16 看板なき御用達
翌日も、僕はまた王都へ向かった。
今日はまず魔法使いの『塔』へ。
『塔』という呼称は昔本当に塔だったときの名残であって、今は一見普通の建物でしかない。
王宮の外縁部に位置するその建物は、名称を表す札にも『観測庁預かり所』とされているだけなので、知らない者はまず気づかないだろう。
ここにも一応僕の部屋はある。
以前は一般の部屋だった。今は最上階の一番奥の部屋。
『塔』に所属して最初の一年近くはここで生活していた。師匠に弟子入りしてからもしばらくはここから通っていて、その内師匠の部屋に住みついてしまったのだけれど。
『塔』にはもう1つ、王宮の外にも支所があって、そこを『塔』だと思っている人も多い。そちらでは国内の各所で集められた器の大きい者が、魔力の制御を教えられている。制御ができなければ、いずれ魔力は内に向かって自身を傷つけるか、外に向かって他者を傷つける事になるからだ。
制御を覚えるまでは外出に制限がかけられるので、一度入ると次に出てくるのは退所するとき、というのが当たり前だったりする。それを勘違いして『塔』も支所もごちゃ混ぜに、「一度所属すると退所するまで出られない」という噂が流れていて驚いた。支所は正解だけど、『塔』はそんなことはない。
支所に集められた者は、早い者は数週間、遅くとも数ヶ月程で退所し次々と入れ替わっていく。但しその中には、制御を覚えても残る者もいる。
僕もその一人だけど、たまに特別器が大きかったり特殊な魔法を使えたりする者がいて、そういった者を『塔』は滅多に手放さない。
そして彼らは王宮内の『塔』に所属する事になる訳だ。
研究所もまた、特殊な位置付けにある。
師匠は元々『塔』に所属していて、研究分野への意欲と能力が認められ、研究所へ移っていった人だ。
他の研究所員も皆そう。
つまりあの研究所は、支所と同じで『塔』の付属施設のようなもの、なのかもしれない。
師匠と過ごした2年が終わって僕はまた元の部屋に戻り、ローズウェイ公爵と約束した通り、筆頭獲得に向けて動き出した。
『筆頭』というのは、普段は特にいなくても構わない名誉職のようなもの。
『塔』の采配は長官がするし、実際ここ数十年『筆頭』は不在だった。
但し『筆頭』がいるといないとでは、『塔』の権威は全く違う。『筆頭』の審査は厳しく、つまり『筆頭』がいないということは、それだけの力のある魔法使いがいない、ということになるからだ。
『塔』は長い間他の部所からなめられ放題で、『筆頭』獲得は『塔』の悲願といってもよかった。
そんな訳で、僕が『塔』へ戻って一年足らずで筆頭職を獲得したとき、『塔』では酒盛りが1週間に渡って続き、魔法使い達による異変が相次いだ。本人たちは、お祝いだ、と言い張ったけれども、空から火の粉が降り注いだ時は、流石に火事になりかけたので叱責と厳重注意を貰う羽目になったのだった。
今日、長官に依頼することは3つ。
まず、現在『塔』に所属する魔法使い達の、細かな得意不得意まで網羅したリストの提出。
そして、その中から風と空間の魔法使いで数組のペアを作ること。これはそれぞれの技量と共にお互いの相性も見ないといけないのでなかなか面倒な作業だと思う。
最後に、火の魔法使いと水の魔法使いで特に制御に優れた者の選抜と、式典で実際にどのような形でフイナーレを演出するかの叩き台を作成する事。
5年ばかり前のお祭り騒ぎで、酔った火の魔法使いがやらかした空に炎を躍らせる魔法は、危険だと叱られはしたものの評価は高かった。
それで今回の式典でのフィナーレを飾る事になったのだけど、万が一にも王族や来賓の方々に怪我をさせる訳にはいかない。
選出は制御が優先されることになった。
久しぶりに会った『塔』の長官には、もっと度々顔を出してほしいと恨み言を言われたけど、別に僕がいなくても『塔』には何も問題はない。
今までも長官が全てをこなしてきたんだし、必要なサインくらいはするけど、僕はお飾りのほうが気が楽だ。
