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十九話:失策

 すっかり日が落ちた街は人気が無く、しかし篝火が立ち並び、爛々とした火があたりを照らしていた。

 街は静かだった。だが、よくよく耳を澄ませれば遠くから人の歩く音が聞こえる。


 時刻は深夜零時、遠くで赤色の照明弾が打ち上がり、そして、それに呼応するかのように次々と同じ赤色の照明弾が打ち上がる。


 「……始まりましたね」

 「うん」


 ベルとハルの二人が緊張した面持ちで呟く。

 誰もいない表通りを歩きながら、俺は静かに耳を澄ませた。


 現在地は事前調査で最も小さい転移石が発見された地点であり、また海からも遠い街の一角だ。

 各地で魔王軍が現れ始めている。だが、仕掛けておいた爆薬などにより転移石はすぐに破壊されるはずだ。


 雑兵はほとんど転移できない。唯一、初手でキングオクトが現れた場合を除き、転移してきた少数もこの街に残った兵士や冒険者により討伐されるだろう。

 ……もしキングオクトの出現の前に全ての転移石を破壊出来て、海からもキングオクトが来なかった場合、残念ながらキングオクトの討伐は見送る事になる。その場合も、やはり失敗だが……。

 そうなった時は、どうすべきか……。


 そんな事を考えていると、ふと、突き立ててあたりの音を拾っていた猫耳が、遠くで聞こえる破壊音を聞いた。


 「ハル」

 「聞こえた。あっちだね」


 俺と同じ音を聞いたハルが地面を蹴る。俺とベルもそれに続いた。

 ひとっこひとりいない無人の大通りを走り、曲がり角を曲がった先に、音の発生源はあった。




 古い家屋から、イカや、魚の頭と水かきのついた手を持つ人間が這い出ている。

 空を泳ぐイカが屋根を食い破り暗闇の空へ泳ぎ飛ぶ。魚人が押し合いへし合い溢れ、その数は到底数えられる物ではない。


 だが、雄叫びのような気色の悪い鳴き声を上げ走り出した魚人は、すぐに街に人がいないと気づいた。

 不審そうにあたりを見渡し、そして。


 「行け」


 こちらを見つけ、驚愕した時には、すでに魚人の首は断たれていた。

 ハルが一足で肉薄し剣を振ったのである。


 言葉にしてみればただそれだけなのに、魚人は一人残らず反応できなかった。

 古い家屋から山ほどの数魚人が溢れ、そして同じように死んでいく。


 「人は神を裁けず、しかして全てを裁く権利を持ち、それは矢として現る」


 ベルがそう呟くと、周囲に光でできた矢が出現した。


 「今宵射抜くは神にあらず、ならば願わずとも当たるでしょう」


 矢が射出される。速度はそれほどでもない。だが、一秒の間に数十本と生み出され放たれる矢は空に散っていったイカを射殺していった。

 一撃で脳を貫かれたイカが墜落して、光の矢がそれを追撃して死体を消し去る。時折避ける奴もいたが、空中で曲がりくねり返ってきた矢に貫かれ、やはり死んでいった。

 いつの間にか、空にはイカより矢の方が多く飛んでいた。軌跡を残し、少しずつ空へ溶けていく光の矢は幻想的だ。




 視線を下に向ければ、ハルが歩を進めていた。死体が積み上がり、魚人の出現スピードも落ちている。

 不意にハルの姿がブレ、消える。


 その瞬間、その時点で出現していた魚人は全て首を斬られ死んだ。




 古い家屋の中から、ハルが一人で出てくる。魚人の血で全身を染め、しかし怪我などをしている様子は無い。

 家屋からはもう魚人が出て来ることは無かった。

 ベルと二人で歩み寄る。


 「終わったか?」

 「あ、うん、ベルさん、これ綺麗にできる?」

 「はい」


 ベルが一瞬で返り血を消す。二人には、さっきまであったような緊張が無くなっていた。魔王軍の侵略と聞いて、もっと苦戦を強いられると考えていたのだろうか?

