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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
四章 過去編 たまゆらの記憶
32/92

15 ずっと日本語だと思い込んでいました。*

僕に関する下らない噂の元凶は、師匠だと判明した。


けど、だからといって、どうする事もできない。

僕と師匠が同居してたのは事実だからだ。


例えば、誰にかはわからないけど、

『僕は男性と同居したことはない。僕が同居していたのは師匠だ』

と、説明したとする。


そうしたらどうなる?


師匠は見た目はどうあれれっきとした女性で、つまり僕は女性と暮らしていた、ということを公表した事になる。

もしかしなくても、それは男性と同居していた、というより問題があるのじゃないか?


もし、リコが知ったらどう思うだろう…。

それ以前に、もしそんな話が広まれば師匠に迷惑をかけてしまう。



どうしたものかと考え込む僕に、師匠はお菓子の詰め合わせ箱をずいっと差し出した。中身は残り2個になっている。

「好きな方、取っていいよ」

胡乱な目を向けると、眉間をピッと指で弾かれた。

「皺が寄ってる。何、難しいこと考えてんの?」


「過去の自分の所業について、深ーく反省してるところ」

水色の紙に包まれた方の菓子を取りながらそう言うと、何故か師匠も遠い目をした。

「ああ、ホントに……やり直したい過去っていっぱいあるよね」

「師匠でも?」

甚だ失礼ながら、こんなお気楽に能天気に生きているような人でも?


