちに先を越されまいと、今度は男たちが僕の周りに集まってくる。
今まで何処に隠れていたのか、アレクシスも現れた。こいつはアッシュが苦手だから、彼がいるときはほぼ姿を見せない。
二人が学生だったときはよく僕を挟んで角突き合わせていたけど、卒業してしまえば公爵家と伯爵家の家格の違いは明白だ。
無駄なプライドだけが高いアレクシスはアッシュにやり込められるのが許せないんだろう。
「ユリアス君が来ると、女の子全部取られちゃうからな」
「女の子に彼を取られる、の間違いだろ」
「違いない。どっちにしても俺らはあぶれるって話だ。だからたまには男同士で親睦深めようぜ。君、今流行ってるカードゲーム、やってみた事ある?」
「あれ、結構頭使うんだぜ。教えてやるよ」
「向こうの小部屋、確保してあるんだ。試しに一勝負してみないか?ほら、早く行こう」
5人で取り囲んで、代わるがわる口を開いた。
アレクシスも含めて全員が卒業した先輩たちで、近衛騎士団に所属している。
卒業してもう何年もたつのに、未だ先輩風をふかす彼らにはうんざりした。
黙って聞いていれば、さあ早くとばかりに腕を取られ、手を握られる。
冗談じゃない。
僕は何気無い仕草で手を振り払い、ありがとう、とにっこり笑ってみせた。
たちまち連中は頬を紅潮させ、呆けたように硬直する。
今まで僕の手を握ってた奴は、その手を意味もなく閉じたり開いたりしだした。
「でも、せっかく誘ってもらったのに申し訳ないけど、そろそろ帰ろうと思ってたんだ。この頃夜更かしが過ぎて、父上に怒られたばかりだし……」
少し俯き加減の、上目遣いで言ってみた。
「や、そんな、こっちこそユリアス君の都合も訊かずに悪かったよ」
「まだ学生だもんな」
「うん、また機会はあるよ。次は一緒に遊ぼうな」
口々にそう告げる連中に、ごめんね、と再び笑いかけ、時間を気にする素振りで通用玄関の方へ歩き出すと、廊下に差し掛かった辺りでアレクシスが後を追ってきた。
「待って!ユリアス君。送るよ」
……僕は女の子じゃないんだけど?
ため息をついてアレクシスを見上げた。悔しい事にまだ僕の方が僅かに低い。
「馬車で来てるから、そんな必要はないよ?」
乗ってきた馬車は通用門近くの待機所に待たせている。表玄関ではなく通用玄関に向かった時点で、迎えの馬車を待つのではなく、既に馬車が待っている事がわかる筈だ。
言わなくてもわかりそうな事を敢えて言ってみると、アレクシスは首を振った。
「うん、だから馬車まで、ね。ほら、途中で何かあったら大変だろう」
……アレクシスの目に僕は幼児か、でなければふわふわの頼りない女の子に見えてるに違いない。
こいつの頭の中では、全ての事象が彼にとって都合のいいように変換されている。
僕は世間知らずの女の子で、こいつはそれを守る親切な騎士だ。
ーーーーなんで僕がこいつの自己満足につきあってやらなきゃならない?
僕の中に投げやりな衝動が生まれた。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。




