十話 日野咲子
窓の外から女の子の呼びかける声がした。
声の位置的に、どうやらこの部屋に向けて叫んでいるらしかった。
「おーい、ジュン兄ー!」
三人で窓の方に歩み寄る。見下ろすと、花音ちゃんがこちらに向けて手を振っていた。
「あいつらまた喧嘩してるー!」
と、彼女はグラウンドの奥を指差す。その先で、リューくんとクロトくんが砂にまみれながらの取っ組み合いの喧嘩をしていた。
ジュン兄はワークキャップ越しに頭を掻く。
「あらら、この間の三本勝負でもう仲直りしたと思ったんだけどなあ」
そして彼は「今行くー!」と花音ちゃんに叫んだ。
「ごめんね二人とも。緊急事態だから続きはまた今度ってことで」
両手を合わせて「ごめん」のポーズを取り、ジュン兄はアトリエを駆け足で出て行った。
あたしは窓枠に両肘をつき、リューくんとクロトくんの仲裁をするジュン兄を眺めていた。前に花音ちゃんからもらったチュッパチャプスを開ける。
「三本勝負、ってジュン兄言ってたね。この前のかけっこ対決だけじゃなかったんだ」
隣の吉村くんは肩肘を窓枠に置き、頬杖をついている。
「かざみの里の喧嘩の決着のつけ方でしょ。聞いたところによると、いつも三本勝負って決まりになってるみたいだね。まずはお互いが決まった対決項目の中から一つずつ選んで、最後の一つはくじ引き。小耳に挟んだ話では、今回の対決内容はトランプと腕相撲とかけっこだったみたい。結果は二対一で、リューくんの勝ち」
さすが吉村くん。子どもに囲まれていただけあって詳しい。
「でもクロトくん、多分納得いってないんだよ」
「なんで?」
「リューくんは小六で、クロトくんは小四。勝負内容のうち二つが体力勝負ってのが、ちょっといただけなかった。システム自体はそう悪くないと思うけど、もう少し職員側でも配慮が必要だったのかもしれないね」
あたしは唸って考える。
「でも、一つは自分の得意分野が選べて、もう一つは運任せでしょ。公平っちゃ公平な気もするし……そもそも、この和解システムって、勝敗をつけるものじゃないんでしょ? 勝負が終わったら互いの健闘を讃えあいましょうっていう」
「そこなんだよね」
吉村くんの相槌には含みがあった。
「そういう和解のさせ方ってさ、結局は理想論だと思わない? それで全ての揉め事が収まるんだったらさ、世の中の諍いは全部スポーツ大会で解決できちゃうよね。ま、殴り合いの喧嘩よりはよっぽどマシだとは思うけど」
それを聞きながら、あたしは自分の顔がだんだん熱くなっていくのを感じた。いつもの自分ならこんな風にはなっていなかったかもしれない。なんというか、そういう冷めた物の考え方をする吉村くんが、今はとてつもなく許せなかった。
「理想論のなにがいけないの」
「え」
「平和にしよう、穏便に済ませようって頑張ることの、何がいけないの? 理想がなかったら、物事を良くしようなんて誰も思わなくなるじゃん。じゃあ現実が思い通りにならなかったとき、うちらはどうしたらいいのよ。逃げるな、ちゃんと現実と向き合えって? それが出来なくて困ってる人もいるって、あんた考えたことある? 吉村くんってそういうとこ、ほんと冷たい人だよね」
「いや、ごめん。僕もそこまでは言ってない」
吉村くんは頬杖を解いてビビっていた。
「そんなプリプリしないでよ。僕が悪かった。ごめんってば」
あたしはチュッパチャプスをくわえてそっぽを向き、吉村くんの謝罪を無視した。
アトリエを出て廊下を歩いていると、何やら興奮した様子の真由と鉢合わせた。その後ろには、心なしか疲れた表情の堤くんも。
さっきあたしに詰められた吉村くんは、多分ストレスを発散したいのだろう、満面の笑みを浮かべる真由に出会い頭の圧をかけた。
「随分と余裕そうじゃないか、真由ちゃん。紙芝居の締め切りは明日だけど、覚悟はできてるんだろうね?」
だが、その圧は真由には届かない。チッチッチと指を振っている。
「ホイッスルパワーが完成したのだよ」
「は?」
真由は鼻息を荒くし、勢いよくスケッチブックを手渡してきた。「ホイッスルパワー!」とまた意味不明なことを言ってくる。
吉村くんは怪訝にスケッチブックを開く。
そこには、紙芝居の完成構想図が描かれていた。
どや顔で胸を張る真由に、「俺のサポートを忘れるな」と、堤くんが疲れたため息を吐いた。




