13 最近プリプリしてばかりです。
遅くなりましたーーっ!
前話(閑話)の対の話です。
ランバートン男爵家に飛ばした鳥に、意識を同調した。
鳥の視界は人間より広く、色彩も華やかだ。遠くと近くが混在し、瞬時に切り替わり、紫外線が光を落とす。
いつまでも慣れない鳥の視界に頭痛がした。
知りたいのはフェリシアの扱い。そして『メイシー』について。
深夜の彼女が呟いた、その名前の人物。
姉妹にそんな名前はいなかった。恐らく乳母か侍女。
母屋の裏の建物の窓際にチョンと止まり、僕は首を傾げる。
「あら、今日も来たの?餌付けされちゃった?」
バレたらおこられるかなぁ、と言いながら、髪をきっちりとひっつめネットの中に押し込んで、少女は座っていたベッドの端から立ち上がった。
同じような二段ベッドが二つ並んでいるだけの、なんの装飾もない寝るためだけの部屋だ。
四人部屋だけれど、今は二人で使っている。同室の少女はミーナ。もう仕事に行ったようだった。
少女はベッドの枕元に置いていた瓶からビスケットを一枚取りだし、端っこを小さく割ると、大きい方を自分の口に入れてからそっと窓を開け、僕の前に欠片を置いた。
「こんなに懐いちゃって大丈夫かなぁ。あたしが言うのもなんだけど、あんまり人間に気を許しちゃダメだよ。捕まってカゴに入れられちゃうよ」
僕がビスケットを啄むのを眺めながらそんなことを呟く少女の顔も、僕の今の視界には奇妙に歪んで見える。
外から誰かの声が聞こえた。
「セイラ、まだそこにいるの?今日は急に奥様にお客様が来られたから、ケイトさんカリカリしてるのよ。早く来た方がいいよ!」
「本当?ありがと、すぐ行くわ」
少女は慌てて、時間切れだー、と言いながら窓を閉め出ていった。
あの少女の名はセイラ。
数回通ってあちこちで聞き耳をたててみたけど、メイシーという名は出なかった。
使用人ではなく、友人だったのかもしれない。
せっかく来たのだからもう少し様子を窺って帰ろう。
奥様にお客様、と言っていたな。
眼の奥のズキズキする痛みを誤魔化し、僕は邸の方に飛びたった。
邸の周りをグルリと飛ぶと、二階の窓の薄いカーテンの隙間に見覚えのある人物が見えた。
あれは……。
──フェリシアの母親だ。以前、何処かのパーティーで見かけたことがある。最初の顔合わせの時も母親は付いて来なかったし、紹介されたこともないが、その異国風の顔立ちは印象に残っていた。
アマンダとエミリア、といったか。フェリシアの姉たちに色彩がよく似ている。
同じ部屋でソファーに沈んでモゾモゾしている男の子も似ている。これが彼女の弟、次期男爵か。
身体が弱いと聞いたような気がする。もう学校へいってもいい歳なのに、自宅にいるのはそれが理由だろうか。
あとはドアの横に待機する侍女。と言うことは、あのフードが『お客様』だ。
部屋はきっちりと閉ざされ、声を拾うことはできなかった。
僅かでも隙間があれば風に運ばせたけど、この小鳥じゃ転移魔法まで重ねられる気がしない。しかも、この頭痛。
諦めて、他の部屋も覗いてみることにした。
エミリアとミーナという侍女の姿が見えた。窓が少し開き、カーテンが揺れている。
そこに魔力を乗せた風を送り込んだ。室内の音を拾い、僕の耳元へ届ける。
『フェリシア』の名が聞こえた。
二人の会話に耳を澄ませる。
頭痛がどんどん酷くなる。あと少しが限界かも。
やがて、ミーナは呼ばれ部屋を出ていった。
あのフードの『お客様』が帰ったらしい。
ふと気づくと、僕がいる枝の下をアマンダが、何かを警戒するように歩いていた。
頭が割れるように痛む。けど、この機会を逃してはいけない。そんな気がした。
アマンダの進む方向に、先回りして飛ぶ。とても彼女のスピードに合わせて飛ぶ気力はなかった。
小さなほったて小屋のようなものが見え、陰に人影が動いた。
あれは、『お客様』だ。
そこまで見てとって、『印』を飛ばした。ここまでが限界だった。
鳥から意識を切り離す。
こめかみの血管が脈打ち、脂汗が流れる。
肌に触れるシーツの感触に、大きく息をついた。
戻れた。
