十五話 紙芝居ミュージカル『ふいてごらん 〜小鳥の笛と森のうた〜』
十月。文化祭二日目。
紙芝居ミュージカル、本番三分前。
あたしは舞台袖の薄暗闇の中で、ガチガチに緊張した真由と向かいあっていた。
「あんた大丈夫? なんか白目剥いてない?」
吹奏楽部から借りた譜面台には紙芝居の読み原稿が設置されていた。原稿はたったの二枚。真由はマイクを片手に、何度もその二枚をめくっては戻してを繰り返していた。
「き、気のせいじゃないかなぁ。あれ、なんか文字が見えない……」
「剥いてんのよ白目」
軽く真由の肩を叩くと、ハッとしたように黒目が戻ってきた。
数分前に舞台袖から覗いたところ、体育館は満席どころか後方に立ち見客までいるほどだった。
最前列のパイプ椅子には、学校の計らいで招待された近所の保育園児や小学生たちがずらりと陣取っていた。舞台下ではずっと、吹奏楽部が念入りに楽器のチューニングを行っている。
それまで「楽しむぞー!」なんて張り切っていた真由が、それを見た途端震え上がってしまった。
「あんたも緊張とかするのね」
「マユ、やっぱ無理かも。ゲボ出そう」
舞台袖内は他にも、出番を待つキャストたちで鮨詰め状態だ。演劇部やダンス部もそれなりに緊張しているようだが、その中でも真由は明らかにあがっていた。
「まゆまゆ、リラックス!」と、主役の子にまで励まされる始末だ。
「とりあえず、最初の方だけ頑張るつもりでやってみたら? 無理そうだったらあたしが代わったげるから」
めっちゃ嫌だけど。でも、本当にそうなってしまったときは仕方がない。
吹奏楽部のチューニング音が止んだ。
「本番一分前!」
そのとき、真由がパイプ椅子の上で尻を動かし、あたしに背中を向けた。
「いいのちょうだい、咲子さん」
あたしはにやりと笑い、平手を思いっきりその背中にぶち込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇
紙芝居ミュージカル
『ふいてごらん 〜小鳥の笛と森のうた〜』
原作(紙芝居):小峰真由
監修・演出:堤信吾
制作:真白ヶ丘高校 文芸部
舞台:真白ヶ丘高校 演劇部
演奏:真白ヶ丘高校 吹奏楽部
振付・ダンス:真白ヶ丘高校 ダンス部
主演(小鳥):松下御園
ナレーション:小峰真由
◆ ◇ ◆ ◇
舞台の幕が上がった。
真由がナレーションを始める。
『わたしは、おくびょうな小鳥。
ありがとうも、助けても言えない。
だからいつも、ひとりぼっち』
舞台奥のモニターが照らし出される。紙芝居の一枚目。森を背景に、小さな一羽の鳥が描かれている。
舞台中央。スポットライトが点灯した。
小鳥役の演劇部員が静かに立つ。薄い水色の衣装に、小さな翼を模した布が肩から垂れている。
吹奏楽部が低く、ゆっくりとした旋律を奏ではじめた。やがてフルートのソロパートが会場を包む。
ダンス部員たちが、木々や小動物に扮して舞台袖から現れ、後方でゆったりと踊る。
リスやウサギ、キツネ役の演劇部員が小鳥に近づいては、離れてを繰り返す。
小鳥は動物たちに手を伸ばすが、うまく声が出せない。ただ、小さく首を傾げるだけだった。
紙芝居が切り替わる。森の動物たちが、手づくりの笛を小鳥に手渡している様子。
『小鳥さんのために、みんなで笛を作ったんだ。
困ったことがあったら、吹いて。
呼んでくれたら、ぼくたちはいつでも駆けつけるよ』
ウサギが一本の笛を差し出す。小さな木の笛だ。小鳥はそれを受け取り、胸に抱く。
照明が少し明るくなり、演奏は温かい木管の音色に変わった。
『ありがとう。でも、なるべくひとりで頑張ってみるわ』
そう言って、小鳥は笛を胸もとに仕舞い込んでしまう。
木の実を取ろうとする小鳥。けれど枝にぶつかってしまい、地面に落ちてしまう。
小鳥は舞台上で小さく転び、すぐさま一人で立ち上がった。
『これくらい、ひとりで頑張らなくっちゃ』
モニターに大きなタカの影が映る。タカ役が黒い翼を広げ、舞台後方を横切っていく。小鳥は身をすくめ、笛に手をかけそうになっては、思いとどまる。
『あれは、きっとこわい鳥なんだ
でも、仲間たちを呼んだら、わたしの代わりに、仲間たちがいじわるをされるかもしれない』
場面は夕暮れ。舞台が橙色に染まる。
小鳥は一人、森の奥をさまようように歩く。演奏は次第に細く、途切れがちになっていく。
『迷子になっちゃった。
でも、みんなに泣き顔を見せるなんて、はずかしいよね』
モニターには暗い森の絵が映っている。舞台の照明も暗く沈んでいく。
小鳥はもう、帰れなくなっていた。
『とうとう、小鳥は泣きながら、笛を吹きました』
さまよっていた小鳥が舞台中央に戻る。胸もとから笛を取り出し、口に当てた。
ピィーッ!
笛の音が体育館に高々と響いた。
次の瞬間、照明が一気に明るくなる。
明るい旋律が走り出す。森の動物たちが舞台袖から勢いよく駆け出してくる。リスやウサギ、キツネたちが次々と小鳥の周りに集まる。
『小鳥さん見つけた! 大丈夫だった?』
『その笛で呼んでくれて、ありがとう!』
恐そうだと思っていたタカも助けにやってくる。大きな翼を羽ばたかせ、小鳥を優しく背中に乗せる。
モニターでは、森のみんなで小鳥を囲む絵が映し出されていた。
音楽に合わせ、動物たちがリズムを取って踊り出す。照明を受け、みんなの衣装がきらきらと輝いていた。
やがて、小鳥が輪の中心から一歩前に出る。客席の方へ笛を向け、大きく息を吸い込んだ。
ピィーッ!
『わたしたちは、ひとりじゃない。
困ったときは、呼んでいいんだよ』
演奏は最後の一音を響かせ、舞台上の全員がその場でポーズを取り、静止する。
拍手が沸き起こったのは、そこから少し間を置いてからだった。最初はぱらぱらと、やがて体育館全体を埋め尽くすような大きな拍手に変わっていく。
拍手は、その後のカーテンコールが終わってからもしばらく続いた。