「たかだか人生20年と少し生きたくらいで、そう深刻になりなさんな」

師匠は僕の年齢を、彼女らしく大雑把に表現して笑った。

「生きてれば、これから幾らでもそんな過去は増えていくんだから」



「……師匠。それ、励まされてるのか追い討ちかけられてるのか分からない」

「……あれ?」




そういえば、師匠のプライベートな話ってあまり聞いたことがなかったな。



僕が、勘違いから師匠の部屋に居ついた頃。

部屋にあった明らかに師匠のものとはサイズの違う男性の服を、もう要らないから、と思いきりよく処分していたのを覚えている。


それも『やり直したい過去』の1つなのかもしれない、と僕は思った。



「そういやユーリちゃん、噂といえばさ」

まだ変な噂があるのか、と顔をしかめる僕に師匠は違う違うと手を振った。

「全然別の話よ。なんか、5大属性全部に適性があるって噂も聞いたからね。隠してたのになんでバレたのかな、って気になってたんだわ」

「あー、……あれは『筆頭』の資格審査受けるときに、火と風と空間だけ見せたんだ。土と水、重ね技は見せてない。そしたら後は噂に尾ひれがついたみたい」

僕が苦笑すると、

「ありゃ、それが理由で最年少の『筆頭』だったか。ワザとならいいけど、ユーリちゃん目立つの嫌いなくせに」

師匠も呆れたように笑った。

「でも3属性でそれじゃ、全部見せてたらどうなってたんだろうね。考えるのが怖いわ」


『筆頭』は、自由の交換条件だった。

師匠のところで過ごすための。

そして、『今』のための。



師匠は手にしたカップの紅茶を飲み干し、立ち上がった。


「……隠しておきなさい、ユーリちゃん。自分を守るために、利用されないためにもね。ユーリちゃんは強いけど、全部を見せてしまうとそれは弱点にもなってしまう」


そう言って僕を見上げる。




僕は、いつからこの人を見下ろすようになったんだろう。

同じ位置に立ってさえ、こんなに違う。


「肝に、銘じておきます」

僕はこの、大雑把でおおらかな女性(ひと)に、にっこり笑ってみせた。

途端に師匠は渋面をつくる。

「ほらまたそうやって誤魔化そうとする」

「そんなつもりは……」

僕らがそうやって言い合っているうちに、廊下でざわめきが広がりだした。

「誰かお菓子(ユーリちゃん)に気づいたんじゃない?」

ニヤニヤ笑う師匠に明後日迎えに来る時間を訊いて、この場から転移で帰る許可をもらう。


魔法陣(うらぐち)はユーリちゃん以外誰も使わないんだから、遠慮せずにいつでも使いなよ」

男前にそう言って、ピッと親指をたてる師匠。


どんどん大きくなる外のざわめき。

あれ、研究所中の人が集まってるんじゃないか?冗談じゃない。


師匠の研究室を区切る入り口のパーテーションが叩かれ、彼女と僕の名が聞こえたとき僕は、口早に礼の言葉を残し跳んでいた。





∀A∀A∀  A∀A∀A




僕が家の前に着くと、微かな声が聞こえた。

少し耳を澄ませるとリコが何か口ずさんでいるのだとわかる。

何処から?と見渡して、二階の窓からだと気づくと同時に、無意識に風にリコの声を運ばせていた事にも気づいた。

でなければ、こんな囁きのような声が届く筈がない。


無意識レベルでリコの気配を追う自分の見境の無さに呆れながら、そっと家に入った。リコが楽しそうにしているなら、邪魔をしたくはなかった。


最近は玄関で待ち伏せしている事も多いリコだけど、部屋にいるのなら今日はあのまま昼寝してたのかもしれない。


下でローブを脱ぎ、二階の部屋の前まで来て、僕はまた考え込んでしまった。


あの噂がリコの耳に入る可能性はあるだろうか。

それ自体は構わないけど、そこから師匠との同居に話が及んだら?

リコに不快な思いをさせるのは嫌だ。


ドアに手をかけたまま動けなくなってしまった僕に、内側から声がかけられた。

「そこにいるの、ユーリ?」

不安そうな声に僕は慌てて、答の出ないままドアを開ける。

「ただいま、リコ」

僕の声を聞いた途端、ベッドの縁に座る彼女の顔が輝いた。

「おかえりなさい!どうしてすぐ入ってこないの?」

「リコが何か楽しそうに歌ってたから、邪魔しちゃいけないと思って」

「ええっ!そんなに声、大きかった?」

うわっ恥ずかし、と手で顔を隠すリコ。可愛すぎるだろう。


彼女の横に腰掛け、ただいまのキスを頬に落としながら訊いた。

「今の、ニホンゴだよね。何歌ってたの?」

単純なメロディーに、同じ単語を何度も繰り返しているように聞こえた。

聴いたことのない曲だった。

「小さい子供相手の、手遊び歌だよ。こうやって一緒にやるの」

リコは、僕にはわからない歌に合わせて両手を膝や肩に置き、クロスさせたり、叩いたりして見せる。

一通り終わったら、こっちにはこういうの無いのかな、と呟いた。

少なくとも僕には覚えがないな。幼児期の世話は乳母がするけど、僕自身そんなふうに遊んでもらった記憶はないし、弟達がそうやって遊ばれてるのを見た覚えもない。


「そうなんだ。こっちの言葉に訳してやっても楽しいと思うんだけど」

少し俯き加減で考えるリコ。




リコはつい最近まで、ずっと自分が日本語を話していると勘違いしていた。

それに気づいたのは季節や暦について話していた、何度目かの『勉強会』の時。


リコが突然言い出した。

「それにしてもジェニーさんもだけど、ユーリが日本語上手で助かった。でもどうしてそんなに上手なの?何か翻訳の魔法みたいなのがあるの?」

「え、何の話?」

僕は首を傾げた。


リコの言葉は『すまほ』や『こんびに』などたまにわからない単語もあるけど、基本僕らと同じ言葉を話している。

翻訳の魔法なんて便利なものもない。

近いものはないでもないけど、それはそもそも人の力ですらない。

「リコと僕はずっと同じ言葉を話してるよ?」

「うん。だから、日本語だよね?」

「『ニホンゴ』って何?」

文脈でリコの国の言葉だとはわかったけど、敢えて訊いてみた。

「だから今喋ってる『それ』だよ」

「僕たちが喋ってるのは、この大陸の共通言語なんだけど」


リコはポカンと口を開けた。

「え?でも無理。私英語も苦手なんだよ」


『エイゴ』?


「けど、今ちゃんと喋ってる」

「だから、これは日本語……」



そんな訳のわからない会話を繰り返して、漸くリコが納得してくれたのは随分時間が過ぎてからだった。

最後には、これがチートなのか?、って呟いてたけど、僕には意味がわからなかった。

僕にしてみたら、リコがここの言葉を話すのは当然のことだ。

リコはフェリシアなんだから。


けどそのあとリコが僕には理解できない『ニホンゴ』の単語を並べ始め、初め辿々しかったそれが何かのメロディーにのせて流暢な言葉の群になったとき、僕は思わずリコを抱きしめていた。