けど、咄嗟に飛ばした『印』は巧く定着しただろうか。気づかれなかっただろうか。
「ユーリ、起きた?ねぇ大丈夫なの?」
リコの心配そうな声が耳元で聞こえて、ビクリと身体が震えた。
「リコ……?ずっと起こしてくれてた?」
「うん、凄く魘されてたよ。いくら揺すっても起きないし、どうしようかと思った」
「ちょっと嫌な夢、見たかも」
「そうなの?」
リコの掌が肌を撫でる。
「悪い夢ってね、人に話すと消えちゃうって言うよ?」
話してみる? と小首を傾げた。
「もう薄れてきたからいいよ。ただの夢だし」
それより、同じ夜具にくるまるリコの素肌に、体温に刺激される。
頭痛はまだ治まらないけど、今はこれが欲しい。
手を伸ばし抱きこむと、縋るように柔らかい身体を寄せてくる。
愛しい。
愛しいリコ。
「ねぇ、今何……じ、ん」
「リコ、黙って」
リコには、僕が教えない限り正確な時間はわからない。
恐らく時間を訊こうとしたリコを遮り、貪るように口付けた。
リコは身じろぎ、浮いた手が僕の肩を叩く。
ごめん、リコ。少しだけでいいから。
リコが僕のものだって感じさせて。
僕を安心させて。
「……お腹すいた!すきすぎて分かんないくらいっ」
「ごめん、リコ」
「もぉっ!声が笑ってる~っ!!」
その尖った唇がなんだか可愛いくて。
脚がふらついて立てないというリコを抱きかかえ、食堂まで連れてきて座らせた。
ぷんすか怒るリコの前に、これでもか、とお皿を並べる。一度に沢山の量は食べられないリコのために、いろんな種類を少しずつ……だ。大急ぎで用意したから簡単なものばかりだし、作り置きも混じってるけど。
時刻はすっかりお昼を過ぎていた。
「今日はお昼から出かけるから、午前中は勉強会してくれる、って言ってたくせに!」
「……それもごめん」
「だから、なんで笑うのっ?」
拗ねた口調も可愛いからだよ。
隣に座り、むーっ、と頬を膨らせるリコの口許に、給餌よろしくスプーンやフォークを運ぶ。
「これは卵焼き。リコの好きな甘いやつ」
リコは料理の見た目がわからない。
だからどんな料理か教えてもらうだけで美味しさが三倍になる、って前に教えてくれた。それからはずっとそうしてる。
「こっちは、この前リコが気に入ってたシダルの葉と白魚の煮物。次はお茶飲む?」
モグモグと咀嚼するリコを注視し、嚥下したらすかさず次を。
四口目で、リコはため息をついた。
「私にばっかり食べさせて、ユーリ全然食べてない」
「そんなことないよ」
、と言ってみたけどリコにはお見通しだった。
「一口交代!……でなかったら、時間がかかっても私は自分で食べる」
「わかった、一口交代で」
僕は即座に白旗をあげた。
リコに食べさせるのが僕の楽しみなんだから、そこは譲れない。
それからは、リコが一口分を飲みこむまでに、僕が自分の分を食べる形で昼食は進んだ。
リコは何も言わなかったけど、飲みこむまでのスピードが明らかにゆっくりになった。
僕が慌てて食べなくてもいいように、気を遣ってくれたんだと思う。
その優しさが嬉しくてつい、リコの唇の端にちゅ、とキスしたら、何があったのかわからなくてキョトンとした。
可愛すぎて困る。
満腹になったリコが漸く機嫌を直してくれたので、もう一度抱えてベッドまで連れていった。
リコは、もう自分で歩けるーっ! って騒いだけど、僕がそうしたいんだからそれは聞こえない振りで。
昼からの用事については、明日また殿下の所へ行くのでそのついででもいいんだけど、何しろ春宮殿の用事は終わる時間が読めない。
遅くなると早くリコの所へ戻りたくなるから、やっぱり今日済ましておいた方がいいな。
眼の治療に使った師匠特製のリコ専用魔法陣と、経過記録の用紙を準備しつつ、今日入手した情報について考えた。
フェリシアと姉二人は随分仲が悪かったようだ。
けれど、あのエミリアという姉は何も知らないらしい。侍女相手に嘘をつく理由もないだろう。内心ではフェリシアを心配しているような事も言っていたけど、どこまで本音だろうか。
もう一人の姉、アマンダはどうだろう。母親の『お客様』と隠れてこそこそ会う意味は?