 ……別に、それはいい。自分の力量を把握していないのは、いい。だが、あんなふうに返り血まみれになっても平然としている、というのはやはり……。


 「ハレ、これからどうします?」

 「ここら辺にはもう転移石は無いだろう。お前らは各所に散って魔物を倒すんでもいいかもな」

 「ハレはどうするの?」

 「俺はキングオクトを探す。正直魔物と戦っても勝てなさそうだしな」


 二人なら、雑魚が何体だろうが相手取ることが出来る。だが、キングオクトだけはダメだ。あいつは俺が殺す。

 ハルには万が一にも死んでもらっては困るから、単独行動は決してさせないつもりだったが……。


 さっきの動きを見るに、ハルはかなり体の動かし方を学んだようだ。少なくとも、キングオクトと遭遇しても瞬殺はされないと思えるくらいには。

 だとすれば、その辺をほっつき歩いて街の兵士の手助けをするんでもいいかもしれない。


 俺がそう考えていると、ふと遠くから悲鳴が聞こえた気がした。

 尻尾の毛がゾワゾワと逆立つ。


 「……ちょっとここで待ってろ」

 「え?」


 ハルが返事をする前に、俺は跳躍し建物の屋根に登っていた。

 そこからさらにもう一度跳ね、付近で一番大きな建物である時計塔の上に着地する。足場は悪く、屋根の傾斜により今にも落ちてしまいそうだ。


 目をよくよく凝らし、大きな時計塔から遠くを見つめる。


 遠く、今の地点と海との間、街の中心の広場に、ナニカがいる。体を捩り、動かすだけで建物を破壊するナニカが。

 黄色の照明弾が、打ち上がった。篝火が全て破壊され真っ暗になった広場が照らされる。


 その瞬間、俺には見えた。




 フジツボや泥が固まった何かが体表を覆い、そうでない部分からぬらぬらとしたグロテスクな赤い表皮が覗く。

 足の数は八本ではない、数十本の触手が、大きく丸い胴体を支えている。

 目は大きく、見るだけで本能的な恐怖を抱かずにはいられない。鮮やかな真っ黄色の虹彩に、黒い一筋の瞳孔。

 どこを見ているか分からない。ただ、もしもこちらを見ていたら。


 全身が硬直する。汗が、背中をびっしょりと濡らしていた。呼吸を忘れ、瞳孔が見開き、世界が妙に明るい。


 幸いにして、ソレは体の向きを変えた。硬直していた精神が動き出す。忘れかけていた瞬きを再び再開しようとして。




 それより前に、黄色い照明弾が空で炸裂した。


 「うごおおおッ! 目がああああぁ!」


 カメラのシャッターを直視したかのような衝撃が爆発する。


 間抜けすぎる。とんでもない油断だ。


 思わずふらつき、必死に壁に捕まりながらバランスを保つ。目は焼きついてチカチカと眩しく。何も見えない。

 頭か目の奥か分からん場所がズキズキと痛む。


 時計塔の壁にベッタリと体重を預ける。ひどい吐き気と共に、地面が揺れている気がした。


 「おぇ……目……っ……うぷっ……!」


 何度も何度も瞬きを繰り返す。涙が溢れ、視界は白く真っ白で何も見えない。

 油断だ。酷い油断だった。

 見るだけで、全く動けなくなる可能性もあるとは思っていた。だが、それにしたってあれは酷すぎる。


 ――キングオクト、魔王軍四天王の内、海を統べる大海の王。


 広場に、現れていた。

 中くらいの転移石が一つあったはずだ。おそらく、そこから現れたのだろう。


 確か、現時点で空に打ち上がった赤色の照明弾は十七発。事前に発見された転移石は、もうほとんど破壊が完了したはずだ。

 広場の転移石が破壊されているのなら、あと一個だけ。未発見の転移石は知らん。


 ……アレを殺せば、勝ちだ。




 僅かに回復してきた視力で、なんとか辺りを見渡す。どうやら、キングオクトが肉薄してきているというようなことはないらしい。レベル300越えだ、奴がこちらを認識してくる可能性もあった。