僕には全く理解できない言葉を操るリコが、この世界の人ではないと、初めて思い知った瞬間だった。



リコがこのままいなくなってしまうような気がした。



「どうしたの?ユーリ」

戸惑ったリコの声が理解できる言葉であることに少し安心し、腕を緩めた。

「リコ、今のは?」

そう聞くと、彼女は僅かに顔を綻ばせた。

「私の世界で流行ってたラブソングなの。大好きで大好きでたまらない人と一緒に過ごす幸せを歌にしてるんだよ。

メロディーを思い出したら、日本語の歌詞がどんどん出てきて……。私、ホントに日本語喋ってなかったんだね」


『ニホンゴ』


リコの国の言葉。


不安が波のように押し寄せた。



間抜けもいいとこだわ、と苦笑するリコを上から覆い被さるようにベッドに押し倒し、押さえつけ口付けた。

衝動のままに何度も角度を変え、舌を這わせ、貪った。


「リコ……。帰らないで、ここにいて。……僕を、置いていくな」

耳元で絞り出すように囁くと、僕の背中で彼女の指に力がこもった。

「ユーリ、泣いてるの?」



泣いてる?……誰が?


いつの間にか、リコの首筋の髪が僕の涙で濡れていた。

慌てて目元に残る涙を腕で拭い、リコの髪を魔法で乾かした。

背中と後頭部に腕を回し座らせると、リコは僕に抱きついてきた。

「ユーリ、大好きよ。ずっとここにいる。約束するから」



あれが所謂『泣き落とし』って奴なのか、と僕が気づき呆然としたのは、その日の夜になってからだった。


そして、リコの名前の事に思い至ったのもその日だった。

リコが一番初めに名乗った名前を、上手く聞き取れなかった事を思い出し、もう一度聞いてみた。

リコの世界の文字の多様さに驚き、真名の習慣がないことに憂慮した。

この世界には真名をつける習慣のない国も多々ある。それはそれで構わない。真名がない分、名前自体に力がある。

だけどリコはどうだろう。リコは異例中の異例だ。

フェリシアのこともある。

何があってもおかしくない。

僕はリコに真名の重要性を説き、目が見えるようになっても、決してフルネームを名乗ったり、書いたりしないように教えた。

リコは僕の勢いに若干引きぎみだったけど、理解し、頷いてくれた。


リコに害を及ぼす、どんな可能性も残しておきたくなかった。





そしてリコは、時々こうして『ニホンゴ』で歌うようになった。


リコの世界には音楽が溢れている、らしい。

リコは、ほんの少ししか知らない、とか、サビだけね、とか言いながらも沢山の歌を聴かせてくれた。

この国にも楽器を演奏し音楽を生業にする者はいるし、祭りや結婚などの行事のときには、それ用の決まった歌もある。


けどリコの言うような、曲に恋愛や何かの歌詞をのせて歌うのは吟遊詩人くらいだ。

彼らの歌は、ものすごく流行って人々が歌ったりする事もあるけど、それも人によってメロディーや歌詞が少しずつ違っているのが当たり前だったりする。吟遊詩人がすぐに旅立ってしまうので、うろ覚えのまま歌うからだろう。

リコの世界では、同じ曲を何度も繰り返し聞けるらしい。

不思議な世界だと思う。


初めはリコが『ニホンゴ』で歌う度に不安にかられていたけど、リコがそれの意味をこちらの言葉に訳して僕に教えようとしている、と知ってからは気にならなくなった。


リコがよく口ずさむ曲は、『ニホンゴ』で覚えてしまったものもある。彼女の言う『さび』の部分だ。いつか彼女を驚かせようと思っている。




そうして、リコがご機嫌に幾つかの手遊び歌を披露してくれている横で、僕は真剣に悩んでいた。


違う可能性に気づいてしまったからだ。


もし、……もしも師匠との同居を告白したら、リコは嫉妬してくれるだろうか。

リコを傷つけたくはない。

でも、もし嫉妬してくれたならきっと嬉しい。





こんな悩みですら贅沢なものだった、と僕が知るのはもう少し後になる。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


更新スピードががた落ちで、辛い。

でも何かうまく書きたいことが書けなくて、書いては消し書いては消しの繰り返ししてます。


もう一個の方もずうううっとストップしておりますが、今までずっとこの話と交互に書いてたのが上手く切り替えできなくなって、多分行き詰まってるせいですね(^_^;)