『お客様』の正体を知る必要がある。
エミリアは『占い師』だと言っていたが本当だろうか?
アマンダの事も、場合によっては彼女の母親についても調べなくては。
フェリシアに関係する可能性があるのなら、片っ端から。
なるべく早く帰るからね、とリコの額と両方の頬に順番にキスを落とし、部屋を後にした。
前は緊急事態だったから、直接師匠の研究室に跳んだけど、さすがに今回それをしたら失礼だろう。
どうせなら手土産をアーチの実家で買って行こうと思い立ち、玄関を出てから呼び出した魔法陣で、彼とよく立ち話をする路地裏へ跳んだ。
実家は確かこの近くだった筈。
表通りに出てみると、人に聞くまでもなくすぐにわかった。行列が出来ていたからだ。
初めて来たからよくわからないけど、いつもあんな行列が出来てるのかな。
それとも『王室御用達』の看板効果?
並ぶのを少し躊躇ったけど、意外に早く列が進むのを見て思いきって並んでみた。
10分もたたないうちに、店先まで辿り着く。
軒下に貼られていた、商品名を書いた紙の下に『売り切れ』の文字が踊っていた。
そこには僕が殿下にお持ちした二種類の菓子の名が書いてある。
けど、見渡しても何処にも看板は見えなかった。
怪訝に思いながら誘導されるまま店内に進み、女性が喜びそうな菓子を数種類詰め合わせたものを二つと、先程からよく売れているように見える焼き菓子を大きめの紙袋に入るだけ詰めてもらった。
僕は王都に出るときはいつもフードを目深に被り、人と目を合わせない。
だから、最初は気がつかなかった。
店を出ようとしたときに初めて、他の人が指差すそれを何気なく見上げ、ポカンと口を開けたのだった。
×-×-× ×-×-×
ユーリが出掛けたあとのベッドで、私は丸まって絶賛反省中だ。
だってなんか私、最近プリプリ怒ってばかりじゃない?
一度怒りだすともう、引っ込みがつかなくなっちゃうし。
しかも、私がどんなつまらない理由で文句を言っても、不思議なことにユーリは全然気にしてないんだよね。いや、むしろ嬉しそう。……なんで?
私は枕に顔を埋め、ため息をついた。
なんでユーリはあんなに私を甘やかすのかな?
もっと我が儘でもいいのに、とか本気で言ってるの?
前から、ユーリは趣味が悪いのでは、思ってたけど、これじゃ聖人レベルだよ。
だから私は無意識に、ユーリを試してしまうんだろうか。
こんな事を言う私でも好きでいてくれるの?
こんな我が儘な私でも愛してくれるの?
どこまでなら、ユーリは許してくれるの?
一番知りたいのは、私のどこを好きになったのか、ってこと。
でも好かれる要素に全く心当たりがないから、怖くて聞けない。
もしユーリが、好きだと思ったのは勘違いだった、とか言いだしたら……と思うと怖くてとても聞ける訳がない。
ついこの前は、ユーリに嫌われたなら迷惑にならないように考えよう、とか思ってたのに、もうそんなの絶対無理だ。
だから我が儘をぶつけて、ユーリが笑ってくれたら安心する。そしてまた、我が儘をぶつける。
………って、まるで親の愛情を量る子供か?
本当に私って最低。
ベッドにもぐり込んで、情けなさにゴロゴロ転がる。
シーツはさっきユーリが出かける前に取り替えてくれた。だからサラサラで清潔だ。
ユーリの匂いが恋しい。
……ユーリが恋しい。
ユーリ、大好き。
ああ、ユーリ。早く帰ってこないかな。
その日の夕方、待ちわびたユーリが帰ってきた時、何かすごく深刻な表情をしていたことに、目が見えない私は気づかなかったのだった。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。