 流石に、こんな暗闇の中の俺を見つけるようなことは考えずらいが。


 「……もどら、ないと」


 ハル達を下において、しばらく時間がかかった。心配させてしまったかもしれない。


 それなりの高さの時計台から地上の様子は見えなかったが、大まかにあたりをつけることはできる。




 壁を蹴り跳んだ。数秒で、地面に着地した。

 ほぼほぼ回復してきた視界であたりを見渡し、誰もいないことに気づく。


 「……え?」


 あたりを見渡す。視界はまだ完全には回復していない。だが、そんなのとは関係無しに、ハル達は見えなかった。

 猫耳を立てて音を聞く。


 近くで、荒い息遣いが聞こえた。


 走る。


 音の発生源はすぐ近くにいた。血だらけの衣服と、傷一つない体。鎧はこの街の正規兵の物だ、兵士だろう。


 「……おい、お前」


 最悪の可能性を考えながら聞く。男はびくりと肩を震わせた。


 「ぁ……あ、あんたは……」

 「お前、二人に会っただろ」

 「……す、すまない、すまない、俺は……!」

 「どこに、行った!?」


 男はしどろもどろに謝罪を口にするが、今聞きたいのはそんなことではない。


 「あ、俺、俺は止め、止めたんだ。だって」

 「どこに行ったッ!?」

 「あ、あっち、あっちに……」


 男が震えながら指を刺す。


 その先は、広場の方角だった。


 ――キングオクトのいる、方角だった。




 「おれは、止めたんだ、だけど、女の子が、行かなくちゃって」

 「……あのっ……クソ女ぁ〜……!!」


 ベル、クソクソ、クソ、今更いっても意味ねえだろ、ハルは、ついて行ったんだろ見捨てられないから。死んでるだろ意味ねえのに死ぬだけなのに。


 「男が、言ったんだ、一人で、行かせないって、おれ、俺はッ……こ、怖くて、動けなくてっ」


 三分少し目を離しただけだろアハズレ愚図。

 死ねボケクソったれ。クソクソクソクソクソ。どうする。どうする。どうする。逃げるか。逃げて、逃げる。どうする?


 「タコが、お、おれ、いちばんつよかったのに、タコが、あ、赤色に、みんな、みんなっ!」


 金貨。金貨が無い。金が無い。ハルが、死ぬ。馬鹿について行ったから。無駄死にしにいったから。キングオクトが殺せない。俺が上で無駄に時間を使ったから、ハルが死ぬ。

 逃げて、どうにもならない。逃げても、何もできない。追わなくちゃ。追って、それで。




 答えが出る前に、俺は駆け出していた。


 男の残した血痕を辿れば、きっとその先にはキングオクトがいる。

 ハルを死なせないために、俺は走った。


 走った。












 走って。そして。




 俺は、広場へと到着した。全力で走れば、そう大した時間はかからなかった。

 きっと、二人にとってもそうだったのだろう。広場にはキングオクトと、死んでいるか生きているかも分からない顔も知らない冒険者、兵士と、溢れる魔物、そして……。


 首を絞められ空に浮かぶ、ハルがいた。




 負けている。あまりにも早い。早すぎる。クソが。

 唯一、ベルだけはいつもの法衣に汚れすらつけず、キングオクトの目の前にいた。


 ベルは、驚いて俺を見て、叫んだ。


 「ダメですハレ! 来ては――」


 触手が、振るわれた。かろうじて残像が見えた。


 バランスを崩して地面に倒れる。衝撃と、そして、痛み。


 左脚が丸ごと消えていた。


 「――ぐ、うううぅッッ!!」

 「よくわしの眼の前に現れたものだ、雑魚」

 「ハレ! 気をしっかり持ってください!」


 いつの間にか、根本から引きちぎれた左脚は再生していた。綺麗な右脚と区別のつかない脚が、さっきまでの事が嘘の様にそこにあった。

 一点、裸足になっている点を除けば、全く元通りだった。ベルの回復魔法だ。


 「キングオクト! もう一度、取引です、彼女も」

 「断る。貴様と交わす条約はすでに無い」

 「……!」


 取引? 条約? 何を言っているのか分からない。だが、理解できる。ベルはアホだ。公正な取引など期待する方が間違っている、キングオクトに詐欺にかけられている。間違いない。


 「べ……ベル、取引ってのは……」

 「この場にいる全員の命を保証させました! 私の生命と引き換えです。この場にいる全員です、いなかったあなたは対象ではない! 早く逃げてください!」


 あ……アホ! 逃げられるんだったら苦労してねえよボケ!


