二十話:最強
金貨一枚につきレベル一。
制限時間は三十秒。
それが俺が有する唯一、誰にも負けない才能だった。
「キィーングオクトォ〜……!!」
「き……さま、は!?」
『金は時なり』は発動した。瞬間的に全てを超越した俺の全身を、過剰なまでの魔力が流れる。
心臓を中心に、全身に亀裂が走ったかのように魔力が溢れている。実際、体は崩壊し始めていた。
魔力暴走だ。レベル500相応の魔力を暴走させる事で、俺の肉体は崩壊していく。
だが、レベルが上がれば肉体の強度も上昇する。たとえ体が半壊しようが、俺は死なない。
「ぶっ殺す」
五秒経過。
地面を蹴った。煩わしい空気の壁は無視した。弱すぎる重力の楔は無視した。鬱陶しい作用反作用のルールは無視した。
物理法則を超越し肉体が吹き飛ぶ。キングオクトの頭の横へすっ飛び、魔力で強化した空中を蹴り上空へ飛び上がりかねない肉体を地上へと吹き飛ばす。
剣に魔力を込め、斬りつける、ただそれだけでキングオクトの触手が両断された。
「ハハッ」
地面を蹴り空気を蹴り空を蹴り、キングオクトの周辺を飛び回る。すれ違うたびに、触手を斬り飛ばした。
「ハハハッ」
触手が俺を迎え撃つ。無視した。
キングオクトの触手を全て、斬り落とした。触手が新たに生え始める。
「ハハハハハハハハハハハハ!!!」
再生が終わる前に、残った胴体を蹴り飛ばした。サッカーボールみたいに吹き飛ぶキングオクトは、叫んでいた。
「ぐがああああああ!!」
――六秒経過。
キングオクトが吹き飛びながら触手を再生させる。必死に姿勢を整え、そして逃げ出す。
「ヒヒッ」
空気を蹴る。肉体の亀裂は深まり、体内から金色の魔力が見えていた。内臓の類はほぼ半壊していて、筋肉はほぼ消えていた。だが、調子が良い。
ありとあらゆる体の全てが、魔力に置き換わっていく。肉の体の自己治癒能力で打ち消しているだけで、次の瞬間には体が全てエーテル体に変わっても不思議は無い。
それが、脳がハジけるように気持ちが良い。
空を飛ぶキングオクトの真下へ到達し並走する。キングオクトの両目が、恐怖に見開かれ俺を見る。
八秒経過。
空へ翔び上がった俺がキングオクトの図体へ体当たりをかました。
硬いはずの表皮が容易に凹み、キングオクトが苦悶の声を漏らす。
空へ打ち出したキングオクトを睨みつけながら、俺は懐から取り出した鉄球を核に魔力を込めた。過剰な魔力により溶けた鉄球は、エーテル体に変わりながら形を変える。大きな槍の形に、ぼんやりとした輪郭を定めていく。
「グッ……う……!」
空を舞うキングオクトが触手の一つを前に突き出す。魔法陣が百層ほど連なり出現した。
黒く澱んだ魔法陣はこの世のほぼ全ての事象を防ぎ、通さないだろう。
射出された槍は、全ての魔法陣を紙屑のように貫き、キングオクトの胴体へ突き刺さった。
「が あ あ あ あ あ!!!!!」
絶叫が夜闇へ響き渡る。身を捩り槍から逃れようとしても、体は全く動かせない。重力も膂力も全てを無視して、槍は空に縫い付けられた。
「空間、固定だと……!?」
十秒経過。
身動きの取れないキングオクトが触手を広げる。魔法陣が、空へ大量に浮かび上がった。
「この、街を、守れるかァッ!?」
魔法陣が加速度的に増殖する。空を埋め尽くすほどの数千の魔法陣が、煌めき光を放つ。
魔法陣から光線が射出された。地上を乱雑に撃ちまくる。
あるいは、街全てを消し飛ばしかねない量の魔術。唯一、生き残らせなければならない約束の人間がいる広場を避け、全てを破壊せんと放たれた絶対の光線。
数秒にわたって、放たれ続けた。そこでキングオクトが射出を停止したのは単純、魔力が足りないからだ。
「はあッ……はあッ……!」
煙が街を覆っていた。魔力が視界を妨げていた。
だが、すぐに視界は晴れる。魔力でできた煙は数秒もせず薄まり、消え去る。
「魔王、様に、伝えなければ……!」
「
やつの能力は危険だ。レベルという概念を根本から覆す、世界の摂理に反した力。
魔王すら殺せる力だ、魔王様に報告しなければ……てな感じか?