そう言ったら長官は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
でも、今更『塔』に時間を取られるくらいなら、その分リコと居たいというのが本音だった。
元々『筆頭』を獲ったのだって、自由を得るためだ。
『塔』に所属している間は『塔』の規則に縛られる。
其々の属性ごとに割り当てられた仕事を淡々とこなすしかない日々。
やってられない。
『塔』に在籍しながら自由を行使するには筆頭位を獲るしかなかった。
そうは言っても結局こうやって、何がしかの仕事はあるのだけど。
長官に依頼を押しつけ『塔』を出た僕は、次に王太子宮に向かった。
けれど、春宮殿に入ると気のせいか、いつもより人が多いような気がする。
今日は何かあっただろうか、と思いながら王太子殿下の執務室を訪ねると、ドアの前に近衛騎士が2名。
嫌な予感しかしない。
立ち止まった僕を促すように、傍らの近衛騎士の一人がドアを開けた。
本宮にある執務室なら、廊下と執務室の間にもう1部屋あって取り次ぎなどが居たりするのだけど、ここは王太子宮なのでそんな大袈裟な作りにはなっていない。
ドアを開ければ奥まで素通しだ。
正面の殿下の机には誰の姿もなく、代わりに横に置かれたいわゆる応接セットの方に多くの人影。
中の一人がドアの音に反応してか、目ざとくこっちを見た。
「あら、遅かったのね、ユリアスさん。早くこないとお菓子が無くなってしまうわよ」
王妃様だった。
革張りの三人掛けソファーに陛下と並んで座っておられる王妃様。
センターテーブルを挟んで正面に2つ並ぶアームチェアーのうち1つに殿下が、もう1つには近衛騎士団長が座っていた。
王妃様がニコニコして、ほらここにいらっしゃい、とばかりにご自分の横を示されると、陛下が王妃様をズズッと端へ押しやり、空いた反対の端を僕に示された。つまり陛下の隣だ。
いや、もうそんな席に座れるわけないよね。
気を利かせた侍従が運んできたスツールに、これ幸いとばかりに腰かけたら、王妃様にジト目で睨まれてしまった。
王妃様と僕はもう10年来の付き合いだ。
初めてお目通りしたのは15年程も前だけど、こうして親しくお声をいただけるようになったのは10年前、僕がまだ学生だった頃、とあるバカバカしい事件に巻き込まれた王妃様をお救いした事がきっかけだった。
その時に隠していた魔力の事がバレたり、アーチが学校に嫌気が差して中退したりもした。
僕が『筆頭』を獲ったときは、大喜びでパーティーを開いて下さった。といっても細かい事は王太子殿下に丸投げだったけど。
今、王妃様は淡い水色のゆったりしたドレスに大判のショールを羽織っただけの、くつろぎきった装いだ。
陛下もさしてかわりのない出で立ちで、公務でいらっしゃったのではない事がわかる。
逆に近衛騎士団長はきっちり制服を着込んでいて、僕も殿下も緩い服装の中、一人だけ浮いていた。
「ほらほら、ユリアスさん。これ、おひとつ食べてみて?今、王都で大人気のお菓子なのよ」
テーブルの上に広げられたティーカップや何かの中で、一際幅をきかせていたのは何処かで見たようなお菓子。
「王妃様、これは……?」
おそるおそる尋ねた僕に、
「じゃじゃーん!なんと、『フィンズ』の一番人気のお菓子でーす。午前中じゃないと買えないらしいのよ」
もきゅもきゅと頬張りながら、無くならないうちに食べて?、と掌で示される。
そこに鎮座しているのは、つい先日ここで殿下たちと食したものと同じお菓子だった。
「なんでも、『看板なき御用達』って評判なのだと聞いたものだから……」
飲み込んだ王妃様がニコニコ笑って言う。
知ってる。昨日行ってきたところだ。
確かに午後には売り切れていた。
「女官に無理を言って、朝一番で買ってきてもらったの。『看板なき御用達』の意味がわかって吃驚したわ。考えたわね」
と嬉しそうな王妃様。
ということは、アレはセーフなんだろうか。
場合によってはアーチに止めさせなければ、と思ってたけど。
殿下を見れば、生ぬるい視線と出会った。