 脳内の罵倒を歯を食いしばりながら抑え込み、立ち上がり思考する。


 ハルは生きている。間違いない。朗報だ。まだ逆転の芽がある。

 次、取引だ、生存を保証させたのなら、キングオクトも、それ以外にも、誰も殺せないはずだ、キングオクトだけが対象ではない、ベルも、そこまで考え無しではないはずだ。

 なら、ならば……洗脳、あるいは。


 「……魔物への、改造か?」

 「ほう? どうやら、人も皆クラゲのような阿呆ではないらしい、此度の計画、邪魔をしたのは貴様か?」

 「……違う」

 「ま……待ってください、魔物への改造? なんの事ですか?」


 ベルがアホ面晒してアホな疑問を浮かべている。

 キングオクトは、醜悪に笑い声を上げた。タコに声帯は無いはずなのに、妙に人間臭い。


 「なあに、しれたこと、生きることを約束するというのは、生きてさえいれば何をしても良いということ」

 「な……!?」


 当たり前の話だが、キングオクト側にベルの取引を受ける理由が全くない。最悪の場合キングオクトはベルを完全に無視して他を皆殺しにできるし、ベルだって相応の時間をかければほぼ完全に無力化する事は出来るはずだ。

 なのに、なぜそんな取引を受けたのかといえば、単純にそうしたって問題が無い理由があるから。


 少し脳みそがあればすぐに思い当たる話だ。少しでも考えたら分かる話だ。クソみたいな話だ。


 「待ってください! それは、そんなのは……!」

 「……」

 「私は、そんなつもりで言ったのでは……! わ、私は……!」

 「うるさい」


 触手が振るわれる。俺にやったような手加減しきった一撃でなく、手加減抜きの一打が、ベルを叩きのめした。

 衝撃で地面が揺れる。衝撃波があたりの建物の窓を割った。


 なんてことはない、キングオクトの通常攻撃で、ベルは触手に潰され見えなくなった。


 負けだ。死んではいないだろうが、それだけだ。


 キングオクトに隙は無い。広場の中央、噴水の中の転移石からは、魔物がとめどなく溢れ続けている。


 勝ち目はほとんど無い。俺が今生きているのは、キングオクトの気まぐれだ。

 だが……やることは、決まっている。




 俺は土下座した。


 「……すいませんでしたああぁあぁ!!」

 「……?」


 土下座したまま顔をあげ、下手くそな笑みを浮かべる。キングオクトの目が、初めてまともに俺に向いた。


 恐怖で吐き気がした。ついさっきに受けたのと同じプレッシャーは、物理的な重さすら感じた。

 心臓が動くことすら、止めたい。何がキングオクトの逆鱗に触れるか分からない。だから何もかもが、俺にとって恐怖の対象だった。


 だが、だがしかし。それは二度目だ、すでに経験した恐怖だ。


 ならば、無視すれば良い、無視できる、ただ、奴を殺すため、最善を尽くさなければ。


 「申し訳ございませんキングオクト様、どうかお見逃しいただけないでしょうか!?」

 「……貴様、プライドが無いのか?」

 「ございません!!」


 堂々と、怯えを見せず、珍しい存在を装う。キングオクトの興味を、好奇心を誘う。


 「……わしに、なんの利益がある」

 「ど、どの様なものでもご用意いたします! そ、そう、金! 金貨ならばあるのです! 光り輝く黄金があるのです! ぜ、ぜひ一度お目汚しいただければ!」

 「……金貨なぞ、貴様は持っていないではないか」

 「勇者様です! 勇者様が今持っているのです! チャンスを! どうかチャンスをください!」


 企みを、僅かに覗かせる。プライドを刺激する。油断を誘う。

 俺の必死の懇願に、キングオクトはニヤリと笑った気がした。


 「く、くくく、ならば、良いだろう。一度、チャンスをやろう」

 「……!!」


 触手から解放されたハルが、俺の目の前に放られる。

 どさりと小さな音をしながら倒れるハルに、意識は無い。


 俺は必死にハルを揺さぶった。


 数秒で、ハルが目を開ける。


 「ッ! は、ハル、ハル! 目が覚めたか!?」

 「うっ……ぼく、は……ハレ……?」

 「ハル、金貨袋だ、出せるか? あの金貨袋だ、なあ」

 「……? ぅ……分か、た……」


 ハルは意識を朦朧とさせながら、なんとか俺の言うことを理解したらしい。