」
「はあ?」
キングオクトの頭に乗っていた俺は、間抜けな声を上げるキングオクトを笑った。
鋭敏になった知覚、魔力触覚は、キングオクトのようなそれ自身も強大な魔力をもつ者であれば、思考を読めるらしい。
キングオクトの恐怖、衝撃が伝わってくる。
地上の煙が晴れた。
街には、一切傷がついていなかった。代わりに、死体があった。
あたり一面の死体、死体、死体……全て、この街にいた魔物たちの死体だ。
その全てが、剣で首を斬り落とされ、それ以外に傷ひとつなく絶命していた。
全て、俺が殺した。
二十秒、経過。
「ぁ、あ……馬鹿な、わしが、このわしが、こんな所で……!」
「対価を払う時だ、キングオクト」
剣を一振り、それだけで、10mほどあるキングオクトの頭部が両断される。
「ぁ……まおう、さ……!!」
俺が作った槍が空中へ霧散して消える。キングオクトの巨体も、落下した。
俺はそれを空に立ちながら眺めつつ。暴走させた魔力を落ち着けた。
肉体のひび割れは急速に塞がり、繋がった神経類が痛みを訴えてくる。
重力への抵抗を弱め、ゆっくり落下しながら考える。
俺のスキル『金は時なり』は条件さえ整えられれば無敵だ。単純に、相手のレベルを大きく上回る金貨を用意すればほぼ勝ちが確定する。
魔王だろうが殺せる。だが弱点もある。
一つ、俺自身は、強いわけではない。
二つ、使用した金貨は絶対に戻ってこない。
もし魔王が俺のスキルを知れば、継続的に魔物を送り込み、俺の所持金を全て使わせるだろう。
三十秒という制限時間もそうだ。今回のようにレベル差が200もあれば問題無いが、レベル差が近ければ、時間を稼がれて負ける。
故に、俺のスキルは絶対に知られてはならない。もしも知られたのならば、殺さなければならない。俺は、魔王を殺さなければならないのだから。
領主は、俺のスキルを知らない。リビも、俺のスキルを知らないはずだ、領主が知らないのだから。
リメアは過去視の魔眼を持ち、今の景色も捕捉されうる。が、あれは言葉の通じない異常者であり、問題は小さい。
あの広場にいた奴らは、どうだ。ハルとベルは今更別に良いが、もう一人。
ケインは意識があった、殺すべきか。
二十八秒経過。時間は、もう二秒しか残されていなかった。
地面に立つ。体はほぼ修復され、魔力暴走の跡はほとんど残っていない。コンディションは良く、二秒あれば広場に戻ってぶっ殺すして帰ってくるぐらいは出来る。
出来る、が……。
俺は結局、その場に立ったまま、何もしなかった。
直前で跳び、路地裏へ移動してキングオクトの死体から離れる。
三十秒経過。『金は時なり』の効果が終了した。
「……せっかくなんだ、ハッピーエンドにしたいじゃないか」
俺は壁にもたれ、密かにつぶやいた。
まだちょっと繋がっていなかった筋繊維が、痛みを訴える。暴走の余韻による激痛が全身を襲う。
ふらつき、意識を失う中、俺はただ、満足して笑みを漏らした。