「まあ、今回はアイデア賞ということで。次から追随する者がないよう考えよう」
僕は黙って頭を下げるしかなかった。
「ところで、今日はどうしてこちらに?」
と、僕は両陛下に尋ねた。
近衛騎士団長とは、そろそろ打ち合わせが必要だと思っていたところだった。
王宮や王族の方々の警護は近衛騎士団の管轄だ。
記念式典の期間中は通常よりも更に増員され、恐らく誰もが休み返上で警備に当たる。
僕の仕事は『塔』の登録魔法使いを率いて王宮に結界を張り、近衛騎士団と連動して不審者の侵入を防ぐこと。
そして不審者が発見された場合の魔力による干渉。
式典のフィナーレを飾る炎の打ち上げ。
各国の使節団の方々が宿泊される場所が決定したので、それに合わせて近衛騎士団が巡回の時間や場所、人数を決める。
風の魔法使いは、王宮内の各所に目的に応じた結界を構築する。『塔』に所属する風の登録魔法使いはそんなに多くはない。それぞれの能力の差もあるし、効果的に配置する必要がある。結界に異常があった場合、すぐにチェックできるよう空間の魔法使いとのペアを組ませて。
その辺りのすり合わせが必要なので、ここに近衛騎士団長がいるのはわからないでもない。どのみち近々呼び出しがかかるか、こちらからかけるか、というところだった。
けど、両陛下は?
首を傾げる僕に、王妃様は澄ました顔で仰った。
「最近よくこちらにいらしてるんですってね。女官たちが噂していたのよ。たまにはわたくしのところにも顔をお出しなさい、と言いに来たの」
「ようするに、レヴィンばかりズルい、と言いたい訳だ」
困ったように言うのは陛下。
レヴィンというのは、殿下の事だ。
「では、ユリアスさんの顔も見たことだし、わたくしたちは失礼するわ。お仕事の邪魔をするつもりはないのよ」
そう言って立ち上がった両陛下を近衛騎士団長がドアまで見送り、また戻ってきた。
「私は付き添いで来たのですが、ついでですから、おおまかなところだけ打ち合わせておきますか?」
僕と殿下を交互に見るので頷いた。
ただ、僕の方はさっき『塔』の長官に頼んできたばかりだから、打ち合わせといっても他国使節団の宿泊所の状況と、結界の位置と規模の予定に関する報告、そして近衛騎士団の計画の進捗を尋ねるくらいだけど。
そうだ、風と空間の魔法使いのペアにそれぞれ近衛騎士を一名でも組ませたらどうだろう。
魔法使いは非力な者が多いし、不審者がいた場合その方が心強いかも。
そう提案してみると、団長は少し困った顔をした。
この真面目そうな近衛騎士団長は、元々ダナトス殿の次に団長に就任した人物の副団長を務めていた人だ。
先の団長が退任を余儀なくされたため、急遽繰り上がりで団長に就任はしたけれど、本人も居心地悪そうでことある毎に副団長に戻りたいとこぼしていると聞く。
騎士団の中では僕の立場は微妙だ。
基本『塔』と騎士団は仲が悪いのだけど、僕は騎士の資格を持っているし騎士の知り合いも多い。
弟たちは近衛騎士だし、王立騎士団に至っては団長が僕の従兄弟だ。
僕に対する態度を決めかねて必要以上に丁寧に扱われているようで、なんだかむず痒い。
取り敢えずのように、今わかっていること、決まっていることを交換して、僕の提案については保留のまま騎士団長は帰っていった。
「今日はダナトス殿は来られなかったのですか?」
女官を一名残しガランとした執務室で僕が尋ねると、殿下からは、逃げた、と簡潔な返事が返ってきた。
「爺はあの生真面目くんが苦手だからな」
生真面目くんというのは近衛騎士団長のことだろう。
ということは、これから近衛騎士団長との打ち合わせが増えれば、ダナトス殿は近づかなくなるということだろうか。
ほくそえむ僕に、殿下がボソリと言った。
「ユリアス殿と爺の愉快な掛け合いが聞けなくなるのはつまらないな」
別に笑わせるつもりなんかないのだけど……。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。