 小さく呟きながら、指を伸ばす。


 金属音を立て、空中から金貨袋が落ちた。

 中にはたっぷりの金貨が詰まっている。そして……袋の口の裏に、非常用のポーションも。


 「き、キングオクト様、これが、これこそが私の用意した金貨にございます!」

 「ふうむ……」


 小さな手のひらサイズの小瓶を取り出しながら袋の口を開き、中の金貨を見せつける。

 必死に、顔を笑顔に固定する。決して、企みがバレないように、不審を抱かれないように。

 あるいは僅かに疑心を生むように、笑顔を浮かべる。


 「ど、どうか、この度は見逃して――」


 触手がもう一度、振るわれた。


 狙いは俺でも、金貨袋でもなく。ハルだった。

 ゴルフのように打ち出されたハルを、キングオクトは触手を操り受け止めた。意識を失ったハルは、再び捕らえられた。


 山のように大きなキングオクトが、俺を睨む。


 「……どうした? 続けてみせよ」

 「あ、あの、ぇへ、へへ……」


 冷や汗を浮かべる。涙目になりながら、手のひらのポーションを隠す。


 「くく、くくく……わしは、知っているぞ……常に、魔王様の脅威を、把握するように努めていたのだ……蜜柑色の髪の、猫獣人……数年前この街で活動していた『爆光』のハレ・ピースだろう?」


 キングオクトの声は楽しげだ。


 「鮮烈にして強烈なデビューで飾り、凄まじい成長速度で瞬く間に成長して、レベル50を超え……そして、そこで止まった」


 それは、確かに数年前までの俺の活躍だった。


 「当初期待された天才冒険者は、レベルという才能が足りず何も成せず停滞した。鮮やかに輝き、目立ち、そして何も残さず消え去った! ついたあだ名が『爆光』。そうだったろう? さあ、何かないのか? 何か策があるのではないか? 天才、だったのだろう?」


 俺は嘲るキングオクトの前で深く頭を下げた。


 「ど、どうか、どうか、ゆ、許してください。どうか……!」

 「……所詮は人か、アレが生き返ろうがどうにもならん、だが、それが本当に、頼みの綱だったのか?」

 「……金貨! 金貨を差し上げますから!! こんな、こんなに大量の金貨――」


 言いながら、両手で金貨袋の中に手を突っ込む。突っ込みながら、ただ、呟いた。


 「――五百枚使用」


 その時には、触手が俺の眼前に迫っていた。




***








 黒豹族の青年ケインは、忘れられない光景があった。


 彼は現在十一歳、獣人は成長が早く、その体はヒトの大人と遜色が無い。

 ただ、彼は数年前まで同年代の人間の子供と見分けのつかないくらい、小さな子供だった。

 ほんの五年前まで、彼は幼かった。


 村が魔王軍の襲撃を受け、森に火が放たれ。皆が必死に避難して、親とはぐれ。

 ただ、悲鳴と魔物の声に怯えるだけの、幼い子供だった。


 彼は皆が逃げる中、友達の姿も、家族の姿も見えず、混乱して、探さなければならないと考えた。






 だから、皆が逃げるのと反対へ、自分の家があった村へ、走っていった。


 だから、木々が燃え、熱くなってもただ走った。


 だから、燃え盛る村の中、一人の女がいたのを見つけた。




 彼女は村に現れた魔王軍と相対していた。弱々しかった、なぜ立ってられるのか、分からないくらいに。

 傍には友達の、気絶している様子のカインを庇いながら、彼女はただ持っていたポーチに手を入れ、呟いた。


 その瞬間の、彼女の発した光が、ずっと忘れられない。網膜に焼き付き、振り払えない。


 彼女の――ハレ・ピースの黄金が、永遠に瞼の裏に焼き付いている。










 そして、今。


 黒豹族の青年ケインは、再び同じ光を見た。

 キングオクトの触手で、身動き一つ取れず、ただあの時と同じように見ていることしかできないまま、金色の光が爆発するのを見た。


 「ハレ、様……」


 あの日あの時あの瞬間、魔王軍を全て殺し尽くし、全滅しようとしていた黒豹族を救う光が、再び現れる。




 キングオクトの触手が、弾き返された。


 ――その瞬間、爆光は再び世界に煌めいた。

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