とりあえず『たまゆら』を終わらせようと思ったらこの始末。

どちらも気長にお待ちいただけると嬉しいのですが、スミマセン(汗)



【おまけ】


「おーい、アスコット!ユリアスさん来てんのか?」

みんなを代表して、アスコットの部屋のパーテーションをガンガン叩いた。

ややあって、奥から顔を覗かせるアスコット。

ユリ坊が呼ぶところの『師匠』だ。

(ユリ坊というのは俺が脳内だけで勝手に呼んでいる呼称である)


「ユーリちゃんなら、ついさっき帰ったよ」

その言葉に、えーーっ、と落胆の声をあげる外野。

「水くさいなぁ。挨拶くらいさせてくれりゃあいいのに」

俺の感想は多分、研究所全員の感想だ。

何しろ俺たちは、もう何年も前になる『筆頭』獲得のお祝いすら言えていない。


アスコットは苦笑した。

「そんな気をつかうような人、ユーリちゃんじゃないじゃん」

「……確かに」

ツンデレを絵に描いたような人だった。いや、デレてもらった覚えはないが。


ユリ坊が初めてここに来たときは、なんて綺麗な子かと吃驚した。次の瞬間なんて偉そうにふんぞり返った餓鬼だ、ともう一度吃驚した。

貴族の坊っちゃんだと聞けばそんなものかと思う一方、ここに来たならここに従えや、という気持ちもわく。


態度を決めかねる俺らの前に、ユリ坊はニコリともせずに大きな包みを差し出した。

開けてみればそれはデカいケーキで、しかも2つ。

ここの小さいキッチンには精々ヤカンとそれぞれのコップくらいしかない。

貴族のお屋敷の厨房じゃないんだ。

これを俺らにどうしろと?

困って辺りを見回せば、何人かと目が合った。

これは、一発かましてやるしかないだろう。

「じゃあ、遠慮なく!」

俺はデカいケーキを両手で持ち上げかぶりつこうとした。横には順番待ちの風情で数人が並ぶ。

みんな息がピッタリで有難い。

そしたら、あっという間に俺の手からケーキが消えていた。

あれ、いつの間に?と、自分の手と移動したケーキを見比べていると、ケーキを取り上げたユリ坊が、キッチンの狭いカウンターにそれを載せた。


何をする気だ?と見つめる俺ら。


ケーキは俺らの前で、厳かに細かく切り分けられていった。


風魔法だ。

俺は呆然とした。


俺は風魔法に特化している。けどそれでケーキを切ろうなんて思いもつかなかった。そんな事ができるとも思わなかった。

俺には無理だ。

風魔法の応用で、空気を真空の刃にして切ることはできる。固いものでも大きいものでも、ある程度までなら。

が、しかしケーキは無理だ。

こんな柔らかくて軽いもの、刃を通した瞬間に吹き飛んでしまう。


けどユリ坊は、顔色ひとつ変えず、その作業をやりきった。クリームの一欠片すら飛び散らせずに。


やんやの喝采を浴びながら。


他の属性の奴にはきっとわからない。

でも俺と同じ、風属性の奴等はみな青ざめていた。

力量が違いすぎる。


結局そのあとケーキは手掴みで食され、ユリ坊の顔は若干ひきつった、ように見えた。

人間らしいところもあるのだな、と俺は溜飲を下げることにした。


それから二年間。ユリ坊は意外と人間味のある奴だった。

アスコットを男だと思っていた、と聞いた時は笑った。

俺もそうだったからだ。

ユリ坊は、何か新しい料理を作る度に、練習で作ったやつだから、と大量の美味い料理を差し入れてくれた。

俺らの胃袋をガッチリ鷲掴みだ。

あの料理を毎日食ってるアスコットが本気で羨ましかった。



今はすっかり遠い人になってしまったが、ここにアスコットがいる限り、また会える可能性は今日示された。


おい、アスコット。ユリ坊の独り占めは許さんぞ。


内心では偉そうに言いながら、口に出しては

「次、ユリアスさんが来たときは絶対声かけてくれよ。みんな会いたがってんだからさぁ」

と、下手に出ておいた。

大人だからな。



ニコニコ笑うアスコットが、明後日知らん顔でユリ坊と会うことなんて、俺たちが知るよしもなかったのだった。



こんなところまで、ありがとうございます(ο^_^ο)

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